81.3 FM EVERY SATURDAY 19:00-19:54
旅を始めようとする人、旅を終えた人。
出会いと別れが交差する、週末のエアポート今日も大きな荷物と夢を、両手いっぱいに抱えた旅人たちがここから旅立とうとしています。
ロンドン、パリ、ニューヨーク、上海… 貴方もまた、ラウンジで旅のアペリティフを傾けながら、これから向かう彼の地へと思いをめぐらす。
搭乗ゲートの、その先にあるのは…世界。 貴方が羽ばたく空の向こうにあるのは…地球
さあ、今、想像の翼を広げて…皆様を空の旅へとご案内します。
忘れていた昔の事を家族に訊くんことになると、大袈裟に言うと家族の絆が深まっていきまして。(佐々木)
佐々木さんはこれ迄に色々なご苦労や苦難を乗り越えて人生から得た教訓を講演や本にされてますが、様々な体験を語ることになった一番のきっかけは?
たまたま週刊誌のAERAに私の記事がちょっと載ったんですね。「特集 帰リーマン」、早く帰るサラリーマンという意味の、たった1ページの記事だったんですけど、それを読んだ出版社の社長が「本を書いてみませんか?」と言ってて、ですが私は現役のサラリーマンなんで、実名で家族の障害の病気の話は書けませんので断ったんです。ところがその社長さんが凄く熱心で、彼のパッションに押されてですね、「家族の為に本を書いてみたらどうですか?」と言われたのがきっかけなんです。その意味が私には分からなかったんですけども、出版する・しないは別にして、記録を残しておいてみようかなと書き出したら、忘れていた昔の事を家族に訊くんことになるんですよ。すると手紙や日記を出してきて、「あの時実はこうだったのよ。お父さん知らなかったでしょ?」「え?そうだったの?」なんて、私は昔家族が置かれていた状況と彼らの気持ちを改めて理解したんですね。彼らは彼らで私の事を、「お父さんてそんなに大変な仕事をやってたの?」と理解してくれた訳です。そういうやりとりをする内に20年ぐらい経て、大袈裟に言うと家族の絆が深まっていきまして。
20年ぐらい前の事をお互いに反芻するって凄く大切なことですよね。殆どの夫婦や家族はそれを見失ってるなという気がしますが。
やっぱり、そういう機会を持たなきゃいけないんじゃないかなと。家族は話をしなくても分かるなんて大間違いですよ。
そうなんですよね。そういう家族の絆が深くなったというお話に加えて、ビジネスを成功させるお話でも沢山講演されていますが?
私は経営戦略論専門で東レ3代の社長に仕えてきましたから、経営をどういう風に持って行くかということについては一家言も二家言もある訳で。元々、経営戦略論は得意で、赤字の事業や会社を20数件再建した経験もありますから、会社を建て直すなんていうのは平たく言うとお茶の子さいさいで。
(笑)。でも殆ど多くの方はそうはいかない訳で。最近マネジメントという言葉をよく聞きますが、何が一番コツなんでしょうか?
経営にはある程度のセオリーがあるんですよね。例えば悪くなった会社を直すセオリーというのがあります。一番大事なのは資産の売却であり、固定費の削減、つまり要員の削減、経費のカットですよね。だから私が東レの繊維事業の再建をした時には、あっという間に営業も生産もスタッフも3割カットですよ。3割カットしたって、ちゃんと会社は動きます。半分にしたって動きますよ。苦しくなったら固定費削減すれば良い訳ですから、協力しなさいと仕入れを下げるんです。売りを上げる事は出来ないですが、仕入れは出来る。NISSANでゴーンさんがやったことです。ただ、ある一定のセオリーはあるんですけど、それを遂行する為にはトップマネージメントが自分で帆を立てなきゃいけない。私が東レの経営改革で最初に提案したのは役員の報酬を半分にすることです。まず役員を切らなきゃいけない。それから社員に色々犠牲を求めなきゃいけないですよね。でないと社員は付いてこない。会社再建の時は、その為の仕掛けややらなきゃいけない事をやれば皆ついてきますよ。
パリで結婚式を挙げて、ホテルの下のレストランに入ったら、フランス人が全員拍手で迎えてくれたんです。誰かが「皆でお祝いしましょう」と言ったんですね。それで大騒ぎ。家内はパリ大好きになっちゃった。(佐々木)
佐々木さんの一番の思い出の街と言いますと、1971年に行かれたパリ?
はい、新婚旅行で。昭和46年と言ったら海外で式を挙げたり旅行する人は居なかったんですね。私は20代でどうしてもヨーロッパに行きたかったんですが、会社に休暇届を出すと2週間は長過ぎるから駄目だと言われ、新婚旅行でも「駄目だ、長過ぎる」と言われたんですよ(笑)。まあそういう時代でしたよね。それでGWに行くと言ったら許可が出たんで、向こうで式を挙げちゃえと。それでパリのモンマルトルのサクレ・クール寺院の隣のホテルで式を挙げて、サクレ・クール寺院の前で写真を撮ったから、皆サクレ・クール寺院で挙げたと思ってるんです(笑)。友達や家族に「式に出たい人はいらっしゃい」と言ったら誰も来なかったですね。かかった費用が2人で120万円。当時私の給料が5万円ですから、今のお金で計算すると500~600万かかったんですが、どうしても行きたかった。
そんな時代だったんですね。
それでロンドンやマドリッド、ローマに行ったりしたんですけど、最初のパリで結婚式を挙げて、仲人はフランス人の方がやってくれまして、ホテルの下のレストランに入ったら、フランス人が全員拍手で迎えてくれたんです。誰かが「2階で今日は東洋の日本から若い2人が来て式挙げたんだから、皆でお祝いしましょう」と言ったんですね。それでレストランでピアノは弾くは歌は歌うは、もう大騒ぎ。家内は喜んじゃって、パリ大好きになっちゃった。
わお!今は海外で式を挙げるって割とポピュラーになってますが、当時はまずなかったでしょうし、もっと言うと、結婚式や披露宴は大概、新婦さんが「私こういうことしたいの!」と言って、夫は「しょうがないな」と我慢するイメージがありますけれども、佐々木さんはご自身のプランニングが凄かったんですね。
私の場合、家内は日本で友達や家族を呼んで、ちゃんとやりたかったんですけど、私がどうしても行きたいと言ったもんだから、彼女も惚れた弱みで(笑)。
でも、だからこそ未だに話せる結婚式なんですもんね。
そうですよ。自分で使ったお金を回収してる訳ですよ。つまり、これだけお金使ったらその2週間、1日目の朝は何をして何を食べてどこへ行ったか全部覚えてますよ。
その通りですよね。でもそうやって思い出を作っていく、自分でどんどんクリエイトして行くって、素敵ですよね。それ以降は奥様にとっても佐々木さんにとっても、パリはもう大切な街ですよね。
必ずまた行こうとずーっと言って、宿題を果たしてないんですよ。でもそろそろ行けるんじゃないの?という感じですね。
ノートルダムも綺麗ですね。街のど真ん中にあんな建物があるって、パリの人は幸せですね。 (佐々木)
パリの街の第一印象は?
ともかくドゴール空港からパリの街中に入って佇まいを見た時の心臓のバクバクは未だに覚えてますね。当時ヨーロッパへ行くのはなかなか無いことでしたから、映画の世界でしか見たことない街ですよね。2日位、感動で胸がドキドキしましたね。その後は仕事で合弁会社の企業買収に行ったり、うちの社長に付いて支店を回ったり、5回行ったんですけどね。
パリのお気に入りの場所は?
サクレ・クール寺院以外だとモンマルトルも好きですね。あそこでは画家が絵を描いていて、似顔絵も描いてくれるんですよ。行くと飽きないですよ。あとムーラン・ルージュを家内と見に行ったんですね。妖艶な女性が出てくるキャバレーの。素敵でした。水槽がせり上がってきて、美女が飛び込んで。あれはびっくりしましたね。あと、パリの寺院と言えば、ノートルダムも綺麗ですね。街のど真ん中にあんな建物があるって、パリの人は幸せですね。
あと、いつも思んですけど、良い街には良い川、良い水がありますよね。
そうですね。セーヌ川を船に乗って見たんですけど、良いですね。岸辺で皆楽しそうに、恋人達が囁いたりして、凄くロマンチックですね。
パリの魅力を一言で言うと?
歴史を感じさせるところがあって、佇まいが落ち着いてますよね。人間が住んでるって感じですよ。東京なんか割と乾いますが、パリの街はウェットなんですよ。
旅先で仕事のビジョンが見えることってありますか?
ありますね。飛行機の中とかホテルの中が凄く好きです。特に機内はやる事が沢山あって、本を読みたい、お酒飲みたい、仕事のプランを立てたいと色んな事を考えるもんですから、忙しいんですよ(笑)。成田から飛行機でパリへ向かう時は物凄く充実してて。飛行機は正に完全に自由になる時間ですよ。ゴールデンタイムですね。
独自性をきちんと持ちつつ、自分の国を愛しながらグローバリゼーションの中で世界の人達と生きていく、そうしないと殺風景な世界になっていくような気がしてますね。(佐々木)
インドネシアのバリ島にも行かれたことがあるそうですが?
はい。ダンスを3種類位見たんですけど、いや、こんなダンスがあるんだと。ホテルもなかなか良かったし、いつもはインドネシアに仕事で行ってたんですけど、その時は遊びだったんで、同じインドネシアでもバンドンの街とかに仕事で行くのと違う感じがして、凄く印象に残ってるんですよね。
バリ島は僕も大好きで何度も行きましたけど、特に芸術に対するリスペクトがあって、観光資源にしているところがとても強いんですけど、絶対に守り抜く意地がありますよね。
ありますよね。それと、あの街を歩いてると売り子が一杯来るんですよ。それでね、皆一緒に行った人は誰も相手にしない。私はそういうの大好きですからね、値切るとなんぼでも値切ってくれるんですよね。遂に3割以下になっちゃって、お陰で帰りの荷物が一杯になって(笑)。そして買うとなったら皆寄ってくるんですね。だから売り子さんが沢山来て、私の周り全部売り子さんになっちゃってね、楽しかったですね(笑)。
(笑)。バンコクへも行かれているということですが?
バンコクは10回位ですが、アユタヤの近くに工場立地の為に行ったんですけどね、あの雰囲気も凄く好きなんですよね。江戸時代が始まった頃に山田長政が住んでいたという所で、王室があった所です。凄く印象深い土地でした。
タイに限らず、今アジア各国がどんどん発展していきますね。今まで日本は色んな意味でアジアを牽引してきたと思うんですが、パワーバランスも変わってきていますよね。
グローバリゼーションの世界ですから、どこの経済も伸びて、自国以外のものとうまくやっていかなきゃいけない中で、下手するとその国が持つ独自性というか、良い所が少しずつ薄れていく可能性がありますよね。それが凄く心配。ですから独自性をきちんと持ちつつ、自分の国を愛しながらグローバリゼーションの中で世界の人達と生きていく、そうしないと殺風景な世界になっていくような気がしてますね。
色んな楽しい事があるけれども、最も私にとって楽しい事が旅。旅に出ると凄く落ち着くんですよね。だから私の薬みたいなもんです。(佐々木)
佐々木さんは『ビッグツリー』『部下を定時に帰す仕事術』『そうか、君は課長になったのか。」等、次々と本を出されていますが、昨年の10月に出たのが「働く君に贈る25の言葉」では、どういう方々へのメッセージを?
働く20~30代の若い人に、生きるということ、働くということはどういうことかを伝えて欲しいというのが出版社の意図だったんですけども、私は20~30代の方には無理だろうと思ったんですね。むしろ40~50代の人、ある程度経験をしないと分からないと思ったんです。マルローの5段階欲求説によると、「人は何の為に働くか?」というと最初の段階は生活の為という生理的欲求・安全の欲求という言葉をマルローは使っていて、食べることも心配無くなった最終段階では「自己実現の為に働く」と言ってるんです。ずっとそう思ってたんですが、最近、人は自己実現の為じゃなくて、自分を磨き成長させる為に働くんじゃないのかなと思い出したんですね。そういう事を20~30代の人に言って、しかも「運命は引き受けなさい」とか「それでも尚人を愛しなさい」なんて言ったって、若い人は受け付けないだろうと思って(笑)。
最近、若い、まさに20~30代が旅もしなくなってるし、会社に就職することも躊躇すると、よく聞きますよね。随分、以前とはムードが違うと思うんですが?
そうですね。うちの会社もそうなんですけど、この頃は海外赴任を求めないですね。昔は皆が行きたがってたんですけどね。何故かと言うと、若い人は海外の事は分かってると思ってるんですよ。情報が一杯ありますからね。テレビも見て、ヨーロッパもアメリカもイランも行かないのに知ってるつもりですよね。それから、昔は海外に行くことがプラスになりましたが、今なんか行って帰ってきたらもうポジションが無いとか、会社に居ても海外に行くことがプラスになってないんですよ。そういうのを若い人は分かってますから、行かないんですよね。
でも、いいことはいっぱいありますよね?
そう、行ってみると良いこと一杯あるのを知らないだけなんです。一回海外に出た人は「やっぱり旅は良い」と言い、経験がない人は「俺行かなくていいよ」と言うんですよね。よく若い人が「偉くなりたくない」と言うじゃないですか。あれは上になったことが無いからですよ。上になってご覧なさい、良い事一杯あるんですから。「会社の社長なんて一番孤独で辛い」なんて嘘ばっかり。あれ程良い仕事は無い。部下を皆使って、給料沢山貰って、車はついて、個室はあって、秘書がついて、やりたい事出来る訳でしょ。それをわざとしかめっ面して「孤独で辛い」とか、嘘付けって(笑)。
実に夢のあるお言葉ありがとうございます。本当そうですよね。最後に、佐々木さんにとっての旅とは?
色んな楽しい事があるけれども、最も私にとって楽しい事が旅。心が安まるというか、毎日忙しいので旅に出ると凄く落ち着くんですよね。だから、私の薬みたいなもんです。