81.3 FM EVERY SATURDAY 19:00-19:54
旅を始めようとする人、旅を終えた人。
出会いと別れが交差する、週末のエアポート今日も大きな荷物と夢を、両手いっぱいに抱えた旅人たちがここから旅立とうとしています。
ロンドン、パリ、ニューヨーク、上海… 貴方もまた、ラウンジで旅のアペリティフを傾けながら、これから向かう彼の地へと思いをめぐらす。
搭乗ゲートの、その先にあるのは…世界。 貴方が羽ばたく空の向こうにあるのは…地球
さあ、今、想像の翼を広げて…皆様を空の旅へとご案内します。
駆け出しの建築家にとって何十年後かじゃないとなかなか手にする事の出来ないチャンスだったので、それに飛びつきました。(迫)
迫さんが初めて北京に行かれたのが2000年だそうですが、そのきっかけは?
前に勤めていた建築設計事務所が、北京で開かれた国際指名コンペに招待されたので、そのプロジェクトの担当者として突然呼ばれて行ったんです。それが終わったらニューヨークに行く予定があったんですが、僕が事務所を辞めることを知った中国の友人に「ニューヨークに行くまでの間に中国に事務所を作るんだったらプロジェクトを一つ紹介してやるよ」と言われて、話を聞いたらとても大きな公共建築の仕事で、しかもコンペでもなく「貴方を指名します」という仕事だったんです。日本に帰ったら独立しようと思ってたんですけど、駆け出しの建築家にとって何十年後かじゃないとなかなか手にする事の出来ないチャンスだったので、それに飛びつきました。ニューヨークの方も同時だったので大変でしたけど。
わお!両方ゲット出来た訳だ。今も中国でのお仕事がどんどん忙しくなられてますけど、中国で仕事する魅力はどういうものですか?
若い建築家にとって大きなチャンスが沢山あるというのが一番の魅力ですね。スポーツに例えるなら、ビッグマッチが色んな所で行われていて、そのゲームに参加する機会が凄く得られ易い。当然そこで勝たないと評価して貰えないんだけども、やっぱり試合に出られる自体がチャンスなんですよ。そこで良い結果を残せるかどうかはその人次第という、希望の持てる状況だと思います。
東京の建築もいつも動いているとは思うんですけども、北京はそれよりも更に、ですか?
そうですね。東京は今、特に若い人達が控えに甘んじているような所があって、それが中国では「若くてまだ経験が足りないんじゃないか?」という頃からビッグマッチに出られる状況にあるので、それだけ試合をこなしていると、どんどんと上手くなっていくんですよ。
結局は“現場”ですもんね。現地のクライアントの方からはどんなものをオファーされるんですか?
僕等のような外国人建築家には、中国人建築家がデザイン出来ないようなもの、より違った感性で作る空間や建築を求められています。僕のクライアントは殆どが民間デベロッパーとか、お店をやる方達なんですけども、例えば「今までいくつかプロジェクトを進めて来たけれども、これを自分達の目玉プロジェクトにして中国全土での知名度を上げたい」という時に、高い設計料は分かってるけども、外国人の優秀な建築家を雇うんです。そういう期待感で頼んでくれることが多いので、やはりそれに答えなきゃいけない。それは建築家にとっては凄くやり甲斐と責任があることですね。だけど、頼む方は僕より若い社長で、社員何百人という方達がいらっしゃるんです(笑)。
北京オリンピックの前の建設ラッシュでどんどん変わっていってる。そんな世界で唯一の街の一員として建築を設計して作っていく立場に居るんだと考えると、凄くエキサイティングな感じがして、面白くなりましたね。(迫)
僕初めて北京に行った時に、凄く居心地が悪い所だなと思ったんですよ。何故かと考えたら、街のスケールが凄く大きくて、歩いて生活が出来るような街作りになってない。例えば「大通りに面した大きな建物が見えるから、そこに歩いて行こう」と思うんだけども、10〜20分かかっちゃう訳ですね。東京はやっぱり凄く小さなスケールで、小さな建物が密集し合いながら、でもそれぞれの関係を上手く作り上げながら成り立ってる街なんです。そういうコントラストのある場所だったので。
それが面白いと変わったんですね?
それは生活していて、こんな変わった街は世界中にここしか無いだろうし、しかも今北京オリンピックの前の建設ラッシュでどんどん変わっていってる。そんな世界で唯一の街が、凄い変化をしている中に身を置いて、その中の一員として建築を設計して作っていく立場に居るんだと考えると、凄くエキサイティングな感じがして、面白くなりましたね。
最新のものもあるけど、一方では言ってみれば“中国4000年の歴史”ってものもあるじゃない。例えば紫禁城はどう感じられました?
紫禁城は大きなスケールの方に属する物なんですよ。本当に大きくて、計算してみたんですけど、天安門広場と合わせると東京ドーム25個分です(笑)。端から端まで歩くだけで1時間位かかるような所。僕は紫禁城には凄く興味があって、今の建築家や都市計画家はそういったデザインは出来ないんですけど、権力を象徴する為の仕組みやデザインのエッセンスが詰まってるんです。
例えばどんなところに?
映画「ラストエンペラー」で有名なシーンで、溥儀が皇帝に就く儀式の時、大きな広場の中に多くの家臣達を従えて、小さな子供が壇上に登って行く印象的な場面がありますよね。何百年も前に作られてますから、その時に城の外はまだまだ整備されていない木造の家屋と舗装されてない道。でも塀の中に入ってくると、全部石が敷き詰められていて、凄く人工的で都市的で「城の外の人達が入った瞬間、恐れおののくんじゃないか?」という風な事とか、北京自体が東西南北軸を強調されて造られてるんですけども、その完全な中心にあるという街自体の造り方、あれは当時、権力を象徴する事だけに集中して作られたデザインで、凄く面白いなと。
かたや、下町の胡同と呼ばれる物もまだ残ってますもんね。大分壊されてきましたけど。
僕が北京で暮らしたいと思った理由の半分はそれです。やはり人間味溢れる小さなスケールで人々の生活感が溢れている所が残っている訳です。冬は寒いですけど、夏行くと、胡同の路地で皆さん将棋や麻雀をしてて凄く居心地が良いんです。そういうのがしっかり残っている地区がある。どんどん北京が変わっていって高層ビルになってるけれども、北京政府も保護する所は保護すると完全に決めていて、一切建て増しも出来ない。それは全ての土地が国有地であるということで。強制力が働いていて、古き良き物はしっかり残せるというのは良いところだと思いますね。
今のパワーをそのまま表現出来る。それが798芸術区に集まっているのでいつも行く度に刺激を受けますね。(迫)
北京でお薦めしたいスポットを挙げるとしたら、どこですか?
大好きな「紫雲軒」というレストランがあって、英語では“green tea house”という名前なんですけど、琴の奏者が1人でやっているお店で、内部の空間自体がオーナーの趣味で溢れていて、その趣味が凄く良くて、アーティスティックで、食事も一つ一つが凄くクリエイティブなんです。
料理自体は中国料理なんですか?
中国創作料理ですね。盛りつけも出てくる度に笑みが(笑)。僕が好きなのは、炒めた牛肉の周りに黒いゴマが付いたもので、真っ白なプレートに乗って、周りが真っ赤な薔薇の花びらで飾られてるんですけど、それがまた空間とマッチしていて。またティーハウスという位あってお茶に面白い仕掛けがされていて、一つ一つのお茶がどんぶり位大きなお茶碗に入って、木の枝のようなものが入っていたり、色んな物がミックスされてくるんですよ。
かなり前衛的な、空間も含めてモダンなレストランなんですね。そのレストランもですけど、中国は現代美術が凄く元気じゃないですか?
798芸術区という、元々工場だった所をアトリエにした、ニューヨークのソーホーみたいな歴史のある所が中国現代アートの原動力となってますよね。中国のアートシーンを見ていて「いいな」と思うのは、生々しさがそのままパワーとなって表現されてるんです。中国の建築も凄く生々しいパワーはあるんですけども、ディテールが上手く出来ているかとか、どうしても建築はある程度グローバルな評価軸が決まっているところがあるんですけども、アートはそういう決まり切った評価軸が無いので、今のパワーをそのまま表現出来ていて、それが798芸術区に集まっているのでいつも行く度に刺激を受けますね。
僕も行きましたけどすっごく刺激的ですよね。メッセージが物凄くシンプルだったり、反体制だったり、ロックンロールな感じが凄く多いんですよね。また、そういうものがちゃんとお金になっているのが凄くて、リッチな人達が自分達の国の若いアーティストの作品をどんどん買ってるでしょう?日本は日本人の画家の作品を買わなかったですからね、バブルの時も。
新しく出てきてるものに対してよりも、完全に認められた、名前が確立した所に価値を感じるというか…日本人ってそういうところがありますよね。
中国はその発想とは全然違うじゃないですか。若い奴の才能に賭けて「よっしゃ、お前の絵のスポンサーをする!」って形で買う訳ですもんね。
そうですね。僕が中国で仕事を貰えたのも、それだと思います。
建築は、色んな雑多な日常的なものも引き受けなければならないと同時に、何百年も人々の生活を規定するという責任を負ってる。それは未来に向けて作っていくということなんです。(迫)
四川省でのボランティアプロジェクトをされているそうですが、どういう事をされてるんですか?
2008年5月12日に四川でマグニチュード8.0という凄く大きな地震が起きて、死者と行方不明者を合わせると9万人位になる程で、最初はインターネットやテレビのニュースで見てたんですけども、2週間位した時に居ても立っても居られなくなって、なんとか貢献出来ないかと思ったんです。
はい。
この地震で、学校が凄く脆弱だった為に集中的に壊れてしまったんです。四川省全体で、7000棟も倒壊したと言われていて、地震大国から来た建築家として、自分の職能を生かして貢献出来ないかと考えたのがきっかけで、日本の先端技術で学校を作り、現地にそれを送ろうというプロジェクトを始めました。勿論発起人の僕一人で全部出来る訳ではないので、色んな設計事務所や、構造事務所、設備事務所、建材メーカーさんに声を掛けました。
日本のメーカーでも中国に進出しているところは多いでしょうしね。
はい。特に日本の先端技術を使うので、出来るだけ日本の建材メーカーさん達に建材を提供して貰って、それを全部集めて一つの学校を作れないかと思って始めたんです。その6月に始めて、最初は凄く寄付の機運も盛り上がって、割と直ぐ建てられるんじゃないかという楽観的な気持ちもあったんですが、その後に100年に1度と言われる金融危機がやってきて、世界同時不況になって、寄付を表明して頂いていた企業さんからキャンセルが相次いだりとか、なかなか資金が集まらなくて、本格着工にまだ至れないんです。
それは大変ですね。どんな学校を作ろうと思ってらっしゃるんですか?
真ん中に中庭があって、それを校舎が囲むような学校を作りたいと思ってます。小学校とか幼稚園とかの頃は、勿論基礎的な学習も重要だけども、もっと重要なのは共同生活を身に付けて、社会性を身に付けていく事じゃないかと。それを一つの共同体としてイメージした時に、中庭があって、その周りを校舎が囲んでいると。実はこれは人類が長年培ってきた共同性の在り方なんですね。何千年も前から、世界各地で真ん中に広場があって、そこには井戸があったり、火を燃やしたりして、周りを各住居が囲んでいると。これは世界共通の構造で、中国にもあるんです。
なるほど。
福建省に客家の人達が住んでいる土楼という円形の建物があったり、皆が共同で使う場所が中心にあるというのは、元々中国人も持っている概念で。学校と言うと変わって見えるんですけども、実は皆が凄くしっくりくるプランで、提案した時も現地の方も直ぐに「ああ、ここは休み時間になると子供達が出てきて皆遊ぶんでしょ?」って、説明する前に分かって貰えるんです。それを一つ重要なポイントとして提案したいなと。一つは、日本の先端技術を使って、耐震性の高い安心な建物を作る。もう一つは共同性がしっかり表現された、子供達の社会性を育む場所として相応しいような学校を作る。この二つをポイントとして進めてます。
それは実現させたいですね。
はい。色んな方にお願いをしているんですけども、まだ建設資金の全体が賄えてないので、引き続きやってます。
あらゆる創作芸術の中で建築は最もお金がかかりますからね。でもそこが無いといけないんですよ。昔からの歴史を見ても先ず建築があって、その後に絵画やアートのムーブメントが同じように起こる。そりゃそうですよ、壁が出来て、そこにかける絵があって、音楽はその後ですから(笑)。全ての芸術的なムーブメントを見ると、必ず先陣を切って行かなきゃならないのは建築ですよね。
建築というのは、使われながら残っていくというのが他の色んな芸術の中でも違う。それは逆に言うと、色んな雑多な日常的なものも引き受けなければならないと同時に、何十年、ひょっとしたら何百年も人々の生活を規定するという責任を負ってる。でも、未来に向けて作っていくということなので、凄くやりがいのある仕事だと思います。
旅をしている事によって、新しいものを出しながらも常に補給されている、僕にとって欠かせないプロセスです。(迫)
これからお仕事をしてみたい、あるいは注目している場所や都市はありますか?
今まで大都市の中で高層ビルを作ってきたことが多かったので、違うジャンルの建築をやってみたいと思っていて、丁度今来ている話で、中国の海際の都市に別荘を何十棟か建てるんです。全棟海岸線に面していて、目の前に自分の船を置けるという。
ハイエンド狙いなやつですね(笑)。
ですね。僕も大学の時にヨットをやっていたので、楽しんでデザインしてます。中国はドバイとかと比較されて「バブルなんじゃないか」とか言われるんですね。勿論バブル的な要素はあるんですけど、違うのは、実需があるんですよ。皆が豊かになって、新しい住宅を買いたいと思ってる需要が凄く大きいので、今後も引き続き建設の勢いは続くんじゃないかと。
夢は尽きませんね。じゃあまだまだ中国に夢中になられる時間は長そうですね。
そうですね。でも依頼があればどこへでも飛んでいってやりたいと思ってます。
さて最後に、迫さんにとって旅とは?
僕は行く先々でいつも刺激を受けて、それが自分のクリエイティビティーに結びついていると思うんですね。それは例えば、クライアントに頼まれた場所に行って、そこでの特殊な材料とか元々ある建築の形式とかを取り入れて、ミックスして直ぐに作る物もあれば、何年も前に体験していた事が別の場所で生かされる時もある。旅をしている事によって、新しいものを出しながらも常に補給されている、僕にとって欠かせないプロセスです。