Nairobi via Paris 2010/01/30

私がケニアの伝統楽器ニャティティをやるというので、ケニア中大騒ぎになって、それ以後はケニアでニャティティブームになっています。

Anyango/向山恵理子 (ニャティティ奏者)

1981年東京生まれ。アフリカ音楽に魅了され、単身ケニアに乗り込む。ケニア西部ルオー族の村に住み込み、現地でも限られた男性のみに演奏が許されている“ニャティティ”を習得し、世界で初めての女性奏者となる。ケニアの国立劇場とも言える、ボーマス・オブ・ケニアで外国人として初めて演奏し、2006年からは3年連続で国連の式典で演奏。2009年、ニューズウィーク誌の「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれる。昨年は著書「夢をつかむ法則」の出版、『Nyatiti Diva』でCDデビュー。
 

ケニアは、初めて「ここに暮らしてみたい」って思った土地でした。(Anyango)

Anyango(アニャンゴ)って素敵な名前ですけども、どんな意味があるんですか?

これは私の師匠から貰った名前で、「午前中に生まれた女の子」という意味の、ケニアのルオー族の名前なんです。ニャティティという楽器を習った先生に、初めて会った瞬間に授かった名前です。「貴方の名前はニャティティAnyango(アニャンゴ)だ」って。

僕も割とアフリカの民族楽器が好きで色々持っていたりするんだけど、ニャティティという楽器の名前は初めて聞きました。アフリカの楽器でも、もっと有名なのもありますよね?カリンバとか。

コラーとかありますよね。でもニャティティは相当マイナー中のマイナーだと思います(笑)。音楽の勉強、特にリズムのことを学びたいと思ってケニアに行って、最初は太鼓の練習とかをしながら「何か違うな、もうちょっと他にも無いかな」と漁るように見ていたら、この楽器に出会ったんです。

ほう。ケニアに行く前は何をされてたんですか?

12年前から歌を歌っていて、自分で作った歌もので、ロックみたいなものからジャズ、ブルース、バラードと色々やってました。10代や大学の頃はニューヨークに行って修行したいとか、イギリスの音楽学校に行ってみようかなとか考えていたんですけど、メロディとか発声とかは北半球で学べても、根源的なグルーヴを学ぶならやっぱり南半球だなと思って。

特に全てのリズムはアフリカから生まれてると言っても間違いじゃないもんね。でも「じゃあアフリカだ!」と思っても、広いじゃない?

はい。実はその前に日本でケニアの太鼓を演奏しているグループ“ブルケンゲ”に出会ったんです。そこで衝撃的な出会いをして「こんなリズム聞いたことない。気持ち良い前に訳分かんない」っていうキメキメのリズムなんですけど。それで直ぐ加入することになって、日本で一年間活動してから、ケニアに行きました。

なるほどね。そういうステップはあった訳だ。もっと本場のリズムを知ってみたいと?

そうですね。伝統音楽をやるなら、ケニアに行ってみないことには始まらないと思って、バンドのメンバー全員で行きました。ニャティティにはそこで出会ったんですけど、初めて見た時はアフリカそのものが初体験なので、ニャティティ云々ではなくケニアという土地そのものにカルチャーショックでやられました。それまでにも海外は20カ国位行ってたんですけど、2週間ずつだったり、長くても1ヶ月だったりした中で、ケニアは初めて「ここに暮らしてみたい」って思った土地でした。

最初にアフリカに降り立った瞬間、どんなものを感じました?

物凄くここに来たことを歓迎されてる、祝福されてると感じました。最初はギリヤマ族の太鼓を見に行ってたので、モンバサとかマリンディっていう、イスラムチックな都市に行って太鼓の勉強をしてたんです。その時同時にナイロビに居る間を利用して、その他の色んな民族の楽器を見ていて、ボーマス・オブ・ケニアっていう明治村みたいな所でニャティティを見たのが初めてです。

ニャティティという楽器は、ケニアの中のルオー族な訳だよね?ニャティティに一目惚れした後、ルオー族の所に行ったの?

はい。その約1年後「本格的にニャティティを修行したい。しかもある程度長く村に住み込みでやりたい」と思って、改めて。

そうなんだ。そもそもニャティティは何で出来てるんですか?

形状はハープの原型みたいな、ギターの一回り小さい感じなんですけど、イチジクの木を半球状にくり抜いた胴体に牛の皮が張ってあって、そこに8本のナイロン弦がついています。昔は雌牛のアキレス腱も弦に使われていたそうです。これを弾くとわざとビィーンという音がするんですけど、触りの部分に蘆の茎を使った仕掛けがあって、わざと弦に当たってビィーンと鳴るようにしているんです。これが無かったらトゥーンという音になるんですけどね。

なるほどこのビィーンという音は、今のドラムのスネアにも繋がる倍音ですよね。そこに神が宿るとされてますから、殆どの打楽器はそれを計算して作られてますよね。演奏スタイルというのは?

17cmの低い椅子に座って、地面に置いた楽器を抱え込むように座って、かつ右足に鉄のジャラジャラと音がする輪っかを親指に付けて、楽器の木の所に打ち付けながら、つまり自分で伴奏もドラムもやりながら歌う、一人三役の楽器です。自分一人で弾き語りが出来るし、この中に音楽の全てがあると思いました。

でも元々男性にしか許されていないというニャティティを弾きたいと言った時の皆さんの反応は?

師匠の所に行って「この楽器を教えて下さい」と言った時、勿論断られました。「外国人には教えられない、女性には教えられない」と何回も断られましたが、こちらも諦めず(笑)。「絶対途中で投げ出しません」「それでも駄目だ。女性がやりたいと言い出す事の意味が分からない」みたいな感じで。でもこちらも日本を捨てる覚悟でというか、とにかくこの修行をしようとケニアに来てしまっているので、諦めずに情熱を伝えました。すると最後は「貴方が正しい心の持ち主か確かめてからだ。まだ楽器を教えるとは言わないけれども、そんなにルオーの文化を学びたいなら、一緒に暮らす事を許そう」と言ってくれたんです。


師匠が新しいフレーズを物凄い速さで弾いて見せてくれて、「さあ弾いてみろ」という風に、また無言で私の膝の上にニャティティを置いたのが稽古のスタートでした。(Anyango)

ルオーの人達の村は、本当に田舎の生活なんですよね?

勿論、電気も水道もお風呂もお手洗いもなくて、牛の糞で出来た家で暮らしました。私は快適に暮らせたんですけど、毎朝水くみ、薪拾い、畑の仕事も一緒にして、向こうの地酒は70度位なんですけど、朝からつまみ無しで飲んでました(笑)。

言葉は?スワヒリ語とかと近いの?

全く違っていて、ルオー語しか通じません(笑)。改めて行こうとした時に、ケニアと言えばと思って、日本で半年間スワヒリ語をみっちり勉強して行ったんです。そして村に行ってみたら一つも通じなくてガーン!って感じで(笑)、ゼロからルオー語を学び直さないといけないと、その時初めて分かって。スワヒリ語を分かる人も村には殆ど居なくて。村人の人数を数えた事は無いんですけど、とにかく牛の方が多くて、家とお隣の家とは500m~1km離れてます。

凄いね。それで毎日一緒に暮らして、どれくらい経った時に楽器を教えて貰える事になったの?

実は、村に行く前に、ナイロビでミュージシャンとしてニャティティを弾いている先生がいて、予めその人に2週間習っていたので、3つ位のフレーズは覚えていたんです。まだ村の大師匠は教えてくれないけども、ナイロビでやったフレーズの自主練習は毎日繰り返してて、習いたい光線は出し続けてたんですね。家ではとにかくママの手伝いをして、師匠に男の酒場に連れて行って貰った時も、師匠に絶対服従じゃないですけども、学びたい気満々にしていたんです。そしたら住み込みを始めて1ヶ月位経った時、いつもの如く自主練をしていたら、無言で師匠が歩いてきて、無言で私の膝の上からニャティティをとって、隣に座ったんです。それで新しいフレーズを物凄い速さで弾いて見せてくれて、「さあ弾いてみろ」という風に、また無言で私の膝の上にニャティティを置いたのが稽古のスタートでした。

その後ずっとレッスンが続くんでしょうけども、免許みたいなものがある訳?

勿論、免許証とかがある訳じゃないんですけど、歴代のニャティティ奏者に名を連ねて良いか、Anyangoをきちんとした奏者として認めても良いかという、卒業儀式というかお披露目の試験のようなものが、村に住んで半年経って、いよいよ開かれることになったんです。それでニャティティの名人も何人も来て、村の長老達も何人も来て、村の子供やママも沢山来て、200名位の前で卒業試験というか卒業式が開かれました。


やっぱりこの音楽ってダンスミュージックのルーツなんですよ、本当に。(Anyango)

今はそのケニアで学んだ事を使って、日本全国で演奏されてるんですよね。シンプルな質問なんだけど、ルオー族の人以外で、このニャティティを弾いてる人はいるんですか?

Before Anyangoはいませんでした(笑)。というのも、私が習い始めた4年前、もう絶滅寸前の楽器だったんです。演奏で食べていけないので本当に後継者が居なくて、5年もたないかもと言われていたんですけど、Anyangoが女性奏者となった結果、一躍ケニアで有名になってしまったことがあったんですね。やっぱり日本から来た女の子がケニアの伝統楽器のニャティティをやるというので、ケニア中大騒ぎになって、TV・ラジオ・新聞で連日取り上げられたの3年前なんですけど、それ以後はケニアでニャティティブームになっています。

じゃあナイロビとかで道を歩いてたらばれちゃうの?

そうですね。特にTVとかに出た次の日は「Anyango!握手して下さい!」「写真撮って下さい!」「サインして!」「娘が会いたがっているから家に遊びに来て!」って、外を歩けない位です(笑)。

それ位の革命を起こしたんだもんね。今は女の子もニャティティをやってるんだ?

2~3人ですけど、ケニアの女の子もやってるみたいです。あと今では、ケニアのニュースで流れたAnyangoの映像とかがYoutubeに上がってるんですけど、それを見てカナダやタンザニア、ジャマイカから習いに来る人がいるみたいで、ビックリしました。ケニアで携帯電話の広告とかでもニャティティが使われていて、こんなの5年前からは考えられません(笑)。

ニャティティのルネッサンスが来ちゃってる訳ですね(笑)。日本で演奏される時は、どういう形態というか、グループでされてるんですか?

勿論ソロでも出来るんですけど、一番多いときは9人の編成でやっています。私がニャティティで、2人のパーカッション、4人のダンサー&コーラス、2人のコーラスなんですけど、どこに行ってもライブの最後は会場中全員総立ちになりますね。やっぱりこの音楽ってダンスミュージックのルーツなんですよ、本当に。


私自身の夢でもありますし、師匠の夢でも、ケニアの人達の夢でもあるこの楽器を、世界中で演奏したいなと思っています。(Anyango)

日本ケニア文化親善大使も務めてらっしゃいますけど、ケニアを旅するならどこがおすすめですか?

一番人気なのは、やはり地平線が見える雄大な動物のサファリで、マサイマラやセレンゲティで動物を見て欲しいですね。二つ目は、モンバサとかマリンディのインド洋に面している海岸地方で、アラブの文化が色濃く残っていて、真っ青な空と海と白い砂浜と、街並みも本当に素敵です。あと、個人的にはルオーの村、ルオーランドも凄くお薦めです。ルオーランドで一番大きな都市キスムは、ナイロビから更に内陸に入っていった、ウガンダの近くにあって、ナイロビから飛行機が飛んでいるので、1時間位かな?人類発祥の地と言われているビクトリア湖にも面した都市なんです。

どんな感じで、現地の人と仲良くなったらいいでしょう?Anayngo>行く先々で、人懐っこくて底抜けに明るいケニアの人達が話しかけてきてくれると思うので、是非「ジャンボ(こんにちは)!」って挨拶して仲良くなって貰えたらなと。ケニアに行って人生が変わってる人が沢山いるので「アフリカの水を一度飲んだ者はまたアフリカに帰ってくる」っていう向こうの諺があるんです。私もその通りになってしまった一人ですし、是非人生で一度、行って貰いたいなと思います。

なるほど。昨年の秋に、アルバム「Nyatiti Diva」でCDデビューされましたが、今年のご予定は?

今年はセカンドアルバムを制作発表する予定です。夏はフェスティバルに出たり、更にツアー活動を広げたり、二冊目の本も出来たらいいなと思っています。

この「夢をつかむ法則 アニャンゴのケニア伝統音楽修業記」は、エッセイ?

そうですね。私Anyangoが、マラリアにかかったり蟻を食べたりしながら半年間過ごした中で、夢を掴む法則、つまり「不可能だと言われていた事を、覆していく法則があるんじゃないか?」ということを、Anyangoなりにエピソードを交えながら書いた本です。あ、更に来年の野望というか、海外ツアーを一本出来たら良いなと思います。

僕もいつも思うんですけど、人生は一度しかありませんからね。自分が楽しい事を見付けたら、他人がどう言おうと、やるしかありませんからね。でもそれは絶対叶うよ。また音楽で一緒に出来たらいいですね。今後の夢があるとすれば、どんなことですか?

卒業試験の後に師匠に言われた言葉があるんです。「Anyango、ここから先は遊びじゃないぞ」って。「世界中に貴方が出掛けていって、この楽器を奏でてきなさい。私が行けない所まで貴方が行って、奏でてきなさい」と。なので、私自身の夢でもありますし、師匠の夢でも、ケニアの人達の夢でもあるこの楽器を、世界中で演奏したいなと思っています。

最後にAnyangoさんにとっての旅とは、どんなものですか?

生きてくことそのものというか、人生そのものな気がしています。本当に頑張って歩けば歩いた分だけ遠くに辿り着ける。本当に努力して開拓したらした分だけ面白い宝物を手に入れられる。旅と人生って物凄く似てるというか、同じだなあって。


PRESENT

本日のゲストアニャンゴさんの著書『夢をつかむ法則』を3名様にプレゼント致します。
「夢をつかむ法則プレゼント希望」と明記の上、メールフォームよりご応募下さい。
番組へのリクエスト&メッセージもお待ちしております。
 

PLAYLIST

  1. SAWA SAWA / ERIC WAINAINA
  2. NAIROBI / TABU LEY SEIGNEUR ROCHEREAU AND L’AFRISA INTERNATIONAL
  3. WECHE NG’ENY / ANYANGO
  4. きみのこえ / ANYANGO
  5. TUNISIAN SUNSET / 葉加瀬太郎
  6. NYADUNDO GACHA YWAK PILE / ANYANGO

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