Moscow via Frankfurt 2010/01/16

旅=音楽であり、ピアノであり、人生です。

清塚信也(ピアニスト)

1982年東京生まれ。幼少の頃よりクラシック・ピアノの英才教育を受け、日本はもちろん世界各国のコンテストで数多くの賞を受賞。現在はクラシック・コンサートでの演奏活動を軸に、映画、ドラマ、CMなど様々な分野での活動を展開。特に人気ドラマ『のだめカンタービレ』では、玉木宏が演じた“千秋真一”のサウンドトラックおよび劇中すべての吹き替え演奏を担当。若手ピアニストの代表的存在で“クラシック界の貴公子”とも呼ばれる。
 

18歳のモスクワでした事と言えばヒッチハイクですね。(清塚)

モスクワ音楽院に2年間留学された時、アポ無しで現地に行ったというのは本当ですか?

本当です。僕は行き当たりばったりなところがありまして、音楽院に乗り込んで行った感じでした。ビザの申請とかは一応して行ったんですけど、思い立って2〜3週間でパッと行っちゃって。最終的には当時習っていた中村紘子先生にお助け頂いて、試験を開いてもらったんです。

試験って開いて貰うものなの!?普通は「次の年の試験はいつだろう?」っていう発想じゃない?

普通そうみたいですけど、僕は待てないですね。人生一回しか無いですから。ピアノを始めた5歳の頃からの母の口癖が、寝ているところも叩き起こして「人間死んだらずっと寝てるんだからね!」って。それがずっと頭にありまして、今でも不眠症です(笑)。

(笑)。凄い行動力ですよね。その、モスクワに行って開いて貰った試験では何を弾いたんですか?

ショパンの「舟歌」とか、かなり硬派な曲を弾きました。

2年間のモスクワ生活は面白かった?

面白かったですね。そんな形で折角入れて頂いたにも関わらず、直ぐに殆ど学校に行かなくなったんです。色んな人に激怒されました。でも、僕はもっと色んな人生を体験したいと思ったんです。それで、18歳のモスクワでした事と言えばヒッチハイクですね。

(笑)いや、ヒッチハイクっていうのは、目的地があって、そこに移動する手段として交通機関が無いからするんでね、ヒッチハイクが目的じゃないじゃない。どこに行きたかったの?

日本人の居ない所に行きたかったんです。それで安易かもしれないですけど、「そうだ!モスクワだ」と思って行っちゃったんで、何も考えてなくって、ロシア語なんかひとつも出来ないし、字も読めないですよ。Rが逆になってたりとかして。ヒッチハイクの目的地は無かったんですけど、学校に行かないで、毎朝真っ暗で雪がしんしんと降る中「日本から来たから、どこか良い所へ連れて行ってくれ」みたいな。

良い所って言っても色々あるかもしれないけど、何を見たかったの?

名所とかを見たかった訳じゃなくて、人生経験をしたかったんですよ。所謂若気の至りもありますが、とにかく色んな人の人生を見たかったんです。それまでピアノしかやってこなかったんで、中学校すら練習やコンクールの為にちゃんと行かせて貰えてなくて。友達付き合いも下手だったし、友達を作ること自体も全然分からなくて不器用だったんです。それが嫌で飛び出して、人生を経験しようと思ってモスクワに行ったんですよ。だから美術館とかも行きましたけど、それ以上に出会いを求めて地元の人が集まるバーに行ったり、全く音楽に関係ない人の家に遊びに行ったりしてたんです。


ロシアに居てそういう空気を吸ってるだけでラフマニノフとかプロコフィエフとかを物凄く上手く弾けるように感じてる方々って絶対いらっしゃるんですよ。(清塚)

モスクワでヒッチハイクをして色んな人々との出会いを求めて行く間、学校の授業は?

はい。でも授業の時間にモスクワ音楽院の見学はずっとしてました。初めて学校に行った時、金メダルで、つまり主席で卒業した方の代々の石版みたいな物があって、そこにラフマニノフや、ロストロポーヴィチが居るのを見た時に涙が溢れたんです。チャイコフスキー国際コンクールで有名なチャイコフスキー・ホールもあるし、そういうのをただただ見てました。だからモスクワ音楽院の雰囲気自体はよく知ってますよ。授業の内容は知りません(笑)。

クラシックをやってるとさ、当時はここに凄い人達が集まってて凄かったんだろうなあって感じる事はあるよね。

めちゃくちゃありますよね。雰囲気というか、空気感が今でも漂ってて、あの空気を日頃吸ってるだけで、弾くピアノは違うなと本当に思っちゃう。でも僕はそれがちょっと危険だとも思うんですよね、芸術家にとって中毒性があるというか。留学なさってる方の中でも凄く多いなと思ったんですけど、ロシアに居てそういう空気を吸ってるだけでラフマニノフとかプロコフィエフとかを物凄く上手く弾けるように感じてる方々って絶対いらっしゃるんですよ。ロシアに行って、ショパンやベートーベン弾けるようになったっていい訳でしょ?なのに、決まってやっぱり「俺はラフマニノフだけは負けねえからな」みたいになっちゃう訳ですよ。そして、そういう人って、日本で勉強してきた人のラフマニノフは端から聞く気が無いんです。それは危険だなと。


相当考え込んだものを即興っぽく聞かせるところがショパンの凄い所だったと思うんですよね。(清塚)

ポーランドも行ったの?ポーランドと言えばやっぱりショパンだよね。ピアニストにとって、ショパン無くして語れないでしょう?

はい。僕の青春はショパンでした。中学の終わり位から本当にショパン漬けで、ポーランドにも毎夏、毎冬1〜2ヶ月行って、個人レッスンやマスタークラスのセミナーを受けてました。

今年はショパンにとって正に生誕200年のアニバーサリーの年でもあるからねえ。

そうですね、僕も結構ワクワクしてて。ショパンはどちらかというと、作曲家というよりピアニストなので、ベートーベンやバッハよりは近しい存在ですよね。楽譜の書き方もちゃんとしてない所があって、演奏家特有の自分さえ分かれば良いメモをしてる感じもあるし。だからと言って曲が即興的かといえば、そうではなくて。

違うんだよね。リストみたいな感じじゃなく、もう少し音楽と対峙してる、って言えばいいのかな。

相当考え込んだものを、即興っぽく聞かせるところがショパンの凄い所だったと思うんですよね。ポーランドに行ってみると、ポーランドの先生方は当然「私達の国の音楽です」と言い、フランスに行くと、フランスの先生達が今度は「僕等の音楽だよ」と言うので対立してるんですけど、やっぱりどっちもあるんです。“良いとこ取り”とかそんな簡単な事じゃなくて、複雑に複合的に絡み合って、フランスとポーランドの伝統が築き上げた音楽だなあと思うんですよね。

当時のフランスではショパンはサロンの売れっ子で、ちょっとしたエキゾチズムでポーランドの風を吹かせてさ、「私の国の音楽はこうなんですよ」って披露してた訳じゃない?ポーランド人に向けてじゃなく、パリの人に向けて。そこが上手いよね。でも当時彼が弾いた音楽は彼の為に書かれてて、それを引き継いでるピアニストが一杯居る訳じゃない?その辺に疑問は無いの?

ありましたよ。今でも疑問に思う所はあるんですけど、やっぱり時代に対して音楽はどんどん変わってくるべきものだと思うし、楽器も違うし。ショパンは体が弱かったし、手も小さかったし、余り大きなホールでやらなかったのを見ると、リストみたいにff(フォルテッシモ)とかfff(フォルテッシッシモ)で単純に大きく音を出すのではなくて、もっと内面的な強さとかエネルギー的なところで表現していたと思うんですね。すると「体が強ければ、手が大きければ、ショパンは本当はこうしたかったんじゃないか?」みたいな推測ってまだまだあると思うんですよね。そういう所も僕は面白いと思うんです。

なるほどね。ショパンの生まれた家はどんな所でした?

今ではもう観光地化して国立公園みたいになってるんですけど、それはそれはのどかで牛や馬が駆け巡ってるような丘に、隣の家まで何キロあるんだっていう、地平線が見えなくなるまで真っ直ぐの道を初めて見ました。それ位広くてのどかな所にも関わらず、それ程大きくもないお家がポコッとあるんですよ。お母さんが伯爵のお手伝いさんだったので、伯爵に借りて住んでた家だそうで。そこでショパンの実際の手型の置物とかを売ってるんですけど、割と山積みにしてあって「これでいいの?」みたいな(笑)。

あはは(笑)。ショパンが好きな人から見ると、「ちゃんとケースに入れてよ!」って(笑)。

そうなんですよ。でも実はその手と比べると、僕の手が大きさも形もそっくりなんです。運命だと思いました。ショパンの勉強をすればする程、ショパンの手はピアニストには向いていなかったという資料ばっかりなんですよね。そういえば僕も手が小さくて学生の頃から苦労しました。中学生の時まで1オクターブ届かなかったんです。だからショパンも相当苦しんだんじゃないかと思いました。


クレタ島は本当に古い街で、ギリシャ神話に出てくるクノッソス宮殿とかがあるんですよ。(清塚)

スイスのルツェルンには何のお仕事で行かれたんですか?

シェークスピアの劇「テンペスト」の珍しいドイツ語上演があって、その音楽監督をしてきました。作曲も演奏もして、ピアノ一本でどこまで表現出来るかという挑戦をしてきました。本当に美しい街で、湖があってアルプスが見えて白鳥が優雅に泳いでいて、絵葉書ですよ。湖畔にあるカフェでお昼を食べながら、白鳥にパンくずをあげたりするんですよ。足りないのはハイジだけ!こんな世界があるんだなと思いましたね。葉加瀬さんの好きなブラームスも療養に来られてますけど、沢山の芸術家が訪れていたというのが非常によく分かりました。留学の話じゃないですけど、身を以て体験するのはやっぱり大事ですね。

絵葉書や写真や映像で見ることは色々出来るけど、その街に行って匂いを嗅いだ瞬間に「あ、これかあ」ってなるよね。

ガイドを見るより分かってしまうというか。ご飯も、味だけで言ったら普通だったかもしれないですけど、やっぱりその景色があったので、美味しく感じましたね。

そして、スペインにも行った?あちこち行かれてますね!

バルセロナに勉強しに行ったんですが、勉強で行くとそれを楯にしていつも遊んで帰ってくるんです(笑)。僕サッカーが大好きで年中観てるんですけど、バルセロナはサッカーの名所な訳で、ピアノなんか忘れて試合を観たりして。丁度バルセロナに入った時、日本代表とスペイン代表が試合中で、日本代表が奇跡的にリードしてたんですよ。その時バルに入ったら、人々の目線が痛くて。

なんであんなに盛り上がるんだろうね(笑)。さらに、ギリシャのクレタ島へも行かれたとか?

クレタ島は本当に古い街で、紀元前の建物や、もっとロマンティックなのはギリシャ神話に出てくるクノッソス宮殿とかがあるんですよ。「ギリシャ神話はあくまで神話なんだから、作り話だろう」という見解がやっぱりあるんです。でも大の大人の科学者が「クノッソス宮殿は必ずどこかにあるんだ」と探し続けて馬鹿にされてたんですけど、本当にあったんですよ。その宮殿にはお姫様も出てくるような凄くロマンティックな話があるんですね。そういう遺跡を回りました。3年位前の人生最後のコンクールで行ったんですけど、やっぱり練習は0でしたね。もうだって地中海が綺麗で。

(苦笑)。コンクール自体は練習0で勝てたの?

3位でした(笑)。やるなら1位がいいですけど、その頃には「順位はどうでもいいや、楽しまなきゃ!」と思ってて、地元の友達を作って、色んなプライベートビーチとか教えて貰えたりして。

なんか、そういうの得意そうだよね。

行き当たりばったりで。それも2人以上で行くと駄目で、1人で行かないとそれが出来ないんです。2人以上だと相手に凄く気を遣ってガイドしてあげたくなっちゃうんですよ。クレタ島は本当に良い所だったので、葉加瀬さんも一度行ってみて下さい。

ギリシャはまだ行ったこと無いんだけど、最後に取っておきたい感じだよね。


誰かと共演させて頂く事があるんですけど、同じ舞台だと思えない位緊張するし、一人じゃなきゃ気楽じゃないんですね。(清塚)

さて、昨年9月に出たアルバム「ラプソディ・イン・ブルー」はどんな選曲で?

これは一曲として作曲家がダブっていない、ショパン、リスト、シューマン、ガーシュインなど、色んな国の色んなジャンルの音楽を集めたいなと思って作ったアルバムです。

本当にピアニズム溢れる感じの作曲家達ですね。

そうですね。ピアニズムというのには拘って、ピアニストとして曲を弾きたかったというのはあります。

コンサートもずっと基本1人でしょ?ピアノって本当に大変だと思うのは、バイオリン弾きって誰かといつも一緒だから舞台に登る時、気が楽なのよ。後ろにバンド、あるいはピアノとかが居て、運命共同体みたいなんだけど、ピアニストは舞台の上にポーンと楽器があって、そこに一人で向かって行って、2時間ずっと白と黒の鍵盤を見てるのって俺は大変だなあって思うんだけど。

いや正直、僕は逆です。僕も時々は誰かと共演させて頂く事があるんですけど、その時は眠れませんね。同じ舞台だと思えない位緊張するし、一人じゃなきゃ気楽じゃないんですね。

小さい時から一日中ピアノの前に座ってて、よくそれだけ明るい性格の子になれたね?

いやぴっくりする程暗いですよ、本当に。普段付き合いが無くて友達が少ないから、こうやって葉加瀬さんと一緒に喋れるということが先ず嬉しくて、誰かと接している事に感動して舞い上がってるんです。それを皆さん聞かれるので「清塚さんて明るい人だな」って言うんですよ。

まあ俺も人のこと言えないけどな(笑)。さて最後に、清塚さんにとっての旅とは?

本当に難しいですけど、旅=音楽であり、ピアノであり、人生です。これからもずっと旅すると思うし、家の中に居ても、引き籠もってても、やっぱりそれは旅だなと思います。だから、生きる事自体が僕は旅だと思っております。


 

PLAYLIST

  1. US / REGINA SPELTOR
  2. あなたがいるから / ORIGA
  3. ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18より 第3楽章から / 清塚信也 , DE PREIST(JAMES),東京都交響楽団
  4. 別れの曲 / 清塚信也
  5. ROAD TO GLORY / 葉加瀬太郎
  6. ラプソディ・イン・ブルー / 清塚信也

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