New York 2010/01/02

自分のアパートの上からマンハッタンの夜景が凄くきれいに見えて、凄く好きなんですよ。

熊谷和徳 (タップダンサー)

1977年仙台市生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米。ニューヨーク大学に通いながら、20歳の時にブロードウェイの大ヒットミュージカル「Noise & Funk」の出演者養成学校へ入学し、日本人として初めてトレーニングを受けた際、アメリカを代表する俳優でタップダンサーのグレゴリー・ハインズ氏から絶賛される。その後、NYの地下鉄やストリートなどで独自の活動を続け、98年に出演したニューヨーク・タップ・フェスティバルで、アメリカ有数のカルチャー雑誌『ヴィレッジボイス』から「日本のグレゴリー・ハインズ」とも評された。日本タップ界のトップダンサーとして、その活動に大きな期待が寄せられ、プライベートでもミュージシャンのカヒミカリィと結婚したことでも注目を集める。昨年11月に第一子が誕生したばかり。
 

ブルックリンに引っ越してからは凄くエキサイティングで、今思うと充実した時間だったなと。(熊谷)

明けましておめでとうございます。そして、熊谷さんは昨年11月に初めてのお子さんが生まれたばかり。本当におめでとうございます!女の子だそうで、可愛いでしょう?

可愛いですね。和(にき)って言うんですけど、僕の名前の「和」が昔の読み方で「にき」と読めるらしくて、柔らかいとかそういう意味なので。

生まれたばかりですけど、心境の変化とかありますか?

そうですね、全部変わった感じで、赤ちゃんの一つ一つの事とか全く知らないし、自分も赤ちゃんに戻ったような感じになってますね。

分かる。赤ちゃんに関する事だけじゃなくて、世界の全ての見え方が変わってきますからね。これからの子供と一緒の生活は楽しいと思いますよ。今日はそんな熊谷さんに旅のお話を伺いますが、初めての海外はいつでした?

高校の時の海外研修で、サンフランシスコに1ヶ月位ホームステイに行きました。僕はそれまで音楽もマイケル・ジャクソンとかを聞いてましたし、初めて見た映画は「E.T.」だったので、アメリカは凄く憧れていて、アメリカに行けば何かあるんじゃないかとずっと思ってたんです。

元々、タップダンスを始められたきっかけというのは?

5歳位の時、マイケル・ジャクソンのビデオで初めてタップを見て、ディズニーの魔法を見てるみたいな感じで「これはどうなってるんだ?」とちょっと真似たりしてたんですけど、15歳の時にグレゴリー・ハインズという人の「タップ」という映画を見て本当にやりたいと思って、家の近所でタップスクールを探したんです。そしたら1件だけあったので実際にタップシューズを買って。

その頃、頭の中はタップの事ばっかりだったんですか?

そうですね。学校に行っても、机の下はもうステップで(笑)。学校に行くよりも公園とかに行って練習したりとか、すぐに自分にとって何よりも“自分らしくいられるもの”になっちゃいましたね。

その後、仙台からニューヨークへ。頭の中に「東京へ行こう」というのは無かった?

東京の大学に行ってタップをやろうと思ってたんですけど、ことごとく受験に落ちて(笑)。タップをやりたいのと受験とで、勉強が中途半端になっていて、どうせなら向こうに行って本当に好きなタップをやりたいと思って、それで向こうの大学に行きながらタップも勉強したんです。行く前は、恐怖心とか不安よりも好奇心ばかりが旺盛で。

でも好奇心の塊の19歳の時に着いたマンハッタンって、寝る暇が無い街じゃないですか(笑)?

でも最初に着いたのがニューヨークの片田舎の牧場みたいな所で、ここは自分の求めるニューヨークじゃないと思って引っ越して(笑)、マンハッタンに近いブルックリンに引っ越してからは凄くエキサイティングで、色んな失敗は沢山あったんですけど、今思うと充実した時間だったなと。


ブルックリンは生活感もあって、アートもあるし、そこに生きてる人のリアルな姿というか。今でも僕はブルックリンが好きですね。(熊谷)

1996年、19歳でニューヨークにタップの勉強の為に渡られたけど、ニューヨーク大学にも行かれて、そこでは心理学を選ばれたんですか?

元々小さい時に医者になりたかったんですよ。河合隼雄さんの本とか読んだりして「本当に自分にとって興味があるのは心の事かな?」と思って。タップはずっとやってましたけど、プロのタップダンサーになれるとは思ってもいなかったし、そういう職業があると思ってなかったので、とりあえず向こうで色んな経験をしたいと思ってニューヨークに行って、大学に入って一番やりたいと思ったのが心理学だったんです。その教授が凄くいい先生で、アートの事とか心との繋がりとか黒人にとってタップが心の救済にもなってるとか、音楽もバスケットボールも全部そうなんだと繋がりを教えて貰って、結局一つなんだと気付けたのは、向こうに行ったからで、本当に良かったと思ってます。

それを教えて貰ったのは大きいね。でも実践的なタップはどういう風に門叩いていったの?

それはやっぱり探しましたね。イメージの中ではニューヨークのブロードウェイを歩けばいくらでもあるんじゃないかって(笑)。でも行ってみたら違って、ブロードウェイって凄く長い道だし、皆レオタード着て踊ってたりとか、自分がやりたいタップじゃなかったと思って。そんなこんなで色んなタップのショーを見ている内に、自分が好きなセヴィアン・グローバーというタップダンサーに道でばったり会ったり、グレゴリー・ハインズが同じ練習スタジオに居たり、そういう人達が集まる場所がなんとなく感覚で分かって来たんです。小さいジャズクラブみたいな所でおじいちゃんのタップダンサーから子供まで、自分が映画で見ていた人が皆集まってセッションしてて、実際自分も加わったりして、段々「これがタップか!」と分かってきて。

グレゴリー・ハインズとか、元々きっかけを与えてくれた人でしょ?そこに生身として居るというのは、嬉しいよね。

衝撃でしたね。

ニューヨークにずっとお住まいだった訳ですけど、一番長く住んでらっしゃったブルックリンは、90年代の後半位から結構危ない地域にもなってるんじゃない?

そうですね。色んなエリアがあって、一つ道を外れると危なかったりとか。でもそれが凄くリアルで、全部がきれいじゃないというのが自分には居心地が良くて生活感もあって、アートもあるし、そこに生きてる人のリアルな姿というか。今でも僕はブルックリンが好きですね。

若い時に自分のモチベーションを上げるには最も良いだろうね。アップタウンに居てそういうことにはならないもんね(笑)。そこででかい夢を見るという気持ちも持ってらっしゃったでしょ。

そうですね。丁度自分のアパートの上からマンハッタンの夜景が凄くきれいに見えて、いつも不安になったり淋しくなったりすると、そこに上がって、自分のモチベーション、こんな街に来てるんだ、と思える場所で、凄く好きなんですよ。

ニューヨークのタップとかのスタジオは独特の雰囲気あるんでしょ?

ビル1つが丸ごとタップスタジオで、もうボロボロの廃墟みたいな感じなんですけど、ブロードウェイからちょっと外れた所に50年近くあって、歴史的なタップダンサーは皆そこで練習してて、グレゴリー・ハインズともそこで会って一緒に練習したんですけど、そういう場所が最近の不況でどんどん無くなっちゃってるんです。

ミュージシャンでもダンサーでも、あの系統の人はあそこに集まるとか、その街の独特の雰囲気を見付けた時の感動ってあるよね。ダンサーが集まるカフェとかもあった?

セントラル・パークの近くにジョン・レノンとオノ・ヨーコさんがよく行ってたカフェがあって、二人が座ってた場所とかそのままあって、凄く好きだったんですけどそこも最近無くなっちゃって。どんどんニューヨーク自体が新しくなってるんですけど、残して貰いたいんですよね。

この東京もそうですからね。その後もニューヨークにはよく行かれてるとは思うんですけど、お好きな場所ってありますか?

自分がずっと住んでたブルックリンのブルックリン・ブリッジはやっぱり好きで、いつも歩いて渡るんですけど、そこからプロスペクトパークってセントラル・パークより前に作られた公園に行くと人が少なくてきれいなんで、寝っ転がったり、ボーッと出来て好きですね。

ニューヨークは公園の使い方が上手ですよね。一言で言うと、ニューヨークの魅力って何ですか?

混沌なんですよね、自分も混沌としてたし、でもその中に凄く小さな輝きを見付けたいんですよね。街が混沌としていて皆何かを求めて一生懸命なので、光の部分もあるし、闇の部分も物凄くあって、そこが魅力的なんだと思いますね。


ニューヨークは自分が頑張って動いて何かを得る感じですけど、パリは必ずしも無理して頑張らなくても何か得られるんじゃないかって気持ちになれる。(熊谷)

今一番好きな街はパリなんですって?

はい。去年初めて行けて、それまでニューヨークぐらいしか知らなくて、パリの素敵なタップダンサーを訪ねて行った時に凄い街だなって。ただそこに居るだけで素晴らしい気持ちになれる、古い物を残す事を凄く大事にしてるんだなって。あそこに居るだけで良いです。

お好きな場所はありますか?

パリはそんなに知らないんですけど、セーヌ川のルーブルの辺りとか。でもちょっと道を逸れて迷っても楽しいですね。

どんな女の人と歩いてても恋に落ちそうな、ちょっとまずい感じがしますよね(笑)。若い時に二十歳そこそこで感じたニューヨークと、今感じるパリの良さとはまた随分違うんじゃないですか?

はい。ニューヨークはエネルギー、自分が頑張って動いて何かを得る感じで、絶対負けない気持ちで行ったけど、パリはもう何もしないでボーッとしてても良い、それが人生だみたいな、必ずしも無理して頑張らなくても何か得られるんじゃないかって気持ちになれるし、それが年齢を重ねて考えてることですね。

でも30代になってパリに憧れて惚れるっていうのは良いと思う。40越えてからは是非ロンドンに。何しろ歳をとった男が格好いい街なんですよ。でも、ニューヨークもパリも東京も行かれて、そこで共通した物、あるいは違う物って何を感じますか?

3つの都市が全く違う表情をしてて、ニューヨークは色んな事が集まってるんだけど、常に新しい事に向かってる気がして、パリは変わらない良さがあって、その違いが行ったり来たりしたら良いんじゃないかと思うし、東京は凄く忙しいですよね。でも面白い人達に一杯会えるから、東京も世界に誇れる街だと思うし。

僕もロンドンに住んで3年になるんですけど、イギリス人も凄く日本に興味を持ってるし、流行ってるし。ただ、まだ東京にいると、“外国人は外国人”みたいな感じがあるから、もっと混沌としたコスモポリタンに早くならないかなと夢見てるんですけど。

ああ。ニューヨークの友達が来て地下鉄とか乗ると、皆人が大人しくてビックリしちゃうんです。皆切符とかをちゃんと入れてるって(笑)。


セネガルは全てが美しい場所でした。(熊谷)

セネガルにも行かれたそうですが?

去年の冬に。アフリカ自体がタップのルーツなんですけど、セネガルのゴレ島から色んな国に渡ったんですね。一回は行ってその感じを見ないと、今後、自分がタップをやってても駄目だろうと思ってたんです。で、丁度セネガル出身のパーカッショニストの友達が里帰りするタイミングで一緒に行こうとなった。もう凄かったですね。一言で言えば全てが美しい場所でした。景色とか生活とか、全部がシンプルで。やっぱりアフリカというと、色んな悲しい話のイメージがあったんですけど、自分が見たアフリカはもっとポジティブで皆が一生懸命生きてる所。行って凄く元気になりましたね。

セネガルの音楽は凄いでしょう?

毎日、朝と夕暮れ時に皆叩いてて、それで踊ってて、生活の中に音楽があるんですね。フランス領のお城みたいなのも世界遺産として今も残っていて廃墟みたいになってるんですけど、そことか海で踊ってるのが幻想というか、夢見てるみたいで、こんな場所があるんだと。セッションも出来たし、素晴らしい経験でしたね。

セッションもすると、やっぱり自分のタップに反映してくるものってあるでしょうね。どんな感じでした?リズムも随分違うでしょ?

リズムの深さって言うか、凄く計算されたリズムをそれぞれが叩いてて、それが一つのオーケストラみたいになってるんですよね。

特にセネガルはアフリカで一番と言われるアンサンブルの凄さですからね。さて、2010年始まったばかりですが、今年目標にしてるものみたいなのはあるんですか?

今年はクラシックのオーケストラと一緒にやれることになって、楽曲とか決めるのはこれからなんですけど。

タップ&オーケストラ!これは新しい試みですね。でも100人近いオーケストラって、結構リズムが遅れますから(笑)。一緒にバイオリン弾くだけでも大変で、何せ指揮者のとこから後ろのティンパニの所まで10m以上ありますからね。合わせて行くのはかなり凄い事になりそうだね。多分世界中でもそんなことやってる人は余りいないんじゃないの?

ええ、フルオーケストラは余りないと思いますね。

4月30日に東京オペラシティーで、東京フィルハーモニー交響楽団と、楽しみですね。さて最後に、熊谷さんにとっての旅とは?

自分がリセットされるんですよ。旅して知らない街に行くと、自分がここまで来たとか、ここまで知ってるとか、ここまで出来たって事が、全部ゼロに戻されて、凄く謙虚な気持ちになれて、真っ白になれるというか。まだまだ本当に知らない事だらけなんで、そこで抱えてた物を下ろして、もう一回頑張ろうみたいな気持ちになれるから、多分死ぬまで続けるのが旅なんじゃないかなと思いますね。


 

PLAYLIST

  1. THAT’S THE WAY OF THE WORLD / NEW YORK VOICES
  2. ALL I WANT IS FOREVER / JAMES J. T. TAYLOR
  3. SEPARATE LIVES / PHIL COLLINS
  4. JEALOUS GUYS / JIMMY SCOTT , MIKE KANAN
  5. I GIVE YOU SPRING / 葉加瀬太郎
  6. NEW YORK STATE OF MIND / BEN SIDRAN

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