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どんな旅も力試しですね。いろんな意味で試されるのが旅で、これからも試していきたいですね。

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  高木敏光 - コンテンツ・クリエーター -
1965年北海道生まれ。早稲田大学文学部卒業後、様々なマルチメディア・コンテンツを制作する会社に入社。2004年に高木さん1人で制作したインタラクティブ・ゲーム『クリムゾン・ルーム』が全世界からの5億以上のアクセスを記録します。翌年、独立し、株式会社タカギズムを設立。現在は、携帯電話向けのコンテンツなどの企画制作や、ITコンサルティングをされています。
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『クリムゾン・ルーム』は何の制約もなく作った自由なゲームなんです。(高木)

高木さんの作られた『クリムゾン・ルーム』は世界で5億アクセスを記録したんですか?

はい。その理由の一つが、無料でプレイできるゲームということなんです。フラッシュという技術を使って作っていて、インターネットの繋ぎさえすれば、世界中の誰もが無料でプレイできるんです。簡単にゲームの説明をしますと、密室に閉じ込められたところから、クリック一つで、謎を解きながら脱出していくというゲームなんです。

ネット配信して世界中の人に楽しんでもらおうという考えは最初からあったんですか?

日本人にしか分からないコンテンツは嫌だったんです。なので、あまり言葉に依存せず、世界中の人に見てもらうことを前提で作りました。

何の制約もなく作った自由なゲームでも、会社の他の人達からは、そのゲームを商品にしたいと言われたのではないですか?

それとは逆のことが起きました。お正月の間に世界でブレイクの兆しが見えたんですけど、『クリムゾン・ルーム』へのアクセスで会社のサーバーが飛んでしまって、休み明け早々に怒られました。

(笑)。そして、その『クリムゾン・ルーム』を小説として、今年の4月に出版されましたね。

とても刺激的な経験でした。この小説は、ゲームをモデルにしたものではなく、一線から身を引いたあるクリエーターがどのようにして爆発的な人気の出たゲームを作るに至ったのかというお話なんです。なので、思い入れたっぷりに虚実織り交ぜながら書きました。


日本のマルチメディアはゲームから発展していった感じがします。(高木)

カンヌとニースに3回も行かれているんですか?

はい。マルチメディアが世に出始めた時、大勢のお金持ち達が参入したがったんですが、知識やノウハウがないので、カンヌで行われる有名なマルチメディアの見本市「ミリア」に、解説役として同行しました。お金持ちのパトロンが付いていますから、ファースト・クラスで行って、はしゃがないようにするのに精一杯でした(笑)。今思えば、損しましたね。はしゃげばよかったですね(笑)。

(笑)。カンヌのマルチメディア見本市「ミリヤ」というのは、どんなものなんですか?

世界中から集められたCD-ROMやDVDでマルチメディアの作品が出品されるんです。私たちとってマルチメディアというのはカリフォルニアのものという先入観があるんですけど、実際に見本市に行ってみると、ドイツやスペインやイタリアのものもたくさんあって、特にレベルが高かったのはイスラエルのものでした。

へえ。

ゲーム以外にもいろんなものがあって、お料理の作り方を動画と音声で解説している“奥様のためのお料理講座”みたいなものとか、イタリアの場合は、“イタリア・ワインのすべて”みたいなものを作っていて、自分達の暮らしに根差したものが多く、ドイツの作品で“あなたのフォルクスワーゲンの直し方”というタイトルを見た時は、これを買って翻訳してもダメだけど、日本で“あなたのトヨタの直し方”というものが成立したら面白いなと思いました。

なるほど。日本の場合はゲームから発展していった感じですか?

まさしくそういう感じがしました。イスラエルは軍事大国ですから、暗号に関するCD-ROMがあったりして、それぞれお国柄が出ていて、それが年々にグレードアップしているんです。で、僕が日本人だと分かると、フランスの若い人達は「ビオ・アザールは好きか?」と聞いてくるんです。それは『バイオ・ハザード』のことなんですけどね(笑)。


ジタンは、フランスで吸うと味が変わるんですよね。(高木)

カンヌもニースもすごく美しい所で、日本にはない雰囲気がありました。建物や石畳は西暦1000年くらいからあるとても古いものなのに、全く壊れていないんです。

特に忘れられない景色はありますか?

朝、一人で街を歩いてみようと思って、地中海の浜辺を歩いて、広場に行くと、朝市みたいなものがやっていて、そこで小さな女の子がミモザを売っていた光景が今でも目の中に残っています。僕はカメラが好きなんですけど、敢えてその時はカメラを持たないで歩いていました。

写真を撮らない場合の方が、心の中に焼き付きますよね。南仏の食べ物はどうでしたか?

朝からやってるバールから良い匂いが漂っていて、牡蠣を蒸したものやムール貝をガーリックバターで炒めたものを頼んで、朝からワインを飲んで、天国のようでした。やっぱり空気感が違うから景色の奥行き感も違うし、そこに行かないと感じられないものですね。ニースの空港に降り立った時、皆がゴロワーズやジタンのタバコを吸っていて、タバコの匂いが印象的でした。ジタンを自分の部屋で吸っていても気分はフレンチにならないのに、フランスで吸うと味が変わるんですよね。

街の空気を、タバコを経由して吸うからですかね。


自転車に凝っていた時に偶然、ホノルル・センチュリーライドを見つけて、家族を巻き込んで行きました。(高木)

高木さんが初めて訪れた海外は?

ハワイのマウイ島に行きました。その頃、外資系のマルチメディアの会社にいて、まだ海外渡航歴がなかったので、研修旅行ということで、社長に連れてってもらいました。マウイの印象は気候がさらさらしていて、私は北海道出身なんですが、北海道と似ていました。一緒に行った人はハワイ歴の多い人ばかりだったので、手広いコンドミニアムに借りて、車でスーパーマーケットに買い出しに行って、最初の夜は社長自らちゃんこ鍋を作ってくれました。

ハワイを知っている人達の旅ですね。

そうかもしれません。毎日、プールに行ったりビーチに行ったりしていました。あとはマグロを釣りに行ったりしました。朝4時頃、男達だけで港に行って、小さいマグロが一匹だけ釣れました。

その後もよくハワイには行かれているんですか?

はい。最初の旅がキッカケになって、その後、家族を連れてほぼ毎年行くようになりました。2004年にはホノルル・センチュリーライドにも参加して、これは自転車による100マイルのツアーリングなんです。経験や体力に応じてスタート時間をずらして、2000~3000人の人達がカピオラニ公園から東海岸を上って行くんです。当時、私は自転車に凝っていて、部品を買ってきて自分で組んだりして、夢中になっていました。その時に偶然、センチュリーライドというイベントを見つけて、家族を巻き込んで行きました(笑)。


ラスベガスのスロットは実際のお金でやるところが面白いですね。(高木)

ラスベガスにも行かれるんですか?

「NAB」という世界の最新の放送機器の見本市がラスベガスのコンベンションセンターで行われることが多かったんです。でも放送機器のことは分からないので、カジノに入り浸っていました。

ラスベガスのカジノでは何をされるんですか?

スロット・マシーンが好きです。僕はラスベガスで負けたことはありません。とは言っても、2度ほどしか行ったことがないですけど…。実際のお金でやるところが面白いですね。

サンフランシスコにも行かれたんですか?

インターネットの世界で画が動き始めたのが1995年くらいのことで、私がインターネットなどを意識しないで作ったゲーム作品が題材となって、サンフランシスコで世界で初めて動いたんです。ショックウェーブという技術でした。「FIRE BOY ON ICE」という氷の上を少年が飛び跳ねるという単純なゲームなんですけど、ファンになってくれた人達がいて、一緒に飲みに行きました。

ほう。最後に高木さんにとっての旅とは?

どんな旅も力試しですね。一人の旅なら淋しさや退屈に耐えられるか、他の人との旅だったら喧嘩しないで調和できるかが試されていると思います。その他にも、どこの食べ物でも美味しく食べられるかということや、語学力など、いろんな意味で試されるのが旅だと思っていて、これからも試していきたいですね。

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