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若い時はどんどん外に出てみるもんだなあ、という気はします。

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 Kenji Jammer - ギタリスト -
1964年東京生まれ。元クリームのジャック・ブルースとの共演をきっかけに渡英、以来ロンドンに在住。83年にデビューアルバム「Electric Guitar」を発表。SEAL、アニー・レノックス、U2や尾崎豊、坂本龍一、UAなど国内外のアーティストのレコーディングに参加。現在はシンプリー・レッドのギタリストとして世界で活躍中。
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とにかくギターさえ弾ければいいと、ギャラも関係なく行きましたね。(Kenji)

まずはこの“Kenji jammer”というアーティスト名の由来は?

これは僕がイギリスに渡った時に、初めてルームシェアをしたアメリカ人のDJがいまして。黒人でドレッドロックス(髪型)で、いつもレゲエとかダブとかを流していて、僕はそれに合わせてチャキチャキとギターを弾いていたんですよ。そうしたら彼が僕のことを、キング・ジャミーという有名なレゲエのアーティストの名前をもじって「ケンジ・ジャマーだ」って言ったんです。

アーティスト名もそれでいいか、みたいな?

はい、ゆるい感じで(笑)

Kenjiさんは色んなツアーのサポートメンバーをされたり、クラブでもギター1本でセッションしたりと、イギリス国内はもちろんアイルランドやオランダ、パリにもギター1本を持ってポーンと行っちゃうんですよね。

そうですね。80年代後半の当時はDJカルチャーが出始めで、一緒にやっていた人もミュージシャンというよりはDJだったんです。その頃新しいことをやりたいDJプロデューサーの中には「ダンスミュージックにギターを融合させたい」というアイディアを持ってる人達がけっこういたんですよ。後にU2のプロデューサーになるポール・オークンフォールドという人がよくDJをやる時に、僕は隣でミキサーにアンプを突っ込んでギターを弾いたり、色んなハプニングを起こして(笑)。彼らも毎晩同じレコードかけていてもつまらないだろうし、「変な奴が来たから一緒にやってみよう」みたいなチャレンジ精神があったんじゃないですかね。とにかくギターが弾ければ何でもいいと思ったから「弾いてよ」と言われたら「いいよ」と、ギャラも関係なく行きましたね。でもあの頃そうやってできた人脈が後々生きてきたので、若い時はどんどん外に出てみるもんだなあ、という気はしますね。

日本で成功していたとは言え、ロックの本場のイギリスで認められるところまで行くのは難しいと思うんですよね。それは逆に考えなかったのかな。

考えてたらできなかったでしょうね。スポーツやクラシック音楽みたいにコンテストに入賞するとか、そういうラインがあれば毎日の努力の積み重ねができると思うんですけど、僕らの場合は好きなことを続けて行ってファンの人がついて来れば、それが成功みたいなものなので。



ロンドンはパリともニューヨークとも違う時間の流れが心地良いですよね。(葉加瀬)

僕もいつか必ずロンドンに住みたいと思っているんです。96-97年頃にレコーディングで行った時に、ここで音楽作るのがとても自分に合っていると思ったんです。それ以来何度か行っているんですか、やっぱり住みたいですね。kenjiさんは今はどの辺に住んでいるんですか?

ウエストロンドンといって、ノッティンヒルゲートの辺りなんです。近くにポートベロー・マーケットってフリーマーケットがあって。

骨董品がいっぱい並んでいる所ですね。

そうです。そこは生活用品が安くて庶民的な所なんですが、若いクリエイターが近くに住んでることも多くて刺激的でもあり、なおかつ平和で穏やかな場所ですね。まあ、間違った時間に間違った場所に行くと危険なのは、ここも同じですけどね。

20年近くロンドンに暮らして、どんな所がお好きですか?

他の国に住んだことがないので比較はできないですけど、東京と比べるとすごく落ち着いている感じがしますね。飛行場に着いた瞬間から何となく全体の時間がゆるくなったような気がして、いい意味で個人主義というか、他人に干渉されずに生きていけるような気がします。葉加瀬さんも音楽を作る時にそういう環境に憧れるのかも知れないですね。

そうですね。Kenjiさんのおっしゃる通り、時間の流れが心地良いんですよね。仕事でも例えばパリやニューヨークにも行ったことがあるんですが、それとは違う独特の時間の流れを感じるんです。

あと、イギリス人ってアメリカのコマーシャリズムにアンチの姿勢を取っている所があるので、「今はこういうものが流行ってるから」という姿勢で物を作ることは良くないとされるというか、その人らしい物を作った方が、それが例えコマーシャルな作品じゃなくても評価されたりするんですね。

評価されて、例えば音楽ならそれがチャートにも入るんですよね。

そうですね。評価する人数が多くなくて消える作品もありますけど(笑)、それでも好きな人達の間では“隠れた名盤”みたいな感じで聴いてくれたりするので。

そんなロンドンの街から生まれる、最近の音楽はどんな感じですか?

今は“ガレージ・リヴァイバル”と言って、70年代後期から80年代前半のニューウェーブのテイストを取り入れた若いバンドが出てきていますね。アメリカのホワイト・ストライプスとかイギリスのキラーズとか。僕の周りの友達も、子供がもうティーンエイジャーになっていて、彼らがだんだんそういう昔の音楽を聴くようになって。うちの子は8歳でそういう音楽に少しずつ目覚めて来た頃ですが、知らない時代のものに憧れて聴くようになるんだなって。ファッションもぐるぐる回っているし、時代の流れを目の当たりにして面白かったです。



金閣寺をバックに、イタリア人の団体客とメンバーで写真を撮りました(笑)(Kenji)

実はこの番組で2002年にロンドンを取材した時に、屋敷豪太さんのスタジオにお邪魔してお話を伺ったんですが、Kenjiさんがギタリストとしてシンプリー・レッドに参加するきっかけは何だったんですか?

豪太さんに声をかけて頂いたんです。豪太さんは91年に大ヒットアルバム『スターズ』の頃からシンプリーレッドに参加して、子供が産まれてからはしばらく抜けていたんです。でもその後のツアーでバンドがバラバラになってしまったらしくて、オリジナルメンバーがミック・ハックネルだけになってしまったので、98年にアルバムを作るに当たってもう一度豪太さんが参加して、周りのミュージシャンを集めている時に、僕にも声がかかったんです。

そのアルバムが『ブルー』。これは僕も大好きです。そしてなんと、つい最近までミックさんは日本にいらっしゃったということで。

そうなんですよ。ミックは豪太さんと僕と、日本人ミュージシャンと2人も仕事をしたにもかかわらずツアーで一度も日本に来たことがなくて、普段ツアーをしてもホテルと会場と、外に出ても少し位なので、「日本人の友達とじゃなければ見れないような所を見てみたい」ということで10日ぐらいプライベート旅行で日本に来たんです。

完璧にお忍びじゃないですか(笑)。

そうなんですよ。京都に行ったら日本人はミックさんを見ても誰も分かんなかったんですが、たまたまイタリア人の団体客と金閣寺で遭遇しちゃって、みんなに「シンプリー・レッドだ」なんて言われて観光客が集まって来ちゃって、一緒に写真を撮ったり(笑)

ははは! 京都で!

金閣寺をバックに(笑)。

でも、とてもチームワークのいいバンドになってるんですね。

確かにそうですね。大人だからいい感じでルールを守っているし、多分これが若い頃だったら人気が出て勘違いしちゃうメンバーもいるだろうし、うちも色々とゴタゴタがあったみたいですけどね。今はみんな落ち着いて、バンド内の目標もフォーカスされていい感じで進んでいます。

今年はシンプリー・レッド結成20周年ですね。どんな活動をされるんですか?

今まさにレコーディングをやっていて、2枚アルバムを出す予定です。1枚はアンプラグドみたいな優しい音で、もう1枚はもっとロック色のあるファンキーなものになると思います。今年の後半か来年に続けて出す予定です。あとは今年の後半からワールドツアーが始まります。



「こんな時代になった」とあきらめるより「俺も作ってやる」と思って。(Kenji)
Kenjiさんの音楽はロンドンの風景にフィットしますね。(葉加瀬)

2002年から『HULA-HULADANCE(フラフラダンス)』というシリーズを出されて。これはどういったきっかけで?

テクノロジーが進化して誰でもCDを作れる時代になって、そこで僕らみたいに音楽で食べている人間は「こんな時代になったか」とあきらめるか「俺も作ってやるぜ」と思うかのどっちかだと思ったんです。それでノートパソコンのレコーディング・システムを手に入れた時に、「これは自分が求めていたやり方だ」と。グループで作業すると色んな人のアイディアが入ってきて、それが「違うなあ」という方向に行っちゃうのも嫌だったんですね。それで自分の家ならただでレコーディングができるわけだから、どんどん録っていこうと思って始めたのがこのシリーズなんです。家でもツアー中のホテルでも録れるので、どうしてもリラックスモードに行ってしまうんですが、それが自然に出てきたものだからそのまま音に残したいと思いまして。そうするとどうしてもワールドミュージックみたいな方向へ行っちゃうんですね。

ハワイアンミュージックもイメージの中にはあったんですか?

僕はハワイには行ったことがないんですが、ワールドミュージックでもアフリカの音楽をやる人ならアフリカに傾倒して勉強するってイメージがありますけど、僕にとってのワールドミュージックはビーチで寝転がって聴くような、気持ちが良ければいいじゃないかという音楽なんです。そういう頭を空っぽにして聴ける音楽というか、自然に色んな楽器をとっかえひっかえ弾いているうちに、そこに行き着いた感じですね。

ハワイアンもキーワードとしてはあるんですけど、僕には端から端までロンドンの音に聞こえます。

そうだと思います。やっぱり自宅で録っていますし。

僕は天気のいい日曜日にポートベロー・マーケットを散歩するのが好きだったんですけど、その風景にぴったりフィットする音楽ですね。夜のクラブでかかっていても、たまらないでしょうし。

パーティでこのシリーズをかけてくれているDJの人もいるみたいです。チャートに入るようなものじゃないですけど、末永く「この1枚好きなんだよね」って気に入ってくれる1枚になっていたらうれしいですね。

なるほど。僕は自分の音楽を作る時に“使える”ってことを意識するんです。この曲はこういうシュチュエーションに使えるなって。この作品もとっても“使える音楽”ですよね。「この場所で聴いたらいい」っていうのが伝わりやすいのが素敵だなあと思いました。



“フラフラダンス”と並行して“ゆるゆるギターズ”を始めようと思ってます(笑)(Kenji)

つい最近ベストアルバム『HULA-HULA DANCE BEST』が2枚出ましたね。

ベストって呼ぶのは恥ずかしいんですけど(笑)海外でも活躍されているファンタスティック・プラスティック・マシーンの田中知之さんと、モデルで子供服のデザインもやっている雅姫さんのお2人がフラフラを気に入って下さっているということで、彼らのセレクションという形で一応ベストと呼んでいるんですけどね。

2枚ともかなり違う雰囲気で楽しめますね。

そうですね。お2人それぞれが選んだので違うサウンド感で、田中さんはDJなので踊れるグルーヴィーな選曲で、雅姫さんの方は家庭らしさとか、“聴くアロマ”じゃないですが、女性がリラックスできるようなセレクションになっていると思います。

ボリュームを小さくしても大きくしてもそれぞれ楽しめるんですよね。リビングで、とかパーティで、みたいに使い分けられるのがいいですね。さて今年のKenjiさんのご予定は?

まず今年の後半にワールドツアーが始まるので、夏からリハーサルです。その前の6月に日本に帰って来て、フラフラダンスと並行して“ゆるゆるギターズ”というプロジェクトを(笑)始めようと思ってます。

ははは! フラフラダンスもゆるいけどもっとゆるいんですね?

はい。フラフラダンスはどちらかというと打ち込み系というか、ゆるゆるギターズはもっとLowでレアなライブサウンドという感じで、でもリラックスした、たるーい音楽なんです(笑)レコーディングは終わってリリースを待つばかりといったところです。

ゆるゆるギターズ、分かりやすい名前ですね。

次はぐるぐるかな、と。

ははは! さてKenjiさんにとっての夢は?

うーん、平和、ピースかな。人間は誰でも役割を持ってこの世に生を受けると思うんですけど、そこに差があって他人に嫉妬することもあると思うんですけど、だんだん年を取ってくると「自分はこれをやるために生まれてきた」と思ったりしますよね。そんな風に思えたらその気持ちを上手くキープしながら、みんなと調和して生きて行くことが、夢と言うか人生の旅じゃないかと思います。

ありがとうございました。


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