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移民局の天井が「ウソ! これは!」というくらい綺麗なの。(立川) 前から“移民”をテーマに何かやりたかったんですよ。 一言で言っても、デッカイですよね。 うん。“移民”って暗いイメージを持つ人もいるじゃないですか。 僕の中のイメージでは、『ゴッド・ファーザー・パート2』の冒頭のシーンですよね。暗い感じのね。 ところが考えてみたら、アメリカという所は“移民”が作ったような国だし。N. Y.はもっとそれが凝縮されている感じがあるなと前から思っててね。それで一昨年かな。前から行ってみたかったエリス島へ行ったんですよ。そうしたらエリス島の元の移民局の所が、現在“移民ミュージアム”になってたんですよ。 博物館ですか? うん。それで本当に“移民の歴史”というが上手く展示されてて。もう全部分かるのね。1850年くらいから現在まで現在進行形でね。移民局の建物の2階の天井があって。その2階というのは“レジストリー・ルーム”と言って。そこに移民が集められていろんな検査があった所なんですけど。その天井が本当に「ウソ!これは!」というくらい綺麗なの。 天井がですか? タイルなんだけどね。 タイル張り! この美しさには度肝を抜かれて「これは何だ!」と思ったの。そうしたらそれを作ったのも移民の人で。グスタ・ビーノと言うスペインから来た人なんです。それで興味を持っちゃって。興味を持つとやりたくなっちゃうんですよね(笑)。 ハハハ(笑)。それはその天井をフッと見た瞬間に「これは何だ!」と。そこから謎解きが始まっていくんですか? うん。 それで調べたら、グスタ・ビーノという人だったと。 それでグスタ・ビーノを調べようと(笑)。そしたらN.Y.のセントラルステーションや、聖ポール教会とかの杉綾模様の天井は、全部グスタ・ビーノという人がやってて。コロンビア大学にアーカイブがあるくらいすごい人で。それまで全く知らなかったんだけど。やっぱり1890年から1950年代までで、マンハッタン島だけで800カ所くらい手掛けてるんですよ! 天井とか建築とかでね。アーチみたいなのが得意な人だったのね。 ホー。 もうビックリして「ヨシッ、これだ!」と。それで雑誌的に言うと“柱が出来たな”と(笑)。 一つ興味を持って、そこで雑誌の記事として柱が出来たなと。 そう(笑)。「建築だ!」と。そして、さっきちょうど葉加瀬さんが『ゴッド・ファーザー』の話しをしたけれども、『ゴッド・ファーザー・パート2』にも出てたギャングのボス役で、現在の演技派の俳優全員を育てたんじゃないかと言われるリー・ストラスバーグも、このエリス島を通ってアメリカに入っていたんですよ。 なるほど。 もう「これでいける!」と。建築・演劇・映画、あと“食べ物”はそのまま全部いけば。「それでいこう!」という事になって。それでN.Y.に行って。そういう観点でN.Y.を観たらすごく面白かった。 なるほどね。 |
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アル・パチーノとかの演技を観ていると、「その眼は歌舞伎か」みたいな。(立川) リー・ストラスバーグという方を、もう少し詳しく教えて頂きたいんですが。 この人は、ウクライナからの移民なんですよ。それでアナ・ストラスバーグさんというのは、リー・ストラスバーグと出会って結婚をして。リー・ストラスバーグが82年に亡くなった後、そのアクターズ・スクールを引き継いでいる人なんだけど。 なるほど。 どんな人かという前にね、今の移民の話で、「これは実話としてはすごいな」と思ったんだけど、すごくいい話しがあるのよ(笑)。 はい。 そのアナ・ストラスバーグが言うのね。「リーはアメリカに8歳の時に来たんです。それでエリス島に入った時に、レジストリー・ルームという所へ行くんだけど、そこが移民でいっぱいになってた」と。入国する為には入国審査で健康検査をするでしょ。それで眼の病気の人は、着ている服の所にチョークで△とか×とか描くんだって。綺麗なレジストリー・ルームに階段があって、真ん中に棒があって3列に別れているんですね。それで病気とかの人は、健康な人とは別のルートを進むので“別れの階段”と言われていたんですよ。 ホー。 だから母親と一緒に来ても、その母親が健康体で子供が病気だったら、子供はもう1週間ここにいけないというのがあったんですね。それで、リーも母親と別れて1週間ここにいなければならないという時に、検査官の人がリーの所に来て、チョークを消して「お母さんの所に行け」と。 うん。 その時からリーはアメリカが好きになって、「自分はアメリカの為に何かをしたいと思った」という話を聞いてね。 すごいな! 来ます、かなりキマス(笑)。 かなりくるでしょ(笑)。それで彼はアメリカで演技の勉強を全く新しいやり方で教えてね。それまでのアメリカの演技というのは、“どんなものを演じるか”という、表面的なというかハリウッド的なところだったのを、“その役になりきる為のメソッド”というのを開発して。 うん。 だから一緒に、エリア・カザン監督とか硬派な人達とやるんですよ。それでマーロン・ブランドの『波止場』あたりの50年代から全部やってきて。それでアル・パチーノとロバート・デ・ニーロが愛弟子と言われてるんです。だから、それまでのハリウッド型のタイプじゃなくて、ものすごくリアルな演技というのをやったんです。ポール・ニューマンやマリリン・モンローも、実はそのアクターズ・スタジオで勉強してて。 ハァー。 N.Y.だけじゃなくて、L.A.にも分校みたいなのを作って。本当に現在のアメリカの映画・演劇界を語る時に中核を成している俳優というのは、全部リー・ストラスバーグの薫陶を受けているという。 なるほど。もう大元と言っていいんですね。 すごい人ですね。“眼の演技”なんて、それまでのハリウッドには無かったわけですよ。面白かったのは、歌舞伎にすごい影響を受けたということ。『ゴッド・ファーザー・パート2』のプロモーションで日本に来たんです。アナさんも一緒に来て歌舞伎を観に行ったんですって。 はい。 それでリー・ストラスバーグがすごく感動して。そこからまたステップアップをしたと。その歌舞伎というのが、演目は覚えてないんだけれども、息子が亡くなったという知らせを持って来た侍がいると。それを聞いた母親が、顔に出さずびっくりもしないで、眼だけで演技をしているのを観たそうなんです。 ホー。 「アッ、これだ!」と思ったらしいんです。 日本人的には分かりますね。 分かるでしょ。それをアル・パチーノやロバート・デ・ニーロに教えた。それを知ってアル・パチーノとかの演技を観ていると、「その眼は歌舞伎か」みたいな(笑)。 2ドルでロシア旅行みたいなね(笑)。(立川) 僕もレコーディングの為に、1度N.Y.に2ヶ月くらいステイした事があるんですけど。95年くらいからすごくN.Y.に憧れて。「行かなきゃならない!」と思って。まず始めは単純に1週間くらい遊びに行ったんですね。ちょうどその時にブリザードが来て、突然の大雪で。おかげで街が全部死んじゃったんですね。飛行機も高速道路も全部ストップして。でもその時にタクシーは頑張って働いていたんですね。タクシーで街に行くと、チャイナ・タウン、リトル・イタリー、アラブ人街。全部開いているんですよ。“生命力の強さ”といいますか、平気で営業しているんですよね。「これは力だな」と思ったんですね。 うん。 その後、今度はレコーディングで1ヶ月くらい居て分かって来たのは、そのストリートに行けばみんなその言葉を喋ってるという。リトル・イタリーに行くと、イタリア人がイタリア語で喋ってたり。チャイナタウンに行ったら、そこは本当に中国が出来てるんですよね。 “中国”だよね。僕が思ったのは、現在の中国よりN.Y.のチャイナ・タウンの方が中国っぽいなと(笑)。 ハハハ(笑)! 現在の中国は、上海とか行くと何か外国っぽくグローバル化してて。北京なんかも、本当に北京なのかと思うんだけど。チャイナ・タウンに行くと、「これが僕達が好きだった中国だよね」という“中国感”があるんだよね。 そうかもしれませんね。逆に自分達のアイデンティティをしっかり守る為に、みんなが「このエリアは、僕達の街!」と。でもブロードウェイに行く時は、ちゃんと「HELLOW,HOW ARE YOU?」と英語で挨拶するんだよね(笑)。 あれが面白い。それで“ロシア人の街”というのがあるんですよ。 それどの辺ですか? コニーアイランドのすぐ横にある、ブライトン・ビーチの辺が「リトル・オデッサ」と呼ばれてて。「行ってみよう!」と。これはすごい! 下りたらもう「ロシア〜!」みたな(笑)。 「バラライカ〜」みたいな? すごいですよ。レストランにしろ何にしろ、とにかく英語がほとんど無いんですから。居る人も、ほとんどがロシア人で。多分現在のロシアよりロシアっぽい(笑)。これは強力だった。結局コニーアイランドの辺までって、遠いじゃないですか。「これは地下鉄だろう」と地下鉄で行ったんだけど、現在N.Y.の地下鉄って2ドルじゃないですか。もう2ドルでロシア旅行みたいなね(笑)。 でもそうかもしれない。まぁN.Y.が都会の1番の見本だとして。そういう意味では、東京って外国人に対して本当の意味で開放されてない所がまだまだあるじゃないですか。 うん。 やっぱりいろんな住み分けを上手くしながら、でも一つの街を創っていく“混沌とした街””となっていかないと、本当の大都会にはならないですもんね。 そういう意味ではN.Y.はすごいですもんね。ユダヤ人エリアのウィリアムバーグという所に行くと、本当にみんなが黒い服装をしていて。それにユダヤ人の人って笑わないじゃないですか(笑)。観ているとSFみたいなんだよね。 ハァー。 「何だこれは!」って。それでまたちょっと行くと、今度はギリシャ人街があって(笑)。そこに行くと昼間から酒を飲んでて思いっきり明るいわけ。その間をタクシーで移動しても、8ドルくらいかな。その“世界旅行”はすごいですよね。 それを全部N.Y.で観てしまえるというわけですもんね。 ポーランドもそうだし。だから今まで何回かN.Y.に行ってるけれども、N.Y.の食べ物屋とかを巡っても、何か飽きないのね。 世界1周ですもんね(笑)。あのマンハッタン島が1つの世界。 マンハッタン島と、あとクイーンズの方と。 文化的には、“N.Y.だけで、実は世界がある”という事ですね。 “ROCKのリズムを使ったからROCKだ”というわけじゃないと思うのね。(立川) 立川さんの1日の平均睡眠時間って、本当に3時間なんですか? 3〜5時間ですね。でも5時間も寝れば充分ですね。3時間でも平気。 僕なら考えられませんね。 僕はスイッチみたいなもんです。みんなみたいに“ベッドに入ったけど寝れなくて本を読む”なんて無いですからね(笑)。ベッドに入る=寝る。それで“起きる=ベッドから出る”という事ですから。 その後、まどろんだりという事は無いんですか? 全く無いですね。一切無い。 もうすぐ何か行動してしまいたい? うん。起きてすぐ原稿書けますもん。 ハァー。立川さんは旅が多いですよね? 東京に帰って来て“今日は家でグタ〜”とかも無い? 無い。 すごいですね。でも逆に言うと、飛行機の中でもちゃんと休めたりするんですね? 飛行機の中も、この間、移民の取材でN.Y.に行った時も、飛行機の中で小津安二郎の映画をやっていたんですよ。それを観て「結構いいな」と思ったりとかね。あと『イージー・ライダー』もやっていたんですよ(笑)。 ハハハ(笑)、もう全然眠れないや! 『イージー・ライダー』も現在観たら本当にかっこいいんですよ。 そうですね(笑)。 “ただ最近のヒット曲が流れていればいい”という映画のロックの使い方と、根本的に違ってね。改めて見ると「やっぱりデニス・ホッパーは大したもんだ」というような感じ。だから若い時に観た映画とかを改めて観るのがこの頃好きなんですよ。見方が全然違うからね。 なるほど、そうですね。でもお仕事と自分の趣味の境がほとんど無いんでしょ?N.Y.行っても、エリス島で上を見て「すごいな、このタイルは!」と思って、そこからバーッと調べる事が仕事になっちゃうんわけだから。そうやって毎日を暮らしていると、休む瞬間っていうのはね…。 だから最初嫌だったんですよ(笑)。仕事は、例えば音楽と映画ぐらいにしておこうと思ったんだけど。何でかは分からないんだけど、線引きしようと思ってもいつからか出来なくなっちゃったから、「もういい!」と。 「もういい!こうなったら人生を捧げる」と(笑)。 そう。「自分は社会性が無いだけだ」と(笑)。 本当に数多くのアーティストも観ていらっしゃるだろうし、面白いなと思ったら引っ張って来て日本に紹介したりとか。そういう行動に出てしまうんでしょ? 何か観て「この人はいいな」と思うと、「一緒にやりたいな」と思ったり。でもそういう時ってお互いに思う時ってあるじゃないですか。そういう風に言っておいて、2年後に出来たりとか。「日本公演をやりたい」という話しだと、「絶対やりたい!」って直感で決めたりとか。だから若いアーティストも好きだし、意外に忘れさられていた人ともう1回やるのが好きなんですよ。 なるほどね。 「今後をちゃんと見せたい!」なんてね。 今年もアル・クーパーの来日公演を実現させましたね。 あれもすごかったですね。昔から大好きで。自分で好きなミュージシャンを5人選べと言われたら、絶対入るくらい好きで。だから日本公演の話があった時に「絶対やりたい!」と言って決めて。でもやって良かったなと思ったのは、ライブがすごい良かったのはもちろん、会場に来てた人が言ってたんだけれども、「東京の正しい不良が、全部集まってたね」って言うくらい(笑)。 うん(笑) 現在ROCKと言っても、何か“ROCKっぽい”というか、表面的に“ただ音楽でROCKのリズムを使ったからROCKだ”というわけじゃないと思うのね。 そうですね。 ROCK的な生き方をしている人が「お前元気だった?」みたいに、会場で肩を叩き合っているのを見たら、「正しい夜だな〜」って。 なるほどね。 自分のベッドで1週間以上寝ると落ち着かなくなって来る。(立川) 来年も旅が続くと思うんですけど、何か決まっている旅はあるんですか? そんなに決まっているのは無いんですけど。日本の田舎も面白いなとこの頃思ってます。島とかね。あと仕事では、2005年にある『愛知万博』のプロジェクトもやってますから。例えばその万博の件で、ローリー・アンダーソン(愛知万博に参加するアート・クリエイター)と打ち合わせをするという場合は、N.Y.に行かないとならないとか。“彼女がアテネ・オリンピックをやるから、アテネで打ち合わせをする”とか。 うん。 それも思うんだけれども、現在世界が近いじゃない(笑)。飛行機で11時間とか。みんな「N.Y.に2泊4日」って言うとビックリするけど、「クルーが出来るんだから、僕も出来るはずだ!」と。 “クルーが出来るんだから”ね(笑)。 そんなおかしい事でも無いし。そういう風に考えると、かえって日本の田舎に行く方が途方もなく時間がかかりますもんね。 そうかもしれませんね。 だから海外の“都市”は近いと思う。だから都市じゃない所に遊びに行って、都市では仕事をすると。 これからもずーっと続くと思うんですけれども、“旅とは何だ?”というのを、自分の中では何か明確なものを御持ちですか? 刺激だね。だから自分の家に1週間以上居ると、身体が何かね…。日本国内でもいいから移動してないと。自分のベッドで1週間以上寝ると落ち着かなくなって来るよね。 アハハハ(笑)! だから日本にいる時は、ちゃんと週に1回くらい大阪へ行くなどのスケジュールが入っていますから。 そうですか。自分の家は落ち着かない。 もちろん好きなんですよ。家は好きなんだけれども移動が好きなんですね。見える景色とか、変わるものとか。あとちょっと不自由じゃないですか。自分の家じゃないと。 はい。 その不自由さと、自分の家に来た時の“全て何でもある”という感じのバランスがすごく好きなの。 なるほどね。両方ないといけない。もちろんそうですよね。旅は終わるから旅なんですよね。 旅に行く時に、あんまりいろんな物を持っていかないんですよ。本とかCDとかをいっぱい持ってっちゃうと、家と変わらないじゃない。それは意外とつまらなくて。旅に行った時に、普段見ないんだけど漫然とテレビを見てしまってたりとか(笑)。そうしているのが意外と“いい無駄”だなと思うのね。 それは僕にとって新鮮な言葉でしたね。僕はとにかく荷物が大きいんですよ。 僕は「何でそんなに少ないの?」と言われるくらい、荷物が少ないんですよ。 僕は全部持っていきたいのね。ホテルにチェック・インしたら、全部自分の部屋と同じようにしないと嫌なんです。 昔、僕もそうだったの。でもある時に「それは違うんだ」と思って。「自分は旅人なんだ」って(笑)。例えば異邦人のような感覚で放浪しているか、指名手配されている犯人みたいになると、ハードボイルドな感じが味わえるんですよ(笑)。 そうすれば荷物も小さくなると。いつでも逃げられるように(笑)。 昔のゴダールの映画で、ミッシェル・ピコリの「俺の人生は、トランク一つだ」という台詞が結構好きで。だからこの頃は旅の時に本も持っていかないのね。本を持っていくと続くじゃない。特に長い本の方が“旅の間ずっと読める”なんて基本的に思うんだけど、それは間違いで。何か日常が持続してしまうと思うのね。 なるほど。 だから旅はやっぱり“非日常”になった方が楽しい。 勉強になりました。 ありがとうございました! |
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