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Washington,D.C.

危険さえも恐れず、好奇心と正面から向かい合う勇気から
「今日のニュース」が生まれる。

 

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PROFILE
  安藤優子 さん

安藤優子 - ニュース・キャスター-

ニュースキャスター。1958年生れ。アメリカ留学を経て79年上智大学比較文化学部在学中から、テレビ 朝日のニュース取材に携わる。81年初めての取材「ポーランド“連帯”」以降、常に世界の取材活動の 最前線で活躍。87年「フィリピン暴動」ではギャラクシー賞個人奨励賞を受賞。フジテレビ系「スーパ ータイム」で激戦の18時台ニュースを制し、現在では同系「ニュースJAPAN」のメインキャスターを努める。


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「クリントン大統領に会えば絶対魔法にかけられる」と言われたんです。(安藤)

ありとあらゆる国のボスに会われて、会った瞬間に違うオーラを感じたことは?

人それぞれですけど…クリントン大統領は色んなスキャンダルがあったじゃないですか。でもお会いする時、あるワシントンの女性記者に「明日クリントン大統領のインタビューをするんだけど、率直に言ってどういう人?」と聞いたんです。すると「私もワシントンのホワイトハウス詰めになる前はクリントン大統領に対しては非常に疑問だった。でもこれだけは言っておくわ、優子。貴方は彼に会えば絶対魔法にかけられる」と言われたんです。「そんな馬鹿な! 別にタイプでもないし」と僭越にも思ったんですが、実際にお会いして凄くその意味がわかりました。

どういう感じだったんですか?

クリントン大統領というのは会った人に対して、自分がどれだけ“貴方の話を聞いてますよ”“貴方のことを凄く考えてますよ”“貴方に注目してますよ”“貴方を敬愛してますよ”ということを全身で表現する方なんですよ。

はー、そうですか…。

彼は距離で表現しますね。座ってインタビューしたんですけど、最初は二人の距離が1mくらいあったんです。それが段々話をしているうちに、私は「もっとよく質問を伝えたい」、大統領は「もっとよく聞きたい」ということでどんどん接近してきて、気が付いたら目と鼻の先に大統領の膝頭があったんです。その距離感の詰め方が凄かったですね。

正直、魔法にかかっちゃいました?

凄く素敵な人だなと思いましたね。私、魔法にかかるのは簡単ですから(笑)。そういう意味ではクリントン大統領が色んな困難な局面に遭っても、最終的にあまり傷を負わなかったという意味が実際にお会いしてわかりました。

なるほど。

しかもインタビューが終わった最後に、「みんな集まってくれ」と言うんですよ。音声さんも照明さんも全員呼んで写真を撮るんです。後日その写真がホワイトハウスの正式な刻印を押されて“ビル・クリントン”というサイン入りで全員に送られてくるんです。

凄いですね!

“気配り”と“演出”。色んなことはあっても彼が2期8年間大統領を勤め上げた背景にはこの二つがあると思いましたね。

政治のプロフェッショナルということもあるでしょうけど、彼自身のパーソナルな魅力もありましたよね。画面から見る彼の存在感からとても素敵なパワーをもらった気がしますよね。

ちょっと私生活では大人になりきれていない少年っぽさが、時々暴走することもあったそうですけど、私は凄く素敵なパーソナリティだと思いましたね。


“何を聞くべきか”というより“何を聞きたいか”というのがわかるようになる。(安藤)
“プライド”という言葉、僕は大好きです。(葉加瀬)

取材に前は、飛行機の中で準備をしたりするんですか?

何もしないでとにかく映画を見て、ひたすら寝るということもありますけど。取材の準備をする時もありますよ。不安でたまらないこともありますから。

自分が質問することを完璧にしておかないと、ということですか?

取材する先の色んなことを知っておきたいじゃないですか。相手を知らないで入り込んで行くのはもの凄く失礼な気がするんです。最低限自分に許された取材の為に専念出来る時間ということでは、飛行機の道中は凄く大きいです。

僕もよくインタビューを受けますが、何も知らない方に聞かれると、僕がどうしていいかわからなくなるんですよ。愚痴でも何でもないんですが、日本のマガジンではよくあるんです。逆に外国はないですけどね、。外国はその辺がしっかりしてるんでしょうか。みなさん凄く学んで来てくださいます。何を聞きたいかしっかりわかってる。

それはやっぱり自分の仕事にプライドを持っているですよ。

そうですよね。

1回1回の自分の仕事に命をかけてるんです。ヘタなものを自分の署名で出せないというプライドですね。それは自分の作品だし自分自身だから。ヘタな自分を表現できないという圧倒的なプライドなんだと思います。だから私もええ格好しいなんです。ヘタな自分・情けない自分・不勉強な自分を見せたくないという気持ちからなんですよ。

“プライド”という言葉、僕は大好きです。だってそれしかないじゃないですか。こっちもどう話したら一番伝わるかといつも考えるでしょ。僕が言いたいことはどういう形にすれば一番伝わるのか…そういうコミュニケーションはとても必要だし、それによって生まれるものも大きいと思うんです。

インタビューをしていていつも思うんですけど、私は20代の最初の頃に仕事を始めた時は、人の話を聞けなかったんです。“自分が何を聞こうか”ということばかりに専念してるので、他人が何を言っても頭は自分が次に聞くことしかない。だから本当に下手クソなそのまた下くらいのレベルだったんです。人の話が聞けないというのは私の致命的な欠点でした。それは今考えても顔から火が出る経験です。他人の話が本当に聞けるようになるのって、そのずっと後でしたね。“何を聞くべきか”というより“何を聞きたいか”というのがわかるようになるんです。




DCへ行くとタクシーが黒くなって、Tシャツを着ているのが不自然な気になった。(葉加瀬)
国を動かす人たちが、ワシントンDCの空気をつくってるんでしょうね。(安藤)

ワシントンDCへは仕事柄よく行きますよね。

“シ・ゴ・ト”でよく行きます。“ア・ソ・ビ”では行かないです(笑)。それもワシントンDCはホワイトハウス絡みか、国務省絡みかという政治関係じゃないですか。だからワシントンDCに行くというのは私にとっては凄く緊張感がある仕事とイコールなんです。

僕も一度だけ行ったことがあります。ずっとセリーヌ・ディオンとアメリカツアーをやっていて、その中にワシントンDCが含まれていたんですが、いきなりタクシーの色が違うんですよね。他の街は全部イエローキャブなのに、あそこは黒いでしょ。

そうですね、不思議なことに気が付かれましたね! 私、当たり前に思ってました。

僕はタクシーなのに、リムジンに乗ったような気分になったんですよ。それまではニューヨークの汚い街をイエローキャブで走っていたんで。それがワシントンDCへ行くといきなり車もよくなって、Tシャツを着ているのが不自然な気になったんです。

DCはリムジンの似合う街ですよね。この間ブッシュ新大統領の就任式で行ったんですけど、就任式の後に色んなパーティーが開かれるんです。そこを大統領夫妻が廻って、会場の人と握手をしたりして夜通し盛り上がるんですよ。その内の一つのパーティーに私は行きました。大統領が到着する前にみんな靴を脱いで踊り出すし、ベロベロに酔っぱらって大盛り上がりなんです。

凄い光景なんでしょうね。

私もドレスを着て行ったんですが、参加の条件の一つに“リムジンでなくてはいけない”というのがあるんです。それもストレッチの立派なやつじゃないとダメで、そうじゃないと道が封鎖されていて入れてくれないんです。リムジンが何百台と並ぶんですが、メリーランドとかニューヨークからとか、州以外からもリムジンが応援に駆けつけているんですよ。

あらゆる所のリムジンがそこに集結してるんですね。

イブニングドレスを着た人たちがリムジンの渋滞に巻き込まれて「もう乗っていられないわ!」と言って、ハイヒールを脱いでそれを手に持ち、その後を男の人が毛皮のコートを持って追いかけて行く…あれはワシントンDCならではの光景だと思います。

へぇ〜凄いね(笑)。

ここで“パワー・ポリティックス”といわれる、国を動かすものが動いていくんだと思って、しばしそのダイナミズムみたいなものにうっとりしましたね。アメリカ中の一番の権力者が、時の政権によって全部入れ替わるわけじゃないですか。そういう人達がうごめく様というのが、多分ワシントンDCの空気をつくってるんでしょうね。


「クーデターの噂があるけど、首謀者は貴方か?」と聞いたんです。(安藤)
僕が今質問して想像していたより、100倍凄いお話ですね。(葉加瀬)

色んな会見があるんでしょうけど、緊張してダメだったなんていうことありますか?安藤さんは緊張なんてしない?

勿論しますよ。一番緊張したのは、フィリピンのアキノ大統領が暗殺されるという噂が流れた時ですね。私がちょうどフィリピンで取材していた時に、アキノ大統領が日本へ行くことになったんです。その留守にクーデターがあるかもしれないという噂でした。私はフィリピンの軍の空港で、アキノ大統領が日本へ向けて旅立つところを取材したんですけど、側近の中でクーデターが起こるのではないかという噂が流れていたんです。

まさに緊迫した状態ですね。

“報道陣は出てはいけない”というテープが張ってあって、その向こうの大統領が歩く赤い絨毯が敷かれている所へは入ってはいけないんです。でもその中へ入らないとクーデターの首謀者と噂されている人間にマイクが届かない。私はその中につかつかと入って行って「クーデターの噂があるけど、首謀者は貴方か?」と聞いたんです。

直球一本!

だってそれが一番早いでしょ(笑)。直当たりするのが。だって大統領はもう飛行機に乗らんとしてるんですから。私はその隣にいる噂されていた当時の外務大臣にその質問をぶつけたら「No Talk No Mistake」と言われたんです。つまり「何も言わないことが何も間違いに繋がらない」ということで、彼はある意味ではクーデターの噂を肯定したんです。あれがやっぱり、全身を勇気にしてロープを越えて行ったインタビューですね。

逆にそういう質問だから、そういう答えしかないものね。

マイクを向けられた外務大臣もたじろぎましたよ。「何だこの女は!」という(笑)。それに大統領専用機の前にそんな女が飛び出して行ったら、もしかしたら撃たれたかもしれないですよね。でもその時はそういうことを考えなかったですね。未熟で無謀だったんですよ。あれは全身から汗が噴き出す緊張感でしたね。

それは僕が今質問して想像していたより、100倍凄いお話でしたね。

そうですか(笑)。でもあの時の彼の「No Talk No Mistake」という言葉を世界の通信社が打電したんです。自分が取材したことが始めて世界に打電されて、びっくり仰天という感じでした。「私が取材したことが世界に打点されたんだ」という。

びっくりされたでしょうけど、その充実感というのは凄いものなんでしょうね。


感激やなので「ねぇねぇ聞いてよ!」と人に伝えたくなる。野次馬なんです。(安藤)

取材するときの“三種の神器”ってありますか?

中継する為に“フライパック”というのがあるんです。折り畳み式の衛星中継の機材で、インマルという衛星回線の電話につないで中継出来るんです。折り畳んでしまうと折り畳み自転車くらいの大きさになるんです。これがあれば何処でも中継できます。“フライパックを持ったキャスター”と呼ばれてるんですよ。このフライパックとインマルの電話、あとは50セントくらいの大きさのメモパット(黄色い法律用箋)ですね。この3つがあれば何処でも私は中継出来ます。

原稿を書くのはパソコンじゃないんですか?

そんなに格好良くはいかないですね。

イメージとしては「カタカタカタ…」とキーボードを打っていそうな気がするんですけど。

電源がある所で仕事をする時はいいんですけど、アフリカの難民キャンプを取材している時に「電源ください」なんて言ったら絞め殺されますよ(笑)。

それはそうだ(笑)。

電気も水もないような所で取材する時は手書きですね。

紙とペンだけなんですね。

それでも凄く子供たちに羨ましがられるんですよ。「書くものがあって羨ましい」って。だから余ったら全部置いてくるんです。

凄い旅ばかりだね。

旅っていいですよ。ザイールの難民キャンプを取材している時に思ったんです。みんな国連が配ってる青いテントに直に寝ているんですね。一つの小さいテントに20人〜30人が肩を寄せ合って生きていて、小さな洗面器に水を汲んで来て、みんなでそこで顔を洗い、同じ洗面器でご飯を食べるんです。子供たちは下着も着けていないですしね。

そうですね。

でもね“下着を着ける人間の最低限の尊厳を奪われても、ちゃんと人間は生きていけるんだ”という当たり前のことを発見して、とても自分が揺さぶられたんです。東京にいて仕事してるだけだと心が硬直するじゃないですか。海外へ行って自分の心がぐちゃぐちゃに揉みしだかれると、自分の中の風通しがよくなって、色んなものが見えてくるんです。だからどんな旅でも、旅は凄いといつも思います。

好奇心が強いんですね。

好奇心も強いし野次馬なんです。だから“見たことも触ったこともないもの”に対して、さも“見たように・触ったように”言うのに激烈な憤懣を感じるんです。自分自身に対して「あなた見たことあるの!」って突っ込みたくなってしまう(笑)。旅へ行って“見たり・触ったり・聞いたり”することが苦痛ではないのは、自分がそうしたいからですよね。“ジャーナリズムの正義”なんて格好いいことじゃないんです。“そこへ行って何が起きているのかを見たい”そして感激やなので「ねぇねぇ聞いてよ!」と人に伝えたくなってしまう。それだけなんだと思います。


10年後はホテルのマネージャーになってるかも。(安藤)

安藤さん自身でキャスター以外の仕事をしている自分というのは想像できますか?

小さい時はバスガイドになりたかったんです。小さい頃宮崎に旅行した時に、観光バスのガイドさんがすっごく綺麗だったんですよ。凄くそれに感化されて、家に帰って庭に落ちてる四角い石にガーゼをかけてマイクにして練習していたんです。ガーゼをかけるところが芸の細かいところでしょ。恐らく風がマイクにフッフッといくのでガイドさんは巻いていたんでしょうね。それを見て母の鏡台からガーゼを出して来て、石に巻いてブランコに乗ってガイドさんの真似をしていたんです。

そうだったんですか(笑)。

大きくなってからはホテルのマネージャーになりたかったですね。私は学校がずっとホテルの近くにあったんですよ。九段中学校はグランドパレス・ホテルの裏側にあるし、高校は留学前は日比谷高校だったので、当時のキャピタル・ホテルのすぐ裏側ですし、隣には赤坂東急ホテルがあるじゃないですか。大学は上智ですから、ニューオータニもあれば色々なホテルがあるんです。常にホテルを見ながら学生生活をしてたんですね。

なるほど。

中学校の時にホテルのロビーを見ると、とてもパワフルな人の集まりで、「私たちが世界を動かしているのよ」と言わんばかりの大人たちが集う場所に見えたんです。外国人もいるし、自分とは凄く遠い世界の人たちが集まってうごめいている空間というのがホテルのイメージで、それにとても憧れたんです。「私はホテルのロビーの真ん中のコンセルジュの席にドカンとデスクを構えるアシスタント・マネージャーになりたい」と思ってました。でも私はまだホテルのマネージャーになるかもしれません。

何でですか(笑)。

ニュースキャスターをやっていますけど、私の中ではそれで人生全てと思いたくないというか…。何でも出来るということを言ってるんじゃなくて、いつも自分の可能性が何処かにあるんだということを信じたいんですよ。だからと言って今の仕事をおざなりにしているつもりはないんです。でも違うことも出来るかもしれないから、何処かに可能性を残しておきたいという、わがままな思いがあります。もしかしたら10年後は…。

ホテルのマネージャーになってるかもしれない?

ですね。見かけたら声をかけてください(笑)。


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