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「バーンスタイン最後の弟子」は、型破りな道を歩む“神童”。

 

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PROFILE
  佐渡裕 さん

佐渡裕 - 指揮者 -

1961年京都府生まれ。京都市立芸術大学音楽部卒業。87年アメリカの「タングルウッド音楽祭」に奨学生として参加。小澤征爾及びレナード・バーンスタインに師事。89年「ブザンソン国際指揮者コンクール」で優勝。現在、パリのコンセール・ラムルー管弦楽団の首席指揮者、ジュゼッペ・ヴェルディ・ミラノ交響楽団主席客演指揮者、フランス国立ボルドー・アキティーヌ管弦楽団第一客演指揮者を務めるなど、世界各地で一流オーケストラとの共演を重ねている。


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卒業文集で“ベルリンフィルの指揮者になる”と宣言したんですよ。まだ振ってないけど(笑)。(佐渡)

佐渡さんは堀川高校(京都市立音楽高校)で僕の先輩にあたるんですよね。そもそも佐渡さんが指揮者になったきっかけは何だったんですか?

一番最初は小学校の音楽の授業で、“カラヤンの『新世界』のレコードに合わせてみんなで指揮しよう”という授業を担任の先生がやったの。僕はその頃、隠れキリシタンのように密かにクラシックが好きでね。

わかります! 僕も高校を卒業して大学に入るまでクラシック以外の音楽は聴いたことなかったですからね。ビートルズも聴いてなくて、N響のコンサートマスターになるのが夢だったんです。その頃、僕らが17歳くらいの夏休みに、あるオーケストラの定期演奏会の練習をしてたんですけど、その時に佐渡さんがその練習ホールに来たんですよね。覚えてないでしょ?

よく行ってるんです。今も堀川高校に年に1回は行くようにしてます。

「うわっ、佐渡さんが来た!」とドキドキしてましたよ。先生が佐渡さんに棒を振ってくれるようお願いして、少しだけ佐渡さんの指揮で演奏できたんです。その時「佐渡さんといつか仕事が出来たらな」と思いましたね。でも佐渡さんは京都芸大の時代も棒は振ってなかったんですよね。

専門には勉強してなかったです。でも僕は小学校の音楽の授業でカラヤンの物真似をして、みんなの前で棒を振って人気者になったから、卒業文集で“ベルリンフィルの指揮者になる”と宣言したんですよ。まだベルリンフィル振ってないけど(笑)。


小澤先生は佐渡さんのビデオを見て何か感じていらっしゃったんですね。(葉加瀬)
「ビデオを見た時に採ろうと思ってた」と後で言われました。(佐渡)

タングルウッドへ行ったのは自分の意志ですか?

いえ。僕は関西二期会でオペラの副指揮者をしていたんだけど、先輩が聴講生として行ったんですよ。聴講生というのはお金を払えばレッスン風景が見れて、誰もが行けるものです。その先輩が帰って来て「ええもん、見せてやる」とプログラムを見せてくれてたら、レナード・バーンスタインとか小澤征爾とかヨーヨー・マのサインがしてあるの。それ見てミーハーだから「ええな〜」と思ってほしくなったんだよね。それで僕も聴講生になろうと思った。でも試験があって、その試験に受かれば“セミナーに入って指揮のレッスンが受けれられる。さらにその中からフェーローシップの3名が選ばれれば、奨学金をもらえてタダで勉強させてもらえ、しかも演奏会にも出演させてもらえる”というのがあるのを知ったんです。そこでダメもとで受けることにしたんです。

ボストンに行かないと受けられないんですか?

そうです。でも絶対に受かるとは思わなかった。だって筆記テストがあるんですよ。僕、問題わからなかったもん。

何のことを問われてるのかがわからない(笑)!

ト音記号と五線紙が書いてあるんだけど、問題がよくわからなくてね。

でも通ったということは関係ないんだ。

だろうね。何百人という人が応募していて30人しか選ばれてないんです。僕は指揮を専門に勉強してないから書類に書くことがあまりなくてね。一応“二期会の副指揮者をやっていた”“大学のアマチュアオーケストラを振ってた”くらいは書いたけど、他の人はコンクールで1位になった人とか、大きなシンフォニーの副指揮者やってるとか、そういう人ばかりだから。

その前にまず“○○先生に師事”から始まるもんね。

“どこの大学で指揮を勉強した”とかいう経験もないから、ダメでもともとと開き直ってたね。ボストンシンフォニーのホールで試験を受けられただけでも幸せだと思って「写真撮って帰ろう」っていう世界でしたね。

でも合格してタングルウッドで生徒としてレッスンを受けることが出来たんですよね。

僕は応募書類にビデオを添えて送ったんですよ。大阪大学のオーケストラで『ドボルザークの8番』を振ってるビデオ。後にタングルウッドの事務局長が言ってたんだけど、僕の書類は捨てられていたそうです。でも笑いのタネとしてそのビデオを見て僕を面白いと思ってくれたらしい。すぐ小澤征爾先生に電話して「佐渡って知ってるか?」とビデオを見てもらったそうです。それがオーディションを受ける前ですよ。

じゃあ、試験の前に小澤先生はビデオを見て何か感じていらっしゃったんですね。

「もうビデオを見た時に採ろうと思ってた」と後で言ってくれました。

“ボストン・タングルウッド音楽祭”というのは本当に有名な音楽祭ですけど、世界中から色んなミュージシャンが来るんですか? それとも指揮者ばかり?

オーケストラのコースがメインで、楽器をやっている若い連中がそこでオーケストラを作ってるんです。そこに指揮のコースやピアノのコースもある。レナード・バーンスタインや小澤征爾もそこの生徒でした。生活は非常にアメリカ的で、僕らでも行ける安いカフェがあって、横でヨーヨー・マがハンバーガーを食べていたりね。トップクラスの人間と凄く近い所で過ごせる空間なんです。だから同世代の人間が何を勉強していて、どういうレベルのことをやってるのかということを知る場でもあるし、トップクラスの人間が何を考え、どういうことをしているのかを知ることも出来る。とても広い世界でしたね。ヨーヨー・マのようにとても親しく喋ってくれる先生もいれば、キラキラしたものに囲まれて全然近寄れない人もいる。バーンスタインは「レニ」と呼んでるんだけど、真っ白のオープンカーで、サングラスをしてやって来る。でもみんな近寄って行きたいと思うし、近寄れるんです。初めて会った時から、昔からの親友みたいに歓迎してくれるんですよ。




レニは「日本人として指揮をし、西洋音楽に接していく」ことの大切さを教えてくれた。(佐渡)

バーンスタインは佐渡さんにとって憧れの人でしょ。彼が直接レッスンをつけてくれたりしたんですか?

指揮の生徒は30人くらいなんだけど、僕は有り難いことにバーンスタインの前座として指揮を出来ることになって、夢のようでした。

どんなレッスンでした?

一番最初は『チャイコフスキーの4番の第2楽章』とう2拍子の曲。その時彼は日本語で「渋い」と言ったのね。僕が英語を喋れなかったから彼は日本語で僕に話してくれたんだ。でも僕は「シブイ」という英語だと思ったの(笑)。だってアメリカ人が「渋い」なんていう日本語を知ってるとは思わないじゃないですか。だから日本語だと気付くまで相当時間かかったね。

そうですよね(笑)。

他にも色んなレッスンがあったんだけど、“能の面は何枚あるか知ってるか”という話になったんです。僕は京都に育ってながら全然しらなくて、それから30分くらいずっと能について話してくれた。

あのバーンスタインが…。能を知ってるんだ。

どんな楽器を使うか、どんな音がするのか、役者がどういう動きをするのか、衣装をどうやって着せてるのか…延々と。それで「握手をしよう」と言われた。お互いの手が近づくんだけど、出来る限り遅いスピードで握手するんです。お互いの手が止まってるかのように少しずつ近づいて行くと、どんどん手の間にエネルギーのような熱を感じてきた。それで本当に近づいた時に彼が僕の手をバッと握ったら、電気のようにビリビリッというのが走りましたね。「ただ20pくらいの距離が近付いただけだけど、でもみんなの中に緊張感だとか集中力だとかを感じただろう。今感じたものが日本人が持ってる特別な才能だ」と言われました。僕はもし自分が西洋に生まれていたら、もっと西洋の音楽を理解できると思ってた。

“西洋コンプレックス”は僕もありました。

それも見抜かれてたんですね。「お前は日本人として指揮をし、日本人として西洋音楽に接していくことが大事なんだ」ということを教えてくれたような気がするね。


バーンスタインが素晴らしいのは、簡単に自分の垣根を取り払ってくれたこと。(佐渡)

バーンスタインの側で彼が亡くなるまで三年間勉強してたんだけど、本当に色々なことがあったね。“演奏が止まる”という話も聞いたよ。超有名オーケストラで4日間も練習してるのに。でも僕は指揮者ってホームランか三振かでいいんじゃないかと思った。

僕もバーンスタインの演奏会で“ウエスト・サイド・ストーリー”を見たんだけど、彼はずっと立って踊ってるだけ。「これが指揮なのか」というのを凄く感じました。

小学校の時に一応「指揮はこういうものだ」と教わるじゃないですか。“三拍子は三角形かきましょう”って。だから独学とはいえ自分なりにはルールがあったんです。それを全部ぶっ壊されましたね。例えばバルトークの曲をやってて、あれは交通整理をしないといけない曲だから僕はピッピッピっと振ってたら、バシーッと叩かれて「お前はここに何しに来たんだ。何でみんなより一段高い所に立ってるんだ。音楽をする為に立ってるんだろ」と怒られたのを凄く覚えてる。「一拍目を何で下におろそうとするんだ。空中にあるエネルギーをつかめ」って。俺は上からおろすものだと思ってるじゃないですか。でも彼は下からガーンと突き上げるんです。するとオーケストラの音が「ドーン!」と鳴るのね。スペースシャトルが飛んでいくような音。結局自分はいつの間にか垣根を作ってしまってるんですよね。バーンスタインが素晴らしいのは、簡単に自分の垣根を取り払ってくれたことですね。

バーンスタインはリハーサルの時もあんな棒なんですか?

基本的には一緒。ウイーンフィルで練習がオーバーして、組合の団長からクレームがついたのね。そしたらその団長に「そこから一歩でも動いたら、俺はお前を殺す!」と言ってさ(笑)。そしてオケのみんなに「明日の演奏会の練習はまだ完成していない。俺は満足してないし、みんなもそうだろう。帰りたい奴は帰れ。残りたい奴は残って一緒に音楽をしよう」と言ったら、みんな帰ったんだって(笑)。

ああ、そう(笑)。


PMFはもう10年くらいしたら、もの凄く意味が出てくると思う。(佐渡)

PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)はバーンスタインが始めた音楽祭で、佐渡さんがその後を引き継いだんですよね。

今年で12年目です。

これはレッスンを受けたり出来るんですよね。

例えばウイーンフィルの先生が来て個人レッスンがあったりね。今だったら野球少年がイチローと練習できるみたいなものかな。年齢制限は18歳から30歳。タングルウッドみたいなものを日本でもやろうと、世界中でオーディションをしてます。僕はね、PMFはもう10年くらいしたら、もの凄く意味が出てくると思う。札幌がやろうとしてるのは、単なる国際親善じゃないんですよ。タングルウッドで僕が経験したようにトップと接することが出来て、チェンスを与えてもらうことが出来る。ヨーロッパの恵まれた学生も来てるし、アジアの楽譜もないような国から来てる人もいるしね。

そこで知り合って、10年経ってからオーケストラで再会したりしたら素晴らしいだろうね。

既に、僕がヨーロッパで幾つかのオケを振ってたら「実はPMFでマエストロの棒で弾いてたんですよ」という人がいますよ。

いいですねぇ。今年もやるんでしょ。

札幌が7月28日。東京は31日に池袋の芸術劇場。8月1日は河口湖で。

野外でオケ聴くのっていいですよね。これからもどんどんやってください!


高校へ行って「僕を越えるような指揮者が出てきてほしい」ということを伝えたい。(佐渡)
僕も堀川へ行こう!(葉加瀬)

今はパリのラムルー管弦楽団の首席指揮者ですから、基本的にはパリに?

いえ、今自分がタイトルを持っているオーケストラがミラノとボルドーとパリなんですが、それぞれ年に3〜5週間くらいやってて、あとは毎週違う国に、ヨーロッパ内を移動してる感じです。僕は最近思うんだけど、指揮というのは“その日の演奏会が一つの目標であって、それに集中し終わっていく。その積み重ね”なんじゃないかな。僕は練習をその国の言葉でやってるのね。

おー、凄い!

めちゃくちゃだけど、楽しいよ。イタリアのオーケストラをイタリア語でやると、なんとなくイタリアっぽいからね(笑)。

でも国によって全然違いますか?

違うね。でも僕が振ることで何処かに共通したものがあると思う。お客さんの楽しみ方も国によって違うし。

でもそんなに忙しい状況なのに、年に1回堀川のオケを見に行くというのは凄いね。僕も行ってないよ。

葉加瀬君が僕を見たように、僕も蔵野さんという先輩が来てくれたことが大きなことだったから、出来るだけ毎年行きたいんです。僕は決して“神童”ではなかったし、言われたこともなかった。バーンスタインに初めて言われたんです。だから高校へ行って「お前たちの中から僕を越えるような指揮者が出てきてほしい」ということを伝えたいんです。だって高校生って可能性がいっぱいあると思うんですよ。

そうか。僕も堀川へ行こう! 一緒にコンサートやりたいですね。

やらなあかんわ!


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佐渡裕さんの
「僕はいかにして指揮者になったのか」
をサイン入りで3名に
プレゼントします。

<応募フォーム>

新潮社 ; ISBN: 4102901035

 


CITY INFO

ON AIR LIST

 
STRANGE MAGIC / E.L.O
<キャンディード>序曲 / 佐渡裕&SIENA WIND ORCHESTRA
JACKSONS,MONK,AND ROWE / ELVIS COSTELLO AND THE BRODSKY QUARTET
SYMPHONIC DANCE FROM WEST SIDE STORY / 佐渡裕&SIENA WIND ORCHESTRA
HABANERA / 佐渡裕 & ORCHESTRE DE CONCERT LAMOURE
ETUPIRKA / 葉加瀬太郎

 

LINK

佐渡裕公式ページ
公式ページ。ファンクラブ、後援会の「ゆたか会」。
コンセール・ラムルー管弦楽団のHP
佐渡さんが首席指揮者をやっているパリのオーケストラ
 

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