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書店で一番目立つ本を出してる出版社に電話をしたんです。「仕事がしたい」と。(橋口) 本格的に写真を始めたきっかけは? 写真をやるといって上京したんですが、自分が何に興味があるのかわからなくて、日本中を旅して回ってたんです。気になる人がいると訪ねて行って、薪を割ったり収穫を手伝ったりしてご飯をご馳走になり、その間に話を聞いて色々なことを学ぶんです。そういう生活が7,8年続いてたのかな。僕が20代の頃はそういうことが普通にあったんですよ。 そういうお話を伺うこと、多いですね。
『旅人』とか(笑)。 だから何が出来るかといえば、本を書くか、写真を撮るか、絵を描くか、店を開くかくらいで。僕は写真に興味があったのと、社会と繋がっていきたかったので、写真家を選んだんです。書店に行って一番目立つ本を出してる出版社に電話をしたんです。「仕事がしたい」と。 方法論としてはそれまでの旅と何ら変わりのない、シチュエーションですね(笑)。 「誰かの紹介はあるか」って言われたので「それがないから、こうして電話したんだ。とにかく会ってください」と言ったら、たまたまその編集者の人がいい人で、会ってくださったんですよ。 それですぐお仕事に結びついたんですか? 「インタビューページの顔写真とかなら、僕の一存で任せることが出来る」と編集者に言われたんですが、僕は「そんなことをやる為に旅を辞めたんじゃない」と主張してね(笑)。だから向こうは「じゃあ、いい作品が撮れたらまたいらっしゃい」と断ったらしいんですが、僕は脳天気に「やった!」と思って。 いい方に解釈して、自分の作品を売り込みに行ったんですか? すぐに行きました。それですぐグラビアをいただいて、自分の名前で出ることが出来たんです。だから担当の方に恵まれましたね。 今の時代だと、そういうやり方はあり得ることなんでしょうか? 今でもあるんじゃないでしょうか。僕は計算も何もなかったですから。 「100人いたら100通りあるんだ」ということでしょ。(葉加瀬) その初めてのグラビアの仕事とは、何を撮られたんですか?
8年に及ぶ旅の間は、ずっと写真を撮ってらしたんですか? いえ、人を見てましたね。カメラは持てなかったです。カメラって異物でしょ。暮らしの中にカメラを構えるとそこに距離が出来てしまうので、取り出せないんですよ。それを取り出せれば、僕は社会で生きていけるんじゃないかと思ってて。だから漁師をやってる間とかは全然撮ってませんでした。 でもその間に、「人をどう撮るか」ということを学んでいたんでしょうね。 人の暮らしというのは色々あって。例えば「僕が楽しいのと葉加瀬さんが楽しいのは違うんだな」とか。そういうことを学んでた気がしますね。 今の一言が、多分橋口さんの写真に現れてる気がします。色んな人がいて「何を考えて何を食べて何を排泄して生きていくのか」ということを撮りたいんだな、というのを感じますよ。「そういう人達が100人いたら100通りあるんだ」ということでしょ。 「どうしてあなたはそこにいるの」というのが、素朴な出発点ですね。 |
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愛おしさや畏怖の念があって何かを感じた時、初めてャッターが下りてきますね。(橋口) それなんですよ。橋口さんの写真集からにじみ出てる「優しさ」とは。(葉加瀬) ベルリンへよく行かれるそうですが、冬のベルリンのよさとは? 肌を刺すような、痛いくらいの寒さですね。冬は孤独が目に見えるんです。気候のいい時は緑があって鳥がさえずったりして、気持ちが別の形でフォローされている部分があるんですけど、ベルリンに限らず冬のヨーロッパって厳しいですよね。特にクリスマスなんて、家族と過ごすか恋人と過ごすかで、街の中にいるのは僕みたいな奴か旅行者くらいでしょ。残酷かもしれないけど、そういう中で行き交う人を見てると、自分が優しくなれるんですね。そういう意味もあってベルリンは冬がいいですね。 ベルリンへ通われて何年になるんですか? 1981年が初めてですから20年ですね。この間も行ったし、毎年行ってます。 ベルリンはこの20年で大きく変わった街ですよね。世界的にも、政治や色んなバックグランドを含めてあれ程変わった街というのは、おそらくないでしょう。
街も凄く変わりましたか? 「ドイツは本気だな」という気がしましたね。ナチの時代があったから、みんな肩を潜めて出来るだけ頭をあげずに生きてたでしょ。それが自分たちの能力や才能をてらうことなく発揮し始めたんです。それにニューヨークもパリもロンドンも、時間をかけて街が熟成してコスモポリタンになっていったから、人間もゆっくりと色んな文化を取り入れたと思うんですね。でもベルリンは違って、空き地に“近代”をポーンと作ってしまいましたから、テクノロジーだけは最先端だけど人間が追いついてない。だからちょっと恐いなという気がしました。ベルリンのようないい加減な街が消えたということで、国全体のバランスが崩れたとでもいうんでしょうか。 それをずっとファインダー越しに見てこれらて。その変化は写真を見てもわかるものですか? どうなんでしょう。僕はどこかに愛おしさや畏怖の念があって何かを感じた時に、初めてャッターが下りてきますね。何かを否定したり批判したりして、その時にシャッターを押す人も多いんですが、僕には出来ないですね。どういう人であれ、どこか感じ合うことがあって初めてシャッターが下りてくる。それは街も同じです。 それなんですよ。橋口さんの写真集からにじみ出てる「優しさ」とは。
この写真集の『17歳』ですが。“ご自分が17歳の時に撮った人達をもう一度撮る”という非常に長いプロジェクトですよね。17歳という年齢にこだわったきっかけは、何だったんですか? ベルリンにいた時に「日本人はね」と人に説明する時が多くなったんですが、でもその時に僕は日本のことを知らないことに気付いたんです。それでもっと日本を知ろうと思った時に、じゃあどういう視点から日本を知ろうかと思って、ふと『17歳』というのが思い浮かんだんです。僕は新宿で写真を撮ってた時期に、学校をドロップアウトした子や家出してきた子に声をかけていくと、大体17歳なんですね。あと名前は忘れましたがビートルズの誰かも17歳で音楽家になろうと思ったそうです。17歳というのは色んな意味で自意識がはっきりと出てくる時期なんですよ。それで17歳を訪ねてみようと。 なるほど。 17歳の時に訪ね歩いて、それから10年たってもう一度取材して『17歳の軌跡』という本を作ったんですが、大体あの頃「何になりたい」と言ってた通りですよね。それが面白かった。 17歳くらいに人生の地図を書き始めるんでしょうね。そしてそのまま歩いてるんじゃないでしょうか。 それともう一つ。偶然道で会った子に「あなた何歳?」と言って写真を撮らせてもらったでしょ。写真を撮って話を聞くという行為は、彼らにとって僕は“けつまづく石”じゃないですか。 わかります(笑)。 僕が声をかけて「君が今夢中になってることは何?」と聞くことで、彼らは初めて自分のことを考えることになる。だから僕はこういう本を読んで欲しいというよりはむしろ、あの本を使って「けつまづいてほしいな」と思ってるんです。自分を映し出す鏡だと思うんですよね。 インドで17歳を撮ってみて何が見えましたか?(葉加瀬) 同じようにインドで17歳の少年少女を撮って、更にその子達にインドの街を撮らせるというワークショップをされたそうですが。その様子をテレビで見て「こんなことを日本でもしてくれたらいいのに」と思いました。あの素晴らしいアイデアはどうして思いついたんですか? 今、僕の写真展が五大陸を巡回してて、インドのデリーで開催するので出向くことになったんです。でも写真展は一方通行のものですよね。たまたま僕はチャンスがあって写真を仕事にしてるけど、みんなの中にも喜びがある。表現する喜びを共有したいと思ったんですよ。
個々みんな違うんですけど。僕が会った人達は、子供である時間が殆どなかった人達ですから。 子供の時からお仕事してたり。 絶えず社会を意識しないといけないし。職業も選べない、学校に行けない子もいる。そういうことを小さい時から突きつけられてますから、前向きな意味での“無駄”な時間を過ごしてないんですね。だからきっとあの時が初めての“無駄”だったと思います。 はい。 初めは迷ったんですよ。僕らはただ騒いで帰るだけなんじゃないかという不安もありました。彼らも最後の日に「凄く楽しかった。でも僕らは明日からまた同じ生活が始まる」と言われた時、どう答えていいかわからなかったですね。「きっと君達は明日からまた困難な生活が始まると思います。だけどシャッターを押した時のあの感情だけは、誰も奪うことは出来ない。その感情を大切にして生きてください」とだけ言いました。 本当に、その通りですものね。 「感情とか、心の中のものは誰も奪えないから、それを大切にしていけば生きていける」。そういう話を最後にしました。僕にとってはある種の言い訳かもしれないけど、それが正直な気持ちでしたね。 船に乗って川を下りながら「悪くないな」と思いましたね。(橋口) バラナシの川のほとりで写真展を開いたんです。 あそこは本当に凄い場所ですよね。 コンサートやギャラリーに来られるのは、余剰の部分を持てる人でしょ。それでは実際に見てもらいたい人とのギャップが大きいので、ガードで開けば全ての人に見てもらえると思ったんです。大学からイーゼルを40個借りて、そこに僕の撮った吉祥寺の写真を並べて。途中、写真の間を牛が通って、川をバチャバチャさせるから水がはねるんです。夜はライトアップもしてね。
僕は「ここでお茶を飲みたい」と言って、縁台でチャイを飲みながらあぐらをかいてました。 市民の反応はどうでしたか? 僕、タイトルと自分の名前を付けるの忘れてたんですよ。だから「どうもこれは日本らしい」と(笑)。 (笑)。でもアートって最終的には無記名になっていくと思うんですよ。いいじゃないですか。格好いい! そのまま終わるのが切なくて、最後に写真を撤収したら船をつけてもらったんです。作品だけは車でホテルに運んでもらって、僕は船に乗ってホテルに帰らせてもらった。船の上でカレーを作ってもらって「歳をとるのはいいぜ!」とか言いながらね(笑)。 あの川は、何かありますよね。 本当にゆっくり風景が移ってく中で、星がいっぱいあって、水の匂いがして。ふと横を見ると人を送る火が燃えてる風景があったり。そういうのを見ると「悪くないな」と思いましたね。 僕もそう思いました。「生きていくのも悪くないな」と。そういうことを感じさせてくれる場所ですよね。 |
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橋口譲二写真展『17歳の軌跡』 青山ブックセンターホームページ |
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