今年4月1日、こんなニュースが駆け巡りました。

将棋電王戦で、将棋ソフト【PONANZA】が佐藤天彦名人を71手でやぶった

コンピューターが、将棋の名人に初めて勝利した瞬間でした。今週は、その将棋ソフト【PONANZA】を開発した山本一成さんにお話をうかがいました。【PONANZA】はなぜ強いのか? そして、AI=人工知能の未来とは?

最強の将棋ソフトを開発した山本一成さんですが、実は、コンピューターのプログラミングを始めたのは大学に入ってからのことでした。

山本さんいわく、最初につくった将棋ソフトは、『弱すぎて、笑った』。

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最初、私は【PONANZA】に、将棋とは何かを教えようとしたんですけど、残念ながらそれはうまくいかなかったんです。そこで考え方を変えて、【PONANZA】自身に、将棋とは何かを考えてもらうことにしました。プロの指し手がたくさんあったので、それを真似できるようにコンピューターに勉強させていったんです。ただ、よく言われるんですけど、プロの手を丸暗記したから強いんだ、というのは大きな勘違いで、もしプロの手を丸暗記したから強いんだとすると、もう何十年も前にコンピューターが人間を上回っていないといけないんです。だから難しいのは、プロの手、考え方をバラバラにして、コンピューターのなかで再構成する。言い方を変えると、エッセンスをつかんでそれを学習する、という方向にしないといけないんです。いかに丸暗記せずにプロと同じような手を指せるようになるか、というのが勉強のコツでした。」

プロの考え方をコンピューターのなかで再構成し、高速で再生産する。この手法で将棋ソフト【PONANZA】は、プロの棋士に勝利しました。それから数年。さらに、進化が加速します。

今はコンピューター自身がいろんなことを自発的に調べるように、私がプログラムを書いて改良をしています。つまり、まだプロ棋士がよく知らないような局面、あるいはコンピューターもよく知らない局面を調べさせて、それがよかったのか、悪かったのかという情報を、何千万、何億、兆はちょっとぎりぎり届かないくらいの局面を一生懸命集めてきて学習している、という状況です。【PONANZA】はいろんな手を知っていて、たくさん調べています。そうすると、いかに名人であっても、そこまで調べたり経験があったりするわけじゃないので、【PONANZA】は文字通り経験のスケールが違うんです。」

山本一成さんは、今の【PONANZA】について、こう続けます。 

「今の強くなった将棋プログラムは、私から見ても黒魔術のような存在です。どういうことかと言うと、私は将棋プログラムというとても小さな世界であれば世界でもトップクラスによく分かっていると思うんです。でも、なぜこういう改良がよかったのか、どうしてこういう改良が成功したのか、っていうのは、【PONANZA】自身が進化している部分があるので、全然理由がわからないんです。私は【PONANZA】に将棋の勉強の仕方を一生懸命記述していて、【PONANZA】は、人間ですら知らなかった戦法や概念を獲得していく。そうすると、私が将棋のプレーヤーとしてみるとまったく見たこともない形をしていて、学習法は記述したけど、どうして【PONANZA】がその手を選んだのか、というのに、ものすごい距離のギャップがあるんです。ここがもう完全に断絶していると言ってもいいレベルなんです。」

人が想定できる範囲をこえて、『PONANZA』が進化していきます。

「ただ、これは将棋プログラムという狭い世界だけではく、いろんな人工知能の世界でも同じような現象が同時多発的に起きています。例えば、いまはディープラーニングという手法が人工知能の世界を席巻していて、以前のものに比べて革命的な成果を出している部分もあります。ですが、やっている人たちも完全に理解している人は誰一人いないはずです。でも、こうなるのが正しい知能、知性のはずで、なぜなら私の想定内の動きをしちゃだめなんです。想定を必ず超えてくれなければならない。現代の人工知能というのは、作った人の想定や直感を上回る性能が求められるわけです。今の人工知能の課題というのは、人工知能自身が考え、創発し、新しい解決策を見つけなきゃいけない。そう考えると絶対プログラマーが書いたことを超える性能を出さないといけないんです。」

将棋ソフト【PONANZA】の開発者、山本一成さんによると、『人間が将棋ソフトに勝つことは、もうないだろう』。そして、将棋ソフトのみならず、さまざまな課題について、人の直感、想像を上回る解決策をAIが提示する。  いまがまさに、そんな未来への分岐点。 

「今は後世から見たら何かしらの革命であったと言われる時期であるはずで、たぶん、情報革命とかAI革命という名前がつくと思っています。じゃあ、一つ前の革命って何だったかというと、イギリスから始まったと言われている産業革命。糸をつむぐ機械が、みんな昔は家庭で糸車をやっていたんですけど、それが水力に代わって、そのあと蒸気機関に代わったんですね。そして、それが工場主と労働者という形になりました。ただ面白いのは、その産業革命が起こったからといって、どういう社会になるかは規定されていないんです。イギリスは王制を維持したままいきました。フランスはギロチンで王族がみんな死に、ロシアでは共産主義が生まれて、遠く離れて日本にも明治維新のときにきて、社会がとてつもなく変わりました。忘れちゃいけない視点として、それによって植民地化された国もたくさんありました。産業革命によって変化が起きることは確定しているんですけど、どう変わるかは全然まちまち、ということなんです。つまり、今、我々は革命のなかにいて、変わることは決まった。でも、どう変わるかというのは我々のなかにボールがあるんです。川をくだることは決まって、のぼり返すことはできないけれど、どの道を選ぶかはまだ我々が持っているわけです。私はそれがいい方向になるようにオールを押していきたいと思っています。」

私たちは、革命のなかにいる。変わることは、決まっている。ただ、どう変わるかは、まだ決まっていない。

「技術そのものにはほとんど色がない場合が多いですね。それをどう使うかは人間に任されています。よく使うのか、悪く使うのか、っていうのは我々次第です。」

AIによって、世の中にどんな変化が起こるのか?

未来は、私たちの手の中に。

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