今回、注目するのは絶大な人気を誇るサカナクションのライヴ。その音づくりをメジャーデビュー後すぐの頃から手がけるライヴのサウンドエンジニア、佐々木幸生さんにお話をうかがいました。佐々木さんとサカナクションの出会いは、、、

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「彼らがメジャーデビューしたのが今から10年前で、ちょうどそのときに大阪で野外イベントがあって。そこに僕は違うバンドのオペレーションで行ってたんですけど、国内のテクノレーベルのTシャツを着ていたんです。このTシャツだったら誰も知らないだろうと、差し障りのないTシャツだったんですけど、それにものすごく反応した人がいて。『え、これ知ってんの?』みたいな。それが山口一郎君だったんです。結構、衝撃的でした。」

2013年、サカナクションはアルバム『sakanaction』リリースツアーのアリーナ公演で世界初の挑戦をしました。6.1ch サラウンドシステムによるライヴを開催したのです。6.1ch サラウンドシステムとは、どんなものなのでしょうか?まずは、佐々木幸生さんに分かりやすく解説いただきます。

「普通の家庭用のスピーカーで考えてもらうと、左側と右側にスピーカーが2本ありますが、それが2チャンネル。".1"というのは、サブウーハーという低音だけ再生するスピーカーがありまして、それを0.1といいます。 6.1というのは、その2チャンネルと0.1を合わせた2.1の他に、自分がいる右と左、両サイドに1本ずつ、さらに、自分の後ろにももう2本。前の2本と横の2本、後ろの2本で"6"、そして、サブウーハーの0.1で、6.1ということです。自分を取り囲むような6.1の巨大版というか。サラウンドでライブをやってみたい、という話がありまして。」

6.1chサラウンドシステムでライヴをおこないたい。そんな相談がサカナクションから持ちかけられました。

「正直、幕張では無理じゃないかと。サラウンドで聴ける人はほんとにわずかなんじゃないかと思いました。音のスピードって意外と遅くて、距離が長いと時間差が出ちゃうんです。家庭くらいのサラウンドだったら、その距離は無視しても大丈夫なんですが、でかいところになればなるほど、遠くなれば遠くなるほど音が到達する時間が遅くなるんです。そこをどうあわせていくのかが一番難しいポイント。時間差が大きすぎて、音がぐしゃぐしゃになるんじゃないかと思いました。」

難しい壁をどうやって乗り越えるのか、佐々木幸生さんをはじめとするチームの試行錯誤が始まりました。

「ドルビーさんにご協力いただいて、スタジオに6カ所スピーカーを置いて、幕張と同じ距離感の、要するに、音が到達するのがその場所でどのくらいなのかということを、実際に音を遅らせて出して検証していくという作業をしました。フロントのスピーカーから音が出て50メートル先のところに到達するまで0.何秒かかる。その音にあわせて今度、横のスピーカーからタイミングあわせて音を出す。さらに後ろに行くとまた遅れるので、そのタイミングにあわせて後ろのタイミングをあわせていくということをしました。スタジオのなかで時間差だけを実物と同じにしていきます。音を6チャンネル全部ばらばらにして、それぞれにディレイをかけていくんです。ディレイというのは『音を遅らせる』ということなんですけど、アウトプットにディレイをかけていくということです。全部同時に出すとぐしゃぐしゃになっちゃうので、あくまでフロントのLRを基準にして、そこから出た音に他をあわせていく、という作業。」

綿密な検証の末、用意するスピーカーの数と配置が決まりました。その数、実に238本。

「ほんとに気が遠くなるくらい、ものすごい量でした。仕込んでも仕込んでもスピーカーがある感じで、一日中ずっとスピーカーを吊ってました。客席の一番外をぐるっと囲むように配置していくんです。横幅が1メートルくらい、縦が40~50センチの横長のスピーカーを、サイドには4本吊ったのを全部で6列くらいですかね。高いところから降らせてくる感じで。ほんとにもうとんでもない仕込みでした。スピーカーを全部吊るだけで丸一日、今度はスピーカーのチューニングをして、そこから時間差の調整をしていくんです。実際にマイクで音を拾って、どのくらいの時間差があるかをコンピューターに全部入れる。ここのスピーカーには何ミリのディレイ、後ろは何ミリっていう作業をして、次の日に実際に音を出してどう聴こえるか確認して、その次の日にリハーサル。」

準備にかかったのは、丸4日。ようやく会場が整いました。6.1ch サラウンドシステムでのライヴ。誰も体験したことのないライヴが、いよいよ幕をあけました。

「お客さんが入って音がお客さんに吸われて、より音像がはっきりしてくるなかで、実際にサラウンドの体験をしながらオペレートしているっていう、初めての体験で。すごいなって思いながらやってました。『Aoi』のコーラスは、全体から音が出ていて、お客さんももちろん歌ってるんですけど、その効果が倍増されるというか。スピーカーから出ているのか、歌ってるのかよくわからない、お客さんもそっちにあおられるというか、そういう効果もあるんです。」

ライヴのサウンドエンジニア、佐々木幸生さんに最後にうかがいました。ライヴの音響で、最も大切にしているのはどんなことですか?

一体感ですかね。ステージでやっているアーティストとお客さんと自分も含めた会場全体が、ひとつになっているかどうか、いつも気をつけています。音がでかすぎたり、主張しすぎてもいけないわけです。あくまで自然にライヴが見られる感じでできているかどうかを気にしてます。本番中はよくお客さんを見てます。あんまりステージを見ることはないですね。みんなが楽しめてるかどうかをすごく気にしています。」

ライヴの音づくりのマエストロが常に気にかけているのは、みんなが楽しめているかどうか、そして、その先にある新たな挑戦、サカナクション、6.1ch サラウンドシステムでのライヴがふたたび、開催されます。