イギリス南部の町、ブライトンに暮らすブレイディみかこさん。これまでに発表された著書は、『アナキズム・イン・ザ・UK ― 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ヨーロッパ・コーリング ー 地べたからのポリティカルレポート』など多数。貧困地区にあった無料の託児所で 保育士として働きながら、イギリスでの暮らしから見えてくる 社会の課題、文化的な背景、時代の流れ、さらには、日本へのメッセージを発信されてきました。

もともとは保育士じゃなかったんです。実は保育士になったのは10年前くらいの話で、その前はイギリスで日本の新聞社の駐在員事務所に勤めていたり、フリーランスの翻訳をしたり、違う仕事をしていました。10年前に子どもができまして、ちょうどその頃に前の労働党政権が保育士が足りないと、一大リクルート政策を進めていたんです。多様性を高めなければいけないということで、外国人の、移民の保育士をすごく奨励していたので、そのときはその流れにのって資格をとって保育士になりました。」

生活保護を受けている家庭や移民の家庭の子どもたち。さらに、障害のある子どもたちなどが通っていた"託児所"で働いていたブレイディさんですが・・・その託児所への財政支援が打ち切られてしまいます。

「実はいま失業中なんです。最近、『子どもたちの階級闘争』という本がみすず書房さんから出て、そこにそのいきさつは書いていますが、勤めていた託児所がつぶれたというか閉所になってしまって、フードバンクになったんです。最初そのフードバンクに子連れの方もたくさんいらっしゃるということで、子どもたちと庭で遊んでいました。でも、今度その庭に工事が入って遊べなくなってしまったので、いまは自宅待機中です。」

そんな ブレイディさんが今年出された新刊が『いまモリッシーを聴くということ』。 モリッシーは、イギリス、マンチェスター出身のミュージシャンで80年代には、ザ・スミスというバンドで大人気でした。いまなぜ、そのモリッシーにスポットを当てた本を書かれたのでしょうか?

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「去年、EU離脱の投票がありましたよね。イギリスでBrexitがすごく大きな話題になったときに、モリッシーは離脱派だったんですが、音楽界は残留派が圧倒的に多かったので、モリッシーがバッシングされたんです。それで彼のことを思い出して、彼がこれまで歌ってきたこととか書いてきた詞とかを振り返るのは面白いんじゃないかと。北部の労働者階級が離脱に入れているというのが話題になりましたが、北部の労働者階級で離脱に入れたのは、若い人よりも中年以降の方が多かったと言われたんです。ちょうどそこで北部の労働者のその年代にモリッシーが当てはまります。モリッシーもそうだし、モリッシーを聴いてきた層も当てはまると思うので、彼が言ってきたこと、歌ってきたことを振り返るのは、いま何が起きているかを知る上で有益なんじゃないかと思ったんです。」

イギリスの、いわゆる労働者階級の人々の現状。若者たちのいま。ブレイディさんは、どう見ているのでしょうか?

「日本もそうなのかもしれないですけど、いまヨーロッパで一番苦しいのは若者ですよね。大学生にしたって借金抱えていたり。これを変えてくれる人がいたら嬉しいよねというところで、コービンなんかは『もう1回大学を無料化する』と言ってます。彼だけじゃなくて、いろんなところから彼みたいな反緊縮派が出てきていて、スペインのポデモスもそうですし、フランスのこないだの選挙でメランションさんが人気だったり。その理由のひとつには借金を抱えた大学生というのもあるんですけど、北部とかの寂れた町とかに行くと、若者でも仕事がないじゃないですか。

例えばEU離脱のときも、若い人は70数パーセントが残留を支持していたと言われましたけど、あれは、投票した人のなかの70数パーセントです。

イギリスの若者全体にしたら投票に行った人は40%くらいで、そのなかの70数パーセント。それで若者全体が残留派というのは無理があるんです。

EUを離脱するかしないかって、他の選挙に比べてもかなり大きなことですが、それでも選挙に行かないというのは、絶望していると思うんです。何をやっても変わらないというか。そのなかで、彼らの心に寄り添うような、負けてる感がある人たちの気持ちを救える音楽があるのかっていうと、いま、思いつかないですよね。

そこに、モリッシーは入っていったんです。サッチャーの時代や80年代も勝ってる人と負けてる人の二極化が進んだ時代でしたが、そこで勝てない人の心にモリッシーが入っていったじゃないですか。

モリッシーやスミスってヒットチャートに入ってた人ですから。いまポップ系でそういう音楽があるかというと、ちょっとないですよね。」

弱い立場の人の心に寄り添う音楽。政治的な発言。モリッシーは、いまも戦い続けています。

「最近もバッシングされてましたよね。マンチェスターテロのことで怒りのステイトメントを表明したんですけど、首相の移民政策を批判しているとかで、イギリスでもバッシングされましたし、そういう記事を読んだ日本の人たちもバッシングしてました。

あれは、何が言いたかったかというと、『テロに屈さない』と言っている政治家たちみたいに、庶民は守られてないんだ、っていうことを繰り返し言ってたんです。

緊縮で警察の数がどんどん減らされてきてますから、庶民は守られてないじゃないか、と言っていたんですが、これはなかなか日本の人には伝わりにくかったのかなと思います。

でも、そういう風にこの人は何か言うたびにものすごく叩かれるんです。でも、彼は恐れずに言いますよね。普通、アーティストはそこで言うのやめちゃうんです。殺菌された安全なことしか言わなくなっちゃうんだけど、この人は相変わらずで。言うことによってバッシングされる痛みというか、そういうのも作品の中ににじませるし。」

ブレイディみかこさんに、最後にうかがいました。いま、モリッシーを聴く理由。

「いま、世の中が分断の時代って言われますよね。何が正義かとか何が悪かとか、お前はどっちにつくんだみたいな、ものすごく息苦しい感じになっていると思うんです。でも、モリッシーはいろんなことの二極というか、例えば、ものすごく強い人でもあり弱い人でもあり、叙情的でやさしい悲しい詞もあるけど、すごくシャープな政治批判みたいなことも書くし・・・矛盾はあってもいいですよね。矛盾が認められないのは子どもじゃないですか。ある意味では、モリッシーは大人の部分があるんじゃないですかね。どっちもあってもいいんだと示してくれているし。世界は矛盾でできているんだよ、ということを恐れずに見せてくれている気がしますね。」

人はそれぞれ、矛盾を抱えて生きている。世界は矛盾でできている。アーティスト活動を通して、そんな『真実』を体現し続けるミュージシャン、モリッシー。ザ・スミスの結成から、今年で35年。モリッシーのソロデビューから、来年で30年です。