西加奈子さん最新作『i』。多様性を織り込んだ物語の誕生秘話。

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直木賞を受賞した『サラバ!』から2年。去年の終わり、西加奈子さんの新作『i』が発表されました。この作品、どんな風に書き始めたのでしょうか?西加奈子さんに、まずはそこから語っていただきました。

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「LGBTQの"Q"、Questioningっていう概念があって、まだ自分のセクシャリティを決めかねている、という状態を指すんですけど、はじめはその概念が素晴らしいなと思って、その"Q"のことを書きたいと思っていました。でも、じっくりじっくり考えていくうちに、LとかBとかQとかの前に、人間がもし一番最初に属するアルファベットがあるとしたら、"i"、私自身の"i"なんじゃないかと思って、そこからスタートしたのが最初です。実際、"i"っていう着想になって始めたのは1年前ですね、そのころから世界がすごく激動していたので、その激動している世界のなかで『自分って何だろう』っていうのを私自身も思っていて。そのことを書かないのは嘘だろうと思って書き始めました。」

主人公の名前は、ワイルド曽田アイ。

出身はシリアで、生まれて間もないころ、ニューヨークの夫婦のもとに養子としてやってきました。その夫婦、つまり、アイを育てたお父さんはアメリカ人。お母さんは日本人。シッターはハイチから移民としてやってきた女性です。シリアで生まれたアイは、大変な状況にあるシリアから、自分だけが困難をまぬがれ、裕福な家庭で養子として育てられた、と考えています。

主人公・アイは、シリア生まれ。なぜ、こうした設定になったのでしょうか?

私としては、今いろいろ飛び込んでくるニュースのなかでやっぱりシリアのことっていうのがどうしても無視できないんです。一番胸がえぐられるし、シリアのことを書かないのがすごく苦しくなってきて。私は日本人ですけど、日本人の私でも、『まぬがれている』という感覚がすごくあるんですね。たまたまシリアに生まれなくて、日本という比較的平和な国にいる。それはすごく偶然だという想いがあって、もしシリアにルーツがあったらどういう気持ちやろというところから着想を得て、書きました。」

小説のタイトルになっている『i』には、数学で使う虚数の"i"という意味も含まれています。これは、西さんの高校時代の経験が元になっています。

「これは私の経験で、高校生のときに数学の先生が、『この世界にアイは存在しません。』っておっしゃったんです。それを当時の私は、ラヴの愛だと思っていたのでドキッとして、それがすごく残っていて、今回のアイデンディティのアイと奇跡的にマッチしたというか。これはその先生の声でも再現されるんですけど、いつのまにか私の声になっていたんです。たとえば、福島から避難してきた子がいじめられるとか、そういうニュースを聞いた時に、この世界に愛はないんじゃないか、この世界に愛は存在しませんって自分自身でも思っちゃうんです。愛が足りない、愛がないんじゃないかと不安になっていたので、自分自身も含めて、そういうことに目をつぶってきた自分自身への自戒も込めて、そうじゃないということを書きたくて。」

小説『i』は、2001年のアメリカ同時多発テロをはじめ世界に衝撃を与えた事件、事故とともに進みます。主人公アイが、悲しい出来事で亡くなった人の"数"をノートに書き留めていくのです。

「こういう気持ち、あると思うんですよね。私自身もそうですけど、寄付をするとホッとするんです。寄付をした、これで義務を果たした、みたいな。ニュースも、私は知っている、私は苦しんでいるっていうことに安心してしまう自分がいて、それが本当に嫌だったんです。でも、それも悪くないんだ、それはスタートでもあるんだっていうことを、私自身にも言いたかったし、アイちゃんにも言いたかったんだな、というのを書き上げてから思いました。」

シリアにルーツを持ち、アメリカ人の父と日本人の母に育てられた女の子アイ。成長の過程で日本に移り住み、そこでのさまざまな出会いが 彼女の人生を動かしていきます。

その物語は、ぜひ、本を読んでいただくとして、最後にひとつだけ。

主人公アイと、彼女の親友、ミナ。 そして、大切な男性、ユウ。この3人のことについて、西加奈子さんは、こんなことを話してくれました。

「あのミナちゃんっていう親友は、私自身がミナちゃんになりたいし、そういう世界、ミナってAllのミナでもあるので、そういう世界の一員でありたいなという想いを込めて書きました。すごく今、Iっていう個人が、Allがいるから存在しているっていう状況になっている気がするんです。例えば、国があるからあなたがいます、ってそれってこわいなと思って。もっとIとAllはイーブンでいいし、平等な関係でいいし、ミナも、Allも失敗することもあるし、Iも失敗することがあるから、それを支え合っていけるのが、一番いい世界と個人の関係なんじゃないかなと思って。そういう世界でありたいし、そういう個人でもありたいです。だから、ミナとアイの関係、あとは、ユウとアイ、ユウも他者なので、自分もそういう関係性を築きたいと願いを込めて書きました。だからやさしいでしょ、ミナとユウって。そうでありたいんです、自分が。個人がアイデンティティでさまよっているときとか苦しんでいるときに、浜辺で待ってあげられるような世界側の人間でありたいとすごく思いました。できてないので、自分が。」

アイとオール、アイとユウ。

すなわち、わたしと世界、わたしとあなた。

理解できなくても愛することができるっていうことを言ってくれるような世界であってほしいですよね。いまは逆に行ってるから。ほんとにえらそうなことは言えないんですけど、こわがるよりは、理解できなくても愛せる世界でありたいなと思います。自分自身もほんとすぐに殻を作って、ボーダーを作ってしまう人間なので、だから、いつだって小説のほうが私より勇敢で、こうでありたいということを書いています。」

誰かが苦しんでいるときに、浜辺でそっと待ってあげられるような世界。

そんな世界であってほしい。

西加奈子さんは静かに、でも力強く、そう語ってくれました。