行商。

消費者の家を一軒一軒まわったり、街で車を止めて販売したり。お客さんがいるところへ足を運び、商品を売るスタイル。この行商を続けるのが、京都で創業、その後、各地に広がった『ムカイ林檎店』です。

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「スケジュールはすごくシンプルで、朝、林檎屋さんの各店舗に集まり、ひとりで売る人はその日自分が売りたい商品を車に積み込み出発します。自由なのにサラリーマンみたいになってくると、あえてずらして朝まで行ってみようとか、どんな人に会うかなというのを楽しみにしてやって、あとでお金がついてくる。手売りで何億とか売れます。自分にしかできない働きでやっていく、という感じです。」

今回取材させていただいたのは、東京・世田谷店の片山玲一郎さん。実は、ジャズ・ピアニストという顔もお持ちです。

「もともと僕は神戸でジャズの仕事をしていて、そのとき髪がすごく大きなアフロだったんです。そのアフロが昔の笑福亭鶴瓶さんみたいな、帽子をかぶっても出るくらいすごく大きかったので、パッとできる日払いのバイトが林檎屋さんだけだった、というそれだけ。でも、やってみたら舞台みたいにマニュアルがなくて、まるでライヴのようやなと思ってのめりこんでいったのが始まりなんです。

あとは林檎屋さんをやってる人のバックグラウンドってばらばらなんですけど、ハートがあるなというか。商売をやっていた方とか自分で表現をしたり自営で食べられている方とかいろんな方がいらっしゃるんですが、ジャズの仕事で現場へ行って本音でやるのと、本音で商売するのが似ていて、なぜか続けられたんです。」

神戸で林檎の行商を始めた片山さん。その後、大阪。さらに2011年、震災の1ヶ月前に東京へ。店舗もありますが、基本は行商。どこへ行くかは、その日の気分です。

ほんとにそれで大丈夫かと思われるかもしれませんが、"海のほう行きたいな、海を見たいな"と思ったら海の近くで行商をし、"街のど真ん中でやりたいな"と思ったら渋谷の住宅街を回ったりと、いろんなとこで売ります。たまにイベントにも出ますが、イベントだと普段看板を持たずにやっているので爆発的に売れるんです。でも、やっぱりやりたいことと違うかなということで、やっぱり行商に出る(笑)。」

行商の車には、お店の名前がありません。まさに、看板もなく売り歩く。

「看板がないほうが、お客さんも思ったことをそのまま言ってくれるんですよ。あなたがいないと私がいない、という世界なんです。ほんとにただ林檎を売ってるだけなんですけど。」

あなたがいないと、私もいない。片山さんが強調した言葉は、"出会い"でした。取材をさせていただいた10月後半の午後、世田谷店には、見るからに美味しそうな林檎が青森から集まっていました。

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「青森県津軽の大鰐町を中心とした、減農薬でワックスなしの、皮ごと食べられる林檎を中心に持って来ていただいています。

『サン津軽』というのはこの時期に最初にでるベーシックな林檎です。林檎は温度変化と衝撃に弱いので、市場に出ていろんな人が触ると鮮度が落ちてしまうんですが、農家さんが採ったものをそのまま林檎箱にいれてうちまで来ているんです。なので、人が触ってなくてあまり運ばれてない分、鮮度もよく、保存も林檎だけの専用冷蔵庫に入れていただいているので、皮が薄くて甘い。美味しいですね。

『トキ』という林檎は、"王林""サンふじ"という、よく食べている真っ赤な蜜の入っている林檎と青林檎の種類をかけあわせたものなんですが、トキもこの時期だけで、しっかりして酸味のない林檎です。作っていただいている方がすごいので、ここは自信を持ってお売りできるものばかりがあります。」

林檎の行商人、片山玲一郎さんに最後にうかがいました。行商の面白さ、どんなところに感じていますか?

出会いがほんとに売りで、いいものと出会いがクロスしてるんです。ただものを売りたいだけならネットとかお店だけで売りますが、それにちゃんと人が入ってくるという感じ。スーパーでわざわざ『林檎買ってきて。』っていう話はしませんが、急に『林檎売りから林檎を買った。』って言ったら、『どこで買ったんだ?』っていう、そこからストーリーになるので。たくさんの林檎を見た時に、『昔、林檎売りから林檎を買ったな。しかも唐突に、まあまあの量を。』という、一生忘れないところにちゃんと温度がのっているというか。お互い名刺交換もせずに、誰なんだろうというところから始まって、しかも、ちゃんと心が触れ合う。どこの誰か分からないまま心を開くことがなかなかない時代なのに、それが急に本音で距離がとれて、名前も知らない、ただ林檎屋ってだけなのに、普通のお父さんとかお母さんとか、とつぜん素になって本当のことを語り出すんです。誰にも言えなかった本音を言ったりするんですけど、そういうときは映画みたいになります。『それでいいよね。』みたいな会話で『急に来てなんですけど、それでいいと思います。』と言ったら、『ああそうよね、楽になったわ。』みたいな。一瞬でお互い会えてよかった、みたいな感じになるので、それが行商の元祖の面白さですかね。」

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角を曲がったところに、ふいに現れる林檎売り。白いシャツにベストの男。 車からは、林檎のいい香り。目があって立ち止まり、ひとことふたこと。林檎を買いながら、なぜか悩み事をぽろり。時には涙もほろり。映画のワンシーンのような光景が、きょうもどこかで繰り広げられます。そして、その物語の主人公、林檎売りに立ち止まるのは、そう、あなたかもしれません。

新しい林檎体験、しませんか?ムカイ林檎店はあなたのまちのどこかにいるかもしれません。詳しい情報は公式ウェブサイトをご覧ください。

『ムカイ林檎店』