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JR中央線の荻窪駅から青梅街道を西荻窪方面に歩いて10分ほど。右手に青いひさしが見えてきます。そこが、"本屋 Title"。一見、昔ながらの 町の本屋さん。でも、この小さな本屋さんに近隣の方のみならず全国各地からお客さんが足を運んでいると言います。その理由はどこにあるのか? 店主の辻山良雄さんにお話をうかがいました。

まずは、本屋さんをつくろうと思ったきっかけから。

「わたしは本の会社のLIBROというところに18年ほどいました。九州や名古屋など、いろんなところで店長をしてきて、最後は池袋の本店で統括マネージャーとして営業全般を見てきましたが、そのLIBRO池袋本店が去年の7月20日にクローズすることになりまして、それもきっかけのひとつというか。大きいお店でしかできないこともいろいろとありますが、もう少し自分の責任で人とリアルに関わって場所を作りたかったというのもあると思います。あとは生き方を変えてみたかった。ちょうど一昨年に母が亡くなって、そういうのも自分の人生を見つめ直すきっかけになったと思いますね。」

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2015年、夏。辻山さんは、動き出しました。物件が決まったのは、10月。

「駅からは少し歩きますが、一軒家で昔の看板建築、こういう合板の建築というのはなかなかないんです。もともと片側1車線だった青梅街道が広がったときに建てられた建物で、築70年くらい。お店のところに大きい梁も入っていて、こういうのはお金を出しても買えませんが、実際に内見をしたときは本当にきたなかったです。結構ここは安い物件だったのでいろんな方が見に来られたそうですが、たぶん見に来て『ウエー』となるようなきたなさだったんです。でも、他にない面白さも感じたので、ここでやりたいな、面白そうだな、というのが最初の印象でした。」

辻山さんいわく、"面白そうな物件"が見つかりました。では、主役の『本』については、どんなものを置こうと考えたのでしょうか?

「個人でお店をやるとなると、だいたいの方が『セレクトショップね。』とか、雑貨と本がまじっていたり、今はそういうお店が多いと思うんです。でもここは住宅街のなかにあるので、近所の方に普段から足を運んでいただけないと、やってもあんまり意味がないのかなと。昔ながらの本屋さんというか、雑誌があって文庫のコーナーがあって、というのは意識しました。そういう意味では、できるだけ広く商品構成はとって、そのなかでも、いい本。いい本というのは今までの経験から、例えばロングセラーでずっと大切にされてきたものや、欠かせないようなものをそれぞれのジャンルから選んできたという感じです。あとは店内を一通り見て回るのにちょうどいいという話はよく聞きます。よく"出会う"と言いますが、自分の興味のあるものとはちょっとちがうような、そういう本と出会ってもらえる大きさなのかな、と思います。」

木造建築をリノベーションした店内。 木の階段を2階へ上がると、そこでは本にまつわる展示がおこなわれています。2016年6月下旬からは、こんな内容が予定されています。

「石牟礼道子さんという熊本の本当にすごい作家の方の文章に、山福朱実さんという方が絵をつけた『水はみどろの宮』という本が最近、福音館書店から出ました。熊本で地震が起こって、石牟礼さんまわりの詩人の方などが文学でもう一回戻したいというお気持ちもあるみたいで、そういう原画展をやります。会期中には2回くらい詩人の方がこの1階で朗読をしたり、伊藤比呂美さんという熊本出身の詩人の方が何かイベントをやる予定になっています。」

実は、"Title"では、熊本をベースにした文学作品を地震の前から多く扱っていました。熊本市にある本屋さん"橙書店"が発行する文学雑誌『アルテリ』は、熊本以外では、"Title"で最も売れています。ちなみに、その"橙書店"のひとつのテーマは『弱者の文学』。

「橙書店さんは『弱者の文学』と言ってますし、いま京都でホホホ座というのをやっている、昔、ガケ書房をやっていた山下賢二さんという方は『人生に迷ったり、弱い人は本屋に駆け込めばいい』と、そういうことを自分の本の最後に書いていたり。

例えば、経済が強いとか、そういったものじゃないところ。そういうところからこぼれる人のために本屋はあるのかなという気がします。弱くなっていたり、何か支えがほしいときに、そっと横にいるという存在として本は昔からあるものだし、それはこれからもあまり変わらないんじゃないかと思います。」

いま、何かの理由で迷っていたり、弱くなっている人。大きなシステムのなかでは居心地がよくない人。そういう人にそっと寄り添うのが、本である。

「若松英輔さんの『悲しみの秘儀』という本が開店から200冊以上売れてるんですが、何かを失ったことで、失うことでしか得られないものは人生にありますので、そういったことを静かな語り口調で語っている本とか。写真家・植本一子さんの『かなわない』という本もすごくハードな内容で。淡々と自分の、あまり人にはほめられないような人生を語っているんですが、切実なんです。その人が、これを書かずにはいられなかったんだろうなというような、そういう本が特に好まれているような気がします。あとは、福岡の介護施設を扱った『へろへろ』という本も人気です。」

声は大きくないけれど、強くて心に届く言葉。一見、昔ながらの普通の町の本屋さん。しかし、その棚には、そんな芯のある声があふれていました。

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本屋 Titleは、本や展示だけでなくオリジナルブレンドのコーヒーがいただけるカフェスペースもあります!イベントの詳細などはウェブサイトをご確認ください。

住所:東京都杉並区桃井1-5-2

電話番号:03-6884-2894

営業時間:11:00~21:00(CAFEのL.Oは20:00)毎週水曜・第三火曜は定休日

アクセス:JR荻窪駅より青梅街道を西へ徒歩10分