ワールドカップ、過去7大会での成績 1勝21敗2引き分け。

2012年にエディ・ジョーンズさんがヘッドコーチに就任したとき、ラグビー日本代表は、世界的に見て明らかに弱いチームでした。日本代表をどうすれば強いチームに変えられるのか?4月の就任直後、エディさんはある人材を探していました。 

「2012年の5月に日本代表マネージャーの大村さんという方から電話をいただき、『エディ・ジョーンズ・ヘッドコーチがメンタルコーチを探しているので、一度エディさんにコンタクトをとってください』ということで、電話番号とメールのアドレスを教えていただいて私からコンタクトをとりました。もちろんエディ・ジョーンズという人は知っていたのでびっくりしました。」

そう語るのは、スポーツ心理学がご専門の荒木香織さん。その後、荒木さんはラグビー日本代表のメンタルコーチとなるわけですがそもそも、メンタルコーチはなぜ必要なのでしょうか?

「日本ではまだまだ定着しているポジションではないですよね。メンタルは努力と根性と何回も練習すれば強くなるという考えがあると思うので、まだまだこれからじゃないでしょうか。

メンタルはメンタルのトレーニングを通じてきたえることができます。弱い強いじゃないですが、何かが起きたときにどのようなツール・道具を使って自分のメンタルを安定させたり、向上させたりすることができるか?フィジカルのトレーニングと同じです。メンタルもいろんなトレーニングをすることできたえることができるので、道具を増やしていくのがメンタルトレーニングですかね。

海外ではわりと普通にメンタルコーチがいらっしゃいますね。サッカーももちろんそうですし、中国、韓国、台湾などはものすごく力を入れているので、極端な話、オリンピックのメダルの数にも差がついてきているのは、スポーツ心理学とかスポーツ科学への取り組みの違いというのがあると思います。」

エディ・ジョーンズ・ヘッドコーチから、メンタルコーチを任された荒木香織さん。この時点で、ワールドカップまであと3年。

「毎年目標を決めるんですけど、1年目2年目は勝ったことがないチームでしたので。ワールドカップでは24年前に1勝しただけという超弱小チームだったので、勝つという経験は誰も知らないですし、誇りも自信もまったくないところから始まっているので、1・2年目は勝ちの文化を作るということで、選手の行動を考えながら取り組んでいきました。

ゼロ以下、マイナスからのスタートですよね。日本代表に行きたくないという選手もいました。弱いチームに行って練習してもどうせ負けるだけだから、という、そんなチームでしたので、勝つことそのものよりは、勝つチームの文化を作るとか、どうすれば歴史を変えることができるだろうかとか、どうすればみんなに憧れてもらってスタジアムがいっぱいの中でプレーできるチームになれるだろうかとか、そういうことを考えてやってきましたね。」

エディさんが率いるチームは2年目以降、結果を出し始めます。実に、11連勝を記録。そんな中で、重要な存在になっていったのが、五郎丸歩選手のキックです。荒木さんと五郎丸選手はあのルーティーンを一緒に生み出したのですが、その出会いを荒木さんはこう振り返ります。

「多くの方がそうだと思うんですけど、『メンタルって何?僕には必要ない』という・・。でも、私たちは目に見えるような形でしっかりやっていくので取り組みましょうと話したら、『じゃあ、わかりました。何からするんですか?』みたいな。なので、最初は『いらないんじゃないですか?』みたいな感じでしたね。」

この会話から3年。

正確に言うと、「プレキック・ルーティーン」。これを生み出すトレーニングが続きました。

「なんとなくこんな感じで蹴っています、という仕草のようなものはあったんですが、特に目的があるわけではありませんでした。そこで、しっかり目的を持って何をするかということを決めて、必ずその決めたことを、目的を持った内容というのを練習で身につけていく。最後は何も考えなくても一連の動作ができて、目的を達成することができるというのが目標でした。

基本的には何も考えなくてもできるようにということですから、どの国に行っても、どんなゲーム展開においても、自分がトライしたあとでも、どんな状況でもあのルーティーンでキックの成功につながる、というものです。ルーティーンのあいだは何も聞こえないみたいです。スポーツ心理学の研究では、プレパフォーマンスルーティーンをしっかりと持っているとそのあとに続くパフォーマンスの成功につながると言われています。プレパフォーマンスルーティーンが充実していると、必ず入るということがわかっているんです。」

2015年9月19日、日本時間9月20日。

ラグビー ワールドカップ イングランド 2015。強豪、南アフリカ戦。

荒木香織さんは、スタンドで試合を見つめていました。日本は、29対32。3点のビハインドで迎えた終了間際。ここで、相手が反則をおかします。キックが決まれば同点になるシーン。チームは、意外な選択をしました。

「歴史を変えるという想いでやってきているから、あそこで同点を狙ってキックを選んでいたら歴史は変わらない。選手の間からもそういう声が出ていたみたいですね。『歴史が変わらんからスクラムでいこう』って。エディさんからはキックを狙え、って『ショットだショットだ』っていう合図が出ていたようなんですが、自分たちで決めたんだと思います。いい判断、思い切った判断をするのはなかなか難しいんですが、メンタルの取り組みもきっちりやってきましたので、キャプテンのマイケル・リーチ選手の判断もよかったと思いますし、誰も『それはやめておこう』と言わなかったと思います。みんなが同じ判断をできるかどうかっていうのもずっとやってきていましたから、ほんとにみんなが取りにいこう!と思っていたんだと思います。」

日本代表、ラストプレーで、逆転のトライ!34対32で 優勝候補の一角、南アフリカに劇的な勝利!世界を驚かせたトライの裏には、きたえ続けたメンタル。「歴史を変えるんだ」という、強い気持ちがありました。