2011.3.25
BACKNUMBER有森裕子
1996年7月28日。アメリカ アトランタの地に、姿を現したのは、
バルセロナオリンピック女子マラソン 銀メダリスト有森裕子。
スタート前の緊張感に身を委ねつつも、裕子は、スタートラインに立てる喜びを感じていました
1966年、岡山県に生まれた裕子は、
小学校の頃、先生に褒められたのをきっかけに、走ることの楽しさに目覚めました。
その後、高校、大学で本格的に陸上競技に打ち込み、人一倍練習をしますが、
満足な成績を残すことはできませんでした。
それでも、走り続けたいと思った裕子は、
名匠と言われていた、小出義雄監督のいる実業団の門をたたきます。
実績ではなく、やる気をかわれ、国体やインターハイ出場経験のある選手と練習に励みますが、
それでも、なかなか結果を出すことができません。
ある日、そんな姿を見ていた監督は、裕子に「フルマラソンをやってみたら」とアドバイス。
彼の指導のもと、裕子は素養を開花させ、トップアスリートとして成長していきました。
そしてついには、当時の女子マラソン日本記録を塗り替え、オリンピックへの切符を手に入れます。
「自分の限界まで走り切ろう」 そんな思いを抱きバルセロナを走った裕子。
日本女子陸上競技界では、64年ぶりとなる銀メダルを獲得するという快挙を成し遂げます。
誰もが彼女を誉めたたえますが、それもつかの間。
その後、裕子は、走る目標を見失い、チームから孤立してしまうのです。
さぁ、今日ご紹介している有森裕子のコトバには、
彼女のどんな「意志」が映し出されているのでしょうか。