| 1961年 |
兵庫県神戸市に生まれる。関西有数のピアニスト、ハモンドオルガニストの父、小曽根実の影響で4歳からオルガンを弾き始める。 |
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| 1973年 |
12歳の時、オスカー・ピーターソンのコンサートで衝撃を受け、ピアニストになる決意。 |
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| 1976年 |
15歳の時、《北野タダオとアロージャズオーケストラ》のピアニストとして、プロの活動を始める。 |
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| 1981年 |
ボストンのバークリー音楽院へ留学。 |
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| 1983年 |
同校のジャズ・作/編曲コースを首席で卒業。日本人として初めて米CBSと専属契約。NY/カーネギー・ホールでの《クール・ジャズ・フェスティバル》に出演、センセーショナ ルなデビューを飾る。 |
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| 1984年 |
初リーダー・アルバム『OZONE』をリリース。プロデュースはゲイリー・バートン。 |
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| 1986年 |
2ndアルバム『AFTER』をリリース。 |
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| 1987年 |
『NOW YOU KNOW』をリリース。 ジョージ・ムラーツ(b)、ロイ・ヘインズ(ds)のピアノトリオ・アルバム『SPRING IS HERE』をリリース。 |
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| 1989年 |
日本に帰国し、JVCと契約。 |
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| 1990年 |
JVC第一弾『STARLIGHT』をリリース。同年開局のKiss-FM KOBEでレギュラー番組《オズミック・ノーツ》スタート。 |
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| 1991年 |
JVC第二弾『PARADISE WINGS』をリリース。 |
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| 1992年 |
マーク・ジョンソン(b)、ピーター・アースキン(ds)とのリズム・セクションにストリングス・オーケストラを加えた『WALK ALONE』をリリース。 |
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| 1994年 |
ジャズの名門、VERVEレーベル(ポリドールK.K.)に移籍。初の完全ソロ・ピアノアルバム『BREAKOUT』をリリース。 |
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| 1995年 |
ゲイリー・バートンとの初デュオ・アルバム『FACE TO FACE』をリリース。VERVE第二弾、ジョン・パティトゥッチ(b)、ピーター・アースキン(ds)とのピアノ・トリオ・アルバム『NATURE BOYS』をリリース。 |
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| 1996年 |
ジョージ・ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を新日本フィルハーモニー交響楽団と初共演。 |
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| 1997年 |
VERVE第三弾、クラレンス・ペン(ds)、キヨシ・キタガワ(b)との《MAKOTO OZON E TRIO》にゲスト・プレイヤーとしてギタリスト、ジョン・スコフィールドを迎えたアルバム『THE TRIO FEATURING JOHN SCOFIELD』をリリース。スイング・ジャーナ ル誌主催「ジャズ・ディスク大賞」の日本ジャズ大賞を獲得。 |
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| 1998年 |
《MAKOTO OZONE TRIO》にゲスト・プレイヤーとしてウォレス・ルーニー(tp)を迎 えたアルバム『THREE WISHES』をリリース。10月には、オスカー・ピーターソンへのトリビュート・アルバム『DEAR OSCAR』をリリース。これも日本ジャズ大賞受賞 。1999年 活動の拠点をニューヨーク、マンハッタンに移す。 |
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| 1999年 |
3月、更なる飛躍の為に、トリオのメンバーが住むニューヨークへ再び移住。
6月、トリオの第4作『ノー・ストリングス・アタッチト』をリリース。
7月、トリオでニュー・ポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾に出演しマイケル・ブレッカーやメシオ・パーカーとも共演。
12月、サントリーホールにてトリオによるクリスマス・コンサートを開催。 |
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| 2000年 |
新ベーシストにジェームス・ジーナスを迎えて新たにトリオの活動を再開。
8月、ブランフォード・マルサリスをゲストに迎えた小曽根 真トリオでの新作『パンドラ』発表。
9月、オーチャード・ホールにて井上道義指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団とガーシュウィンのピアノ協奏曲ヘ長調を演奏。
12月、初のベスト・アルバム『WIZARD OF OZONE〜小曽根 真ベスト・セレクション』リリース。 |
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| 2001年 |
トリオによるアルバム『ソー・メニー・カラーズ』を発表。
12月、井上道義指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団でバーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」を演奏。 |
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| 2002年 |
チック・コリア、ゲイリー・バートン、マイケル・ブレッカー、ジョン・ヘンドリックスという4人の世界的マスターたちをゲストに迎えて、デビュー20周年・ヴァーヴ移籍後10作目となる記念すべきアルバム『トレジャー』を発表。
2月、指揮の井上道義氏の誘いでフランスのマルセイユに遠征し、地元オケとガーシュウィンのピアノ協奏曲ヘ長調を演奏。 |
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| 2003年 |
第45回グラミー賞に初ノミネート(対象作品:ゲイリー・バートンとのデュオ作『ヴァーチュオーシ』Concord)。惜しくも受賞は逃したが、全世界の注目を浴びる。
2002年7月から始まった、日本を代表するドラえもん世代のアーティスト参加の「ドラえもん展」に唯一音楽家として参加。「ドラえもんのうた」をジャズ・アレンジで録音し、CDシングルとして会場のみで販売。
7月、ザ・トリオ7枚目にして初のスタンダード集『リボーン』をリリース。
10月4日、「第18回国民文化祭・やまがた2003」開会式で総合プロデューサー、井上ひさし氏の依頼により協奏曲を作曲・演奏・指揮。 |
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| 2004年 |
2004年7月、ジャズとクラシックの共存をコンセプトにした、トリオとストリングス・クァルテットの共演作『新世界』を発表。発売記念の全国ツアーは各地でソールド・アウトを記録。
9月にはさらなる研鑽を積むため、アメリカのクラシックの名門学校イーストマン音楽院に3ヶ月間入学。
11月にはプロデュースし、ビッグ・バンド「NO NAME HORSES」がバックアップした伊藤君子のアルバム『一度恋をしたら』がビデオアーツからリリース。
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| 2005年 |
2005年2月、大阪ブルーノートにてピア二スト塩谷 哲とのデュオ・ライヴを一週間開催。同公演はニューヨークから招聘したエンジニアのジョー・ファーラにより完全録音され、9月にユニバーサルと塩谷氏の所属レコード会社のビクターエンターテインメントより2枚同時リリース予定。
3月には伊藤君子とNO NAME HORSESと共に全国ツアー。ツアー終了直後には、再びジョー・ファーラを招聘し、NO NAME HORSESのデビュー・アルバムをレコーディング(2006年1月発売予定)。
6月にはNYのジャズ・クラブ、ジャズ・スタンダードにてザ・トリオで5日間公演を実施(6/29-7/3)。 |
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| 2006年 |
ワルシャワでパキート・デリヴェラ(クラリネット)と共演。 |
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| 2007年 |
フランスのピアノ・フェスティバル「ラ・ロックダンテロン」に招かれる。
ワルシャワで尾高忠明指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアとベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番を演奏。
東京JAZZに「No Name Horses」を率いて参加。 スイングジャーナル誌で第32回南里文雄賞を受賞。 |
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| 2008年 |
関西テレビ「あしたの、喜多善男」のドラマ音楽を手がける。
「No Name Horses」のセカンドアルバム「No Name Horses II」をリリースし、全国ツアーを行う。 12月コンピレーション・アルバム『バラード』をリリース。
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| 2009年 |
NO NAME HORSESとの第3弾「ジャングル」をリリース。
同アルバムは2010年にアメリカでもリリースされ、話題を呼ぶ。
また、小林多喜二を題材にした井上ひさし・作/栗山民也・演出の演劇「組曲虐殺」の音楽と演奏を担当。
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| 2010年 |
「組曲虐殺」で読売演劇大賞最優秀スタッフ賞を受賞。
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