DAIWA HOUSE Secret Notes

2018/05/24

クララ・シューマンの物語-4-

今週は、19世紀の音楽史に名を残した、
数少ない女性音楽家、
クララ・シューマンの物語をお送りしています。
夫シューマンを生涯愛し、今も彼と同じお墓で眠り続けるクララ。
でも、彼女を愛した男性は他にもたくさんいました。
中でもブラームスは、
シューマンに先立たれたクララに寄り添い、励まし続けました。

ブラームスは自分の音楽を最初に認めてくれたシューマンを慕い、
師匠として尊敬していました。
同時に、いつ遊びに行っても暖かく歓迎してくれる、
奥さんのクララにも感謝していました。

そんなシューマンが精神に異常をきたし、
自殺未遂を図ったのは44歳の時。
ブラームスはすぐに駆け付け、
シューマンが精神病院で亡くなるまでの2年間、
クララと子供たちの住むデュッセルドルフに滞在して、
励まし続けました。

茫然自失だったクララは、自分より14歳年下、
まだ20代前半だった、若いブラームスの気遣いに深く感謝、
徐々に新しい生活への気力を取り戻していきます。
友人たちからたくさんあった、
金銭援助の申し出をほとんど断り、
自分の腕で家族を養っていこうと決意。
レッスンを再開し、長い演奏旅行にも出かけるようになります。

一方、師匠を失い、創作意欲が起きなかったブラームスも、
クララの復帰によって覚醒。
作品を次々に書き始めました。

「どんな苦悩も私と共に背負ってくれ、心を癒してくれる人は、
彼しかいないでしょう」
「これまでのどんな友人に対してもなかったほど愛し、
理解しあっていました」
ブラームスに対し、こんな風に言ったクララ。
それでも、結婚には至りませんでした。
クララが年の差を考えたから?ブラームスが煮え切らなかったから?
クララのシューマンへの愛が消えなかったから? 

いろいろ想像はできますが、何よりも彼女は、
アーティストとして、誰にも邪魔されることなく、
思う存分に生きたかったのかもしれません。

西村由紀江 (ピアニスト/作曲家)

幼少より音楽の才能を認められ、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジ ア諸国への演奏旅行に参加し、絶賛を博す。
桐朋学園大学ピアノ科に入学と同時にデビュー。
年間60本を超えるコンサートで、全国各地を訪れる傍ら、ライフワークとして「学校コンサート」や「病院コンサート」も行っている。

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