DAIWA HOUSE Secret Notes

2017/09/20

作曲家ジャン・シベリウスの物語-2-

フィンランドの作曲家ジャン・シベリウス。
今日9月20日が没後60年の命日。
1957年に、91歳で亡くなっています。

フィンランドの新たな音楽シーンの担い手として
期待されていたシベリウス。
彼が本当に国民的作曲家の地位を得るきっかけとなったのは、
交響詩「フィンランディア」でした。

フィンランド人の心を一つにしようと、
1899年にアーティストたちの協力によって、
フィンランドの歴史を愛国的に描いた、
「歴史的情景」という劇が上演されました。

音楽を担当したのはシベリウス。
彼が劇のフィナーレのために書いた「フィンランドの目覚め」が、
人々の心を捉えました。
当時、フィンランドはロシアから侵略を受け、自治権を奪われ、
自分たちの言葉を話すことさえ禁止されていたのです。

そんな厳しい情勢の中、
「フィンランドの目覚め」の評判に気をよくしたシベリウスは
すぐに、この曲を独立した交響詩「フィンランディア」として改作。
勝利に向かって団結する民族の心を、さらに力強く表現しました。

独立運動のシンボルとなったこの曲に対し、
ロシア当局は演奏禁止令を出します。
フィンランドの人々は、コンサートのプログラムに違う曲目を書き、
当局の目をごまかしながら演奏を続けます。

世界的に知られたのは、翌1900年、
ヘルシンキ・フィルのヨーロッパ・ツアー。
ここで演奏された「フィンランディア」は、
どの都市でも熱狂に包まれました。

ロシアのフィンランド侵略は、歴史上何度もありましたが、
第2次大戦中にも、ソ連軍の侵攻で危機的状況に陥りました。
この時、シベリウスが命運を託したのは、再び「フィンランディア」。
今度は、その一部に歌詞を付け、「フィンランディア讃歌」
として、フィンランド人の絆の強さを訴えたのです。

西村由紀江 (ピアニスト/作曲家)

幼少より音楽の才能を認められ、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジ ア諸国への演奏旅行に参加し、絶賛を博す。
桐朋学園大学ピアノ科に入学と同時にデビュー。
年間60本を超えるコンサートで、全国各地を訪れる傍ら、ライフワークとして「学校コンサート」や「病院コンサート」も行っている。

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