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| ON AIR 2008.0229 |
勝海舟
1823年、旗本小普請組の勝小吉の長男として江戸本所に生まれる。幼名は麟太郎(りんたろう)。 本名義邦 (よしくに)。
島田虎之助から剣を学び、永井青崖から蘭学を学び 28才ごろには蘭学の塾を開いたが、オランダ語の辞書を買えなかった海舟は、ある医者から本をかり、58巻を2組も写し、一組は自分で使い、もう一組は30両で売って生活費にあてたという。
その後 ペリーが来航、開国を迫られた幕府は海防に関する意見を広く募集した。 海舟も海防意見書を提出した老中・阿部正弘の目にとまり、政治の表舞台に出るようになる。
1860年、日米修好通商条約の批准書交換のためアメリカに使節が派遣される際咸臨丸を指揮し、日本人初の太平洋横断航海に成功。
帰国してから各職を歴任、1864年には軍艦奉行となり、神戸に海軍操練所を開いて幕臣や坂本竜馬を教育した。また戊辰戦争で西郷隆盛と会見、江戸城の無血開城を決めた。
明治新政府成立後は、新政府の役職を歴任し、枢密顧問官となり数多くの書物の執筆、口述、編纂にあたった。 1899年2死去。最期に遺した言葉は「コレデオシマイ」であったという。
映画、ドラマで数多くの役者が勝海舟を演じているが「新選組!」での野田秀樹のべらんめぇ調は、勝海舟の生き写しであった…という気がする。
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