ゲスト

ゲスト|guest

2016.3.26
エッセイスト 光野桃さん

プロフィール|profile

東京生まれ。
小池一子氏に師事した後、女性誌編集者を経て、イタリア・ミラノに在住。
文筆活動を始める。
1994年「おしゃれの視線」でデビュー、ベストセラーに。
以後ファッション、からだ、自然を通して女性が本来の自分を取り戻すための人生哲学を描く。
2002年より家族とともに中東のバーレーンに移住し、休筆。
帰国後の2006年、「おしゃれのベーシック」(文春文庫)を上梓し、活動を再開した。
主な著書に「実りの庭」「感じるからだ」(共に文藝春秋)、「あなたは欠けた月ではない」(文化出版局)、「森へ行く日」(山と渓谷社)など。
富ヶ谷のクラシックコンサートホール「ハクジュホール」のオリジナルCD「リクライニング・クラシック」の選曲も行う。
2008年より、美と静謐の非日常をテーマにしたワークショップ「桃の庭」を主催。
「言葉と五感の朗読ライブ・桃の庭」、森を歩く集い「森の庭」、 トーク人生相談「裏庭」などのイベントを行っている。
タスマニアの美しい自然を紹介するサイト「Origin on Earth」にも参加している。

EVENT ARCHIVE|イベントアーカイブ

BACK NUMBER

アナタは“自由”を着てますか?

おしゃれとは、恋におちること
おしゃれとは、呪いにかかること


新しい季節、春のファッションも楽しくなってきています。
今日は、エッセイスト・光野桃さんの新刊『自由を着る』を片手に、日々のお洒落がさらに楽しくなる、ワードローブにまつわるストーリーを探っていきます。


<番組内より抜粋>
女性誌の編集者というキャリアを経て、現在ファッションを軸とした文筆活動をされている光野さん。
2月に、光野さんの待望の新刊が発売されました。本のタイトルは、『自由を着る』。
光野さんが愛してやまない42点ものアイテムを、そのモノにまつわるストーリーを添えて紹介している一冊です。
まずは、今の光野さんを作り上げた、「人生の転機」について伺いました。

私は「25can」という雑誌の創刊のメンバーなんですけど、その前に小池和子さんのという方のところに弟子入りをしたんですね。
今は武蔵野芸術大学の名誉教授をしてらっしゃると思うんですけど、マルチな活動をしてらして、コピーライターとか編集者とか、それから美術館のキュレーターでもあった方なんですよね。
その小池さんに基本的なその事柄を、美意識とか、オシャレを含めてすべてを教えていただきまして、今私の根幹にあるものは、小池和子さんの教えという感じなんですね。
印象的なのは、すべての美の背景に人がある、人間があるっていうことを教えていただきましたね。
なので、無機質なものということではなくて、どんなに無機質に見えるものでもその後ろに作り手であるとか、それを考えた人であるとかそこに置いた人であるとか、人間が必ずいて、必ず血の通った背景があるっていうことを、そこを見なければいけないってことを教えられたので、それは今の自分の基本を形どっている根本的な考え方ですかね。

30代前半の一番いろんなものが自分の血肉になる時期に、イタリアのミラノに4年ぐらい住んでいたんですけど、その時一番大きな転機というか衝撃を受けましたね。
ミラノの人とか特にそうなんですけど、本当に自分が大好きなんですよね。
まわりは関係ないんですね。
こんなに素敵な魅力的な私っていうことは、あらゆる生活の中で出てくるわけです。
食事なんかもそうだし。
インテリアなんかもそうだし。
それからコミュニケーションの社交とかもそうなんですけど、その中の一貫としてファッションがあって、こんなに素敵な私をどう表現しようかしら、みたいなことなんですよね。
で、それまで私は日本にいて、コンプレックスばっかり気になっていた。
こんなにダメなところをどうやって隠そうかしらっていうのが、私のオシャレの基本だったんですよね。
だけど、だれもそんなコト考えてないんですね。
悪い所ももちろん知ってるけど、知っていながらそこはまあ見ない。
気にしないという感じがしてるってことであって、自分のいいところを見るイタリア人の自分好きっていうんですかね、それがすごく驚きでしたよね。
だから自分の好きなものを自由に着て、こんなにかっこいいんだと思ったんですよね。
それはコンプレックスを隠そうとして着てるわけじゃなくて、堂々と自分を表現、堂々さが美しい感じがしましたよね。


<番組内より抜粋>
新刊のタイトル「自由を着る」とは、どんなことなのか?
光野さんに伺いました。

今回の本のタイトルを「自由を着る」というふうにしたんですけど、自由ってなんなのか?何からの自由なのか?っていうとですね、オシャレの呪いからの自由なんですね。
オシャレって素敵で楽しくてワクワクするようなものなんですけど、日本人はとってもマジメで長い間私自身もオシャレの呪いにかかってたと思うんですけど、いろんな呪いをかけちゃうんですね、自分に。
例えば着回し呪いとか。
着回さなきゃいけないんじゃないかとか、トレンドの呪い、トレンドにちゃんとのってないといけないんじゃないかとか、そういういろんな呪いがある中に、オシャレじゃなくちゃいけないの呪いっていうのがあって、なんか今の時代って特にオシャレをしているのが当たり前で、オシャレじゃない人は、とてもなんか肩身が狭いみたいな感じを受けるんですね。
だけど、まず自分ありきってことで、社会的なこととかメディアのおっしゃることとかも耳を傾けていいんですけど、その前に自分の暮らしっていうものがあって、自分が幸せな気持ちになれるかどうかっていうことをまず最初に考えるといいと思うんですね。
意外となれなくても便利そうだからって買ってしまったりとか、皆が着てて皆と同じになりたいからと思って着てたりとかがあるんですけど、それをやってるともったいないなっていう感じがするんですね。


<番組内より抜粋>
「オシャレの呪い」の解き方も、『自由を着る』には書かれています。
光野さんが見つけた、目からウロコの「呪いの解き方」とは?

バッグは服と合わせないって書いたことなんですけど、これは最近私がよくやってることで、コーディネートの呪いから自分を解き放つために、あえてバッグは服とコーディネートさせないっていうことを考えています。
バッグっていうのは女の持ち物がすべて入って、女の人生の象徴のような感じがするんですけど、バッグと洋服を合わせることによって、ものすごくみなさん気を使ってらっしゃることが最近よく分かってしまって、あえて合わさないでみたらどういう事がおこるのかってことをちょっとやってみてるんですね。
今日は、和かごっていう、岩手県で生まれた鈴竹ってうののバッグを持ってるんですけど、どういう服を着てもそのカゴを持ってしまうとか、バッグにすごく引かれたら、色合わせとかあまり考えないで、それを、惹かれたバッグを持つってしていると、すごく自由な感じがしてくるんだと思うんですね。
最初はちょっとコーディネートが変でも、かまわず持ってしまうと、それは段々身に付いてくる、そうすると一つの個性になってくることがあると思うので、バッグは服と合わせないっていうことを提案、この中で提案しています。