「やっこ旅館」さんが甲子園の出場チームをはじめて泊めたのは 1930年(昭和5年)頃。 その後、さまざまな出場校を受け入れ、1993年(平成5年)に、 鹿児島県の代表校が泊まる宿舎に指定されたそうです。
女将として毎年、鹿児島の高校球児を支えている芳本さんに 宿泊中の様子や選手とのエピソードについて教えていただきました。
「お部屋が11あって、生徒さんが最大で10人寝てますね。あとは5人とか 4人とか3人とかで1つの部屋を使っています。 畳ですしね、みんなもう寄り添って寝てます。 やっぱりね、ちょっとでも気持ちよく睡眠とってもらおう思ったら、ましてや この夏は汗をかくからね、シーツとかはマメにかえてあげないと。 「かえなくていいです〜」って言われるんですけど、気持ちよく寝れないかな と思うんですね。 どのチームも印象に残っているんですけど、特にというと、鹿児島工業さんよね。 もう来た時からテンション高かったんですよ。みんな明るい子ばっかりで、 玄関入るなりわんわん言ってましたね。第一印象が、えらい落ち着きのない 生徒さんだなというのが第一印象ですね。それでうちの主人が怒ったんですよ。 「旅行気分で来てるん違うぞ」ってカツを入れたみたいですね。で、その時に ふっと思ったらしいですわ、キャプテンの話だとね。本当に試合に来てるん じゃなくて旅行気分で来てたって言うてましたわ。」
☆この期間は選手のお母さんのような存在の女将さん。 どんな思いで試合中、選手たちを応援しているのでしょうか?
「試合見てねっていうんですけどね、見るよ見るよって言うんだけど、 私は試合、見ないんです。見れないんです。接戦でね、ピンチの時なんか、 ピッチャーの顔なんかとてもじゃないけど見れないです!かわいそうで… 代わりに私が投げてあげたいくらい。毎年そんな気ですもん。。。」 |