ONAIR: 2006/05/28「映像の力って何ですか?」
是枝裕和(これえだ ひろかず)さん

映画監督
大学を卒業後、NONFIX(フジテレビ)をはじめ、多くのドキュメンタリーを発表し、NHKで放送された「記憶が失われた時」(1996)では、放送文化基金賞を受賞。映画作品では「ワンダフルライフ」や「ディスタンス」、「誰も知らない」などがある。また、当番組パーソナリティの岡田准一が主役を務める「花よりもなほ」が6月3日(土)から公開される。

◆『花よりもなほ』オフィシャルサイト

今週のテーマ「映像の力って何ですか?」

岡田「是枝監督は、ドキュメンタリー・CM・映画と色んなジャンルのものを撮られてるんですけど、それぞれ作り方は違うんですか?」
是枝「あの〜、映画もドキュメンタリーも自分で企画を書いてスタートさせるんですけど、CMは産業構造的に受注なんですよ。だから、そうなると楽しみ方が少し違いますね。基本的には、他人の作品世界の中で遊ぶって感じかな」
岡田「じゃあ、ドキュメンタリーは?」
是枝「ドキュメンタリーは、ものを考えるための一つの方法として撮ってます。自分がこう考えて、こう悩んで、ここまで辿り着いた、もしくは辿り着かなかったという思考のプロセスを、人に追体験してもらう。僕の思考を共有してもらうってことがドキュメンタリーだと思ってるんですけど…」
岡田「じゃあ、映画は?」
是枝「映画もね、同じように思ってたんですよ。ずっとそのスタンス(ドキュメンタリーの)で撮ってきてたので、今までは劇映画だからとかドキュメンタリーだからって区別はしないでいたんですけど、今回の映画(花よりもなほ)で少しだけシフトを変えているのは、映画は妄想だなと…。ドキュメンタリーはコミュニケーションって思ってるんだけど、映画は一人の人間の妄想が生み出したものというか…。その強さはあるなと思ってて、逆に言うとその強さを獲得したいなと。それで今回の映画をやってるんですけど」

岡田「ドキュメンタリーは『素のまま』なんですか?」
是枝「素のままは撮れないですね。ドキュメンタリーは、ありのままの姿を撮って作品にすると思う人もいるけど、カメラが入った時点で『ありのまま』は壊れちゃうから。じゃあ、隠し撮りで撮ったものがありのままか…と。ドキュメンタリーってありのままを撮るものじゃなくて、そこにカメラが入ったことで変化した関係性の状況を記録するものだと、自分では考えてますね。最初は僕も、『ありのままって撮れないんだな。映像って限界があるのかな』って思ってたんだけど、有名なドキュメンタリーのカメラマンで田村正毅さんって方がいて、その人にありのままは撮れないって話をしたら、『僕が撮りたいのは、カメラを向けられた人間が自分をどう見せたいかっていう、自己表現の欲求を撮りたい。とはいえ、撮る側にもこう撮りたいってものがある。だからドキュメンタリーっていうのは、撮る側と撮られる側の欲求、自己表現が衝突して生まれるものがドキュメンタリーであって、だから美しい』って言ってたんですよ。だから、隠し撮りだと相手の自己表現にならない、と。それを聞いた時にはね、本当に目から鱗でしたね」

岡田「リアリティを『花よりもなほ』で言うと、人物像が凄い完成されてるなぁって思ったんですよ。人物の配置というか…、心の配置なんですけど」
是枝「沢山の人物がいるんだけど、主人公を中心として感情とかを少しずつずらして少しずつ重なるようにしてるんだよね。周りの人たちと触れながら、主人公の感情とかが少しずつ変わっていく話だから、主人公の周りにどう配置して、どう関わらせていくかってことで人間を作ってるんですよ」
岡田「結局、リアリティって人との繋がりだと思うんですよね、映像の中では。だから、物とか人の配置でリアリティを出してるのかなって気がしたんですけど」
是枝「関係の中にしか自分はいないって思ってるんですよ。映像に関わってるから特にそう思うのかもしれないけど、外に表れたものしか撮れないじゃないですか、心の中は撮れないから。逆に言うと、自分側から見たあなたしか撮れないって覚悟を決めて、それを倫理観として受け入れないと、すぐに相手の中を語り始めちゃう。嫌なんですよ、対象が悲しい時に悲しい音楽かけたりとか。本当にそう思ってるか分からないし。それがベースにあるので、撮れるのは外に表れたものって思う。だから、主人公が周りと関わってることで、その主人公の感情や変化が見えてくる…。カメラはそれしか撮れないと思ってるので、それを限界って考えれば限界だし、そういうものを撮っていくのが映像だと捉えれば、それがまさに映像ならではなんだと思います」

岡田「個性は自分の中にあるって思ってる人が多いと思うんですけど、そうではないと…」
是枝「『私探し』って無意味だと思ってて…、私を私の中に探していっても何もないんですよ。インタビューとかで、自分の内面のことを聞かれるじゃないですか。答えにくいでしょ。でも例えば、岡田君だったら岩を登ることとか、そういう話の中で『岡田君』というものが出てくる。どういう役作りをしたかって聞かれたら、答えづらいけど、他の人たちとどう関わったかとか、人の演技を見てどう思ったかって聞かれると、その人たちを通して、岡田君の演技論とか色んなことが見えてくる。結局ね、人ってそういうものからしか見えてこないと思うんです。そう考えていくと、『私』っていうものの考え方が、『関係性の中にいる私』ってことで広がってくる…。その方が生きてて豊かだなと思うし、まさに今回の映画の中で、主人公がどう変化し、自分っていうものを捉え直すことができるかっていうのは、関係の中でだと思ってて…、そういう映画だなと自分では思ってるんですけど」

僕、「花よりもなほ」の撮影のときに結構話したんですよ、是枝監督と。ホントに、これでもかってくらい。今まで、こんなに監督と話した現場はなかったんですよ。それも「ここどうすればいいですか」っていう話ではないんですよね。台本がひとつのグラフだとすると、点を最初と最後に置くんですよ。それで、「ここは主人公が一番落ちたいところだから、点はこの辺に置いて・・・」とか、「一番上げたいところはどこか」「このシーンはここで上げられるか」という感じで点を置いていき、そこをうまく通していくっていう作業をずっと話し合ってたんですよ。だから、皆がイメージするような「こういう風にセリフを言ってくれ」っていうタイプの監督ではないんです。だから、インタビューとかされると、凄く困るんですよ。「どういう現場でした?」って聞かれても、凄く独特な現場だったから・・・。

宗左衛門っていう役だったんですけど、自分の中で初めて思ったんですよ・・・、「上手い下手は別として、これ以上役を掘り下げて演じることは、僕には出来ない」「もっと良くしたいなら、僕じゃない人でやってくれ」と。
僕はお芝居をやると、「もっとよくできたんじゃないか」って、毎回思うんですよ。でも今回は、これ以上掘り下げてやるんだったら他の人でやってくれ、と(笑)。それぐらい、自分の中ではのめり込んでやってたというか・・・。それは、是枝さんのおかげなんですけどね。

今日は、「リアリティってどういうこと?」みたいな話もお聞きしましたが、「その場で生まれること」っていうのを大事にするっていうのは、映像もそうなのかなぁと・・・。色々悩んだり、色々考えた上での自由さというか、そこがリアリティなのかなぁと。結局ね、たぶん見えてるもの、見えてないものの先にあるものがリアリティなのかな…と。映像ってやっぱり強いし、目で見えるから分かるわけじゃないですか。こんな川が流れてとか、こういう花が咲いててとか。でも、その先なんですよね。この花を植えたのは誰でとか・・・。見えてるものの先にあるもの、見えてないものの先にあるもの、それがリアリティであり真実であり、それをどう映すかというのが映像のリアリティであり・・・、嘘であり、ということなんじゃないかなと思います。

1.UPSIDE DOWN
JACK JOHNSON AND FRIENDS

2.COME AS YOU ARE
NIRVANA

3.20TH CENTURY
T REX

4.DON'T DREAM IT'S OVER
CROWDED HOUSE


「是枝氏と岡田氏の話大変興味深く聞きました、まだ映画を見ていなくて初日に鑑賞予定ですが、映画を見る前に是枝氏の映画の手法や考え方を聞けてとても嬉しかったです。特に監督が役者側に寄り添い、穴を埋めていく作業によって嘘がひとつひとつ作られてその嘘によってリアルが生まれていく過程が興味深かったです。監督と役者が作り上げる丁寧な映画の過程をほんの少しでも聞けて映画を見る際にいろんな角度から見られそうで大変楽しみです」(yuriさん)

「是枝監督は私にとっては『社会派、かつ、とんでもない人情家』であって、『映像』が前面に出てくるタイプの創作者ではないと、今も思っているのですが、『花よりもなほ』と今回の対談とで、『映像の力』の魅力も怖さも方法論をも熟知して、愛情を込めてその力を使える方なんだなあと改めて感じました」(アギーの彼女さん)

「私は大学のゼミで、ドキュメンタリー制作をしています。『作られた映像は事実ではあるけど真実ではない』という言葉をあるテレビ局のディレクターさんから聞いて、衝撃を受けました。ドキュメンタリーは現実をありのままに伝えるものと思われがちですが、制作者が『このシーンとこのインタビューをこうやってつなげて・・・』といった具合に選別していくわけですよね。たしかにそれらはそこで起こった事実だけど、真実、つまりリアリティーではない。それだけがすべてではないということですよね。もっと奥にあるものは見えてないのですから。そう考えていくと、今他者によって加工されて伝わる情報を鵜呑みにしてはいけないなと思います。メディアリテラシーじゃないですけど、目・耳から入る情報をしっかり読み解く力があると、映画でもドキュメンタリーでもニュースでも、見方が大きく変わりますね。『ドキュメンタリーとは撮る側と撮られる側の欲求、自己表現が衝突して生まれるもの。だから美しい』、この言葉を聞いて今までひっかかっていたものが取れた気がしました。是枝さん、岡田さん、ありがとうございます。これからもGROWINGREEDにお世話になりそうです」(タエさん)

「『関係の中にしか自分はいない』という考えに『なるほど!!』と頷きっぱなしでした。確かに、何かに関わる事によって、その人の感情が湧いてくるなぁと思いました。動物とふれあってる時に自然に優しい表情になったりとか。映像は外に出ているものしか映らないけど、ある瞬間の些細な表情や表現を映すことで、見ている人の感じ方によって無限の世界が広がるものだと思います。だからその瞬間の表情を目の動きや体の動きによって表現できる役者さんたちや、その表情を出させることの出来る監督さん(や周りの方々)はすごいと思います!!もともと映画を観るのは大好きですが、今回のお話を聞いて、映像の奥深さに魅せられ、さらに興味をもちました」(准くん見てちょさん)

「始めは映画『花よりもなほ』のお話が聞けるのかな?と思い、聴き始めたのですが、それよりも監督のお話されるドキュメンタリーのお話のほうに興味をそそられ、たとえ映画のお話がなかったとしても、大満足な内容でした。特に印象に残ったことは、自分に向けての自分探しは意味のないこと。他人との関わり、他人を通して初めて自分を見つめられるのだと感じました」(ミクさん)

「映像は奥が深いんだなあと思いました!将来は映像の仕事に携わりたいと思ってるので一つ一つの言葉が参考になり自分を成長させることができるような気がしました! これからも人を成長できるような番組作りしていってください!!」(free ばーどさん)

「ドキュメンタリーはありのままを撮るということではなく、カメラを向けられた人とカメラを向ける人の表現欲求のぶつかりあい、というお話や、俳優に生きた台詞を喋ってもらうための工夫など、興味深いお話がたくさん聞けて映像に対する見方や興味が広がった気がします。人の中身というのは周りの人や物との関係性でしか伝えられないというお話にはなるほどと思うとともに、自分の周囲の人や物との関係ということも考えさせられました」(りんごジャムさん)

「フィクションとノンフィクションの境目、フィクションの中のリアリティの話は興味深かったです。ドキュメンタリー映像は素のままというイメージを持って見ていたけど、『カメラが入った時点でありのままではなくなる』、考えてみればその通りなんですよね。これが『事実と真実の違い』なんでしょうか?これから色々なジャンルの映像を見る時の参考にしたいです。また、是枝監督がおっしゃっていた『人の話を聞いて関係性を大事に、その場で生まれたものを大切に撮る』これは、映像だけではなく人との付き合い方にも通じる事。そんな素敵な考え方で作られた是枝さんの作品、観るのが益々楽しみになりました!」(どんぐりさん)

「フィクション…、この…はフィクションであり実在の人物とは関係ありません。という言葉が先ず先に浮かぶ辺り、フィクションとはあまり縁が無いのでしょうか…と感じてしまう今日この頃。そうなると、是枝さんのレベルに限りなく遠いレベルになってしまいそうです…。内的リアリティー…難しいですね…。是枝さん深いです。私には無い感覚(基本的に是枝さんのは新しかった)なので、消化に時間がかかりそうです」(まりんぶるーさん)

「是枝監督の作品はすごく大好きです!どの作品も人間の心理とか、人間同士の心のつながりとか、とにかく人間を大切にしている気がして、いつも映画館で是枝監督の作品を観た後は、友人を大切にしよう!とか、家族を大切にしよう!と自分のまわりの人たちの大切さに気づかされます。映像を通して、教えられる事・考えさせられる事・慰められる事・・・いろんな意味で、『第三者』の存在であり、客観的に自分を知ることができるものが映像なんじゃないかなぁ・・・と思いました」(ミッキーさん)

「私から考えると映像と前回の噂の話しが繋がりました。私たちが見ている映像、お仕事として岡田さん達の様に映像の中の人々はカメラが回り見せる人になり、私たち見る側は仕事をしていない映像では見れない岡田さんたちの姿を探して見てみたくなり、その想いが話になり時に噂になり…また一週間いろいろ考えるのが楽しみです」(二児ママさん)