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2017.12.08

第19回:秋元梢(モデル)

今週はモデルの秋元梢さんをお迎えしてのトークセッション。

<ファッションのルーツ>

Licaxxx:モデルをはじめようと思う前から、家族全体を見られることもあると思うんですけど・・・

秋元:不思議な家だよ。父がお相撲さんだったけど、普通だとはおもっていたけど、家族だけで旅行したことが数回しかなかったり、いつも講演会の方やお相撲さんがいたり、そういうのが、普通の家じゃないんだなって思ったりするけど・・・うち、母は普通の人だから、お相撲さんの娘だから特別って思わないように、普通の子なんだよっていうのをわからないようにさせたくないっていうのが親の方針だったので。ただお父さんはお相撲さんだけど、自分は自分だから・・・そう思う人はそう思えばいいんじゃないかなって思ってた。

Licaxxx:やりたいことをやらせてくれる方針だった?

秋元:そうですね。兄と姉が洋服好きで、わたしも好きになって、小学校5年生くらいから原宿に髪の毛切りにいったりとか、おこずかいにぎりしめて、いかに安い服をたくさん買うかとかしていました。だからファッションはずーっとすきだったし。親も好きなものをバックアップしてくれて、そのブランドだったら知ってるから買ってあげるわよとか、かわいい服なら着せ替えしたーい!みたいな。

Licaxxx:原宿から始まったってことはストリートな感じ?

秋元:いろんな系統は経てます。はじめ、母が買ってくれた服から始まり、小学校の時にたまたまビジュアル系の雑誌をたまたまひらいたらカルチャーショックで。MALICE MIZERってGACKTさんがいたバンドと、及川光博さんのコラボレーションを開いた瞬間、世界がかわって。もうお人形なの。こんな世界があるんだって知ってビジュアル系の世界にのめり込んで、そこから、パンクからロックのカルチャーに影響を受けたファッションを小学校の頃していて、でも思春期に近づくにつれてちょっとはずかしくなってきて、私服の遠足のときにちょっと控えめにしたりしはじめて、そこから原宿系になり、そのあとギャル系を通って。でもふと自分のファッションを振り返ったとき、あれ、いろんなのを経験したけど、軸がブレてなかったので、わたし、これ系じゃないとダメなんですっていう考えがなくなった気がする・・・

Licaxxx:これが秋元スタイルだ、みたいな。

秋元:うん、流行していても、それが似合わなかったら意味がないから・・・無理して着る必要ないし、初めてバイトして買ったブーツは今も履いているしそういうのって別に人に似合う似合わないとか、ダサい、ダサくないじゃないのかなって思ってる。
<ターニングポイント>

Licaxxx:いざモデルの活動をはじめて、パリコレみたいなショーを歩くモデル・・・どこで意識したのかなって・・・

秋元:モデルの仕事をはじめたきっかけも原宿歩いていて、サロンモデルしませんか、みたいな感じで。当時ショートカットが流行っていた時代でロングの人が珍しかったってところから雑誌の仕事をしたり、サロンのモデルやったり、いろんなお仕事をもらって、そろそろ事務所入った方がラクなんだけどって感じで入って。当時奇抜だったから、なかなか仕事がはいってこなくて。私の場合、千代の富士の娘、デビューしましたっていう記者会見をやってしまったものだから、自分で勝負できないんだっていう葛藤があって辛い方を選んだの。それに頼らないっていう。でも仕事ないし、大学卒業してみんな働いてるのに私なんで家に毎日いるんだろう・・・って。その時に事務所のスタッフに、「じゃあもうちょっと前髪伸ばして・・・」「服もコンサバみたいなのに変えてみれば?」って言われた時にムカついちゃって。じゃあそういう子を取ればいいじゃん。わたしの今の状態でいいと思ったんだったら、それを売る努力してくださいよってケンカ売っちゃって。それでもなかなか仕事はないんだけど、たまたまかっこいい女性に時代が移行していったタイミングで、今までお仕事した人たちがそういえば、梢ちゃんっておもしろい服装してたよね、とか、そのキャットラインって・・・っていうのをピックアップしてくれてからいつのまにかって感じ。その時に「れもんらいふ」っていうデザイン事務所があって、そこの社長の千原徹也さんと初めて仕事をして。MUSIC VIDEOだったんだけど、すごく待ち時間が長くてなぜかわたしと彼だけ2時間くらい暇な時間があって、この人はなんでいるんだろう・・・て役職もわからないまま話をしていて。なぜか自分はこういうことに悩んでいて、こういうことがしたくて・・・あと、パリで本場のショーが見たいんですってきっとその時話たんです。でも撮影の時間になっちゃって後日あったときに「パリコレ見に行きたいって本気で言ってる?」て聞かれてもちろん!って答えたら、僕も行こうかな〜って話になり、これは行くしかないなっていうので行って。初めは何をみていいかわからなかったけど、あの空気に触れた瞬間に感動して。でもモデルがショーに出ないで行く意味ってまずなくて。日本の編集長やスタイリストさんやブランドの方も、「なんでいるの?」が第一声。それが1回、2回、3回ってなっていくと「またいくの?パリで会おうね」っていう感じでお世話やケアをしてくれて、その人たちとの関係が密接になったり覚えてもらうスピードが早くなって。こっちで何もできないけれどいいことなのかな、って思ってたら、ちょうどジバンシイのデザイナーだったリカルドティッシが10周年でその記念号をVOGUE JAPANでやるって流れから、「なんでJAPANなのにコズエがいないんだ!」って言ってくれて撮影することになったり、パリコレで歩くことになったり。もちろんラッキーでしかないけれど、秋元梢は世界で活躍する基準する体型じゃないとかいわれるけど、それはそうなのさ。自分が一番わかってるし。それで海外に挑戦しようとか、ランウェイモデルになろうってまず思わないから。でも自分が自分を売らないで、自分は自分だから、それでお仕事がなくてもいいですって思ってたから、今の秋元梢がある。だからキャラ勝ちなの、わたし。日本人、アジア人、前髪の人、ぱっとみて秋元梢ってわかるよね、っていうのが世界でもわかってくれている人が一部にいて、それでも選んでくれる人がいればよくない?っていうのをパリに行ったり、お仕事していく上で自分がそこにたどり着けたからそれでいいやって。わたしが自分が自分を捨てなかったことが大事だったんだなって。ブレないってきめていたわけじゃなかったけど振り返ってブレてなかった自分、やるじゃんって感じ。
<モデル秋元梢のスタイル>

 人は人、自分は自分

 それこそ美人の定義って人によっても国によっても違うし。なんで人と比べちゃうんだろう。
 誰々さんより顔が大きい、小さい・・・それで何が変わるの?って。
 そこでわたしがそういうんじゃないよっていうのを伝えていきたいと思っています。
 人は人だなって歳を重ねていくたびに思います。自分がブレなきゃなんでもいいんだなって。
<秋元梢さんを迎えて>
 自分とはなんなのか、自分にしかできないことはなんなのか、を突き詰めた結果、今の秋元梢ちゃんがあるんだなっていうのが改めてすごくわかりました。私はごくごく一般の家庭に生まれたんですけど、全体からみたら特殊な家庭環境にあったとは思うんですけど、そことは関係なく自ら行動した結果、チャンスをつかんでいるんだなっていうのがわかったし、外から見ている人は勘違いしている人もいるかもしれないけれど、ぜひそんな人に梢ちゃんの力強さと姐御感、ついて行きたくなる感じを知っていただけたら梢ちゃん自身のおもしろさ、いっぱいあるなって思います。
<スペシャルパーティーのお知らせ>
 20周年をむかえるJOURNAL STANDARD主催のイベント。
 「JOURNAL STANDARD 20th Anniversary Party」の開催が決定しました!
 LicaxxxもDJプレイで出演。
 そして番組の公開収録もここで行います!
 入場は無料ですので、みなさんぜひ遊びに来て下さい。
 12月21日 木曜日 会場は代官山 SPACE ODD 
 ゲストなどの詳細は追って発表していきますので、乞うご期待!