SPECIAL FEATURE

2006/10/22   EAGLES

01. Life In The Fast Lane / EAGLES
02. Take It Easy / EAGLES
03. Peaceful Easy Feeling / EAGLES
04. Tequila Sunrise / EAGLES
05. Best Of My Love / EAGLES
06. One Of These Nights / EAGLES
07. Take It To The Limit / EAGLES
08. Hotel California / EAGLES
09. I Can't Tell You Why / EAGLES
10. Desperado / EAGLES

KORBY'S VOICE

70年代、音楽の追い越し車線を、ブッチぎりで突っ走ったグループ…、それがイーグルス。

by DJ KORBY

70年代の王様グループ!

1977年の「Life In The Fast Line 」。1977年。英語には、「Live Fast, Die Young」という言葉があります。「Live Fast」は、速く生きる、「Die Young」は、若く死ぬ。つまり、刹那的に生きるということだと思うのですが、それをイーグルスは「追い越し車線の人生」という言葉で歌いました。イーグルスは70年代の王様だったグループです。

70年代は、カリフォルニアに注目が集まった時代。ロサンゼルスか、サンフランシスコだったんです。ロサンゼルスのスタジオで売れている連中。リンダ・ロンシュタットという、すごい女性ヴォーカリストがいたんですが、リンダ・ロンシュタットのバックバンドのために、プロデューサーが売れているミュージシャンを集めました。ロサンゼルス、カリフォルニアのミュージシャンなんですけども、実は、メンバー皆は、カリフォルニア出身じゃないんです。

ドン・ヘンリーはテキサス出身、グレン・フライはデトロイト、バーニー・リードンはミネアポリス、ランディー・マイズナーはネブラスカ出身なんです。東京なんかと似ていますよね。みんな地方出身者というわけであります。

しかし、カリフォルニアの黄金時代を作って、イーグルスばっかりじゃなくて、曲を提供したり、取り巻きでもあり、仲間でもあったジャクソン・ブラウンらとは、スタジオに行くといつもたむろしているってことを込めて、<カリフォルニア・マフィア>って呼ばれた時代でもありました。

イーグルスがデビューした時は、新しい感覚を持ったカントリー・ロックのバンドというイメージだったんです。また新しいのが出てきたなと思いましたね。新しさを強調するために、最初の録音はわざわざロンドンにまで行っているんです。

このころはロンドンっていうと世界で一番進んでいるところってイメージだったんです。考えてみると、60年代の中頃まではビートルズがいろいろ音作りをするじゃないですか。スタジオを活かしていろんな音を作っていくわけですけども、その頃は、アメリカから相当遅れたんですけど、5、6年の間に、「ロンドンは新しい音が生まれるところだ」と認識されるようになったんです。わざわざロンドンにまで行くんですよね。


強しヴォーカル力!

今の私たちは、70年代のイーグルスを回想して聴いているんですけども、「あの頃はすごかったね〜」と聴いた人が感じる強さがあると思うんですが、そんな強さを支えるのが、<ヴォーカル力>!

ビートルズは、ジョンとポールとジョージの3人がコーラスに参加しましたよね。イーグルスもそうなんです。ビートルズとその部分が、すごく似ている。ヴォーカルの占める割合がすごく強い。しかも、ハーモニーも強烈なんです。

みんなが、リード・ヴォーカルボーカルが取れるし、4声を活かしたのは、イーグルス独特のものなんですよね。だから彼らが作り出すメロディーと共に、70年代を体験した人にとっては、「やっぱりあの頃っ…」っていう懐かしさが違うんですよね。

「The Best Of My Love」。これは1974年、3枚目のアルバム『On The Border』の中からです。チャートでいうと「The Best Of My Love」が初めて全米で1位になった曲で、聴くと、ドン・ヘンリーの哀愁を漂わせるリードヴォーカルの力が染みませんか? スケールの大きい曲でもありますよね。この曲で1位を獲って以来、ドン・ヘンリーは哀愁部門を担当することになっていくことになります。

1975年の「One Of These Nights 」。この曲を初めて聴いた若い人もいるかもしれないし、久しぶりに聴いて盛り上がっている昔からのファンの人もいると思いますけども、これはイントロからしてすごかったですよね。この頃の<イントロ賞>とでもいう曲で、カントリー・ロックのイーグルスじゃなかったですよね。めちゃくちゃ違うところに連れて行ってくれましたよね。

いみじくも「呪われた夜」という日本語のタイトルが付いたんですが、イーグルスが、どんどんロックの方に行ってくるんですよね。これはグループとしての当然の成長だと思うんですけども、最もカントリーにこだわった中心のバーニー・リードンが辞めちゃうんですよ。そして、ジェームズ・ギャングというグループを引っ張っていたギタリストのジョー・ウォルシュが参加して、イーグルスはまた違う方向に成長を遂げていくことになるんです。


ホテル・カリフォルニアの奇跡

1976年リリースの“問題のアルバム”、「Hotel California」。

彼らは、ここでクライマックスを迎えることになるんです。この作品で、グラミー賞の主要な部門を獲るわけだけども、グラミー賞は<体制側の音楽>を表彰するということで、賞は受け取るかもわかりませんけど、表彰式はボイコットしたんです。。

そのアルバムのタイトル・ソングはサウンド的にも、曲的にも、歌の内容的にも、文句のつけどころのない曲なんです。大作なわけです。

歌詞も暗喩、つまり比喩になっている。「1969年から酒はいっさい置いていませんよ。」という歌詞の「酒は置いていないよ」っていうのは「スピリッツ」は置いていないっていうことで、「スピリッツ」っていうのは、酒でもあり、アメリカの魂っていう意味なんですよね。

「1969年から…」っていうのは、何の意味があるのか…。ウッドストックの年でもあるし、ベトナム戦争って考えることもできます。1976年っていうのは、ちょうどアメリカが200年祭。国ができて200年で盛り上がっていた時で実はアメリカは、<過去の囚われ人の生活>をしているにすぎないんじゃないかという、1つのテーマを投げかける歌でもあったわけですよ。

考えないで聴いても、昔のノスタルジーを感じさせてくれるし、この暴れ方は問題あるよって秘めた歌でもある。これが「Hotel California」であったんです。


イーグルスの今…

イーグルスは80年代に入って活動を停止したり再会したりしましたが、イーグルスは70年代のグループです。つまりグループには寿命がある。潮時をイーグルスはちゃんと心得ていたわけです。お客がそういう判断を下したっていうことなんですかね。

80年代に入ると、みんなソロの活動がメインになってくるんですが、まとめるっていうよりは、僕がいろいろ体験した話をすると、イーグルスがどういうことになったかわかると思います。グレン・フライは気が短い男なんですが、彼がプロモーションで来日し、某TV局に出演した時の最初の質問が、「イーグルスはもうやらないんですか?」。そしたら、彼は何も言わずに立ち上がってその場を去ったということがあったんです。そんなことを聞かれに俺は来たんじゃないってことで帰っちゃったんです。

以前、イーグルスと仲良しだったジャクソン・ブラウンに会ったことがあるんですけど、1990年の頃だったけども、「イーグルスの連中とまだ付き合いがあるの?」って聞いたら、「時々電話したりして、今イーグルスの連中にゴルフを進められているんだ」。「グレン・フライなんかはハンディー7で、みんなゴルフがうまいんだ」。「俺は今すごく迷っている、おれはずっとサーファーでいたい」…って言っていました。

あれから10数年経っているから、それを聞いたら、だいたいわかりますよね。イーグルスは70年代のアーティストだったことです。70年代あれだけの栄光がありますから、お釣りというものがあります。時々アイデアが湧いたら、集まって新曲を作ろうよって。メンバーの中で、金が困っている人間がいるかもしれないから、その時は、また大ツアーでもやろうよっていうスタンスを保ちながら、いまもイーグルスは続いています。

»Warner Music Japan


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