70年代のニューヨークの音楽、カルチャー、ヒストリーを知る、聞く、スペシャル・フィーチャー。
その風景や文化、音楽を知る3人の方々にお話を伺い、一緒に「1970年代のニューヨーク」をフラッシュバックしていきましょう。
森山大道さん(写真家)
ニューヨークの一番最初の印象は、街がザラッと荒れたような感じ。ニューヨークには若い頃から憧れていて、マンハッタンのビル街、skyscraperが見えたときは嬉しかった。実際のニューヨークの街から体感する感じは、景色を見るたびに映画のシーンを思い出すような、自分が過去に見てきたものにダブっていく感じがあった。そういう意味では裏切られた感じ、想像とは違うといったようなことはなかった。むしろ印象に沿いすぎていたという感じもあったね。視覚的な印象としては冬に路上から煙が街を覆っていた様子が残っている。いまはもうないけれども。あれを見ると「ニューヨーク」という感じがするね。
室矢憲治さん(詩人、作家、ロック評論家)
みんな70年代前半ニューヨークというとパンクシーンを思い浮かべると思うんだけど、実際のところよく聞いてみると74年にブルース・スプリングスティーンがニューヨークセレナーデを歌ったり、第2のボブディランと呼ばれたエリオット・マーフィーがロックをやったりして、そういう連中がニューヨークをテーマにいい曲をたくさん書いています。ニューヨークがシンガソングライター見直された、そういうシーンがあります。その一方でパティ・スミスやトーキング・ヘッズなどが、新しいビジョンというか新しい楽器編成、音楽構成を始めてもいました。そしてレゲエ。ニューヨークの音楽好きの連中が騒ぎ立てて「新しいレゲエというのがある!」っていって急にブレイクするのはニューヨークらしいところだよね。その一方でブロンクスで黒人たちがヒップホップへの新しい道を開き始めるといった、本当に音楽が百花繚乱になったのが70年代のニューヨークでした。アメリカ全体はウォーターゲート事件なんかで経済的に暗い時代だったけど、ニューヨークがニューヨーク独自の顔をして生き生きしていた時代でした。
ピーター・バラカンさん(音楽評論家、ブロードキャスター)
新しい流れがニューヨークから生まれていくということはいろいろありました。例えばパンクだったり、あるいはディスコだったり、その頃はまだヒップホップとは呼ばれていなかった70年代前半のヒップホップ。そういう流れは全部ニューヨークから生まれてきたものだと思います。個人的には70年代の初頭にジョン・レノンがロンドンからニューヨークに移ることが大きな話題でしたね。ジョージ・ハリスンも71年にマジソンスクエアガーデンで「バングラデシュのための救済コンサート」を開催しました。それまではマジソンスクエアガーデンはコンサートに使われたことがなかったんですね。あくまでもスポーツの会場だったと思います。マジソンスクエアガーデンで音楽のイベントが出来るというのは大きな前例になりました。