2014/10/17 デル・ピエロの言葉

今朝は、アレッサンドロ・デル・ピエロをピックアップ!

12日に開幕した インドのスーパーリーグ、デリーに加入したアレッサンドロ・デル・ピエロ!元イタリア代表、ユヴェントスの顔でした。現在39歳、来月40歳になります!

サッカーを始めたのは子どものころ。7歳のときに所属したのが、地元のクラブ、サン・ヴェンデミアーノ。このクラブでは、最初ゴールキーパーとしてプレーしていたそうです。しかし、前線にコンバートされて頭角を現します。13歳で2部のパドヴァというクラブに加入。91–92年シーズンにデビューを果たします。このころ、すでに、デルピエロの噂はイタリアの北東部全体に届いていたそうです。「すごいやつがいるらしい。バッジョ2世だ」 なんて言われていたとか。

そして!93年、セリエAの名門、ユヴェントスへ運命の移籍!全盛期のロベルト・バッジョがいたユヴェントスへデルピエロが加入したんです。ちなみに、この年、バッジョは、バロンドールを獲得するなど大活躍したんですが、そのバッジョのユヴェントスで、デルピエロもセリエAデビューを果たします。つまり、2人のファンタジスタが 同じユニフォームを着て同じピッチに立っていたわけです。

デルピエロのプレーは本当にすごい!
デルピエロゾーン、という言葉をお聞きになった事はありますか?ゴール前左45度の角度のシュートを得意としていて、そこは、デルピエロゾーンと呼ばれました。

ユヴェントスでの活躍、素晴らしかったです。95–96年シーズンのヨーロッパチャンピオンズリーグ5試合連続ゴールを含む、合計6ゴールで、チャンピオンズリーグ優勝に大きく貢献!翌シーズンのトヨタカップでは、アルゼンチンのリーベル相手にゴールを決めてこれが決勝点となり優勝!セリエAは、96–97、97–98シーズンを連覇!

しかし。デルピエロは、98年11月、左ひざの じん帯を断裂。
その後、9カ月に渡って戦列を離れます。

ここからは、ケガと付き合いながらのプレーが続きました。さらに、2006年には、クラブの不正が発覚し、ユヴェントスはセリエBに降格。このとき、デルピエロはマンチェスター・ユナイテッドをはじめ、ビッグクラブから誘われますが、真っ先に残留を表明し、2部で戦いました。結果、ユヴェントスは、1シーズンでセリエA復帰を果たしました。

キャリアを通して、代表チームでは、そこまで活躍はできなかったんですが、イタリアに愛された男、ユヴェントスに愛された男、デルピエロ。2012年に、オーストラリアーのシドニーに移籍するまでユヴェントス一筋。デルピエロは、こう語っています。

ユヴェントスでの冒険は、本当に特別なものだった。
スタジアムの歓声、みんなの涙。

僕は幸せだったし、それを誇りに思うよ。

インドのスーパーリーグでのシーズンが始まったデルピエロですが、こんなことも言っています。


ここでのシーズンは、たった3カ月だ。
終わったら また荷物をまとめて旅に出るよ。

もちろん、どこかでプレーするために。

まもなく40歳、アレッサンドロ・デル・ピエロ!
デルピエロゾーンからのシュート、どんどん決めてほしい!