2012/3/16 井原慶子さんのHidden Story

今週は、世界で活躍するレーシング・ドライバー、井原慶子さんのHidden Story。

キミ・ライコネン、ルイス・ハミルトン、フェリペ・マッサ。
F1グランプリで頂点を争ってきたレーシング・ドライバーたちと、かつて同じサーキットでしのぎをけずった日本人の女性がいます。
この週末に、開幕戦が行われるWEC世界耐久選手権に参戦する井原慶子さん。
しかし、そのキャリアは、意外なきっかけで始まりました。

大学入学してからモーグルスキーという競技にハマリまして、その遠征費用のために「何かいいアルバイトはないかな」と探していて、モデルのアルバイトを始めました。
そのモデルの仕事の一環としてレースクイーンという仕事でサーキットに行ったときに、モータースポーツに魅了されてしまいまして、それで始めました。

それまで、自動車には全く興味がなく、運転免許証さえ持っていなかった井原さん。
レースの翌日、早速、自動車教習所の窓口へ。
そして、レースクイーンの仕事を続けながら、レーシング・ドライバーへの糸口を探しました。

まずは自分がレースクイーンをやっていたチームの監督さんとか、スタッフの方、メカニックさんとか、いろんな方に「どうやったらレーサーになれるの?」って質問していました。

そういうスタッフさんから始まって、回りの知り合いには「私レースやりたいんだけど」とそのころ何百人と言っていたわけですね。いよいよのきっかけは、そういえばカーメーカーが安全運転スクールをやっていると、それの女性インストラクターを募集しているから、それを受けてみたらどうかね、と言ってくれた方がいて、私は免許取りたてでインストラクターなんてとんでもないと思ってましたけれど、受けてみたら合格したんですね。

運転の技術を学びつつ、お金を貯め、力を蓄え、夢を追う日々。
まっすぐな想いに、チャンスが舞い降りました。
1999年。フェラーリ・チャレンジ・ジャパンというレースに出場できることになったのです。
最初のレース。当日は緊張のあまり……

まずヘルメットを間違って持って行ってしまったんですね。

すごく「用意周到にしすぎた」ことがアダとなって、たくさん包んで持って行ったんですね。同じ包みを2つ作っていたので、サーキットであけたら、原付……あの原チャリでかぶる半分のヘルメットが入っていて(笑)ギャグかなと思って……それじゃ絶対レースに出れませんので、それで父と母にはレースに出るというのは内緒にしていたので、電話したら「なんでヘルメットを持って行ってあげなければいけないんだ。レースクイーンにヘルメットがいるの?」と言われて、それで「実はレースに出る」と言ったら、すごいカンカンに怒られて、父が出たんですけど「持ってけない」と。でも「自分がやりたいことなら仕方ないからバイク便で送ってやると」バイク便で送ってもらいました。バイク便でヘルメットが来ました(笑)

さらに、今となっては笑えるトラブルが続きます。

スタート前にトイレに行ったんですけど、今度はトイレのドアが開かなくなって。
でも結局、カギは開いてたんですよね。ダンダンダンダン!「開けてください!」とか言ってて、で、開いたときに「あら開いてたわ」となって(笑)

デビュー後、間もなく、井原さんはモーターレースの本場、イギリスへ。

今のF1のドライバーとか、彼らが当時は17、18だった頃一緒にやっていて、非常にレベルが高かったです。

フェラーリのマッサ選手とか、今回復帰したキミ・ライコネンとか、そうした中に、その前年までレースクイーンだった私が飛び込んだわけですよね。
最初「ビリ」で、なんで私がビリなんだろうと思いましたけど、反省してやっていくなかで、マッサ選手と同じ列に並べるようになりましたけれど。

2003年、マカオ・グランプリで表彰台。
そして、念願の英国F3に2005年、2006年と参戦。
あのルイス・ハミルトン選手とも戦いました。

その後、いったん世界の舞台を離れていましたが、今年、WEC世界耐久選手権に参戦します。

F1がスプリントレースの世界最高峰ですけども、耐久の世界最高峰が世界耐久選手権。
6月におこなわれるルマンなんかは24時間走ります。
やっぱりすごく大きな山にこれから登るんだろうなという気持ちですね。

井原慶子さんに最後にこんな質問。
レーシング・ドライバーとして大切にしているのは、どんなことですか?

どんな環境であっても自分から順応するというのを忘れないということと、時を大切にする。
100分の1秒を大切に、みんなそれにかけて仕事をしているので、時を大切に。

もうひとつは、いかにどんな不利な状況でも、いかに早くその環境に順応ができるかが結果につながるので、いやな状況でも、いやなスタッフだったとしても、自分からその状況を改善する意識を持って「環境を自分のものにする」ということを心がけています。

レースクイーン出身。デビューは25歳。そして女性。
レーサーとしては異例づくしの、井原慶子さん。
困難を突破することができた理由は、どんな環境も自分から働きかけて自分のものにする!そんな努力の日々でした。