2011/12/9 フラガールたちのHidden Story

今週は、フラガールたちの2011年。
福島県いわき市にある『スパリゾート・ハワイアンズ・ダンシングチーム』のみなさんに、震災から今日までのこと。取材させていただきました。

会場には、満員の観客からの大きな、そしてあたたかな拍手が満ちていました。
(2011年)11月。中野サンプラザ。『がんばっぺいわき復興祭 in 東京』。
フラガールたちが東京での公演を行ったのです。

今回、お話を伺うことができたのは、スパリゾートハワイアンズ・ダンシングチーム、リーダーのマルヒア由佳理さんと、木野田舞子さん。
3月11日、震災が発生した そのときのことから教えていただきました。
※以下、敬称略。

マルヒア:私はちょうど休日でしたので、姉が新しくお店をやるということで、その内装を一緒に手伝っていたんですけど。

木野田:私もお休みで、「ひとりでドライブでもしようかな」と思っているときに震災に遭いました。最初は車が壊れたのかと思ったんですよね、私は。

マルヒア:もちろん会社のほうに出勤していたメンバーのほうが多かったので、その子達はお昼のショーが終わってちょうど昼食を食べている時間帯だったんですね。みんな「まさか」という感じだったみたいですね。

翌日からは自宅待機。
原発事故の影響で当時29人だったメンバーの8割が福島県外へ避難しました。
フラガールたちに集合がかかったのは、2011年4月18日。

マルヒア:状況も状況でしたので、うちのメンバーで欠けてしまう子がいても、仕方ないとは思っていたんですけども、やはり避難して不安もあったなかで、ひとりも欠けずに集まることができたので、それはホッとしましたね。
なんか、本当に久しぶりに顔をあわせた感じなので、みんな無事でよかったよね、という話はしましたよね。

4日後、レッスン再開。

マルヒア:22日からレッスンを再開していきまして、4月末日くらいに、会社のほうからキャラバンという話もありまして。
「まずは、ゴールデンウィークに、いわき市内の避難所の慰問公演から始める」ということで話は進んでいくんですけど。
避難所も3日間で6カ所、という形でやっていって、そのあと、一般のお客様向けの全国キャラバンとして展開する形になりました。

フラガールの全国キャラバンは、実に46年ぶり。

かつて、炭坑が閉山。活気をなくした、いわきを盛り上げるために作られた『常磐ハワイアンセンター(今のスパリゾート・ハワイアンズ)』をPRするため全国を回ったのが、1965年のことでした。
今回のキャラバンは、そのとき以来。ふたたび、フラガールの旅が始まったのです。

震災後、フラガールがおこなった「全国キャラバン」は、124カ所、245公演。

木野田:何もかも初めての経験で、例えば宮崎のほうとか南のほうだとスパリゾート・ハワイアンズって「認識が薄いかな」と思っていたんですが、行く先々でみなさんにあたたかい言葉をかけていただいて、最初は、私たちがみなさんに笑顔になっていただければと思っていたんですが、逆に私たちが励まされる、というのも多かったですね。

マルヒア:全国の方が福島の心配を本当にしてくださって、「行けないけれど遠くから応援してるから」とか、お客様ひとりひとりからいただいた声が、私たちの背中を押してくれる原動力になっていましたね。

いわき市の『スパリゾート・ハワイアンズ』は、2011年10月1日に部分的に再開。
いまは、2012年2月のグランドオープンに向け、準備を進めているところです。

マルヒア:震災を経験したことで、被災状況も人それぞれでしたし、やはり休業というのも私たちにとって大きいことでしたので、その4月下旬に全員集まったけれども、そのときのみんなの表情を見てても、前に進もうという意思は持ててない状態でしたので、みんなに声をかけるときは、大変な経験をしたけれどそれで気づいたこともあるし、みんな集まって踊るときだったり公演するときだけでも楽しんでやっていこうと、もうポジティブポジティブにみんなを持っていったんですけど。やはり、自分たちのやるべきこと、今自分たちができることをコツコツやっていこうという感じですね。
やっぱりみんな根本的に踊るの好きなんだな、というのはみんなの様子を見ててですね、ハワイアンズでフラガールとして踊るのが好きなんだなというのはみんなを見てて思いましたね。

震災、そして、休業。
被災をし 厳しい状況のなかで行った、46年ぶりの全国キャラバン。

フラガールたちの笑顔。
それは、今年の日本を明るく優しく照らした光でした。