今朝は、アメリカ、ハワイとコネクトします。
きょう、8月21日というのは、50年前の1959年、ハワイがアメリカ第50番目の州となった日なんです。
そんなハワイで、大きな功績をあげた日本の方がいます。
日系三世のLes Murakamiさん、73歳。
ハワイ大学の野球チームの監督として、野球場もない、無名のチームを、一躍、全米大学野球選手権で準優勝を勝ち取るまでの強豪に育て上げた、すごい方です。
そして、ハワイ大学に野球スタジアムを建設。
スタジアムの名前が「Les Murakami Stadium」というほど、その功績がたたえられている方です。
おりしも、日本は夏の甲子園の真っ最中。
野球の本家、アメリカでその名をとどろかせた日本人、Les Murakamiさんにお話を伺いました。
まずは、どのようないきさつで、野球の世界に入るようになったのでしょうか?
ご自身も、元々ベースボールプレイヤーだったのでしょうか?
高校時代はソフトボールの選手でしたが、もともと野球一家だったんです。 1971年にハワイ大学の運動部の部長が、野球部の監督をしてくれないかと依頼してきたんです。当時、ハワイ大学の野球部は野球場も、野球をするような設備もままならないチームだったので、何度も断ったんですが、両親に相談したところ、父が挑戦することを後押ししてくれました。
そこでまず、きちんとした球場を作ることから私の仕事は始まったのです。
そして1984年には専用の野球スタジアムを大学キャンパス内に建設。
大学の野球部がスタジアムを持つんですよ!
建設費、どうやって資金集めをしたのでしょう?
聞くところによると、ムラカミさんは、野球監督としての才能以前に、政財界とのコネクションがとても強いとか?
1963年まで、州議会で仕事をしていたので、そのときにできた人脈を生かし、ハワイの野球を強くして、みんなに野球を楽しんでもらうためには、立派な野球場が必要と説得にまわりました。 そしておよそ1,100万ドルのスタジアム建設費を集めたんです。 野球部がその後、見事な成績を残したことで、州議員の方たちが切望し、スタジアムに自分の名前がついたことはうれしいとしか言いようがありません。
今、日本ではちょうど高校野球選手権の真っ最中ですが、選手たちになにかエールをお願いいたします!
がんばれ! 自分の力を出しきることのみ!
Les Murakamiさん、ありがとうございました。