2011年06月20日
ハワイに『マハロ』を言う旅にいらした仙台のハラウ『フイレフア』の設楽洋子先生。
今日は、先日行われていたまつりインハワイで、ハワイ訪問した
仙台のフラハラウフイ・レフアの設楽カヘアラニ洋子先生に
お越し頂きます。
今回まつりインハワイにいらした目的は、ハワイにお礼を
いうことだったという洋子先生。
彼女の家も半壊。生徒さんの中にも多くの方達が戻る家がない、
戻る家族がない方達が大勢いらっしゃいます。
ハワイの人達が、まるで自分の家族かのように一生懸命、チャリティ活動に
取り組んでいたことを知った洋子先生は、お礼をいいにいきたい。と
『マハロ・ハワイ!』というミッションを掲げてハワイにやってきました。
これはまつりインハワイのホオラウレアのオープニングステージで
お礼をいっているシーン。
お礼のフラをパフォーマンスしてくださいました。
ハワイの沢山の人達がその気持ちを受け取り、とても暖かい
気持ちになれました。みなさんありがとう!!
チャリティ活動を行っていた数々のハワイのお店や、人達、場所を
訪れ、感謝状や、日本とハワイの国旗のついただるまを渡したり
していた仙台のハラウのみなさん。毎日毎日感動の涙でいっぱいでしたが
おつかれさまでした!
このフイレフアの代表、洋子先生はフラの巨匠といわれたジョージ
ナオペがクム。彼はあのメリーモナークフェスティバルの創立者と
しても知られていましたが、2009年に亡くなってしまいました。
その後、洋子先生は、クムの死が悲しすぎてなかなかハワイに
来る気持ちにもなれなかったそうですが、そんな中、今回の震災が
おき、津波の被害にあい、なにもなくなってしまったとき、
沢山の奇跡がおこったのです。
ほとんどの仙台市のダンススクールなどの鏡などはバラバラに
壊れてしまったのに、自分の鏡だけは見事にそのまま。
実はクムが亡くなった後、彼の実物大の飾り物をつくったそうですが、
それがぐい〜〜っと鏡を怒ったように向かい合っていた
そうなんです。アンクルジョージがきっと見守っていてくれたんですね。
そして更にアンクルジョージのサイン入りのパウスカートや
ムームーなどは、木の枝にかかって、流されずにいたり、
彼の生徒さんで、ちょうど『ワイキキ』という曲を練習し終わって
車にのってパウスカートをはいたまま津波にあった人がいて、
彼女は死者がものすごく沢山でたエリアにいたのですが、
いきなりどこかから腕がでてきて車で溺れかけている彼女を
ひっぱりだして、奇跡的に助かったそうなのです。
アンクルジョージといえば、ハワイ島ヒロを襲った津波のあと、
ゴーストタウンになっていたヒロを復興させようと、
フラの最大の競技会、メリーモナークを創立した人。
『自分の生徒達を守ってやる!!』と、天国から一生懸命
助けの綱をだしていたのかもしれませんね。
洋子先生は『だから、私たちは家もないけどフラだけは
続けることにしたんです。生徒さんからも、これはアンクルジョージからの
フラを続けなさい!ってメッセージなんですよ!って
言われるんです。だからできる範囲で続けていっています。
フラのクラスを始める前、自分たちの気持ちを語り合うと、心が少しでも
軽くなっていくんです』とおっしゃいます。
アンクルジョージ・ナオペが守ろうとした仙台のハラウ、
そして自分の生徒さん達のことを考えると、涙なしには
いられませんでした。
洋子先生は、ハワイ中をまわって感謝の気持ちを伝えた後、
最後にハワイ島に渡り、ジョージ・ナオペのお墓参りをして
日本に戻られました。
アンクルにどんなお話をされたんでしょうね・・。
J-wave Colors of Hawaiiにも、ハワイの人達のアロハの気持ちを
伝えてくれてありがとう!届きました!と感謝状を頂きました。
大切にします!!
詳しいお話は番組で!