2017年03月14日

時代に合わせた、感覚的にワクワクする本作り。

和田裕美事務所株式会社の代表取締役、
和田裕美さんは先月、廣済堂出版から
『運をつくる授業』を出版されました。

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自己啓発が好きな読者層に向けた本で、
今は、字を詰め込んだHOW TOよりも
感覚的にワクワクするように作られています。
「最近小説を書いたんですけど、人生で1回も
 小説読んだことないっていう読者さんがたくさんいて。
 1冊読み切れたの初めてって言われたんですよ。」
20代の半数が ”1年に1冊も本を読まない”時代、
どうやったら本を読んでもらえるのか、考えられています。

和田さんの小説『ママの人生』は、
ご自身のお母様を題材にされ、昨年末に出版されています。
「自分の人生で、影響を受けたのって、母なんです。
 破天荒な母だったんですね、でも、上手に育ててもらったんです。
 上手な育て方、付かず離れずな育て方で、ちゃんと大人になって。
 結局、あっという間に亡くなるんですが、、、
 そういう話を編集担当としていたら、書いてみようって。」

今夜の選曲 : BEAUTIFUL / CAROLE KING

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2017年03月13日

売れる営業に変わる! 世界ナンバー2の営業ウーマンのセールストーク術。

ビジネス書を中心に50冊以上出版される
和田裕美事務所株式会社の代表取締役、
和田裕美さんをお迎えしています。

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作家としてのデビュー作は、2003年にダイヤモンド社より発売した、
『世界NO.2 セールスウーマンの「売れる営業」に変わる本』
当時セールスNo.1は、アメリカの男性だったそう。
「私が営業をやり始めた時は、8割男性の社会でした。
 とりあえず、”ノルマ達成” “売ってこい” “煽れ” とか、
 そういうキツい事が多かったんです。でも自分がそういう事言うの嫌で、
 辞めかけた時に、どうやって売れるか自分なりの方法を
 見出していった事から、はじまりましたね。」

営業のセールストークの定番として、
“残り1つです” と、煽ることが良くあります。
ですが、和田さんは事実だけを伝える事で、”売れる営業”に変わりました。
「いくつでもあるし、いつ開始しても良いし、
 10年後でも20年後に決めても、商品は山のようにあります。
 でも人生の時間だけは、刻一刻過ぎていくので、
 本当に何かやりたいことがあるなら、1日でも早く
 やったほうが良いというのは、事実ですよって、」

20代で、年収6000万円ほどにまで登り詰めた和田さん。
それでも、“女性であるから” “若いから” など、
さまざまな行動に対して、周りからの反対が多かった、と
当時を振り返ります。

今夜の選曲 : BROTHER, BROTHER / CAROLE KING

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2017年03月10日

3月13日から17日は

人気営業コンサルタントで、
和田裕美事務所株式会社・代表取締役の和田裕美さんをお迎えします。

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人気営業コンサルタントが説く
女性の社会進出とスキルアップ。
たっぷりと伺います。

■プロフィール■
京都府生まれ。光華女子大学英文科卒業後、英会話学校の
事務職を経て、1993年に日本ブリタニカ株式会社に営業職として入社。
2001年に独立され、現在は、作家、営業コンサルタントとして
活躍していらっしゃいます。

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2017年03月10日

切り離された学問と生活。いかにして、学問を野に戻すべきか?

東京大学 東洋文化研究所の菅豊教授をお迎えしています。

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アフリカの牧畜民の中には、
牛と人間との密着度が強い地域もあります。
ですが、『越後の角突き』が行なわれている
新潟県小千谷 山古志では、少し違う感覚があります。
「結局、ペットではないんですよね。家畜でもない。
 でも、最後は、食肉処理場に送って、
 命を絶たなきゃいけないんですよね。」

地方創生ブームの今、地域文化に詳しい学者さんたちは
まだ殆ど機能していない、と菅先生はおっしゃいます。
「あまり関わってこなかった、というのは大きな問題なんですよ。
 知識生産である学問と、社会生産である生活が分断されているんです。
 今まで、野にあった学問を、切って学問にしてきたんですよ。
 でも、もう1回”野”に戻そうか、っていうのが、私の考えなんですよね。
 野にある物を、摘んでしまったら価値がなくなったような気が、
 民俗学にはするんですよね。」

今夜の選曲: MY GIRL / OTIS REDDING

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2017年03月09日

ついに飼い始めた闘牛! 学者として文化を守り、作っていくためには。

東京大学 東洋文化研究所の菅豊教授は、
2007年に、『越後の角突き』が行われている、
新潟県小千谷 山古志で闘牛を飼い始めました。

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「最初牛を飼いところがないて諦めようとしてたら、
 私の牛を飼ってくれている、川上テツヤ君が、
 “牛舎はないけど、車庫があるよ”って改造してくれて。」
川上さんは、自身の牛の牛舎は残ったもの
の自宅は全壊し仮設住宅暮らし。餌をやるために、
片道30分ほどかけ毎日通っていたのだとか。

新潟県小千谷 山古志の『越後の角突き』では
最後まで勝負をせず、盛り上がったところで引き分けにします。
「引き分けになるので、お互いが勝ったと言えるんですよ。
 でも玄人目で見れば、どっちが優勢とか分かるので、
 ”あいつは横綱級だ”という風になってきます。
 1番分かりやすいのは、取組表ですね。」
最後の取組、それも東に配置される牛は、”横綱級”という意味になります。
取組表は、取組審議会が1週間ほどかけて考えます。

「私が今やっているのは、調査というよりも、
 一緒にやりながら、この文化を維持する、新しい文化を作っていく。
 そういうプロセスを、本とか論文にアウトプットしていくんです。
 やっていることが遊びに見えるんですけど(笑)」
牛を飼うまでは、撮影や記録を残すようにしていましたが、
今では、親しい仲間たちにカメラを向けるのは不自然であると気付き、
記憶するようにし、わからないことは本人たちに聞くようにしているそう。

今夜の選曲: SHAKE / OTIS REDDING

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2017年03月08日

地元で愛され守られ続ける、越後の角突きとは?

東京大学 東洋文化研究所の菅豊教授をお迎えしています。

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あまり知られていませんが、日本でも闘牛が行われています。
沖縄、徳之島(鹿児島県)、宇和島(愛媛県) 隠岐の島(島根県)、
そして、新潟県小千谷 山古志で行われています。
「本当は最後まで、勝負をつけるんですけど、
 この、小千谷 山古志の『越後の角突き』で特徴的なのは、
 途中で引き分けにするんです。
 一番盛り上がったところで、勢子長が手をあげるんです。」
牛の持ち主は、相手の牛の鼻をとり、勢子(せこ)たちは一斉に
”綱かけ””綱引き”を行って抑制し、引き分けにします。

この『越後の角突き』、5月〜11月まで計7回開催されています。
菅先生は、2007年には闘牛を飼い、”天神”と名付けています。

「この地域の人たちは、闘牛と言わずに、”角突き”というんです。
 良い所になったら、離していく。それに対する誇りがあります。
 2004年の地震後、1週間後の避難所の総合体育館で、
 “角突き、いつ復活させるのか”って話してるんですよ。
 家全部潰れてしまっている人たちがほとんどなのに。」
数十頭の牛を救出したり、牛をつなぐ綱を切ってから避難するなど、
地元の方々の努力があったことで、現在も”角突き” が残っています。

今夜の選曲: PAIN IN MY HEART / OTIS REDDING

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2017年03月07日

日本全国で感じる、学者としての葛藤と苦悩。

東京大学 東洋文化研究所の菅豊教授は、
研究対象によって、日本全国様々な場所をフィールドとしています。

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「18歳の大学1年のころからは、
 新潟県の山北町で鮭の研究をして、卒論を書いて、
 修論は、千葉県・手賀沼の鴨猟をやりましたね。」
日本以外では、中国・浙江省で豚・鶏、
上海ではコオロギなどを研究されてきました。

もともと、菅先生は、新潟の中越地方に、
1998年ごろから関わりを持つようになります。
その後、2004年に中越地震が起きました。

震災後から、学者としての”葛藤”や“苦悩”を
著書『「新しい野の学問」の時代へ』に書き留めています。
「自分を出していくのは、研究者はしないんですよ。
 これは、オートエスノグラフィー(auto-ethnography)という手法で、
 自分を含み、一般的にいうと主観的な方法で、変わった方法です。」

著書の中でも、冒頭に記されてされている
”ある研究者”の言葉は、衝撃的なものです。

(以下、「新しい野の学問」の時代へ(岩波書店) より引用)
『“俺たちは学者のモルモットじゃない”と、語る人々の声もあります。
 大学教授が さも当然のように被災地へ来て、フィールドワークと称し、
 津波で全財産を失って先行き不透明な暮らしの中で、
 仮設住宅で暮らす人々を呼びつけて、同情然として話を聴き歩く。
 1つ2つの大学、教授、研究者ではありません。
 被災地で立ち上げる、寄り添う意志のない方は、来るべきではありません。
 研究者の”思いつき”が被災地の負担にさえなっています。
 1日フィールドワークして、聞いた話を簡単に研究報告にまとめる作業は、
 別のところでやってください。情けなさすぎます。』 

これは、現在は学者で、東日本大震災当時、大学院生だったという
山内明美さんがブログに書いた言葉だそう。
ふるさとが被災地となり、ボランティアとして活動してた中、
目の当たりにしたのが、”情けなさすぎ”の光景だったそう。

今夜の選曲:MR PITIFUL / OTIS REDDING

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2017年03月06日

学問の中で最も危機に瀕しているのは、民俗学?!

東京大学 東洋文化研究所の菅豊教授をお迎えしています。

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『「新しい野の学問」の時代へ』
『「二〇世紀民俗学」を乗り越える』など
数々の著書も出されています。

文化人類学と民俗学は違う学問です。
「現在も人類学の方も研究していますが、
 自分のアイデンティティとしては、民俗学ですね。
 民俗学は、学問の中でも1番弱く、危機に瀕していて
 ある意味、そこが現代的には意味があると思うんです。」

多くの学問は、明治以降に欧米から”輸入されたもの”で、
学者たちで繋がれてきた学問です。
しかし日本の民俗学は、日本で生まれたものであり、
民間人が担い、繋がれてきたものです。

今夜の選曲:I CAN’T TURN YOU LOOSE / OTIS REDDING

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2017年03月03日

3月6日から10日までは

東京大学 東洋文化研究所の菅豊教授をお迎えします。

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自らを描く民俗学者に、
越後の”牛の角突き”について、たっぷりと伺います。

■プロフィール■
1963年長崎市生まれ。
筑波大学大学院で民俗学・人類学を専攻された後、
1991年に千葉県にある国立歴史民俗博物館の
研究部助手となられ、その後、北海道大学助教授を経て、
現在、東京大学・東洋文化研究所の教授でいらっしゃいます。

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2017年03月03日

全国95カ所でイベントをしてきた編集長が選ぶ、今オススメの地方は?

指出一正さんが編集長を務めている雑誌ソトコトは、
創刊から、まもなく18年。
ようやく、エコやソーシャルが日本全国に届き始めています。

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「メディアとして、行政の方々から絶大な信頼を
 いただけるというのがびっくりもしていますし、
 ありがたい限りですね。イベントをすると、ソトコトを
 皆持ってきてくれるんですよね」

さらに、指出一正さんは、昨年2016年1月から
”レンタル編集長”というサービスを試験的に行いました。
「全国95箇所ほどを、トークイベントをやったんです。
 ローカルに皆が注目し始めたって肌感覚で理解できた中で、
 ソトコトこういう感じで支持されてるんだなって」

最近指出さんが面白いと思った地方は、京都!
中でも、京都・堀川商店街の空き店舗を活用した
『NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠』が注目です。

New Standard Chocolate kyoto by久遠- ニュースタンダードチョコレートキョウト by久遠- 堀川商店街

「吉野さんという方がやっている、京スイーツの人気店なんですけど、
 実は、働いている方々が、障がいがある方々なんです。
 就労施設なんだけれども、シャッター通りに、
 おしゃれに作って、女性客が買いにくる場所になっていて。
 今皆が関わりたい、リノベーションと福祉を融合させたんです。」
面白いローカルを持ち、社会に関わる人がいる地域だからこそ、
京都が世界から注目される理由だ、と気付いたそう。

今夜の選曲: LOW COMMOTION / RY COODER

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