2024年04月03日

展覧会『共棲の間合い -「確かさ」と共に生きるには-』

今週のゲストは、アーティスト 村上慧さんです。

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東京都渋谷公園通りギャラリーで開催されている展覧会
『共棲の間合い -「確かさ」と共に生きるには-』
村上さんは『熱の部屋』という作品を展示しています。

この作品は、発酵熱を利用した「足湯」。
昨年秋、代々木公園で大量の落ち葉を集め、大きめの風呂桶のようなものを木で作り、落ち葉・米ぬか・水を混ぜて攪拌しておくことで、温まるという仕組みになっています。

当初は熱が60度まで上がりましたが、2か月経った現在では40度でちょうどよい温度になっています。

村上
「落ち葉に付着する微生物たちと、人間との目に見えない交流が行われているのではないかなと。また温度の上がり下がりも足で体験できるという作品になっています。」

小黒
「僕聞いてて思ったけど、その作品、災害とかで集団避難している人たちに作ってあげると、交流が生まれたり、アート作品がさらに深い意味を持ちそうだけど。」

村上
「僕もそれは考えています。またこれ単純に「落ち葉が温まっている」という共通の感動から、会話が生まれたり、一つのきっかけになっているなとも思っています。ただ、まだ落ち葉が分解されるときの熱がどれだけ安定させられるのか、まだ模索中でして、練習を重ねている感じなんです。」

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2024年04月02日

自然現象を使って生活するプロジェクト『村上勉強堂』

今週のゲストは、アーティスト 村上慧さんです。

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村上さんが実践していた、眠るための家を担いで移動する『移住を生活をする』プロジェクト
プロジェクトを進める中で、「家を持ち歩いてるけど、これは寝室にすぎず、お風呂やトイレというのは町にあるのだ」ということに気が付きました。

村上さんは街全体を「間取り図」と呼んでおり、例えば寝室はお寺の駐車場、銭湯をお風呂場、コインランドリーを洗濯場というように捉えていました。

小黒
「150cm×70cmの発泡スチロールなんだけど、村上さんの家は相当でかいってことだよね。」

村上
「そうですね、一番おおきな家に住んでいましたね(笑)道路は廊下のような感じでした(笑)」

また村上さんは、2022年から『村上勉強堂』という自然現象を使って生活するプロジェクトに取り組んでいます。

これは『移住を生活する』プロジェクトの中で、夏は北に、冬は南にという生活をする中で「自分で冷房・暖房を作れたらよいのに」と思ったことが発端でした。

「勉強していこうという気持ちも込めて、村上勉強堂という名前を付けて、千葉県の山武市に土地を買いまして、少しづつ工事を進めているっていう感じです。」

そう思って調べるうちに、暖房には、落ち葉を発酵させる時の「発酵熱」(落ち葉に付着する微生物の呼吸熱)が使えるのではないか、水の気化熱を使えば空間を冷やせるのではないか?と考えついたそう。

自然現象を使った冷房については、以前名古屋で特殊な外壁で、雨水を染み込ませ、日中の太陽で蒸発させれば、室内を冷やせるのではないかと、実験。結果は、湿度がものすごく高くなり、涼しさには、湿度が重要だという事に気が付いたそう。

「自然現象というか、命ってすごい熱を作る営みで。発酵熱とか、何かを
温めるって方向は考えやすいんですけど、冷やすというのは、結構まだ
実験段階で。でもいくつか考えてるので、いずれは実現できるんじゃないかと思ってます。」

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2024年04月01日

プロジェクト『移住を生活する』

今週のゲストは、アーティスト 村上慧さんです。

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村上さんは1988 年東京生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科を卒業。
2014年から自作の家を担いで歩き、国内外で移住を繰り返すプロジェクト「移住を生活する」を開始。著書に『家をせおって歩く』(福音館書店)『家を せおって 歩いた』(夕書房)のほか、金沢21世紀美術館から、
書籍『村上慧 移住を生活する』が発売されています。

『移住を生活をする』とは発泡スチロールで作られた150×70センチほどの小さな『家』を担いで、日本中を移動しながら生活するプロジェクト。

日本全国を歩き回りましたが、この『家』の置き場所の確保に苦労したそう。
東京都からスタートしました村上さんは、最初道路に置こうと考えていましたが、置いた所すぐに「不法占拠だ」と通報されてしまいました。

「これは土地を借りないと駄目なんだということに気がついて、そこからは主にお寺や神社など、インターホン鳴らして交渉をして、一晩ずつクリアしていくっていう感じでした(笑)」

駆け込み寺・宿坊という言葉や、一昔前には旅人が立ち寄る場所であったことから、村上さんの体感ではお寺で泊めてもらえることが多かったといいます。

「今まで200~300ヶ所ぐらい敷地を借りて、移動生活をしてきましたが
それだけの数の敷地を貸してくれる方がいたっていう事が、僕はとても
元気がもらえることだなと思いましたね。」

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2024年03月28日

早期警報システム

今週のゲストは、東北大学災害科学国際研究所 教授で、
世界防災フォーラム代表理事の 小野裕一さんです。

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現在防災の世界では『早期警報システム』を積極的に行っていこうということになっています。
この警報システム、日本では既に実施されているため、国内の課題は、『避難指示が出ても避難されない方、避難できない方』にあるそう。
障害を持つ人や、高齢者などは、指示が出ても一人では避難できません。

「『本当に避難しなくちゃいけない人が誰か』という事を、世帯別に、
もう細かくピンポイントで指示を出して助けられるような仕組みを、
作っていかないといけないと思っていまして。プロジェクトを今、
JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)さんからお金をいただいて、
富士通総研さんと一緒にアプリを作っています。
今後は個別のやっぱり避難っていうのが大事になってくると思います」

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例えば、2019年に仙台にきた台風19号が来た際には、仙台市民100万人のうち、60万に避難指示が出ましたが、実際に避難した方は1%ほどしかいなかったそう。

個人によってそれぞれに事情が異なるため、本当に非難が必要な人とそうでない人の選別がまだまだできていない現状だということです。

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2024年03月27日

世界防災フォーラム2025

今週のゲストは、東北大学災害科学国際研究所 教授で、
世界防災フォーラム代表理事の 小野裕一さんです。

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世界防災フォーラム2025(World Bosai Forum2025)
2025年3月7日から9日まで仙台国際センターで開催されます。

HPにある『どうするキコヘン?』のキコヘンとは、気候変動の略。
「気候変動って感じで四つ熟語が並ぶとそれだけ難しく感じてしまうので、
 優しく、これ本当に子供さんでも馴染めるように。一般の人たちに
理解してもらわないで、防災といってもしょうがないのでね」

こちらは、2017年から始まり4回目の開催で、世界からは約40か国の人たちが集まっています。

主催者としての思いを伺いました。
「普段防災に関心がない人に、どうやって防災に関心を持ってもらうかっていうところがですね、すごく今チャレンジだと思ってます。
また運営の方で、なかなかお金がかかってしまうので、今後は企業の協賛なんかもしていただきながら、運営していきたいというふうに今思ってます。」

こちらのフォーラムでのセッションは、ウェブ上に公開されているため、ぜひみなさんも一度ご覧になってみてください。

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2024年03月26日

一般財団法人世界防災フォーラムとは?

今週のゲストは、東北大学災害科学国際研究所 教授で、
世界防災フォーラム代表理事の 小野裕一さんです。

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小野先生は2018年に、一般財団法人世界防災フォーラムを設立し、
代表理事に就任されています。
誰でも参加できるフォーラムで、国連の会議など一部の専門家や政府の人が集まるものとは異なり、一般の方など民間が中心となっているイベントです。

またここでは『どうやったら防災のいろんな問題を解決できるのか、具体的にこうしたらよかった』ということを、中心に議論しています。

「東日本大震災の被災地から、震災で学んだことや、うまくいかなかった事などを発信していて。世界の人たちにも来てもらって知見を共有し合う、そういうフォーラムです。」

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2024年03月25日

災害統計グローバルセンターとは?

今週のゲストは、東北大学災害科学国際研究所 教授で、
世界防災フォーラム代表理事の 小野裕一さんです。

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小野先生は1967年栃木県生まれ。
アメリカで竜巻災害の研究の博士号を取得後、2002年に国連に就職され、世界気象機関、国連国際防災戦略、国連アジア太平洋経済社会理事会に
従事された後、2012年に東北大学災害科学国際研究所の教授に
就任されました。

今回は仙台から起こし頂きました。

小野先生が研究されている「竜巻」。なかなか遠いアメリカの事のように感じてしまいますが、日本でもそれほど被害は出ないということですが、年間20個ほどが発生しています。

また小野先生は、東北大学災害科学国際研究所に、災害統計グローバルセンターを設立され、センター長も兼務されています。

ここでは、災害によって生じた被害(死亡者や財産に関する被害など)を
の統計を各国から集めて分析し、各国に還元しています。

「2015年に仙台であった国連防災世界会議で、防災に関する亡くなる人や経済的被害を減らそうというターゲットを決めることになりまして。
きちんとしたエビデンスに基づいて何か考えましょうっていうことで作りました。もう過去20年ぐらい私この仕事をやらせていただいてます。」

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2024年03月21日

『被災地の先生応援プロジェクト』

今週のゲストは、認定NPO法人カタリバ代表理事、今村久美さん。
4年ぶり、リモートでのご出演になります。

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カタリバでは『被災地の先生応援プロジェクト』もスタートさせています。

平時でも大変な学校教育の世界で、後回しにされがちな教職員や行政の人たちの居住地という現状を問題に思ったことがプロジェクトのきっかけになっています。

「いろんな子供たちの課題を先生方が落ち着いて捉え直さなきゃいけないし、落ち着いた心を持って子供たちに声かけをしなきゃいけない。そうじゃないと、多様な子供たちの心の状態を受け止めることはできないわけですよね。」

先生たちの学校施設の中でのストレスをなるべく軽減するために、カタリバでは現在、輪島市・珠洲市・能登町の学校施設の中に、音を吸収するような木の壁で個室を作る取り組みを進めています。

「ちょっとでも心穏やかにですね、お仕事が終わったらちょっとリフレッシュできる環境を準備したいと思って進めています。」

NPO法人カタリバでは、引き続き活動資金に関する支援などを呼び掛けています。
詳しくは、こちらのホームページをご覧ください。

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2024年03月18日

全国高校生マイプロジェクトアワード

今週のゲストは、認定NPO法人カタリバ代表理事、今村久美さん。
4年ぶり、リモートでのご出演になります。

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カタリバは、2001年から活動する教育NPOで、高校への出張授業プログラムから始まり、子どもたちに学びの場と居場所の提供など、社会の変化に応じてさまざまな教育活動に取り組んでいます。

カタリバでは2013年より、高校生が自ら問いを立てて課題を解決する
プログラム『マイプロジェクト』を運営しています。
立ち上げのきっかけについて伺いました。

カタリバが初めて被災地支援をしたのは東日本大震災の時。
この時に出会った高校生たちに『支援を受けてるばかりでなく、自分たちも支援に来てくれた人たちにお礼を返したい』と言われたそう。

中でも、星が好きな“ユキちゃん”という女の子は、勉強は苦手だけど、星に詳しいということで、街灯がなくなってしまった夜の街で、支援にきてくれた方々に星の事を伝えるということを始めました。
この手伝いをする中で、今村さんは『学校の勉強が苦手でも自分がやりたいと思ったことを、プロジェクトできるのは素敵だ。これを日本の高校生たちの学びの軸にしていけないか?』と考えました。

「全国と名のつく大会を作って、高校生たちの発表会を作れば、
学校の先生たちもこれって学びの形なんだってことを知っていただけるかなと思いまして、全国高校生プロジェクトアワードを作ってみたというのが、ことの発端でした。」

全国高校生マイプロジェクトアワードの決勝戦が3月23日、24日に開催されます。

こちらは、オンラインで観覧することができます。
詳しくは全国高校生マイプロジェクトアワードのHPをご覧ください。

今夜の選曲… Norwegian Wood / The Beatles

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2024年03月13日

天災と人災

今週のゲストは、ジャーナリストで映画監督の土井敏邦さんです。
リモートでのご出演となります。

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土井さんが福島を題材に初めて作ったドキュメンタリー映画は、震災の翌年2012年に制作された『飯舘村 第一章 故郷を追われる村人たち』です。

2011年震災当日は、多くのジャーナリストが東北へ向かう中、土井さんは東北へ向かう事ができませんでした。
それは、土井さんがそれまで34年にわたり追っていたのが『パレスチナ』だったこと、またパレスチを追ってきた自分が『なぜ福島に行くのか』という事を自分の中で納得できなかったためです。

「フリーランスのこれ特徴なんでしょうけど、組織ジャーナリストは上司から言われたら、自分のモチベーションがどうであろうと行くわけですよ。でもフリーランスが動く時には、自分がなぜそれをやるかが自分の中できちんと捉えられてないと、動けないんです。
 みんながやることを自分がやってどうすんだと。」

東北へ向かわなかった土井さんは、予定通りのに沖縄に取材に行きましたが、そこでも取り上げられていたのは『東北の原発事故』についての話。
土井さんは『パレスチナを追ってきた自分はなぜ福島に行くのか』を考え続ける中で、気づいた事がありました。

「パレスチナは、いわゆるイスラエル建国のために故郷を追われた人なんですよ。それで、こじつけかもしれないんですけど、東北で今起こってることは津波などで故郷を追われた人たち『故郷を追われる』という接点があったら、自分も東北へ行っていいのだと、言い聞かせたんです。」

理由を見つけて東北に行った土井さんは、3月後半に陸前高田に行きました。そこはビル以外には何もないという凄まじい現状でした。

津波による被害は目も当てられず、衝撃を受けましたが、同時に一つの事に気がついたといいます。

「津波の被害は天災なんです。比べてパレスチナは、イスラエル建国という名目でユダヤ人によって家を追われた人たちで、人災なんです。
そして福島の事故は人災なんです。」

土井さんの最初の映画のタイトル『『飯舘村 第一章 故郷を追われる村人たち』はパレスチナと重ね合わせてつけられたものです。

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