歌舞伎ソムリエ・おくだの「他流試合」シリーズ。
おととい、渋谷のミニシアターで見た映画
「蟻の兵隊」。。。ズシリと来ました。。。
第二次大戦の終戦直後から、中国では
国民党軍(蒋介石)と共産党軍(毛沢東)が、
真っ向対立の内戦に突入しました。
その際、国民党軍の、ある幹部は
敗戦で引き上げる日本兵の一部を
日本陸軍上層部との「裏とりひき」で、
自軍の兵力に加えてしまいます。
上層部は、残す部下たちには
「日本は、アメリカには降伏したが
中国との戦いはまだ続いている」
「ここで形成を盛り返せば、
まだ中国での勝ち戦はありえる」
とウソをついて、彼らを鼓舞しました。
で、自分たちはさっさと
日本へ帰ってしまった。
残った兵隊たちは、心のなかでは
「自分は日本兵だ」という意識のままで
従軍を続けました。
中国との戦争が
まだ続いているのだ、と思い込んだまま
(じつは国民党軍の一員として)銃を握ったわけです。
ところが、彼らの軍人戸籍は
終戦と同時に日本で消されていました。
「終戦=無条件降伏」後に
兵隊の人身売買が
国と国との密約で、なされていた。
これは国際法違反もいいところです。
その証拠を、日本軍は、
(ということは、つまり日本という国は)
彼らの軍籍を消すことで、うやむやにしたのです。
軍籍なき兵士。。。「蟻の兵隊」の
生き残りの老人が、真実を究明すべく、
ひさしぶりに、中国の、かつての戦地を
訪ね歩きます。
自分が農民虐殺に加担した農村で
そこに生きる若者と語らいます。
若い娘時代に、日本兵たちに
輪姦された老女と語らいます。
真相究明であると同時に、この旅は、
その老人自身の「戦後清算」でもあるんです。
ひとりの男として、いや人間として、
全身全霊をかけて「おとしまえ」をつけてゆく姿。
胸に染みました。
歌舞伎との共通点で忘れられないことがひとつ。
虐殺をまのがれた現地の人が、その老人に
「あななたちが殺したのは、
日本兵が掘った炭鉱の警備員として、
あなたたちが雇った中国人です」と明かします。
敵兵が迫ってきたとき、おそれをなして、
持ち場を離れて農村へ逃げてしまっていたんですね。
だから、農民に紛れて見分けがつかなかった。
それを聞いて、老人の人格が、突然変わります。
「勝手に自分たちだけ助かろうとしおって!」
と怒りをあらわにする。
「そんな連中は、殺されてしかるべきだったんだ!」
とまで言い放ちます。
滞在先のホテルに戻ってから、老人は、
ベッドにぽつんと座りながら、
「なんてことを口走ってしまったのか。。。」と、
そこで初めて後悔します。
過去の出来事を
振り返り・語っていくうちに、
当時の人格、つまり
日本兵としてのまさにその当時の自分、が
よみがえってしまったんですね。
いま現在の分別を押しのけて
「軍人・日本兵」としての過去の自身が
彼のこころを占めてしまった。
歌舞伎にもこういう演出があります。
先月ご紹介した
「義太夫」(ぎだゆう)という音楽を
用います。
武将が語りきかせる「戦況報告」だったり、
若い娘が打ち明ける
「恋のなれそめ」、つまり「のろけ」だったり、
状況はいろいろですが、
「これこれこいういうことがあって・・・」と
ある状況を語っていくうちに、
だんだん、「そのときの自分」が
あたまをもたげてくる。。。ありますよね、こういう感覚。
たんに「記憶がよみがえる」よりも
もっと気持ちの揺れが大きい。回想する、というほど
冷めてもいない。「そのとき」にひたりきっちゃう。
自分自身をハンドリングできない、激情のうねり。
そいういうときに、せりふの一部を
役者じゃなくて義太夫にまかせてしまうんです。
たとえば、息子が十六歳で
戦死したこと、首になってしまったことを
たった今知らされた母親、という場面。
母親「国を・・・へだてて(離れて)・・・」
義「十六年・・・」(とメロディーをつけて
スローテンポでうなる。それにあわせて
指折り十六を数えて、虚空を見つめる母親)
「国をへだてて十六年・・・」と
せりふで一続きに言わずに
あえてこうやって分担・分断する。
と、十六年〜のゆっくりとした間(ま)のなかに
子育てのプロセス・喜怒哀楽がいくつも、
じわーっと浮かびあがるんです。
語ってゆくうちに
自分が「語っている自分」を失ってゆく。
これはまさに
「蟻の兵隊」の老人の激情です。
それを音楽的に表現したわけです。
形式にあてはめることで
一筋縄でいかない人間の心理を
言い当てている。。。すごい演劇だとおもいます、歌舞伎って。