下関弁当のことではなく、下関の方言にまつわる物語である。
無駄に長いけど、読んでね。
ちょうど「オクシタニア」で大阪弁がオック語の表現に使われていたし、
杏ちゃんの「田村はまだか」が同窓会の話で、このふたつに引っ掛けて
何か笑いネタをひとつと思案していたら、これ以上ないというのがあった。
笑えなかったら金は返す。
話を面白するためのかわいい嘘と単純な間違いが混入している可能性もあるが、
リアルにしたいので登場人物の名前はすべて本名である。
基本的に彼らは重要な役割を負っていないので、問題ない。
怒ったら今度下関で一杯飲ませよう。
私の高校時代の友人はバンドの仲間か、
落ちこぼれて自習時間のみ卓球部であった人間に限られているが、
今回は主として山陰
(下関ではさびれた所やねえ、というやや差別的な意味合いを含むことがある)
から通っていた友人と体験した話である。
高校を卒業して最初の夏休み、
下関を離れて東京で暮らす友人と一人だけ岡山の大学に行った
ハゲ山さん(本名:中村)の実家に泊まりで遊びに行った。
(50を過ぎた我々は今でもそのころのあだ名で呼び合う。
若い人たちに忠告しておくが、
歳をとって絶対に呼ばれたくないあだ名を持っている人は、
今から改名宣言をしておいたほうがよい。
私は今でも「イモ」と友人、及びその奥様方から呼ばれている。
さすがに奥様方は「イモさん」と呼んでくれるが、私はあまり嬉しくない。
これが死ぬまで続くかと思うとちょっと考えてしまうことがある。
葬式の時の弔辞とかはどうなるんだろう。
死んでも安心できない。
ちなみに、「ハゲ山さん」は高校時代、
ほんの少し薄いかもしれないという理由でつけられたあだ名であるが、
現在全然禿げていない。本人はともかく奥様の心情を察すると心が痛む)
全然話が進まない。
我々、モトブー(本名:岸田 小学校のころ太っていたから)、
岡部さん(こいつにはなぜかあだ名がない。なくても充分に面白いからだと思われる)、
ミキちゃん(本名:中川 単純に名前が幹彦だったから。男である)
に私を加えた4人は、昼は岩場で泳いで、
晩はハゲ山さんの家で酒呑み放題で豪勢な海のものをご馳走になって、
マージャンやって、歌でも歌おうやー。
と田舎ならではの完璧なプランを立て、山陰深部である湯玉に乗り込んだ。
ハゲ山さんのうちは漁業もやっているので、岩場でサザエを取っても大丈夫である。
と思うが本当に許されることであったのだろうか。
山陰で育った人間は、他にすることがなかったのでみんな泳ぎが達者である。
潜りも見事で海女さんのように、しばらく上がってこない。
私は。
私は泳げなかった。
町の子はひ弱である。
近くに海はあったのだが、町の海はきたなくて、どぶの匂いがした。
そんな臭い海で、ザブンザブン波がくる中、泳げるわけがない。
昔、生野小学校、山の田中学校
(やはりこの名前は恥ずかしい。
せめて山田中学校であってくれていたらと思う)
には、プールがなかった。だもんで誰も泳ぎ方なんて教えてくれなかったのである。
羨ましくもないが、私が卒業してからどちらにも立派なプールができたそうである。
というわけで30歳を超えるまで私は泳げなかった。
泳げない私はどうしていたかというと、
若武者たちが岩場から足の届かない未知なる世界の深みへ飛び込んでいくのをただ眺めていた。
彼らは焼けるような日差しの中に置いていかれた私を振り返ることもない。
「くそ面白くもない」
海に石を投げて、焼けるに身を任せていた私であったが、
突然、光明が射した。
あーっちの方から年のころひとつふたつ下の麗しい女性三人が
手持ち無沙汰にやって来るではないか。
つまり女子高生である。
今はそんなションベン娘に発情することはないが、
当時の18、19歳は全員一年中発情期である。
いかにせん。
いかにせんとあせっても、こちらは女性の手も握ったことがない。
本当に田舎の子は何でも遅い。
東京で同期の学生さんは、ほとんどいろいろと人生経験を重ねていて、
腹が立つったらありゃしない。今でも。
私のいたたまれないほどの焦燥感とは関係なく、
彼女たちはズンズン進軍してくる。
勘違いであることを祈ったのだが、私のほうに向かってくるように見えた。
それまで、そう思ったときはすべて勘違いだったので、
今回も見逃してくれるかと思ったら、やはりターゲットは私であった。
3人の中のリーダーと思われる美しく背が一番高い
可愛いビキニ姿の山陰のお嬢さんが、何事かを私に問うた。
問うなよ、もう逃げ出したいんだから、という姿勢に問題があったのだろう。
「&#$%¥*?」と流行の表現を借りてみたが、
彼女の言っていることが単語のひとつすら理解できない。
「へっ?」っと言ってみた。
「へっ?」じゃないだろうという顔をしたが、
親切なことにもう一度繰り返してくれた。
前より長く話してくれていたような気がする。
全身が硬直していて、脳まで機能が停止していたとしか考えられないのだが、
今度も火星人が話しているように感じた。
だが、今度「へっ?」じゃ俺の人生はメチャクチャになると恐れおののき、
とっさに
「この辺にゃ、イラはおらんよ」
と答えていた。
鳩が豆鉄砲を食らった顔を初めて見た。
美少女の顔のパーツが中心部に向かってしぼんでいった。
こりゃまずい。
話をつなごうと
「イラはおらんけー、泳いでもえーと思うよ」
追い討ちをかけたら、こいつはアホやったか、と返事もせずに去っていった。
失礼な奴らである、
ではなくて、浜に穴掘って二度とこの世に出て来れない地底人になりたかった。
危機は去ったが、荒涼とした心の荒野に一人たたずんでいた私に誰かが声をかけた。
「あんた、誰と話しよったほかね」(モトブー)
「あの女の子達は誰かね」(ミキちゃん)
「なんか約束したんかね」(岡部さん)
「可愛かったように見えたよ」(ハゲ山さん)
矢継ぎ早に質問を仕掛けてくる。
一生海女さんをやるつもりかと思っていた連中は、
海の向こうから成り行きを観察していたようであった。
女の匂いには敏感な奴らである。
「いや、イラはおらんよ、って教えてやったんやけど行ってしもうた」
納得しない。
「今、イラがおるわけないやろうが、バカかお前は」(モトブー)
「本当はなんて聞かれたんかね」(岡部さん)
わからない。わからない。全然わからなかった。
と罵倒されるままになっていたら、突然、啓示を授かった。
「あんたはどこの高校かね」
そう聞いていたような気がする、ではなくて、そう聞いていた。
なんでわからんやったんやろうか?
「いや、僕たちは高校生じゃなくて東京の大学生だよ」
と答えていたら、どうなっていたであろうか。
歴史に「もし」はないが、今でもこの時のことを頻繁に思い出し、その先を想像してしまう。
私、あるいは山陰出身の誰かの人生は変わっていただろうか。
むなしくも楽しいひと時である。
ちなみに、イラとは下関付近の方言で小さなくらげのことをいう。
刺されると痛い。盆過ぎに現れる。
もうどうでもいいことなんだけど。

私が高校に行くのにひとつ山というか、丘を越さなければならなかったのだが、
この写真の道を毎朝夕歩いた。
当時はガードなんてなくて、
崖を踏み外すと10数メートル下まで落ちることになっていた。
ただ、落ちて死んだという人の話は聞いたことがない。
しかし、この写真見る限りやっぱり山だな。
大倉眞一郎