2012年01月07日

サウダーヂ

大倉眞一郎セレクト 2011年 BOOKBAR大賞 映画部門大賞

2011年、180本もの新作映画を観てきた大倉さんが
選んだナンバーワン映画は・・・

富田克也監督の「サウダーヂ

昨年末にも少しご紹介しましたが、
改めて、2011年の映画大賞としてセレクト!

物語は、山梨県の甲府を舞台に
ブラジル人やタイ人など日本に出稼ぎに来ている移民労働者、
さしたる目標もなく日々なんとか暮らしている土木建築業者、
そこに、右傾化した思想を持つラッパーの人生が交差していく。

実際のエピソードをもとに彼らの生活を描いた
まるでドキュメンタリー作品のような群像劇。

現在の日本が抱えている閉塞感が
リアルに描かれています。

フランスのナント三大陸映画祭グランプリ受賞作。

BOOK BAR staff| 14:40 | カテゴリー:映画部

2010年09月27日

ヘヴンズストーリー

人間が自分以外の人間を一度も憎まず死んでいくことなどできるだろうか。
よほど幼くしてこの世を去っていく子供は例外として、
人間は一瞬にしろ、それが「本気でない」と思ったにしても、
「殺したいくらい」他人を憎むことがあると思う。
私のような温厚に見られている、
と本人は思っている人間でも何度かある。
具体的にいつ、何故、誰をと問われても
思い出せなかったりはするのであるが。

我々は常に幸せと憎しみが裏表の世界の中で生きている。
愛している人々が見知らぬ誰かに殺された時に、
誰も憎まず、心穏やかにいられるはずがない。
憎しみはエネルギーを消耗するが、
さらに、憎しみは憎しみを呼ぶ。
内乱、紛争、戦争は憎しみの連鎖である。
「愛している人を守るために」「敵」を殺しに向かう。
愛する人を殺された「善良な市民」は銃を持って立ち上がる。
それがいつの間にか、何のために戦っているのかわからなくなっても、
誰もいなくなり、憎むエネルギーを失うまで殺戮は続くのである。
ああ、人間でよかった。愛するものを失ったら、
生きる証明として敵を殺しにいけるもんな。
敵を殺すということは、
愛する人、愛する故郷、愛する祖国を守ることだといってる人いるもんな。
他の地球上の生物でこんなことありえないもんな。

このヘヴンズストーリーの監督、瀬々監督は
愛と憎しみの表裏一体の矛盾について、ずっと考えていたのではなかろうか。
私はいつも同じようなことを考えている。
殺すことの意味、殺されることの意味
(正確には殺された人が近しい人に与える影響)、
復讐で得られるもの、復讐で捨ててしまうもの、
そして、愛するということの意味。
私が勝手に決め付けたこの映画のテーマである。
こんな話、2時間くらいでチョチョイとこなせるものではない。
映画は10分の休憩を入れて4時間48分続く。
恐くなるくらい時間の経過を感じない。
どろどろの苦しさを感じさせずに、
この映画を見せきった監督の技量に驚いた。
「憎しみ」について普段から考えている人、
誰も憎んだことなどないと勘違いしている人、
この映画に答えがあるかどうかは知らないが、
是非足を運んでいただきたい。

長かったといえば最近は「愛のむきだし」が4時間近くあったが、
それを越えましたね。
トリビア用に長い映画を調べてみました。
結構長いのが1985年に作られたクロード・ランズマン監督による
フランス映画「SHOAH」(ショア)。9時間半です。
ナチスのユダヤ人虐殺の真実を追ったドキュメンタリー映画。
世界で一番長いのは、1987年のアメリカで作られた、
ジョン・ヘンリー・ティミス4世監督の「The Cure For Insomnia」。
詩の朗読にポルノやヘビメタのビデオが挿入された映画だそうです。
そりゃ寝るわな。87時間。
この映画は一般向けには売られていないそうです。
何年かに一度、上映されるらしいので、
どうしても見たい人は日々、目を凝らしているように。

10月2日より公開。
映画『ヘヴンズストーリー』公式サイト

大倉

BOOK BAR staff| 07:43 | カテゴリー:映画部

2010年09月10日

終着駅

日本語には終着駅という言葉はない、
とメロドラマ映画「終着駅」が公開されたときに論争になったことは
記憶に新しい。といっても、私が生まれる前の作品であるから、
あとから知って、「そうだよな」と思った印象が鮮明に残っている、
くらいのことである。
深く追求しない。
1953年のこの映画で日本語でこのタイトルが付けられるまで
「終着駅」なんて言葉は存在していなかった。
「終点」でしょ。
私が高校まで過ごした幡生(はたぶ)には、幡生駅がある。
この駅は鉄ちゃん以外には全く無名の小さな駅であるが、
驚くべきことに、あのやんごとなき京都駅と結ばれている。
山陰本線の始点、終点の関係なのである。
しかし、摩訶不思議なことに幡生駅が終点なのに、
列車は下関駅まで運行する。
謎の終点、幡生である。
この駅にはかつては大操車場があり、
「分け入っても分け入っても幡生駅」
と呼ばれるくらい、学校の見学で足を踏み入れると
奥が見えなかった。
したがって、私の通った幡生駅のすぐそばにある
生野(いくの)小学校の生徒の半数近くは国鉄関係で働く方々の
息子さん、娘さんであった。はずである。
さながら国鉄学校の様相で、
全員全国すべての駅名を覚えさせられていた。
これは嘘。

山陰の奥地に遊びに行った帰りに、列車に乗ると
「次はしゅうてーん、しゅうてーん、幡生です」
とアナウンスが流れていたような気がするが、どうだろう。
間違ってるかな。
幡生関係の方、間違っていたら、ご指摘ください。

試写の案内で「終着駅 トルストイ最後の旅」の葉書をいただいた時は
「おいおい、また間違った日本語、『終着駅』だぜ」
と思ったのだが、辞書を引いてみると、ちゃんと載っている。
どうも、あのメロドラマ映画以来日本に定着してしまったようで、
鉄道だけでなく「何とかの終着駅」みたいな、
使われ方をしているね。
「男と女の終着駅」とか、どう?
そんな使い方しないか。

まじめにやろう。

この映画はトルストイの晩年の物語である。
知ったかぶりはできないので、正直に告白するが
実はトルストイの作品は読んだことがない。
馬鹿にしたければしてください。
この映画を見て、俄然トルストイに興味が湧いて、
まず、「復活」を買ってみた。
短いのはつまんなそうだったのである。
まだ「戦争と平和」、「アンナ・カレーニナ」と大御所が控えている。

トルストイの奥さんは世界三大悪妻として知られているようだが、
実は私、それも知らなかった。
この映画では、その通説に別の視点から光りを当てている。
トルストイはトルストイ主義という人間愛、反暴力、道徳を説き、
果ては国家、私有財産の否定まで至り、
アナーキズム、原始共産制のような理想世界を祈ったのだが、
その理想と妻の求める愛の間で葛藤する。
重厚、かつすべての役者の演技が光る作品である。
日本の武者小路実篤と重なるイメージがあるが、
トルストイはやることが徹底している。
武者小路は若い頃に読んだが、どうも、甘ったるくていけない。
「仲良きことは・・・」じゃすまないだろう、
と青臭く感じた記憶がある。

この映画の日本語タイトル。
「終点」ではどうしても成り立たない。
「終着駅」で正しい。

9月11日公開。
映画『終着駅 トルストイ最後の旅』オフィシャルサイト

大倉

BOOK BAR staff| 02:55 | カテゴリー:映画部

2010年08月23日

小さな村の小さなダンサー  MAO’S LAST DANCER

この映画のタイトルを見たときは、
てっきり中国版「リトル・ダンサー」と思ったのだが、違う。
ビリー・エリオットのようにバレエが好きで、
自らダンサーを志した少年の物語ではない。
また、フィクションではなくこの映画の
主人公で、バレエ界で名声を得ることとなった
リー・ツンシンの自伝をベースに作られている。

原作を読んでいないので、想像でしか書けないが、
この自伝は単純な私とほぼ同年代の天才的ダンサーの
成功物語ではない。
おそらく映画の中でも
割愛せざるを得なかった部分がかなりあるはずである。
原題の『MAO’ LAST DANCER』からわかるように、
中国がたどってきた政治的変遷と無関係ではありえない。
本に毛沢東本人が出てくるかどうかはわからないが、
映画には江青そっくりさんが出てきて、
クラシックバレエを中国開放を讃えるプロパガンダ踊りに
変えてしまう場面が印象的である。
一部には文化大革命の混乱も描かれ、
毛沢東死後の四人組の裁判シーンも挿入されている。

そんな民衆の生活が政治とは無関係ではありえなかった時代に、
アメリカへのバレエ留学が許され、
さまざまな出来事が・・・
と書くと、ありきたりの話になるのだが、
やはり、圧巻はバレエシーンである。
終盤ではまたしてもその素晴らしさと、
思わぬ展開に試写室でボロ泣きしてしまった。
試写の後、「いかがでしたか」と聞かれたのだが、
「素晴らしかった」となんともありきたりの
感想を搾り出すのが精一杯で、「しょうもないオッサン」
と思われたのではないかと心配している。
私の場合、感動した試写終了後は、
しばらく放っておいてもらったほうが、まともなことが言えるような気がする。
中国の「大躍進運動」から「文化大革命」にかけては、
私の中でさまざまな思いが交錯してしまうので、
泣いちゃったのかな、と一瞬と惑ったが、そうではない。
映画に感動したのである。

8月28日公開予定。
映画『小さな村の小さなダンサー』公式サイト

大倉

BOOK BAR staff| 11:02 | カテゴリー:映画部

2010年06月25日

しつこく「ザ・ロード」

番組の中で紹介した本、映画を更にブログに書くことはまずないのだが、
この映画は誰も読まなくても、ちゃんと書いとかなきゃ、
という気分なので、まあ、そんなことで。
番組で話したことの繰り返しになるところもあるが、お許しを。

いきなりネタバレで始めますから、ご注意ください。
原作に非常に忠実に作られた作品なのだが、
唯一といっていい脚色が加えられている。
冒頭にシャーリーズ・セロンを登場させていることである。
この世界で一番美しい女優の存在はどんな映画でも非常に重い。
原作を先に読んでいた私は「おや?」と思ったのだが、
映画化するために考え抜かれたものであることがすぐに理解できた。
一切説明されない極限状態の中での父と子の「愛情」を越える「信頼」の
物語であるのだが(この表現は異論噴出であろう)、
映画にした場合、どうしても説明はしないが感情移入の導入部分が必要である。
彼女の登場時間は短いが、それがその後の長い旅の意味づけを行っている。

この映画の圧倒的な重量感は、ただ、見てもらうしかないのであるが、
原作を先に読んでおいたほうが、更に心に迫るものがあるとある、
というのが私の個人的な印象である。
極めて稀なケースではなかろうか。

ガイ・ピアーズ、ロバート・デュヴァルまで本当の脇で出演させて、
ヴィゴ・モーテンセンとコディ・スミット=マクフィーという天才子役
二人で押し通すという力技で観客を引きずりまわす。

息詰まるというよりも、息を殺してみる他ないこの映画は是非御覧いただきたい。

「世界の終末」という言葉に惑わされて、
パニック映画と思って行っていただいても、後悔はしない。
大倉が保障いたします。

26日から公開。

映画『ザ・ロード』公式サイト

大倉

BOOK BAR staff| 14:45 | カテゴリー:映画部

2010年06月25日

アウトレイジ

好きな人間も大嫌いな人間もいるはずだが、
この映画は傑作である。

私は北野監督映画はほとんど見ているが、
見ないとまずいような気がしているから見ていただけで、
ファンではない。
誰かも指摘していたが、海外で映画賞を何度も受賞していて、
やたらヨーロッパでは騒がれるので、
みんな見ないといけない、誉めないとまずい、
と思っているだけだったのではなかろうか。
実際、受賞直後は「世界の北野」「やった、たけし最高賞受賞」とか、
景気のいい報道が続くが、あれだけ観客が入っていないんだから、
ほめ記事を書いている記者でさえ見てないんじゃないか、と思うことさえある。
実は私も似たようなものである。
見ないとあいつは映画がわからん奴と思われるのが恐かったのである。
情けない告白である。
何本かこれはという映画もあったが、
いかん、見るんじゃなかったというものもかなりある。

しかし、これは間違いない傑作。
「暴力描写が云々」「ただのヤクザの内紛劇」とか
たわごとをぬかす連中がいるかもしれないが、
人が殺されない映画が今どきあるか?
暴力映画がダメなら歴代の大監督は全員ボケナスということになる。
「ゴッドファーザー」なんて上映禁止だろう。

私はヤクザは大嫌い、といっても会ったこともない。
でも、高校生の頃は下関駅の裏通りにある、
ヤクザ映画、ポルノ映画を掛ける映画館街に通っていた。
真面目な女子高生は丸山町でフランス映画を見たりしていたようであるが、
私はリアルタイムで「仁義なき戦いシリーズ」を見たんだぜ。
ちょっとすごくないか。
今はバラエティで笑っている顔をよく見る高橋英樹の
「男の紋章シリーズ」もリバイバルでかかると必ず見に行っていた。

当時は自宅の近くで合田一家関連の抗争、発砲事件が
しょっちゅう起きていたので、ヤクザ最悪、
という実感はあったのだが、大人から高校生までヤクザ映画に
よく通っていた。心の葛藤なんてまるでなかった。
どういう整理のつけ方をしていたんだろうか。
そういえば最近は合田一家どうしてるんだろうと
今ネットで調べてみたら、元気にやっているようじゃないの。
どうやって生き残っているんだろう。
今の上層部の方なんか私と同じくらいの歳なのかしら。
同級生がいたりするかも知らんね。

さて、過去のヤクザ映画はかなりウェットであった。
裏切りや友情が感情豊かに描かれていて、
耐えて忍んでドスにさらしで爆発するパターンは黄門様並であった。

「アウトレイジ」は乾ききっている。
乾ききっていつつ、全員が怒鳴りあっている。
それがきっとリアルなんだろうと思わせる。
余計な感情描写なく、ドラマは展開していく。
私はこぶしを握ったことさえない平和主義者であるが、
暴力にはどこかカタルシスがあることは否定できない。
北野監督、おめでとうございます。
今回はヨーロッパの薄っぺらい、
映画評論家どもはどう反応していいかわからないようですぜ。
まさに「ざまあみろ」ですね。
これからもひとつこの調子でお願いいたしやす。

映画『アウトレイジ』公式サイト

大倉

BOOK BAR staff| 07:45 | カテゴリー:映画部

2010年06月24日

クレイジー・ハート

花火大会のようにドーン、ドーンとお金を使って、
煙に巻くアメリカ映画はいまだに健在であるが、
こういう燻し過ぎて、銀色が見えなくなったような映画が作られ、
しかもアカデミー主演男優賞なんかをあげちゃう
アメリカという国はやはり侮れない。
私は自分で歌ったり、演奏したりすることはないが
カントリーが大好きである。
特に綺麗なお姉さんやおばさんのカントリーにめっぽう弱い。
何故かカントリーの女性ミュージシャンには
金髪のゴージャスちゃんが多いのである。
世界中の音楽に混じってそんなゴージャスちゃんたちのCDが
並んでいるのもおかしなものだが、
好きなんだから仕方ありませんね。
でも、男たちのカントリーは繊細さに欠けるといいましょうか、
モゴモゴしていて何歌ってんだか良くわからないので、
あまり積極的な聴き手ではなかった。
本物のカントリーファンからすれば唾棄すべきインチキカントリーファンである。

この映画でコロッと態度が変わるかどうかわからないが、しびれた。
コリン・ファレルも出ているが、圧倒的にジェフ・ブリッジスの映画である。
音楽映画ではない、と私は思うが、音楽がすごくいい。
やっぱりカントリーは男の歌かも。
印象が「レスラー」と途中からかぶってきたのだが、
あの絶望で幕を閉じる映画とは後味が全く異なる。
アメリカのかすかな希望のようなものを見た気もする。
アカデミー主題歌賞も「The Weary Kind」で取っていて、
心に響くのであるが、ロバート・デュヴァルがボートの上で、
ジェフと釣りをするシーンで歌っているタイトルもわからない曲が
また聴かせる。監督もそう思ったのだろう。
エンドロールでも流れている。
ちなみに歌はすべて役者本人が歌っている。
そんなことどうすればできるんだろう。

映画『クレイジー・ハート』公式サイト

大倉

BOOK BAR staff| 01:44 | カテゴリー:映画部

2010年06月11日

ボックス!

くっそー!青春だぜ。スポーツマンはさわやかだぜ。
澱んだ俺の胸中に清涼な風が吹くぜ。
また泣いちまった。

高校生のスポーツ映画は基本的に嫌いなのである。
だって、ウンチだったんだもん。
私が通った下関西高校では、
不思議なことに体育大会は異常な盛り上がりを見せるし、
その他にも一学期の期末テストが終わった後だったか、
クラス対抗のスポーツ大会なるものが、
二日間に渡って催されていた。
もう頭がいい上にスポーツ万能の連中が、
これ見よがしにバレーでスパイクを打つ、
それでいて、これ見よがしにしていないのが、
これ見よがしなんだよ、おまえらは、
と言いたくなる私のような人間は
どの競技にエントリーしたかも覚えていない。
当時は女子が男子の1/10しかいなかったので、
頭のいい奴も、悪い奴もスポーツができれば
もてると思い込んで、必死にアピールするんだな。
女子生徒たちは盛んに黄色い声援を送っていたように思うが、
本当のところはどう思っていたのだろう。
同窓会の様子を聞くと、女子生徒はとにかく医者になった比率が高い。
サルが飛んだり跳ねたりしてるわ、
と思っていたんじゃなかろうか。

高校に入ってすぐに勢いで中学の時にやっていた
ソフトテニス部に入ったのだが、
どういうわけか意外に強い部で、
体育会並みにしごかれる。
こんなはずじゃなかった、と毎日後悔の日々であった。
練習前に天下の公道まで使用して、
グルグル走らされる。
私は運動が嫌いだったので、走るのも好きなわけがない。
「どん(ビリ)の奴はもう一周やけーのー」
とスポーツの嫌いな奴を更に嫌いにさせるようなことを言う。
善長啓多と私はどちらも走るのが特に嫌いだったので、
ある日、走っている時に絶対にどちらかがどんになることがわかった。
二人の間で一瞬のうちに目と目で同意が成立し、
「せーの」で同時にゴールした。
「おまえらもう一周」
やむを得ない裁定ではあろうが、先輩風を吹かしている若者を深く憎んだ。

そんなこんなで、社会に出てヘタヘタおじさん、おばさん、
でも性格のよき方々のテニスサークルに入るまで
スポーツとは無縁であった。
あれは楽しかったなあ。
根性なくてOKだったから。
アメリカに行くまで何年も千葉の稲毛まで毎週通った。
東京の人たちは根性がありそうだったんですよ。
他の楽しい話も思い出したが、ネタはとっておこう。

ボクシング、考えたこともなかったなあ。
下関の高校にボクシング部なんてあったのかなあ。
聞いた事がない。
ともあれこの映画はボクシング少年たちの話である。
汗と血と涙の青春スポーツ映画である。

グダグダ言わないで、即、見に行きなさい。
私がグダグダしてたんで、もう終盤かもしれない。
スポーツするの嫌いな人も大丈夫。
映画に出てくる連中はみんな本当にさわやか。
泣いて、綺麗な体になろう。

映画『ボックス!』公式サイト

大倉

BOOK BAR staff| 10:52 | カテゴリー:映画部

2010年06月10日

告白

「ドッカーン」だ。
私が大分前に番組で紹介したが、
本屋大賞を受賞し、
今や知らない人がいない湊かなえの「告白」が映画化されれば、
何も書かないわけにはいかないだろう。
いいことがまるで書かれていない小説であった。
でも、どえらく面白かった。

映画は、またあの中島哲也監督である。
なんだか悪い奴のような気がするのだが、
作るものにはずれがないので、悪口の言いようがない。
原作にかなり忠実に仕上げてある。
しかし、この原作に忠実にというのがとんでもなく難しい、
と思っていたので、誰が映画化しても、
失敗するだろうと思っていたんだけどな。
中島哲也嫌いの広告業界の人には申し訳ないが、
この中島監督は映画は人に見せるものだということを
100%理解している。
そして見る側は簡単に魅せられてしまう。

こんなに面白いけど、結末は本来最悪の小説である。
しかし、小説の後味は必ずしも悪くなかった。
人をあれだけ殺しといて、しかも「ミステリー」でもない
閉塞感に満ちたどこにでもありそうな世界の話なのに、
妙にリアリティがなかったのかもしれない。
リアリティがあればいい小説、というわけではない。

昨日、本屋で文庫本を手にとってみたら、
映画について、中島哲也のインタビューが
そのまま載せられていた。
「あざといなあ」と思いつつ、立ち読みしてしまった。
なるほど、そういうふうに解釈していたのか。
そういえばそうだな。
「何だ」と思う人は買えばいいと思います。

ひとつ、監督と完全に一致していたのは先生役は、
松たか子以外にいないということ。
彼女がいなければ、
この映画は小説の半分くらいの薄っぺらなものになっていたはずである。

映画『告白』オフィシャルサイト

大倉

BOOK BAR staff| 02:01 | カテゴリー:映画部

2010年05月21日

川の底からこんにちは

保障します。絶対見に行ったほうがいい。
私の好きな韓国映画を見た後の、
腹の底からこみ上げてくるような
激しい感情はこの作品にはないが、
何しろ面白い。
PFFスカラシップで取られた映画だそうで
PFFが「ぴあフィルムフェスティバル」
であること以外は良くわからないのだが、
超低予算で撮られたことはよくわかる。
このような誉め方は本当は許されることではないが、
満島ひかり、岩松了、志賀廣一郎以外の出演者の方々以外は
不勉強な私には顔と名前が一致しない。
舞台もありものを使ったオールロケ。
この予算でこんなに面白い映画が作れるんなら、
他の映画監督は何をやっているんでしょう。

監督はまだ27歳ですよ。石井裕也氏。
嫉妬しますね。
もう何本も長編を取っているらしいし、
あちこちでたくさん賞ももらっているのに、
知りませんでした。
お恥ずかしい。

「息もできない」を見ないと映画の話はしない、
と申し上げましたが、
この映画を見てないと笑いますよ。

映画『川の底からこんにちは』オフィシャルサイト

大倉

BOOK BAR staff| 08:59 | カテゴリー:映画部

2010年05月20日

クロッシング

北朝鮮からの脱北者を扱った映画である。
報道番組で平壌以外の地方都市の状況を隠しカメラで
撮ったものは何度も目にしているが、
強制収容所がどのような場所であるのかは、
全くわからなかった。
わからないことにはコメントできない、
と沈黙していたのだが、
この映画は韓国へ亡命してきた人々から
綿密な取材を行って作ったものなので、
大きく描写がずれているとは思えない。
この映画はやはり見なければならない。
希望が持てるかと思うととんでもない裏切りにあい、
「絶望」という言葉しか見つからなくなる。

貧困、人権問題はすべからく政治的問題であるが、
この映画に登場する国は朝鮮民主主義人民共和国、中国、韓国と
日本に極めて近いところ、しかも、
例えばスーダンで何が起きているかよりは、
問題が見えやすいところである。 
(本当はそれも怪しいのかもしれないが)
つい最近ではデノミの失敗で抗議者が処刑されている、
と報道されている。
いったい何が起こっているのか、わからないのがもどかしい。
しかも、報道をそのまま信じていいのかどうかもわからないことが
さらに辛さを増す。

韓国船は本当に北朝鮮の魚雷によるものなのか、
目を疑うような分析を行っている人もいる。

この映画を見て北朝鮮を非難することは簡単である。
しかし、本質はそこではない。
アメリカのグアンタナモの問題はどうなったのか、
911で逮捕された容疑者のその後は。
アフガニスタンで肉親を誤爆で失った人たちの怒りは
どこへ向かうのか。
戦争に駆り出される少年兵はいなくなったのか。
世界中に溢れているストリートチルドレンをどうすべきなのか。
北朝鮮同様、あるいは目に見えない形で行われているもっと非道なこと
を知らなくてすむのか。

人間はポジティブに生きていれば免疫力が上がるという
いい話を昨日聞いてきたのだが、
なかなかポジティブになれない私である。

映画『クロッシング』オフィシャルサイト

大倉

BOOK BAR staff| 09:19 | カテゴリー:映画部

2010年05月19日

「のだめ」と「オーケストラ」

番組でもクラシックの曲を選んで聴いてもらったりするのであるが、
私は熱狂的なクラシックファンでもない。
特にクラシックというカテゴリーで聴いているわけでもない。
好きな曲を特に原稿を書いている時に良く聴いているくらいである。
しかし、映画にはやられてしまう。
「のだめ」、いまだに堅調に客が入っている。
今、一緒に仕事をしている、ずっとピアノを弾いていた女性が、
どうも泣いた後のような顔で打ち合わせ場所に来たので、
また、男に振られたのかと思い、
恐る恐る聞いてみたら、
「あのさ、大倉さんさ、「のだめ」って知ってる?」
知ってるも何も、私はテレビ化される前から
何度もマンガを読み返していたほどの熱狂的ファンである。
当然ドラマも映画も全部見ている。
そのことを伝えると、恥ずかしそうに
「実はさ、いま『のだめ』見てきたんだ」
で泣いてたらしい。
泣いてもいいけど、普通映画館の中で悟られないよに、
呼吸を整えてから出てこないか?
打ち合わせを始めようにも、やたら目頭を押さえているので
やりにくくて仕方がない。
こいつは中途半端にピアノをやっていたわけではなく、
「ピアノ弾けます」と人様に言えるほど、
どっぷりつかっていたはずである。
そいつが泣いている。
「なかなか、言えないじゃない?『のだめ』いいって」
言えばいいじゃないか。
感動してボロ泣きしましたって。
言えないのがプライドなのかしら。
と書いている私も、まんまとフジテレビに乗せられて、
すごく楽しんじゃいました、とブログに書けなかったのだから、
同類である。
映画は強い。
「オズの魔法使い」「アマデウス」から「ムーラン・ルージュ」
「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「アクロス・ザ・ユニバース」
「オペラ座の怪人」まで、繰り返し見ている。
DVDでも泣いたりする。
何ででしょうね。
コンサートでは泣かないのに。

「オーケストラ!」はプロットも良さそうだったので、
平日に昼に行ってみたら、最前列の端まで一席の空きもなく
人で埋め尽くされていた。
著名人がこぞって誉めまくっているので、
大変書きにくいのだが、
面白そうなプロットをかつてのダメなフランス映画の
本当にダメなところをかき集めているような、
どうすんのよ、という展開であるのだが、
「イングロリアス・バスターズ」に出ていた
メラニー・ロランが出てきてから一転し、
最後にチャイコフスキーのバイオリン協奏曲で
盛り上がりは頂点に達する。
「いかんな、この映画は」と思っていたのに、
滂沱の涙を流してしまった。

とまあ、このように私は最近、音楽でやられている。

いいんじゃないですかね。
この原稿もチャイコフスキーを聞きながら書いている。

映画『オーケストラ!』公式サイト

大倉

BOOK BAR staff| 08:18 | カテゴリー:映画部

2010年04月21日

第9地区

アカデミー賞作品賞にノミネートされながら、
いまだに公開が決まっていない作品がある。
“A Serious Man”である。
コーエン兄弟の作品なのですぐに見たいのだが、
それが叶わない。
やっぱり入りませんか?
「これ掛けるか?」と疑問符だらけの映画がそこいら辺に
ゴロゴロ転がっているのに大変残念なことである。

公開されていながら、
なかなかすべてを見ることが出来ていない私であるから、
大きな顔でいえないのだが、
どうも、ノミネートに納得がいかない。
10作品にして話題を作ったのは、
ある意味わからないではないのだが、
どうも審査の方々、ボケている気がして仕方がない。

このところ映画評が少なかったのは
見ていなかったからではなく、
書くほどのものが見つからなかったからである。
そもそも、アカデミー賞って何?
「映画界最高の作品に与えられるもの」のように
報道されることが多いが、
対象はアメリカで公開された映画に限られている。
本当にそれが世界最高峰の映画賞か?
世界中に映画祭は数え切れないくらいある。
北野たけしの映画は興行的にはうまくいったことがほとんどない。
アカデミー賞ノミネートで名前さえ出たことがない。
それでも、私の好き嫌いは別として、
その実力はきわめて高く評価されている。

私が書くべき言葉を失って、
これまでで一番短い、映画評を書いた「息もできない」を、
私の写真展のアートディレクターをやってくれた中村幸絵が見たらしい。
「大倉さん!見ました。何なんですか、あの映画は。
もう凄すぎて、友達と最高の天気の日曜をぶち壊されましたよ」
そんなこと知りませんよ。「衝撃」だって書いたじゃん。
しかし、どうも絶賛しているような感想を喋り捲っていた。
監督のヤン・イクチュンに会いにいくツアーがあったら、
絶対に行くって言ってたもんな。
でも、この映画がアカデミー賞にノミネートされることはない、と思う。
公開されないでしょ。
アメリカの新聞で誉められてたみたいだけど、
どこで見たんだろう。
外国語映画賞というふざけたカテゴリーでもないんじゃないか?
もう、そろそろ予定調和のアカデミー賞を見直す時期に来ているはずである。
みんな気がついているはずなのに、
とりあえず黙っている。
当たり前だが、私はすべてのアカデミーノミネート作品が
「どうなの?」
と言っているわけではない。

「17歳の肖像」も良かったが、
先週見た「第9地区」、はへんてこな映画で、
とても面白かった。
こんな映画が作品賞にノミネートされるというところに
アメリカという国の奇妙な懐の広さを感じたりする。

『第9地区』オフィシャルサイト

大倉

BOOK BAR staff| 09:21 | カテゴリー:映画部

2010年04月16日

17歳の肖像

言ってしまえば女子高校生が退屈にしか見えない人生に
見切りをつけ、毎日刺激的な楽しい生活を夢見て、
脱線しちゃってどうのこうの、というちょっとだけ聞くと
見る価値のない映画である。
それが違うから映画はやっぱり面白い。
そして、あえて言えばイギリス映画はやっぱり身体にいい、
ような気がする。

私は皆さんご存知の通り、
高校最初の数学の授業で早々にドロップアウトを決めた
だらしない男子高校生であったので、
この映画の主人公、16歳から17歳にかけての極めて優秀な女子高生の
複雑に揺れる気持ちなんかこれっぽっちもわからないが、
「楽しいことだけやりたい」という衝動は
いまだに活発に活動中であるので、
部分的には「そりゃそうだろう」とうなずけたりする。

この映画の原作はオックスフォード卒のジャーナリスト、
リン・バーバーの回想録が元になっている。
読んでいないので、
「あー、あの頃はバカだったわ」
なのか
「あー、あの頃が一番楽しかったわ」
なのかはわからない。
どちらにせよよくある青春の1ページである。
それがこんなにうまく仕上がっているのは
脚本・製作総指揮を担当したニック・ホーンビーがいたからだ、
と勝手に解釈している。
ニック・ホーンビーは私がかなり好きな作家で、
何冊かペーパーバックで読んでいる。
よく映画化されていているので、
タイトルを聞けばわかる方も多かろう。
「ハイ・フィデリティ」「アバウト・ア・ボーイ」
なんかがそうである。
自分の小説の脚本を手がけるのはよくわかるが、
何故人の書いたものに手を出したのか疑問だったのだが、
映画を見た後で理解した。
ほんの小さな出来事がコロンコロンと転がっていくような
そんな話が好きなのである。ニックは。
うまいよー。
プロットも役者も。
主演のキャリー・マリガンはすごくいい、
と私が偉そうに言うまでもなく、
イギリス・アカデミー賞ではこの映画で
主演女優賞を取っている、
アメリカではノミネートだけに終わったが、
ブレイク間違いなしである。
新作では先日私が紹介した
カズオ・イシグロの小説「私を離さないで」“Never let me go”
が映画化された作品に出演しているらしい。
すごく楽しみだわ。

この「17歳の肖像」の原題は“An Education”。
なんだか深いわ。

この映画は4月17日公開。

『17歳の肖像』オフィシャルサイト

大倉

BOOK BAR staff| 05:45 | カテゴリー:映画部

2010年03月18日

ハート・ロッカー

やはり、なかなか日本語のタイトルは難しいものである。
この映画「心を閉ざした人」heart lockerか、
「心を揺さぶる人」heart rockerかしらと思っていたら、
hurt lockerじゃないの。私にはうまく訳せないのだが、
「損傷を止める人」的な意味である。
イラク戦争を題材にした映画であることは知っていたので
わからなかった私がバカでした、ということです。

フーン、これがアカデミー作品賞作か、なるほどね。
イラク戦争をミクロな視点で見た映画ですね。
爆発物処理班の活動を追ったドキュメンタリタッチでもなく、
格別ドラマタイズしたものでもない、
彼らのギリギリまで追い詰められた日常を追いかけた映画である。
イラク戦争の善悪について聞かれて
「観る側に判断を預けている」てなことを監督は言っているようだが、
やっぱりアメリカの映画であることは間違いない。

戦争はドラッグである、と冒頭でテロップが流れる。
一度はまり込んでしまうと抜け出せなくなる。
ジャーナリストさえそういう人が
山のようにいるのだからそれはよくわかる。
でもなあ。

絶賛の嵐の様相であるが、
もっといろいろ言う人がいてもいいんじゃないかしら。
きっとこのブログを読んでいる人は
なんだかさっぱりわからないと思うので、
是非劇場に足を運んでみてください。

そうか、これがアカデミー作品賞か。

『ハート・ロッカー』公式web site

大倉

BOOK BAR staff| 06:14 | カテゴリー:映画部

2010年03月15日

息もできない Breathless

また韓国映画に頭をかち割られた。
もう、私はズタボロで本当に声も出ない。
打ちのめされた。
これまで何本映画を見てきたかわからないが、
最も衝撃的な作品である。
ヤン・イクチュンが製作、監督、脚本、編集、主演を
すべてこなしている。
これがはじめての長編映画監督作品だという。
どう、コメントしていいのかもわからない。
ただ、今後この映画を見てないやつとは
映画の話はしない。

3月20日から東京ではシネマライズにて公開。

『息もできない』公式サイト

大倉

BOOK BAR staff| 07:45 | カテゴリー:映画部

2010年02月02日

ゴールデンスランバー

映画「ゴールデンスランバー」は私が2008年7月に絶賛紹介した
伊坂幸太郎の小説が原作である。
小説は私が溺愛して育てた息子のような存在である、
と勝手に思っているので
心配で心配でやはり公開初日に出かけました。

伊坂の小説が優れているのか、監督の技量に負うところなのか、
言うまでもなく両方なのであるが、
この疾走感に溢れる超弩級エンターテインメントは必見である。
映画は原作にほとんど余計な手を加えず、
小説を一気に読ませたのと同じ勢いで、
息をつかせぬまま観客を引き込んでいく。
不条理であちこちが串刺しになっているのに、
そこで読み手、観客を立ち止まらせることなく、
「よし、じゃ、こっちに来い」と引きずり回すのである。
それが何よりも心地よい。
見事だなあ。
久しぶりにこんなに直球勝負の日本エンターテイメント映画を見っちゃたよ。
原作で充分堪能していて、
前述のように映画でも構成はほとんど変えていないのに、
これだけ楽しませてくれることってなかなかないんじゃないの。

気になったのは、公開初日だったせいもあるのかもしれないが、
意外に客が少なかったこと。
小説だけ読んで満足している人も多いのではないかと思うが、
お願いです。この映画だけは映画館に足を運んでください。
配役も絶妙なので、味が深くなった。
何重にも楽しめます。
俺なんか、小説まためくり始めてるもん。

大変よく出来ました。

大倉

BOOK BAR staff| 09:49 | カテゴリー:映画部

2010年01月25日

Dr.パルナサスの鏡

「物語が失われれば、世界は消えてしまう」
この映画をどう解釈するのも自由であるが、
映画の中で一度だけ発せられるこの言葉が
すべてを説明していると私は受け取った。

予告編の美しさ、テリー・ギリアム監督作品であること、
ヒース・レジャーを登場させつつ、3人の俳優をどう使うのか、
等々に非常に興味があったので、公開初日に映画館に走った。
確かに当初私の興味があったところについては、
充分に満足させてもらえたのだが、それ以上に
私が勝手に解釈したこの映画の深みと幻想的でありながらも
人間の本質を突いた組み立てに鳥肌が立つくらいに感動した。

世界、それ自体が人間の作り上げた幻想ということも出来るのだが、
だからこそ世界にはモノガタリが必要である。
モノガタリなしには確かに世界は成立しない。
したがって、必然的にここの人間ひとりひとりも
生きていくうえでモノガタリを必要としている。
そのモノガタリが輝かしい希望であれ、底の知れない絶望であれ、
薄汚い欲望であれ、何でもかまわない。
また、そのモノガタリを善悪で区別することは似合わない。
善悪は私からすればコインの裏表よりももっと融通無碍なものである。
ある場面で善であるものが、次の瞬間に悪にも変わりうる。
私、とんでもないことを言い始めました?
個人的にはそんなことを考えさせられるとんでもない映画であった。

モンティパイソンですべての権威、価値を笑い飛ばしたテリー・ギリアムの
本領が存分に発揮された大傑作である。

豪華絢爛な出演者、映像に酔いつつ、いろんなこと考えると面白いですよ。
まだ1月なのに、今年のナンバーワンかもと思っている。

大倉

BOOK BAR staff| 05:44 | カテゴリー:映画部

2009年12月30日

なんだかんだで「アバター」がベスト1

すごいね。
大倉さん、130本も映画見ているなんて。

映画部部長と言いながら、ぼくが今年、
劇場で見た映画が30本弱。
100本以上も差がある。

でも不思議なもんで、大倉さんのベスト10の内
6本を観ているし、そのうちの5本は、
ぼくのベスト10とも重なる。
「チェイサー」、「イングロリアス・バスターズ」、
「レスラー」、「3時10分、決断のとき」、
そして「グラン・トリノ」がその5本。
これって打率が高いのか?
それとも一緒に番組作っているせいで、
感性が似てしまったのか?
どっちなんだろう。
世代的な要素もあるのかも。
それにしれも、どれも男臭い映画だなぁ。

ちなみに2009年のベスト1は、
年末滑り込みの「アバター」。
この映画、twitterで検索すると賛否両論。
映画を「物語」として観る人には突っ込みどころ満載ですが、
映画を「映像」として感じ取れる人には驚異の2時間42分です。
童心に帰るとはまさにこの映画を体験すること。
驚きっぱなし。

字幕版を有楽町の日劇で、
吹替え版を川崎の109シネマズで観ましたが、
おすすめは吹替え版。
3D版を観ることはマスト、
できればIMAXシアターで観るのがベスト!
映像だけでなく音響も素晴らしい!
3Dメガネも109シネマズの方がよかった。
日劇のはゴツくて重過ぎる。
ふだんは字幕派のぼくですが、
この映画に関しては奥行きのある3D映像に没入できる
吹替え版がベターだと思います。
3D映画の字幕って飛び出して見えるので、
なんかちょっと目障りなんだよね。

とは言っても「地獄の黙示録」のキルゴア中佐に迫る
存在感のある軍人キャラ=クオリッチ大佐のセリフ全てと
主人公ジェイクが終盤の戦いを前に演説するシーンは、
英語のラインの方が遥かに魅力的なので、
ある程度の英語力がある方はぜひ字幕版で、
俳優たちの本物の声もチェックして欲しい。


ぼくの予想では、来年のMTV MOVIE AWARDの
BEST VILLAIN(最高の悪役)は大佐を演じた
スティーブン・ラングと語学の天才「イングロ」のランダ大佐の
大佐対決になると思います。


(番組スタッフ JD)

BOOK BAR staff| 03:51 | カテゴリー:映画部

2009年10月26日

わたしを地獄へ連れてって!

11月6日から全国公開される映画「スペル」の
最終試写に行ってきました。

「スペル」はスパイダーマン・シリーズの監督である
サム・ライミの最新作。
原題が「DRAG ME TO HELL」。
地獄へ連れってってということ。
ちなみにスペルは「呪い」を意味します。

この映画……いやんなるほど怖い。
そうこの作品はホラー映画です。
でも、思わず笑ってしまう。
怖がりながら…


コワオモロイのです。

有名スターが出てる類の映画ではないので、
興行面でヒットするかはわかりませんが、
映画通を満足させる作品であることは100%保証します。
タランティーノも絶賛してます。

とにかくコワオモロイ映像のために、
頭をフル回転させて、
あの手、この手を繰り出してきます。
あっぱれ。

どんなジャンルの映画であれ、
そこにはテーマや裏テーマがあります。
コワオモロイの陰に隠れているこの映画のテーマは
「欲望による過ち」。
一生暮らすのに困らない大金をせしめようとか、
宝石とブランド品で着飾りたいとか、
そんなギラギラした欲望ではなく、
誰しもが共感できるごくごく普通の欲。
だからこそ映画を観るひともストーリーに引き込まれていく。
そしてもうひとつ「他人には優しく」。
特に困ったお年寄りには優しくしないとね。
とんでもない目にあいますよ。
この映画の主人公みたいに。

映画部長としてはひさしぶりのエントリーなので、
もう一本。

ちょっと前に「カムイ外伝」を見ました。
こっちは試写じゃなく、ちゃんとお金を払って観ました。
子どもの頃に原作のマンガを繰り返し読んでいたので、
こりゃ観るしかないと思って足を運んだわけですが、
どうなのよ???

途中から怒りが湧いて止まらない。
映画のサイズにするため、物語をはしょるのは理解できます。
でもあのCGはないでしょ。ありえない!

特に鮫。

前半に出てくるCG鹿は自分の頭の中で、
「まあまあ」と少しリアルに加工して我慢してましたが、
あの鮫がジャンプするシーンですべてが終わりました。
子供だましとはこのことです。
主演の松山ケンイチの体張った殺陣や小林薫の熱演も
すべて台無しじゃん!

「ジュラシックパーク」の恐竜に驚いたのが1993年、
いまから15年以上も前の出来事です。
その15年間、いったい何していたの?
ゲームではあれだけ緻密なCG映像が作れるのに。
なんであの鮫にOK出したんだろう?
日本の制作チームの手に余るようなら外注すればいいのに。
アウトソーシングって言葉知らないのかな。

ハリウッドとは予算の違いがとか、時間の問題とかいうなら、
同じアジア圏の韓国映画「グエムル 漢江の怪物」はどうよ?

「カムイ外伝」を見ての数少ない収穫は、
「パイレーツ・オブ・カリビアン」の海上シーンって
やっぱ凄いよな〜と認識を改めたことくらい。

崔監督をはじめとする「カムイ外伝」制作陣の幹部には
猛省を促したい。

もう日本で忍者映画作るの禁止!!!


(番組スタッフ兼映画部部長? JD)


BOOK BAR staff| 08:26 | カテゴリー:映画部

2009年10月07日

クヒオ大佐

私の中では堺雅人はエドワード・ノートンにそっくりである。
デビュー作となった「真実の行方」その後の「ファイトクラブ」で見せた、
どこか頼りない雰囲気、演技の核心を隠しつつも唸らせる芝居。
そっくり。
全然違うと思う人はそれで結構。

この映画で堺雅人は主人公である。
圧倒的な主人公。
脇の役者もいいのだが、杏ちゃんも熱狂して話していた
「腑抜けども、悲しみの涙を見せろ」を撮った吉田大八監督は
よほど堺雅人のことが好きなんだろう。
いくら主人公だからといってここまで普通は立てないでしょう。
ほとんど出ずっぱりである。
すべてが堺雅人を中心に回っている。

このところ、日本のギャグ映画が相当困ったことになってきているなあ、
しばらく腹の底から笑っていないなあ。
どうしようと、意味なく悩んでいたのだが、
心が晴れた。
試写室であれだけ笑い声が上がるのはかなり珍しいのではなかろうか。
ギャグ映画は難しい。
私はくだらないアメリカのシテュエイション・コメディが好きで
いまだに「フレンズ」を見て笑っている。
威張るわけではないが、英語で見ている。日本語吹き替えを見たり、
字幕を追ってしまうと、全然笑えなくなる。
そのくらいギャグは笑いどころのタイミング、ニュアンスは難しい。
フレンズはほとんどアドリブがない。
セリフ、演技、タイミング、
すべてが完璧になるまでリハーサルが繰り返されていた。
日本のギャグ映画がさっぱり面白くないのは、
出演者のキャラクターに頼りすぎていて、
面白い人だから面白くしてくれるだろうという
あさはかな思惑が透けて見えてならない。
漫才が面白くても、映画ではそうならない。

クヒオ大佐は存在は嘘であるが、詐欺師としては実在した。
だから面白いというわけでもない。
堺雅人によれば、監督から総論の指示はなかったそうだが、
各論で細かい指示があったという。
ほら、やっぱり。

エドワード・ノートンは監督と衝突ばかりして、
さらに自分で撮った映画がずっこけて、
一時駄目になっちゃうかもと心配したが、
最近見た「幻影師アイゼンハイム」では一番いいときの
彼ではないが、まだまだ期待させてくれるものがあった。
「アメリカンヒストリーX」で見せたあの鬼気迫る演技、
堺雅人もできると思うなあ。
やってくれ。

クヒオ大佐で脇の役者ももいい、と片付けてしまったが、
松雪泰子も新境地を見せているし、
満島ひかるの持って生まれたような暗い芝居も素晴らしい。

この映画はお買い得でっせ。いやホンマ。

10日から公開。

『クヒオ大佐』オフィシャルサイト


                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:37 | カテゴリー:映画部

2009年09月26日

アドレナリン:ハイ・ボルテージ

私はB級映画が大好きである。
アメリカに居る間、暇なときはソファにひっくり返って
英語の勉強という勝手な理屈でケーブルで流れてくる
B級アクション、コメディ、ドラマを見まくっていたからである。
ついでに言うならシットコム(シチュエイション・コメディ)も
見まくった。「フレンズ」とかはまだまだやってなくて、
「コスビー・ショウ」をはじめ当時は昔ながらのマジに
99%場面の変わらない、心温まるものであった。
あれもいわゆるB級であろう。
偉大なるB級。

で、これは超B級暴力映画である。
アクション映画というよりも暴力映画。
タランティーノの「キルビル」は好きな人も多かろうが、
あのキッチュさには閉口してしまい、あまり楽しめなかった。
妙な様式美に気を使いすぎて、暴力が中途半端なのである。
忘れていたが、私は暴力映画は好きではない。
ただ、このところちょっと鬱気味な私
(毎年夏バテすると、鬱だと思ってしまう)、
と思っていたので、血しぶきが飛び散るような映画を見ると、
少しはすっきりするかもとふらふら試写に出かけた。
あれだけアメリカを口撃しているのに、
そんな気分になるのはやはりどこかあの国に洗脳されているのも。

パンフレットもらってよく見たらなんと続編。
一本目があったことも知らないのに、楽しめるものかしら。
しかも、もろに一本目の続きから始まっている。
あまりにもいきなりすぎてよくわからない。
大丈夫なの?大丈夫でした。
ここまで出鱈目をやってくれるとなんでも来いになる。
人が殺されるたびにご冥福を祈る間もなく、
怒涛のように押し寄せてくるメチャクチャな展開に
「このシーンは問題だな」
とか考えている暇がない。

冷静に考えてみれば007だって、ブルース・ウィルスだって、
メチャクチャに人殺しまくっているんだから、
表現に多少の行きすぎがあろうが、
ええん違うの、とまたアメリカに毒された頭で納得していた。

超B級とは私が勝手につけたのであるが、
この「超」はB級の王道を守り通しているというのと、
普通のB級より金がかかっているというのと、
カメラワーク等で下手すると
A級(A級ってあんだっけ?)をはるかに凌いでいるというのを
総合的に解釈したものだと思っていただいて結構である。

出鱈目な映画ではあるが、よく出来ている。楽しめる。
なんて俺が言っていいんだろうか。

26日から公開。

アドレナリン:ハイ・ボルテージオフィシャルサイト

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 01:41 | カテゴリー:映画部

2009年09月10日

色即ぜねれいしょん

映画部部長のディレクターが自分で感想を書かずに、
「大倉さん、見ましたか。絶対この映画好きですよ」
と振ってきた。
ずっと気になっていながら、あえて遠ざけていたのに。
この映画の原作者みうらじゅんは年を越えているが、
私と同じ学年である。
そういう人間の書いたセックスのことしか頭になかった
悶々とした高校時代の半自伝的小説である。
当時は高校生でヴァージンを失うなどということは、
よほどの不良でない限り、田舎の高校生では考えられなかった。
(処女も童貞も英語ではヴァージンである)
なんか見てみたいけど、俺のことを映画にされているようで
腰が引けていたのである。

主人公はやっぱり俺だった。
あーあ。
こうなるんじゃないか、
と思う方向に寸分たがわずストーリーは展開していく。
俺は生まれてこのかた、
女子大生に「ラブホテルに行こう」なんて誘われたことは一切ないが、
みうらじゅんは高校時代にそんなことがあったのか?
そんなストーリーと関係ないことにまで悶絶しながら見てしまった。
そんな昔の話を映画にして面白いのかと聞かれても、
面白いんだから仕方がない。

「フリーセックス」と当時は大騒ぎしていて、
スウェーデンに行けば本当に誰とでもそんなことができるのだと思いこんでいた。
申し訳ないことである。
今考えてみれば、当時の日本の文壇のほうがよほどフリーセックスである。
フリーセックスという言葉に振り回された高校生活であった。
俺は運動はさっぱりダメだったので、
発散するにはバンドを組んで騒音を撒き散らすのがせいぜいであった。
それでも、どこかでもてるんじゃないかと期待していたのであるから
大笑いである。
ところが同学年で女子高に通っていたミキちゃん(中川幹彦)の奥さんが、
みんなで酒を飲むたびに
「大倉君はもてちょったよ」といまさら言うもんだから
高校時代の悶々が再び蘇ってきて、
「何故その時教えてくれんなんだか!」
とこの35年近くを棒に振ったような憂鬱に落ちていくのである。

みうらじゅん、俺のことを書いて儲けやがった。
こういうのはモデル代請求できるのだろうか。


『色即ぜねれいしょん』オフィシャルサイト

                          大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 11:53 | カテゴリー:映画部

2009年08月20日

HACHI

ちゃんと行きましたよ。
清らかな52歳のオヤジの涙を流してきましたよ。
もともと泣きに行ったのだから、よかったね、なのだが、
もうひとつ乗り切れなかったかしら。
何しろ来ている客はすべて「泣くぞ!」と気合を入れているので、
「えっ!もうここで泣くの?」という場面から鼻をすする音が聞こえ始める。
早い。
気合入りすぎ。
私のタイミングはもっと後ろだったので、
どうも出遅れ感があって、涙も五筋くらいだったか。
泣いている方には申し訳なかったのだが、
グショグショになっている方も多く、
鼻水をかむ音がうるさくて、泣きに入れないんですよ。

劇場のお客さんのせいばかりにしてはいけない。
先週のことであったか、プロモーションの一環だったのだろうが、
87年に作られた仲代達矢主演の「ハチ公物語」をテレビで見て、
自宅で一人勝手に泣きまくっていたからでもある。
もうそこである程度の免疫が出来てしまっていたようである。
話の筋はほぼ同じなので、
「おー、アメリカ人も秋田犬好きか」
から始まってしまい、
うなづく場面が皆さんとは若干異なっていたのは否めない。

しかし、泣きました。
本当は人前にしばらく出られないくらいもっと泣きたかった。
泣くと心の淀みまできれいに流されるんですよ。
大学時代に付き合っていた女性は一人でワンワン泣いては5分後に
「あー、すっきりした」
と晴れ晴れとした笑顔を見せていた。
怒るエネルギーは嫌な後味を残すが、笑ったり泣いたりはいいもんである。
悲しみが深すぎると涙も出なくなる。
泣けないとカタルシスは得られない。
思い出したくないほど悲しいことは泣けないまま、
心の奥深くに潜んでいるのであろう。

ひとつだけ気になるところが。
この映画の原題は「HACHIKO A DOG STORY」である。
ところが邦題は「HACHI」。
なんかおかしくない?
映画の中では“HACHIKO”と呼ぶ場面が出てくるが、
本筋とは違う場面である。
HACHIという名の由来から、呼び方まで、その他ではすべてHACHIである。
アメリカではラッキーやスパイクが典型的な犬の名前だそうだが、
向こうでラッキーコーやスパイクコーなんて呼ぶわけないので、
どこからハチコーが出てきたのかさっぱりわからない。
日本のハチ公に敬意を表してHACHIKOにしたのだろうか。
アメリカ人にはわかりにくかったんじゃないでしょうかねぇ。

ともあれ、少しでも泣けたので気分は持ち直しました。
これで土曜もさわやかな私が登場しますので、
今週もよろしくお願いいたします。

『HACHI 約束の犬』オフィシャルサイト

                        大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 10:22 | カテゴリー:映画部

2009年08月19日

ナイトミュージアム2

私はこのところストレスを溜め込んでいる。
軽い鬱って感じ?
またひとつ歳をとってしまったとか、
スタッフと揉めたとか、
忙しすぎるとか、
浮気がばれたとか、
そんなことでは全然ない。
すべて私に責任のあることであり、誰に文句を言える話でもない。
言ったとしても
「へへへ、そりゃお気の毒。自業自得というもんだね」
てくらいのもんで、実際何人にも同じことを言われている。
言うな。
わかってんだから。
読んでいる方は何のことだかわからないでしょうが、
まあ、書くことで発散したいんだな、と広い心で受け止めて下さい。

そんなわけで、何か気持ちの晴れることはないのか考えてみた。
映画があるじゃないか。
しかし、新宿や渋谷に出かけるのは軽い鬱?の私には気が重い。
物理的にもちょっと。
となると、夏休み子供スペシャル満載の豊洲ユナイテッドシネマしかない。

子供向け映画で笑って泣くことにした。
まず笑うのにナイトミュージアム2を見た。
あははは、本気で笑えて面白いじゃないか。
アメリカ人はこういうものを作らせるとうまいなあ。
恥ずかしながらナイトミュージアムも見ていたので、
だれるんじゃないかと心配していたのだが、
よく上質のネタが詰め込まれており、お楽しみで息をつかせない。
娘と二人で
「面白かったねえ」
とちょっと友達親子のような雰囲気になって、笑顔で帰宅した。

夕食でまた気落ちしたのだが、ここが踏ん張りどころである。
映画を思い出して、明るく乗り超えよう。

この思わせぶりな訳のわからん原稿。
今の私の状態を正確に言い当てた方には、
私とのデートをプレゼントしましょう。
女性限定です。

今日はHACHIを見て泣くのだ。
明日の報告を待て。

ナイトミュージアム2』オフィシャルサイト

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 09:14 | カテゴリー:映画部

2009年08月13日

キャディラック・レコード

心震える映画である。
シカゴブルースと呼ばれるブルースミュージックを築き上げた
チェス・レコード、レナード・チェスを中心に、
マディ・ウォーターズやリトル・ウォーター、エタ・ジェイムズ、
他多数のミュージシャンが描かれる。

戦争で多くの黒人が命を落としたにもかかわらず、
依然、「自由の国」アメリカでは黒人差別の状況に変わりはなく、
当時の状況を読み聞きするだけで気持ちが悪くなる。
もちろん日本で起こっていたさまざまな差別を無視するわけではない。
人間の情けない習性につき、改めて絶望的な思いにかられるのである。

しかし、この映画は私の無責任な感傷を形にしたものでは全くない。
希望の見えない将来からブルースを通して、
必死に抜け出そうとする黒人ミュージシャンたちの
目を見張るような才能、むきだしの欲望を描き、
また、のし上がることのある種の快感を味わわせてくれる。
のし上がった先にはまた別の絶望も待ち受けているのだが、
そんなことも含めて映画全編に流れる彼らの音楽が
私たちをも救い出してくれる。

私は中学生の時にバンドを始めたのだが、
ビートルズやローリング・ストーンズのコピーをしつつ、
メンバーの一人がはまり込んでいたブルースも練習していた。
それがシカゴブルースであった。
マディ・ウォーターズのLPもずいぶん聞いたが、
なんせ時代がずれていた。
当時は白人がブルースに憧れ、真似をしつつ、
次第に自分たちのオリジナリティを加えていく過程であった。
映画にはイギリスから来た、若いバンドがマディ・ウォーターズに
「あなたに憧れてバンドを作りました。あなたの曲から名前ももらいました」
と無邪気に挨拶をする場面もある。
ローリング・ストーンズである。
私たちが聞いてコピーしたのは、
バターフィールド・ブルース・バンド(白人シカゴブルースの先駆け)や
フリート・ウッドマック(シカゴブルースとは呼べないが、
昔は正真正銘のブルースバンドであった)
そして、一番しびれたのが
バターフィールドのバンドを抜けてソロで活動し始めた頃の
マイク・ブルームフィールドであった。

オバマ大統領の就任の夜のパーティで夫妻が披露したダンスの最初の曲は
ビヨンセが歌ったエタ・ジェイムズの「At Last」であった。
曲のタイトルどおりat lastである。
チェス・レコードが消えてからも
アメリカでは様々なミュージシャンが登場したが、
どんな音楽もブルースの枠を超えてはいない。

この映画はそれをもう一度再認識させてくれる。

8月15日より公開。

『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』official site

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:38 | カテゴリー:映画部

2009年08月07日

湖のほとりで

犯罪を取り扱った映画であるが、
ピカレスク・ロマンでも、アクションでも、コメディでもない。
犯罪を中心に物語を動かしながら、
人が生まれて、少し楽しんで、苦しみ、悲しみ、わからなくなり、
死んでいく、という静かな諦めに満ちている。
たまにこのような映画に出くわし、驚き、感動とか簡単な言葉では
表せない複雑な気分が胸に残り、
しばらく映画のことだけしか考えられなくなる。
アルトマンのような誰が誰だったかわからなくなるような
複雑な構成ではないが、
物語は細かな模様が織り込まれている繊細な絨毯の
ような印象を受けるほど、登場人物全員の悲しみを重ねていく。

7月18日に公開されたのに、平日の昨日、上映一時間半前に窓口に行くと、
チケットの残り数枚という状態であった。
私より後に来た人たちはその次の回を待つようであった。
東京では銀座テアトルシネマでしかやっていないので
そういうことになる。急に下世話な話になるが、
映画の当たりはずれを予想するのは本当に難しい。
劇場は平日昼間なのでそうなるのだろうが、
平均年齢60歳を間違いなく超えていた。
こういう映画も珍しい。
お歳を召した方の目は肥えている。
私なんか若造の部類であった。

イタリア映画でこの静けさは妙な感じがしたが、
原作はノルウェー出身の作家、カリン・フォッスムの「見知らぬ男の視線」
であった。フィヨルドの舞台をイタリアの田舎町に移している。
何となく納得する。

アンドレア・モライヨーリ監督の長編デビュー作であるが、
助監督の経験が長いからか、完成度が抜群に高い。
昨年、イタリアではアカデミー賞に相当するダヴィド・ディ・ドナテッロ賞で
作品賞以下ほとんど総なめにしている。
小さく始まり、大ヒットしたそうである。

この映画、打ち切るタイミングが非常に難しい。

「湖のほとりで」official site

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 03:51 | カテゴリー:映画部

2009年07月28日

サンシャイン・クリーニング

「リトル・ミス・サンシャインのスタッフが再び集結」、
なんて書いてあったけど、全然全員が揃っているわけじゃなくて、
一部の人間が重なっている程度ですね。
しかし、原題も邦題通りで、両方サンシャインが入っている上、
なんとなく味わいも似ている。
そんなことでも2匹目の泥鰌を狙いたくなる気持ちはわかる。
タイトルは偶然そうなったのか、狙ったのか是非関係者にお聞きしてみたい。
恐いのはスティーヴン・セガールの「沈黙」シリーズのように、
最初は面白かったのに全部「沈黙」をつけちゃうもんだから、
何を見たかも忘れるし、どうせ同じような映画なんでしょ、
ということになり、すっかりB級扱いされてしまったことであるなあ。
最近すっかりご無沙汰なんだけど、
やっぱり同じような映画なんですか。
個人的にはあの合気道の切れのよさは好きなんだけど。

この「サンシャイン・クリーニング」は全米四館から
六百館に広がりヒットにつながったそうである。
今、売れ時のエイミー・アダムス、
変な役が多いながら注目されているエミリー・ブラント、
「リトル・ミス・サンシャイン」でアカデミー助演男優賞を受賞した
アラン・アーキンを起用しておいて
四館からというのはどうも解せない話に聞こえるが、
そう言っているのだから、そうしときましょう。

出演料はもっと使っているはずだが「リトル・ミス・サンシャイン」同様、
金をかけていない映画である。
前述の通り、すごく感動したとか言いにくいが、
まあ、何だかいろいろあったにしても、
心温まったりしていいじゃない、という積極的でないが、
聞かれれば「見るといいよ」と答えたくなる。
事件現場(アメリカだからいろいろあるのよ)の
グチャグチャを片付ける商売が
ほっとするストーリーになってもいいじゃないか。
アメリカだもんな。
銃社会のアメリカでしかなかなか成立しない仕事かもな。
銃社会を痛烈に皮肉っているのか、
逆に擁護しているのかわからない。
どちらでもないのが正解なのだろうが、
あえてそこに踏み入らないところもアメリカっぽいなあ。

しかし、日本では「おくりびと」で、
なるほど日本では絶対に人間に訪れる死をこのように扱うのか、
と思わせて見事アカデミー賞をかっさらったわけであるが、
アメリカでは血と肉片の掃除で一発当てたわけで、
この乾き具合が、非常に興味深い。

「サンシャイン・クリーニング」公式サイト

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 09:21 | カテゴリー:映画部

2009年07月24日

The Wrestler(レスラー)

初めから最後まで全編悲しみで覆いつくされた映画である。
「真の家族愛」「輝く生きざま」とかチラシに踊る
どこ見てんだかわからないコメントに騙されてはいけない。
この映画をそんな常套句で汚されては困る。

かつて栄華を誇ったプロレスラーがいかなる転落の軌跡をたどったかは
一切触れられていない。
しかし、娘との会話、ストリッパーへのすがりつくような
情けない愛情表現でおよそどんな人生であったかは想像がつく。
若い人はミッキー・ロークを知らないだろう。
「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」「ナインハーフ」で
当時の女性たちは熱狂した。
私も男ながらすごい役者が出てきたと驚いた。
それがいつの間にかメジャーな映画から姿を消し、
しばらくして見たミッキー・ロークは猫パンチを繰り出す
ブヨブヨのインチキボクサーに変わり果て、
だれが見ても八百長の試合の末、
次はプロレスの試合に乱入し、お約束を果たす、
役者の影をどこにも見ることの出来ないダメ人間になっているように思えた。
それだけでも悲しい、切ない話である。
どんなことが彼の身に起こったのか知る気もないが、
映画と透かし絵のようにダブって見えてくる。

男は誰もミッキー・ロークが演ずるレスラーに自分を重ねるのではないだろうか。
どんなにかけ離れた人生を送っていたとしても、
自分にもこの転落の罠が仕掛けられているように感じる人もいるだろうし、
リアルにこうなりかねない可能性に気が付いている人もいるかもしれない。
私は後者であった。
それが悲しくて、何度も涙した。

捨てられ、見放され、最後くらいはプライドを見せたい。
ダメな男の意地を見せたい。
救いは一瞬の光を放つシーンであるが、
そこでレスラーが振り返るともう誰もいない。

悲しい、切ない。悲しい、切ない。

しかし、役者ミッキー・ロークは意地を見せた。
何を続けて見せてくれるのであろうか、
しばらくじっと待っていよう。
マリサ・トメイも歳をとったが、一向に魅力は失せない。
二人の役者を見て泣いてください。

「レスラー」オフィシャルHP

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 02:14 | カテゴリー:映画部

2009年07月17日

SPINAL TAP

これまで一度もDVDで見た映画については
触れたことがなかった。
映画は劇場で見ないと、面白い時は面白さが半減されてしまうし、
つまらない時は同じくらいつまらない。
基本的に見逃してしまったものはDVDで見てはいるが、
本当に感じたであろう印象が伝えられなくなってしまうので、
あえて避けておりました。

しかし、こんな映画があることを俺は知らなかったな。
日本未公開なのでDVDで見る以外に方法はない。
アメリカですでに伝説となり、その後もさまざまな形で影響を残しているのに
何故日本で公開されなかったのであろうか。
買い付ける人間が馬鹿ばっかりだったということである。
実はこの映画のことを知らないのは、
私だけではなかろうかと心配している。
アメリカでは1984年に公開されている。
この映画のことを知らない人間は赤ちゃん以外はいないらしい。
最近では「最高の人生の見つけ方」を撮ったロブ・ライナーの
初監督作品である。
この人良い映画撮ってる。
「スタンド・バイ・ミー」「ミザリー」「ア・ヒュー・グッド・メン」とかね。
このふざけた映画でデビューして、小さなマイケル・ムーアみたいな
ことになっているのかと思ったら全然違う成長を遂げていた。

イギリスのみょうちきりんなリバプールサウンドみたいなものから
ヘビメタポップのようなものに変身したロックグループの嘘ドキュメンタリーである。
ただ、嘘とは恐ろしいもので内容はどうあれ、受けてしまえば本当になる。
映画を撮った時点ではスパイナル・タップというグループは存在していなかったのだが、
この映画がカルト化してから映画と関係ない2ndアルバムを出したり、
2007年のライブ・アースに出演したり、
2005年にはアメリカの音楽誌Mojoの歴代ベストロック映画で1位に輝いてしまっている。
2位がザ・バンドの「ザ・ラスト・ワルツ」なのでまんざら冗談だけで
1位に選ばれたわけではなかろう。

笑える。
私の場合は笑いっぱなし。
クスクス笑いの人もいるらしいが、爆笑が正しい。
最近になってこの映画のことを知ったのだが、
何がきっかけだったか思い出せない。
日本でDVDが発売されたのが2006年、
レンタル開始が2007年なので知らなくても仕方なかった、
と自分を慰めているのだが、
番組スタッフは知ってるんだろうなあ。
杏ちゃんにまで
「大倉さん、知らなかったんですかー?」
とか言われたら立ち直れないので、言わないでほしい。

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 03:12 | カテゴリー:映画部

2009年07月02日

それでも恋するバルセロナ

ウッディ・アレンを嫌いな人は、本当にこの人のことが嫌いだろうな。
好きな私でもうんざりすることがあるくらいだから。
ほとんどの作品で登場人物はよくしゃべる。
登場人物がそうでもない場合は、ナレーションがかぶる。
伝えたいことが溢れ出てくるというより、
誰かが何かを解説していないと、気が済まないのだと思う。

この「それでも恋するバルセロナ」もうるさい。
静寂と言わないまでも、静かな時間さえない。
でも今回は良く出来ているので、許す。
面白い小説をめくるような快感がある。
ペネロペ・クルスのおばさん的肢体も毒を持った蘭
(そんなものがあるのかどうか知らないが)
のようで、充分魅力的だし。
ハビエル・バルデムはこれまでの作品とまるで印象が違ったので、
最初は全然気が付かなかった。
真面目にやっているんだか、
遊び半分でやっているのかわからないのがいい。
ウッディ・アレンはスカーレット・ヨハンセンが大好きなようで、
このところ彼女が主演する映画と立て続けに撮っているが、
相性は悪くないように見える。

ウッディ・アレンはもてる。
本当はもてているのか、口説くのがうまいのかわからないが、
いつも美人に囲まれている。
これでウッディ・アレンもスカーレット・ヨハンセンも離婚して、
くっついちゃったりしたら、おじさんとしては希望が持てるかというと、
全然逆で、頭にきてもうこいつらの映画は見ないということになる。
私は己を知っているのである。

ウッディ・アレンにとってこれが41本目の監督作品になる。
よくもまあ撮ったものだと思う。
監督をする作品では脚本もすべて自分が手がけている。
昔は好きな作品、嫌いな作品がテレコで公開されていたのだが、
最近は私の中では好きなものが多い。
特に本人が出演していない作品が良い。
もしかしたらずっとそうだったかもしれない。

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 02:16 | カテゴリー:映画部

2009年06月18日

愛を読むひと

この映画がアカデミーの5部門でノミネートされてから、
少しずつ日本で話題になり始めたが、
主演女優がケイト・ウィンスレットだということを聞いてから、
内容も全然わからなかったのに、
ずいぶん前に読んだ「朗読者」の
映画化されたものなのではないかと直感した。
本当ですよ。
いい勘してるでしょ。

ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」は2000年に邦訳されている。
すごく売れたような気がするが実際の数字は知らない。
気になってすぐに読んだのだが、
その時の女性主人公の印象と
ケイト・ウィンスレットがぴったり重なった。

映画は小説を忠実に再現している。
本人も話しているようだが、
ケイト・ウィンスレットがもっと若かったら、
失敗作になっていただろう。
私は「タイタニック」でうんざりして、
ケイト・ウィンスレットの映画は見る気がしなかった。
いい役者になっている節はあったのだが、
やはり第一印象は大事である。
しかし、この役を他の誰が、と考えても全く思いつかない。
いい具合に歳をとった彼女だから、私も納得がいったのであろう。
俺って生意気ですね。
いくら人気があるからといって、
二コール・キッドマン、ジュリア・ロバーツじゃ話にならん。

原作者もずっと彼女しかないと思っていたらしいから、
最近はいろんな国の人と話さえしなければ気が合うことがわかった。

実に巧妙に、ナチスの犯罪をどう裁くかということが、
すべての人間、我々自身の問題であることを問いかけている。
「愛」もあるんですけどね。
もっと根源的なことをこの映画は提起している。

本の読後感と同じ余韻が残る映画であった。
本のほうも是非読んでみてください。

映画は19日金曜日に公開。
最近は日本でも金曜封切りの映画が増えてきた。
イギリスでは映画の封切りは常に金曜である。
金曜の仕事終わりから週末が始まっているという感覚ですね。
本当のことを言うとイギリス人、
夏は金曜の午後からいなくなっちゃうんですが。

『愛を読むひと』web site

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 10:25 | カテゴリー:映画部

2009年06月17日

おと な り

思わせぶりなタイトルが嫌だった。
そう思った人も多いと思うのであえて申し上げたが、
この映画、傑作である。

人と触れ合うことはたやすく見えて、
かなりの技を必要とする。
これは「今がそういう時代なんだ」というようなことが言われるが、
実ははるか昔から私たちは同じ事で悩み続けている。
人間が生まれてから他人と妥協して共存すること、
もう少し進めば愛し合うこと、
その中で自分がやりたいと思うことを見つけ出すこと
(あるいは自分がやりたいという幻想の欲望を作り出すこと)、
また、それを実行に移す無闇な勇気は、
物語の中では、なじみのあるもので、
大方の場合、他人には余計なお世話で
説教をしたくなったりするが、自分を振り返れば、
人にあれこれ言えるほどできていない。

この映画は最初、わざと粒子を荒らした撮影方法、
音を大事にしているからといって、
いくらなんでも現実的ではない設定が気になってしまったのだが、
それが実にうまく後半効果を上げてくる。
音も、絵も、ストーリーも、出演者も、とても静かである。
ただ、水面にさざ波が立つように進行していく。
泣いたり、笑ったり、悩んだりすることはないが、
心地良い波音を聞いているようである。

岡田准一はあんなに口数が少ないのに、
何故、役にぴったりと思わせる演技が出来るんだろう。
今度聞いといてくださいね。

麻生久美子は「インスタント沼」に続き、名演である。
全然違う役どころなのだが、どちらも普通にやっている感じでとても不思議。

その他の出演者の配置、距離感の保ち方も絶妙である。
この手の映画は思わせぶりな終わり方が多くて、
そんなたいそうな映画かよ、と不満に思うことが多いのだが、
「おと な り」はちゃんとほっこりした気持ちになれます。
恋人同士で見に行こうと思っている方は、
二人別々に見たほうがいいような気がするな。
今後のためになるような気がするな。

『おと な り』web site

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 10:21 | カテゴリー:映画部

2009年06月12日

チョコレート・ファイター

ずーーと気になっていたんだけれど時間が合わず、
ようやく見に行けた。

この映画すごいっすよ。
ブルース・リーの「燃えよドラゴン」以来の興奮を味わった。
私は高校の時に格闘にじゃなくて、格闘映画に目覚めて以来、
どえらい数の殴り合い映画を見てきたが、
こんなの初めてなの。

設定が面白い。
主役の「ゼン」は日本人とタイ人のハーフ。
お父さんは阿部ちゃん。ヤクザである。
その上、自閉症でなかなか人とうまくコミュニケーションがとれない。
そこにきて、お母さんはどうも白血病の様子。
金が要るのである。
そこでだ。

というくらいにしておくが、通常私は映画のことを書くのに
内容をほとんど書かない。
しかし、この程度書いてもこの映画の魅力は全く失せない。
ストーリーの細かいところについては
「おんや」と思うところもあったりするかもしれないが、
気にするな。
たいしたことじゃない。

まず、やられちゃったのは「ゼン」役の通称ジージャーの愛らしさ。
タイ人ではとんでもない美人(あくまでも私の基準による)
に出会うことは稀なのであるが、昔から結婚するならタイ人がいいなあ、
と結婚してから思っていた。
柔らかな笑顔はするりと胸の内に忍び込んできて、
具体的な顔が思い出せなくても、
いつの間にか、たとえばホテルのレセプションの
女性との会話を思い返したりしている。
ジージャーもすごい美人ではないが、結婚したくなった。
もう25歳ということだが、まだ10代にしか見えない。
これ、もしかして犯罪に近いようなこと書いてます?ないよね。
英語ができなくてもかまわない。
私はタイ語の響きがたまらなく好きである。
特に女性のあのゆっくり間を取ったような話し方に魅了される。
この映画ではジージャーはほとんど会話場面がないが、
数回発せられる短い言葉で充分クラッとくる。

で、何が見どころかと言えば、壮絶の一言に尽きるアクションである。
ジージャーはテコンドー三段。
タイならムエタイと思うだろうが、
テコンドーなので足技がすごい。
しかも、すべてスタントなし、CGなし、なのでその迫力は半端ではない。
見ていてわかるので、撮影中3人は死んだなと思っていたら、
ラストのメイキングシーンで重傷者、軽症を負う者が続出したことがわかった。
どうも死者は出ていないようだが、
隠してんじゃないかと思うくらいメチャをしている。
ジージャーも顔に何度もまともに蹴りを入れられている。
普通やらんぞ。
ジージャー、小さい身体で、尋常じゃないくらい頑張ってるぞ。

どうすればジージャーに会うことができるだろうか。
こんな気持ちになったのは石野真子以来のことである。
石野さんには25年前、一度TBSラジオのスタジオで
握手をしていただいたことがある。
同じことはきっとないだろうなあ。
J-WAVEに来ていただくことがあったら、是非教えてくださいね。

阿部ちゃんはお尻を出して頑張っている。
そっちに興味のある人もどうぞ。

チョコレート・ファイター公式web site

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 03:30 | カテゴリー:映画部

2009年06月05日

ガマの油

私は本物のガマの油売りは見たことがない。
下関方面でそういう商売をやられている方はいなかったのではなかろうか。
テレビや映画で演じられているのは、何度も見ているので、
口上も薄ら覚えではあるが
「タラーリタラーリと油汗を流す」
「一枚が二枚に、二枚が四枚に...」
くらいは諳んじることができるが、
実際の「ガマの油」という商品は見たことがない。
ありゃ本当のことですかね。
実際にそんなものが存在するんでしょうか。
あるんですね。
調べてみたら数十年前のことではあるらしいが、
地元、筑波山では口上もそのまま、
刀を使ってガマの油を売っていたらしい。
もともと口上は江戸時代、浅草の縁日で始まったらしいので、
浅草出身の家人に問うてみたところ、
「いくら私が婆さんでも、さすがに見たことはない」
と不愉快そうに答えてくれた。
であるから、現在は売っていないものと推測される。
いや、自分は持っているという方がいらしたら、
一丁実演をやっていただけないでしょうか。
是非見てみたい。
ちなみに中身には諸説あるらしく、本当のところはよくわからなそうである。

役所広司初監督の「ガマの油」は、
本人はかなりうざったい役を演じているのだが、
透明感のある気持ちのいい映画であった。
プロデューサーの一人がよく鍋を一緒につつく方で、
「大倉さん、絶対好きだからさ」
と強く勧めるので見に行ったら、さすがに鍋友である。
好みをよく理解している。
本当に人に勧めたくなる出来であった。
役所さんはいいな。
才能も人望もあるのでチラシにあるとおり、
「豪華多彩なキャストと日本を代表するスタッフが終結」している。
音楽もタブラトゥーラが担当している。
20年以上前、ラジオCMで曲を使わせていただいた。
それを担当者が得意先の社内で聴かせたら、
「この音楽はいったいなんだ」と大騒ぎになったと聞いている。

役者も良い。
役所さんは小林聡美さんのファンだそうだ。
私も。
二階堂さんという若い女優がとてもいい味を出しているが、
私も大変気に入りました。
気が合うなあ。

この映画は静かなロングランになるような気がする。
公開は6日土曜から。

『ガマの油』公式WEB SITE

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:映画部

2009年06月05日

ウェディングベルを鳴らせ

95年の「アンダーグラウンド」のエミール・クストリッツァ監督の映画だとは
知らなかった。知っていたら見に行かなかったかもしれない。
「アンダーグラウンド」がつかまらなかった訳ではないのだが、
あまりにも重くて、映画を見た後の感情をもてあましたからである。
ずっとあんな映画を撮っているのだと思っていたら、
政治的に叩かれて98年に「黒猫・白猫」を撮るまで引退状態だったらしい。
「黒猫・白猫」はドタバタ喜劇らしいので、
この映画はその線上にあると思っていいようである。

しかし、この映画の出鱈目、暴走、アナーキーさには
喜劇と言われても、どこで笑っていいのかわからないほどである。
セルビアが舞台であることはわかる。
全編私が今一番、はまっている
バルカン・ブラスバンド・ミュージックで埋め尽くされている。
哀愁あるメロディのはずなのに、あまりにも大音量で鳴りっぱなしなので、
私には珍しく「うるさーい、けど気持ちいい」と怒鳴りたくなった。
初めから終わりまでどういうユーモアなのかよくわからないのだが、
全員が大騒ぎしながら127分が過ぎていく。

私には笑えるところが数箇所しかなかったが、
あまりの馬鹿馬鹿しさに逆に目を覚まし、
気が付いたら楽しんでいたから不思議なものである。

ヤスナという役で登場する、
若くてとても綺麗な女優が目が釘付けになるくらいいい。
前からバルカン半島を抜けてコーカサスに行ってみたいと思っていたのだが、
この映画を見て覚悟を決めた。
次にしばらくいなくなるときはその辺りをうろついています。

もうすぐ終わっちゃうかもしれないから、
見たい人は大急ぎでシネマライズまで。

ウエディングベルを鳴らせ公式WEB SITE

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 04:45 | カテゴリー:映画部

2009年06月04日

インスタント沼

三木聡のいつもの映画である。
って書いちゃうとつまんないイメージが出てしまうので、
三木聡の相変わらずの間抜けならぬ、間だらけの映画である。
あんまり変わんないか。

映画が始まる前に三木聡が画面で
「くだらないことを(といったかどうか。でもそんな意味のこと)
一生懸命やりました」
と解説するのも普通じゃない。
麻生久美子まで出てきて「こんな風に生きるのがいいなあ」
とか言っている。
変なの。
こっちはこれから見るというのに、監督と主演女優が映画が始まる前に
「楽しんでね」って聞いたことないけど、三木聡だからしょうがないか、
と思ったが、映画と「時効警察」以外見たことないので、
本当はどんな人なのか全然わからない。
あのままの人だったら仲良くなりたいな。

だいたいチラシからしていい加減だよな。
「これぞ三木聡の集大成」なんて小さく書いてある。
あの若さで集大成ってなんだよ。
やる気出せ。

「衝撃的なラストは秘密厳守」
う〜ん、衝撃的ねえ。
まあ衝撃的か。

「これは面白いと思う人しか面白くない映画である」
ってキャッチフレーズ今私が考えたんだけど、どうかな。
私はくっだらないけど、メチャクチャ面白かったな。
6月1日の映画の日に渋谷まで出て行ったら50分前なのに
一人チケット売り場が開くのを待っていた。
俺が暇なのはわかるけど、1000円だからといって
平日から働き盛りの若者が並んでて大丈夫なんだろうかと、
日本の行き先に不安を覚えながら、座り込んで本を読んでいたら
いつの間にかダーッと行列が出来ていた。
本当に大丈夫かね麻生君。

今度の麻生久美子は三日月君じゃなくて、沈丁花君。
「時効警察」だけじゃなくて「転々」でも三日月君だったんだから、
ずっと三日月君でいいんじゃないかな。

三木聡は「くだらないこと」といっていたが、
「ちゃんとしている人」には「意味のない映画」に思えるかもしれない。
「意味のあること」に囲まれていると「意味がないこと」は、
生きるのに意味のないことのように思えてくるが、
それは間違い。
「意味がある」と胸を張ってやっていることが
意味がないことの方が多いような気がする。
どちらかといえば、そちらのほうが有害である。
「意味ないんだけど」と断っておいて、
映画なんか作ってずるいが、
それが結構私には面白いから、
それはいい事だということにしておく。

それにしても三木聡、いったいどんな演出をしているんだろう。
「そこ一拍おいてね」
「そこはそっけなく」
「そこは口開けといて」
とかやっているんだろうか。
やっぱり変である。

インスタント沼公式WEB SITE

                          大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 04:12 | カテゴリー:映画部

2009年05月23日

W. (邦題 ブッシュ)

この映画、誰と誰が似ていると比べるだけでもかなり笑える。
一番似ているのはコンドリーサ・ライスなのだが、
あんなにお追従笑いを浮かべてたのかどうかは不明である。
本当だったらかなり薄気味悪い。
コリン・パウエルは何とか馬鹿騒ぎを収めようと必死になっているのだが、
「お前だけがわかってない」
と無視をされるかわいそうな人である。
恐らく映画に描かれている通りだったのではなかろうか。
本物は押し出しが強そうな体格、面構えであるが、
心理的な面から採用されたのか、
結構情けない顔をした役者が演じている。
ラムズフェルドは一番誰も演じたくない役柄なのであろう。
顔は似ていないが、一番嫌な顔を作るのがうまい役者が採用されている。
チェイニーは本物より柔らかい顔になっている。
納得がいかない。
トニー・ブレアもほんの少しだけ登場するのだが、
いかにもイギリス人という顔をしているが、
発音も振舞いもいい加減である。
という具合に楽しめるので、
私の書いた感想は無視して楽しんでいただきたい。

さて、世紀のと言ってもいいほどのアホにドが付く戦争を始めた
ブッシュって閣下は本物のアホだったのかどうか、
映画ではどうなっているのか知りたかったが、
ドキュメンタリーではないので厳密に検証は出来ない。
ドキュメンタリーであっても無理ですけどね。
しかも監督がオリーバー・ストーンだからあることないこと作って、
叩きまくっているのだろうと思っていたのだが、
大人になったオリバー君はちゃんとおセンチなドラマも織り込んで、
「映画」にしていた。

ブッシュのパパ、パパブッシュはどうも
ジョージ・W・ブッシュ(以下Wとする)からは
パピーと呼ばれていたようだ。
イェール大学はかろうじて卒業し、ハーバードのMBAもWは取得しているようだが、
出来が悪い。すごく悪い。
はからずしもMBA取ったからって
社会で有意義な働きは出来ないことをWは証明してしまった。
何をやらせてもダメ、続かない。すぐに辞めて職業を転々としている
しかも、親父のコネで。
パパブッシュは何でこんなのが出来ちゃったんだろうと、
嘆くが、それでも親は親。
おまけに、これは映画ではでてこないが、Wは3回逮捕されている。
飲酒運転等で3回。
あまりアメリカの法律に詳しくないし、州によって異なるのだろうが、
現在はある程度以上の犯罪を3度犯すと
3アウト終身刑である。
飲酒運転はいまやどの国でも大変厳しい罰則がある。
事故を起こせばこれまで以上に罪は重くなる。
まあ、若気の至りで、それくらいのこと、
という時代があったのは事実であるが、
Wが逮捕されたのは30歳を超えてからですぜ。
そんなこんなで、パパブッシュは「もううんざりだぜ」、
とWに冷たく当たる。そこがおセンチなドラマなんですね。
ネタばれしてます?
これくらい大丈夫ですね。
それがわがまま放題のボクにはとても辛く、
突然俺はもうコツコツやる仕事には向いていない
俺も政治家になるって、テキサス州知事選に出たら受かっちゃってもう大変。
イケイケで大統領選に望むのである。
アメリカの不幸は開票で揉めに揉めたのがフロリダ州だったことである。
弟が州知事やってんだから。
このあたりは映画では割愛されているので、
知識として知っておいて損はありません。

「イラクは核武装している。証拠もそろっている。
化学兵器だって山のように隠している。
アルカイダとのつながりが確認された」

どう調べりゃそんな出鱈目が出てくるのか知らないが、
よく考えてみれば調べたんじゃなくて作った話なんだから、
何だって出てくるわけですがな。
イスラムのことをちょっと知ってりゃ、
オサマ・ビン・ラディンとフセインが繋がるわけがないんすよ。
「えーっ」と思った人は何冊か本を読めばすぐにわかります。

大量破壊兵器様、お願いですから出てきてください、
の願いもむなしく、そんなものはなかったことが後に確認されましたね。
パウエルは国連で嫌々ながら、
「証拠は上がっている」
と啖呵を切らされたが、どえらい赤っ恥をかくことになったのは、
皆さんも記憶に鮮明なことでしょう。
鮮明でない方は鮮明にしてください。
日本でも早々に
「アメリカの判断を尊重する」
と言って、
私の意向に関わらず、親友にしてもらった首相がいたが、
「大量破壊兵器が見つからないと言って、うにゃうにゃうにゃ」
と意味不明なことを言ったまま、俺はもう悠々自適よ、でいなくなる。
ここんとこはっきり総括してくんないかしら。
総括なんて言葉使わないか。

「愛国心」(このコトバは私は好まないが)に燃えた、
あるいは騙されてイラクに連れて行かれた、
殺されるか、殺すか、どちらも地獄の状況に晒されたアメリカの若者。
いったい何故自分が死ぬのか理解できないまま、
爆弾に吹き飛ばされたイラク人。

ワシントンD.C.の白い建物の中でインチキ書類を振りかざして、
「先制攻撃しかないっしょ」
とケロッと言い放つおっさん、おばはん。
空母の上でコスプレして、戦闘終結を宣言して、
恥に恥を重ねたW。

ホンマにこのおっさん、アメリカ大統領やったん?
と実感できる、不愉快極まりない、見といたほうがいい映画です。

2002年に出版されたマイケル・ムーアの
「アホでマヌケなアメリカ白人」の訳者松田和也氏があとがきで
Wのいくつかのエピソードを紹介している。
「ホワイトハウスはどんなところですか」
「白いよ」
「誕生日を迎えてどんなお気持ちですか」
「少し歳をとったような気がするよ」
W、高田純次とだったら結構いいコンビになったと思うんだけど。
高田純次に失礼か。

                         大倉眞一郎

『ブッシュ』公式サイト

                         

BOOK BAR staff| 05:08 | カテゴリー:映画部

2009年05月20日

天使と悪魔

ダン・ブラウンのこの小説は日本語訳が出てすぐに読んだが、
真っ正直なことを言うと面白いのか、つまらないのか
良くわからなかったので、しばらく判断を留保していた。

そのうちロンドン出張の際に「ダ・ヴィンチ・コード」を買って、
英語で読み、インドで読む本がなくなった時に、
古本屋で「Deception Point」のペーパーバックを買って読んだ。

ごめんなさい。
ダン・ブラウン、面白いですか?
私は「天使と悪魔」の内容を忘れちゃってたくらいだし、
「ダ・ヴィンチ・コード」は途中から????になってしまい、
読むには読んだが、すっきりしない。
映画を見てもなんだかよくわからなかったので、
多分英語のせいではないと思う。
「Deception Point」は暇つぶしにはいいくらいかも。
これ訳されるんですか。
訳される本をそんなふうに言ってはいけないので、
「なかなかの娯楽小説です」に変えます。
いや、そういう意味では本当のことです。

さて、そもそも第1弾が「天使と悪魔」なのに、
ラングドン・シリーズ第2弾というのは、おかしくないか、
と思いながらも豊洲ユナイテッド・シネマに向かったのは、
この映画を初日に見ると2ポイントもらえるからという、
実にショボクも後ろ向きの理由からであった。

本の内容を忘れていたという、おのれの頭の悪さもあるが、
期待しないで行くといいことがある。
反物質だの「神様のパズル」よりも程度の低い話ではあるし、
その展開の速さに「そんなにぶっ飛ばしていいのかよ」
と突っ込みたくもなるが、楽しめるのである。
カトリックが過去に犯した間違いを認めている、
さらに科学との共同歩調をとるというのは程度の問題で、
やや不自然な印象も残るが、ローマ中を駆け巡るので、
素直に観光気分にも浸れる。
「そこんとこはどうなのよ」
などと考えずに娯楽映画なんだから、ドキドキしてくださいよ。

しかし、イタリアは不思議な国やで。
カトリックの総本山があり、国民の大多数はカトリック教徒なのに、
出生率はほとんど日本と変わらない。
彼らはセックスをしない人々であるわけがないので、
絶対コンドームを使っているはずである。
法王がダメだって言ってるじゃん。
姦淫もいかんのよ。
そのあたり、よろしくお願いしたいところである。

                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 06:09 | カテゴリー:映画部

2009年05月05日

チェイサー

カタルシスなき、ただただ心が重くなる犯罪映画である。
しかも傑作である。
今年見た映画でベスト5に入る。

どうしてこんな映画が作れるのだろう。
監督のナ・ホンジンはこれが初めての長編映画だという。
チラシには日本の監督がずらりと名を並べていて絶賛の嵐である。
嘘だと思っていたら、本当だった。

この映画は事実に基づいたものではないが、
韓国で2003年から2004年にかけて起きた
連続殺人事件がヒントになっている。
一人の犯罪者によるこの事件の被害者は
20人以上とも30人以上ともいわれているらしい。
確かにいくつか類似点が見受けられるが、フィクションである。
フィクションなのにこの衝撃はどうだろう。

34歳のナ・ホンジンはインタビューによればハードな撮影だった、
と言ってはいるが、受け答えはクールである。
映画で伝えられること、伝えられないこと、どう見る側に判断させるか、
計算して作っていることが良くわかる。
出来の良さは俳優の実力だとも答えている。
確かにその要素は否定できないが、
明らかにナ・ホンジンがすべてをリードしている。
脚本も本人が手がけているのである。
撮影も素晴らしい。
粒子を荒くして、
逆に登場人物の息遣いが鮮明に聞こえ、見えてくる。

韓国ではR18指定で大ヒットとなっている。
日本ではR15。
どのくらい人が入るかで日本の観客の質が試されているようにも感じる。
公開初日の最初の回で見に行って良かった。
余計な雑音なしに見ることが出来た。
この手の映画は嫌いな人がいることは充分承知しているが、
嫌いでも、ものすごい映画であることはわかると思う。
映画館で見ないと後で後悔することになるので、
無理してでも見に行った方がいいと私は勧める。

レオナルド・ディカプリオ製作でリメイクされることが決まっている。
危険な玉を拾ったものである。

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                         大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 09:17 | カテゴリー:映画部

2009年04月29日

GRAN TORINO

かつては拳銃しか信じていなかったようにしか思えなかった
この78歳の健康オタクの爺さんはどうしてこんな人になったのだろう。
もしかしたら何も変わっていないのかもしれないが、
映画に関してはあらゆる才能を持つ、素敵なおじさまに見える。

クリント・イーストウッドは
マカロニウェスタンで当てる前は「半漁人の逆襲」とか「タランチュラの逆襲」
で端役をもらっていたらしい。
私が生まれる前の話である。
かなり後になってテレビで映画を見たことがあるが、
この人のことは全く覚えていない。
その後テレビの「ローハイド」で人気が出たらしいが、
これについても全く記憶にない。
それからは「クリント・イーストウッド」を知らなくても
「ダーティ・ハリー」で通じる人になった。
とにかく拳銃を撃ちまくるNRAが大喜びするような映画に
出る人というイメージであった。
監督業はこの10年くらいに思っていたら、
72年からコンスタントに主演兼監督でコンスタントに作品を作っている。
当然良いのも悪いのもある。
しかし、このところアカデミー賞候補になる作品を立て続けに発表している。
やたらピストルを振り回すこともなくなった。
何か心境の変化でもあってのことなのだろうか。

この映画はご覧になることをお勧めする。
人種偏見の塊なのか、そんなふうにしか自分を表現できない人間なのか、
そんな、朝鮮戦争で負ったトラウマを抱えた爺さんの話である。

映画の予告編で見たときは、
重要な登場人物は移住ベトナム人だと思っていたのだが、
そうでないことが映画の中で明らかになる。
気にして見ていないと良くわからないかもしれないが、
モン族であるとはっきり答える場面がある。
べトナム戦争のときにアメリカに協力したので、
故国にいられなくなったのだと言うのである。
もともと中国にいたミャオ族が清代に漢民族に押され
東南アジア、主にベトナム、ラオス、タイ、ビルマへ移住した。
彼らは東南アジアでは自らをモン族と呼び始める。

話がややこしいのはフランスが再度戻ってきてからのインドシナ情勢である。
フランス、後に続くアメリカは東南アジアの共産化を防ぐため、
モン族を活用した。
ホーチミンルートと呼ばれた補給路はベトナム国内ではなく
ほとんどはラオスの山の中を走っていた。
東南アジアといえばメコンデルタに代表される、
平らな河の国というイメージが強いと思うが、
ラオスに行ってみると山岳国であることがわかる。
ベトナム戦争ではカンボジア侵攻が問題視されることが多いが、
実はラオスが隠れた主戦場であった。
そこでアメリカに徴兵され戦ったのがモン族である。
アメリカが撤収した後、モン族狩りがラオスでは半ば公然と行われた。
運の良かったモン族の人々の一部はアメリカへ渡ったのである。
だから、映画の中のモン族の少女は自分のことを「ラオス人」と呼ばず、
「モン族」だと答えるのである。

主人公の爺さんの住むエリアはモン族が多数を占めている。
そうか、そういうふうに固まって暮らしていたのかと
映画の内容とはまた別の角度から心を動かされた。

ダーティ・ハリーを最後には、
全く違う方法で結末にもっていく人間に変えたこの映画、
必見である。共和党が嫌いな人も是非、足を運んでいただきたい。


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                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 14:53 | カテゴリー:映画部

2009年04月24日

BURN AFTER READING

コーエン兄弟の作る映画に間違いはない、
と申しますか、私は例外なく楽しめるのであるが、
ときどき
「どーも、コーエン兄弟のは合わないんだよね」
とおっしゃる方もいるので油断がならない。
しかし、この映画の豪華出演陣は揃いも揃って
「コーエン兄弟の映画だぜ。出るに決まってるじゃん」的な
ことを言っているので、私の頭はハリウッドの一流俳優並みというか、
その程度でしかないというか、まあ、そんなことである。

物語は内容こそ全く違うが、まさに
“Much Ado About Nothing”である。
中身は何もないがその周辺でのドタバタ劇。
それが、ただのスラップスティックに見えないところが
コーエン兄弟の魔術である。
「これだけの俳優使ってるんだったら、誰が作ってもそうなるだろう」
と言う人は間違い。
俳優にだけ仕事を預けてしまった映画は大概こけるのである。
しかしなあ、コーエン兄弟自身が5人の主要出演者を想定して
ストーリーを組んでいったようなことを言っているから、
どういうふうに考えればいいのだろうか。

前作「ノー・カントリー」では訳のわからないまま
映画に引きずり込まれたが、今回の映画も最初はアルトマンの
群像劇みたいなものかと思って見ていたら
いきなり焦点が合って、どんでん返しと思いきや、
するりとかわして、なんだと思った瞬間にまたひっくり返される。

「人生ってなんだろう」ってアホなこと書くなと私も思うが、
このアホ映画を見ていると、俺もこんなもんかもと思わせるし、
「国家とは何か」とこれも答えようがない問いに
正面からの回答は避けながら、
後味の中に答えのようなものをうまく紛れ込ませている。
ついでに言うなら
「国家と個人の関係」も笑い飛ばしてドタバタの中に吸収している。

ややこしそうなことを書いて申し訳ない。
難しい映画の可能性もあるが、俺はそれはないと思うな。
この映画を楽しめない人は人生楽しんでないですよ。

コーエン兄弟ずーっと一緒に映画作っているけど、
顔も見たくないってことないのかしら。
それがとても気になりました。

25日から公開。

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                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:56 | カテゴリー:映画部

2009年04月22日

おっぱいバレー

番組のディレクターが
「綾瀬はるかが『おっぱい』って言ってると思っただけで、ぐっとくるんだよね」
とうっとりしていたので、もしかしたらそうかもしれないね、
と私も出かけてみた。
結果的には私は誰が「おっぱい」と言おうが
ぐっと来ないことがわかったのだが、映画は予想以上に面白かった。

内容はダメ中学男子バレーボール部が綾瀬さんじゃなくて、
綾瀬さん役の先生のおっぱい見たさに頑張る、というだけの話。
それ以上説明のしようがないのだが、妙に面白いんだな、これが。

何が面白いんだろう。
よーく考えたら理由がわかった。

この映画の時代設定は正確なところはわからないが、
おそらく1970年代で、私が中学生だったころと近いと思われる。
状況証拠だけになるが、当時の匂いをプンプンに残した「11PM」を
ガキ共が合宿中に部屋を抜け出してみるシーンがあったこと、
週刊プレイボーイをイメージして作られたと思われる小道具の雑誌、
映画館の看板等である。
裁判では勝てそうに無いが、かなりいいところまで持って行けそうである。

早い話、私となんとなく重なったのである。
あの頃はおっぱい見たいかと聞かれれば、
「見たい!」
と断言していたはずである。
週刊プレイボーイは友人がくれたものが押し入れの一番奥に隠されていたし、
残念ながら先生に憧れたことは無いが、好きな女の子がいつも気になっていた。
それでスポーツ頑張ろうとは思わなかったが、
バンド活動に励んでいた理由の5%くらいは一度くらいもててみたい、
と色気を出していたことは否定できない。
あんなに映画の中に出てくる中学生ほどガキじゃなかった気がするが、
自宅に戻って写真を見てみたら、同じような顔をしていた。

ほとんど映画を通して「ニューミュージック」がバックに流れていた。
チューリップ、甲斐バンド、荒井由実、若い頃の永ちゃん、ツイスト、その他たくさん。
すぐに入ってしまうんだな、やっぱり。
ニューミュージックとはおかしなジャンル分けをしたものだと思うが、
実際当時はそう呼んでいた。

てな訳で軽い共感を覚えたのである。

ただ、ひとつ手を抜きやがってと惜しいと言うより腹が立つのは、
北九州戸畑三中の話なのに全員が標準語で話している。
あの当時、絶対に標準語で話すわけがない。
ちゃんと全員が方言で演じていれば苦しいところには目をつむって
星5つあげたのに、ダメじゃん。
「博多っ子純情」を読んで出直してきて欲しい。

ディレクターのために
綾瀬さんが何回「おっぱい」と言ったか勘定しながら見ていた。
カウンターを持って行ったわけではないので100%の自信は無いが、
7回のはずである。
皆さんも行って確かめてみてね。

おっぱいバレーofficial web site

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 11:53 | カテゴリー:映画部

2009年04月17日

MILK

この映画を見るまでMILKという名前の方が
いらっしゃることを知らなかった。
いい名前だし、映画のタイトルとしてもバーヴィー・ミルクを
知らなくてもインパクトがあると思う。

1977年48歳で射殺されたハーヴィー・ミルクの活動は
第二の公民権運動であった。
この運動はいつをもって正式に活動を開始したと言い切れないが、
こういった権利獲得運動は状況に押し出されるようにして
表面に出て来るもので、
まさに当時のサンフランシスコであったから
ミルクのような人物が登場できたのだろう。
しかし、この映画を見るまで反ゲイの活動が70年代後半も
ここまで活発であったことは認識していなかった。
全米で反ゲイの嵐が吹き荒れていたのである。
ゲイ差別禁止条例撤廃提案が住民投票で可決されたりもした。
信じられますか。
ゲイ差別を支持するということは、どんな人間であれ
自分が嫌いな連中は差別してかまわないということになる。

アメリカの嫌いなところは何度も書いたが、
素晴らしいところは多様性を深く受容することである。
移民によって成り立った価値観の違う人間が集まった国で、
同じフィールドで違いを認めながら
そこから物を作ることが出来たということである。
ミルクの活動は同性愛者を守るためだけのものではなく、
ゲイ、ストレート、人種、宗教を超えて、人間の尊厳に関わる
すべての権利を守るためのものであった。

ショーン・ペンに関してはもう言うことがない。
この映画でアカデミー賞を受賞したからではない。
映画を見ればわかる。
これ以上何をしたいのだろう、という気にさえなってしまう。

同性愛に対する偏見はアメリカに限ったことではない。
まだ理解がないというより、罪悪であり、
人間として行ってはならないこととされている国のほうが多いかもしれない。
日本では昔から衆道は盛んで、なんら恥じるところはなかったようだし、
坊さんたちは女犯が禁じられていたので、ほとんどが男色に走った。
その日本でも現在テレビで活躍するゲイの方以外は
カミングアウトしている人はごく限られているし、
結婚を認めろなどという主張さえ聞いたことがない。
何かがねじれている。

フランス人はイギリス人にはゲイが多いと馬鹿にすることがある。
本当かどうかは知らないが、当時勤めていた会社の女性社員が
「チキショー!いい男はみんなゲイなんだよね」
と大文句をたれていた。
なるほど、確かにこういう怒り方もあるのだな、と気が付いた。

18日から公開。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 13:42 | カテゴリー:映画部

2009年04月15日

フロストXニクソン

この映画のチケットを買うとき窓口でなんと言えばいいのか
イタリアで列車のチケットを買うときに悩んだくらい悩んだ。
「フロスト・ヴァーサス・ニクソン」だとヴァーサスが
気取って聞こえてしまうかも。
「フロストかけるニクソン」じゃ、馬鹿丸出しだしな。
すると前の人が「フロスト・ニクソン一枚」と言っているのが聞こえて、
なるほど、それでいいのか、確かにそのほうがかっこいいかも、
で何の揉め事もなくすんなり入場できました。
どなたか存じ上げませんが、この場を借りてお礼申し上げます。

この映画見ない奴はアホである。
もうウォーターゲイト事件と言っても
若いもんは知らない連中が多いだろうが、
アメリカでかつて大統領辞任という前代未聞の事態に
行き着いた大統領の犯罪である。
映画も作られたし、本も多く出版されているので、
興味のある人は、見たり読んだりして勉強してください。

ニクソンは1974年に辞任している。
当時、高校生だった私は詳細を知らないまま、
悪顔をした犯罪者である大統領ニクソンが嫌いで
辞任については「ざまー見ろ」くらいにしか思えなかった。
なんとなく全世界で暗殺されたケネディは最高の大統領、
辞任したニクソンは史上最悪の大統領と思われている節がある。
しかし、別にこの映画でニクソンファンになったわけでもないが、
ケネディはそんな善玉でもない。
1960年にケネディXニクソンで大統領選が行われているが、
ケネディ側に選挙で不正があったという根強い疑惑がある。
僅差で負けたニクソンがその時、
混乱を避けるために告発を行わなかったのは事実である。
また、ベトナム戦争に実質的に踏み込んだのもケネディである。

別にケネディ批判をするつもりもないのでそのくらいにして、
ニクソンである。
辞任前からウォーターゲイト事件の影響で私も嫌いだったし、
アメリカ人の大多数もすっごく嫌いだった。
だが、ニクソンは東西の緊張緩和に尽力しており、
中華人民共和国との国交を開いたし、
対ソビエト、デタント(緊張緩和)を推進したのも彼である。
また何より大きな出来事はベトナム戦争を終わらせたことである。
ケネディが始めたベトナム戦争を状況が行き着くところまで
行ってしまっていた、という事情はあるにせよ、
終結させたのはニクソンであることを忘れてはならない。

この映画はニクソンの素顔、フロストの粘りを楽しむことも出来るが、
私が一番考えさせられたのはジャーナリズムとは何か、
ということである。
ジャーナリズムはエンターテインメントでもある。
テレビのバラエティ番組の司会者がいきなりジャーナリストにもなる。
この映画のチラシにもあるが、これは
「ショウビズ界において、
いまなお語り継がれる伝説のインタビュー」なのである。
ジャーナリズムについて思うことは山のようにあるが、
私も混乱するばかりなのでやめておこう。

ともあれ、この映画を見ると気が付くことが多い。
是非ご覧ください。

日本では総理を辞めても経験者には「総理」と呼びかける
不思議な「慣習」があるが、
アメリカでも辞めた大統領に”Mr. President”と挨拶をすることを初めて知った。
大収穫であった。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:50 | カテゴリー:映画部

2009年04月07日

THIS IS ENGLAND

この映画はいわゆる日本でいうところのイギリスという国の
映画ではない。
タイトル通り、あくまでEnglandのことであり、
「Scotland, Wales, N.Irelandなんて関係ない、
England愛国でつながっているんだ」という若者たちの映画である。
イギリスは日本の正式呼称も「連合王国」であり、
Englandという単語は全く出てこない。
中学校で教わった時はイギリスはEngland,
イギリス人はEnglishだったはずだが、
間違いである。
「じゃあ、なんて呼んで欲しい?」
と部下のウェールズ人に聞いてみたところ
Britishだそうである。
ただし、これでは北アイルランドが含まれないので、
問題は解決しないままである。

この映画に登場するような若者たちと親しく話をしたことがない。
親しくじゃなくても話したことがない。
機会がなかったのである。

サッチャー政権の下でそれまでは手厚く保護されていた労働者が、
炭鉱閉鎖であったり、医療予算削減であったり、
今の日本と似ていなくもない状況に置かれた。
メイジャー首相の後の労働党政権も大きな路線変更をしなかったので、
私はここでサッチャー批判をする気はないが、
当時イギリス全土に労働者の不満が鬱積していたのは事実である。
その頃の不満をぶちまけた映画は「ブラス」をはじめ非常に多い。

もともとイギリスは階級社会である。
同じロンドンでも階級によって話す言葉が大きく異なることは
前にも書いたことがあるが、
この映画を見てもらえればどのくらい違うかはすぐにわかる。

スキンヘッドの若者たちは過激な行動に走りやすく、
既成の政党を支持せず右翼の民族主義者に煽られて、
他民族排斥、同性愛者攻撃、愛国(イングランドの)を謳い、
暴力的になっていく。
90年からイギリスにいた私もやたらあちこち
公衆電話や、トイレが破壊されているのを見て、
これは何なんだと聞くと、
「フーリガニズム、ヴァンダリズムだ」
と言われたが、こういうのも「イズム」なのね、
と妙な感心の仕方をしたことがある。
行き場を失った怒りはそういうふうに吐き出される。

あるいはイギリス名物といえばフーリガンである。
しばらく国際試合に出場できなかったくらい
イギリスのフーリガンは暴れまくる。

私は決して乗り気ではなかったのだが、
得意先を連れてFAカップの決勝戦をウェンブリーまで
見に行かされたことがある。
駅から競技場まで騎馬警官、警官が一メートルおきくらい
びっしり両側に並んでいて、ごついスキンヘッドの若者が
こぶしを振り上げて応援するチームの歌を歌うと
4人ほどの警官が飛び出してきて
有無を言わさず首を押さえつけて連れ出して行った。
本当にここでサッカー見るんでしょうか。
お得意様もビビッているがどえらいプレミアムを払って手にした
チケットである。
行くしかない。
行ったのだが、最上段で選手は豆である。
まわりは予想通り、いかつい男たちばかりなのだが、
困ったのは我々の前の席の若い娘二人がほとんど立ちっぱなしで
熱狂的な声援を送っていることである。
最上段なのでこちらは頭がつかえて立つこともできない。
試合が見えない。
お得意様も我々が置かれている状況はよく理解していて、
小声で
「見えないねえ...」
とこぼすが、座らせてくれとは頼んでこない。
そうでなくても何でこんなとこに日本人がいるんだ、
という痛い視線があらゆる場所から飛んできている。
「座れ」といえる人がいたら申し出て下さい。
カビラさんなら言ってるかもな。

話はぶれまくったが、
当時の郊外労働者(映画では場所は特定されていない)の
置かれた環境が手に取るように理解できる映画である。
お勧めである。

この映画ももうすぐ公開終了かもしれない。
お急ぎください。
渋谷シアターNでやってます。

0407okura.jpg

おまけのようにつけたこの写真は
ロンドンから南へ電車で1時間くらいの場所、ブライトンである。
ここは比較的裕福な階層の住むのんびりしたところ。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:49 | カテゴリー:映画部

2009年04月02日

いのちの戦場

ロンドンにいた頃、パリは近くて遠い都市で
頻繁に出張する場所ではなかったが、
それでも年に何回かパリに行くと、
「何と明るくて、色に溢れた粋な街だろう」
と羨ましくて仕方がなかった。
何しろロンドンが暗いもので。

フランスはグチャグチャの革命を
経てきたにもかかわらず、
第2次世界大戦では早々にヒトラーにパリをあけ渡し、
レジスタンスがゲリラ活動を続けているくらいだった。

フランスは多くの哲学者を生み、
血なまぐさい国歌を歌いながらも、
労働者保護に非常に手厚く、
ほとんど社会主義国といってもおかしくない政策で
現在もその存在感は大きい。

しかし、その自由、平等、博愛のフランスも
一旦植民地、侵略地から得られるうまみを覚えると
普通の神経ではいられなかった。
日本の敗戦後すぐにインドシナに再び展開し、
インドシナ戦争を引き起こし、
1954年のディエンビエンフーの戦いで敗北し、
56年に完全撤退するまで、アジアでの植民地確保の戦争を続けていた。
アメリカはその後を引き継ぐ形でベトナムの泥沼に両足を突っ込むことになる。

ここまでは日本の教科書にかろうじて掲載されていることであるが、
同時期にアルジェリアで出鱈目をやっていたことは
日本ではあまり知られていない。

フランスは1830年にアルジェリアを支配下におさめ、
内地化を進めていた。
誤解を承知の上で言えば日本の朝鮮併合、満州国独立政策に似ている。
アルジェリアを内地化するということは
北アフリカ支配を確固たるものにするということである。
モロッコ、チュニジアはその流れの中で支配下に置かれることになった。

アルジェリアは内地化されたということになっていても
アルジェリア人に対する差別は当然あるわけで、
第2次世界大戦で彼らはいいように使われ、
インドシナにも派遣され、第一線で戦った。
挙句の果てが1954年から始まったアルジェリア戦争である。
この戦争は基本的には独立戦争であり、
アルジェリア民族解放戦線(FLN)とフランスの戦いであるが、
フランス軍にもアルジェリア人は組み込まれ、
最後には日本の関東軍にも似た
現地フランス人による秘密軍事組織(OAS)も
戦いに入ってきて三つ巴のひどい状況であった。

この映画は1959年、まさにフランス軍とFNLが壮絶な戦いを
繰り返していた時の状況を描いている。
それは驚くほどインドシナでの泥沼戦争、
イラク、アフガニスタンで続いている現在進行形の戦争に酷似している。
結局62年にアルジェリアの独立を認める形で終結したが、
この戦争について我々はあまりにも知らなすぎる。
理由がある。
フランス政府が1999年まで「アルジェリア戦争」を
認めてこなかったからである。マスコミも鈍感であった。
当時はアルジェリアではイスラム過激派によるテロが頻発しており、
外国人はもとよりアルジェリア人も毎日のように
多数テロにあっており、アルジェリアの治安悪化に気をとられていて
その原因と言えなくもないアルジェリア支配とその終焉、
アルジェリア戦争のフランス政府認定にまで気が回らなかったのである。

このフランス映画が2007年に公開されたことは
ある意味画期的なことである。
が、何故これだけの時間を必要としたのか、
それが知りたい。

なかなか時間がなくて見に行けなかった。
東京ではシアターTSUTAYAで4月10日まで。

現在のアルジェリアの状況はかつてと比べれば格段に良くなってはいるが、
いまだにテロは続いている。

特にアルジェリアの状況について書かれた本ではないが、
現在のムスリム・アラブ圏の状況について知りたい方は
下記の本が参考になると思う。

脱植民地国家の現在」アルベール・メンミ
りぶらりあ選書/法政大学出版局

『いのちの戦場 −アルジェリア1959−』official site

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 06:20 | カテゴリー:映画部

2009年03月30日

WATCHMEN

“God bless America.”
のゴッドで誰?と普通思う。
思わない?
アメリカを祝福するのは動詞にsの付かないキリスト教の神である。
くしゃみをしても”Bless you.”とか言われてしまうが、
これも主語のGodが省略されているので、
「そういわれましても多神教信者あるいは無神論者の私としては困ります」
と申し上げたくなることもあるが、なかなか言えない。
「ありがと」とちゃんと笑顔で答えて問題を起こさないようにしている。
だが、依然としてアメリカ人であり他宗教を信仰している人達は
どういう具合に折り合いをつけているのか、非常に興味がある。

こんな風に書き始めれば、また宗教の話の映画か、
と思う方もいるかもしれないが、違う。

この映画は最初から最後までメチャクチャである。
ちょっとした冗談のヒーロー映画だと思っていたら、展開が違う。
「スーパーマン」も「スパイダーマン」もメチャクチャであるが、
最初から「そこは許してね」の前提で作られているので、
「たまにはいーじゃん」で、
私も楽しませてもらうこともある。
そんなこと言い始めたらアメリカ映画は全部そうじゃないか、
という真っ当な話を始める人もいるであろう。
しかし、そこに突っ込むと面倒なのでアメリカ映画云々は
日を改めましょう。

ウォッチマンという連中が悪い奴らをガンガン勝手にやっつけていく。
映画だから許されるよな。「24」でもそうか。
この連中はすごく強い。
何故強いかは一人を除いてはわからない。
とにかく、現在の世界の歴史を塗り替えてしまっているくらい強い。

そこで私は考え込んでしまった。
彼らはもうメチャクチャに悪人をやっつけてはいけないという法律ができるまで
メチャクチャをやっていたのだが、
どうも、スーパーマンのように崇め奉られていたわけでもないらしい。
アメリカでは無条件に「善」が「悪」をやっつけるのなら
少々いかがなものかという方法であっても、
フィクションであるならいいじゃないか、
とりあえず楽しむために勧善懲悪のフィクションとしての「神」を
認めておこうじゃないか、だったように思うのだが、
この映画では、ヒーローであったはずの連中はなんとも暗い。
画面まで暗くて、ただならぬ雰囲気である。

さらに、いくらなんでも映画であってもそれはタブーでしょ、
とされていた結末に向かう。
「人間ってしょうがないでしょ、ここまでしないと」、
と映画でそんなことまで言っちゃって大丈夫ですか、
それこそどこの神様か知らないけど、
お怒りになりませんでしょうかね。

一段上の視点から見ればこういうことになるのだよ、
と神を連想させる存在を認めてしまっている。

これをアメリカ人はどう受け止めたのだろうか、
娯楽作品の形をとっているので、まあ、よしだったのか。
私どもといたしましては、「はい、そうですか」、
とはいかないのですがね。

アメリカ人が大好きな「本物の神」が置き去りにされたこの映画、
とにかくメチャクチャなので
どのように楽しんでいただいてもいいのだが、
約3時間、私は何じゃこりゃと、
頭の体操をしながら見ていた。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 05:34 | カテゴリー:映画部

2009年03月25日

リリィ、はちみつ色の秘密

このタイトルでは50過ぎのオヤジはなかなか一人で映画館には行けない。
試写のご案内をいただき見に行った。
行ってよかった。
このタイトルからは甘っちょろい少女のファンタジーを
想像してしまう方もいるだろう。
私もそう思い込んで、
ただ、ダコタ・ファニングの成長した姿が見たくて、
重い腰を上げたのである。

小さな試写会場でボロ泣きするのは、
マナーに反するというより、嫌でしょう。
オヤジがすすり上げてるのを聞くのは。
私は映画を見て泣く派である。
簡単に泣かせどころで落とされてしまう。
そういう意味では誠に遺憾に存じます。

タイトルから想起されるような「甘い」映画ではない。
「何とか国物語」みたいなものとは対極にある太い骨を感じさせる。

アメリカで公民権法が制定された1964年の話であるが、
法律ができたから白人も黒人もみんな仲良くといった状態でなかったことは
ご存知の通りである。
その中に、DV、主人公の幼い頃のトラウマ、愛と希望が織り込まれる。
余計なカットは一切ない。
ダコタ・ファニングは現在15歳、この映画が撮られた時は14であったはずである。
子役の時に素晴らしい演技を見せた女優は、
悲しいことに歳を重ねるにつれ輝きを失うケースが多いのだが、
この女優は特殊な例外のようである。
演技がうまいのはその通りなのであるが、
見ている人間に演技であることを忘れさせるような
不思議な「流れ」を作り出す。
ただただ、見とれるばかりである。
21歳になったら一緒にお酒を飲んでみたいけど、
スッゲー生意気だったら嫌だな。
そんな機会ありますか?
ないですね。
(アメリカでは一応飲酒は21歳からですよ。間違えると警察が来ますよ)

他の出演者も素晴らしいのだが、
不思議で仕様がないのはアメリカの歌手の演技のうまさである。
ジェニファー・ハドソン、アリシア・キーズの二人も出ているのだが、
あれだけ歌で売れているのに、俳優までこなすとは何という強欲であろうか。
歌、歌うと何か演技の勘でも養われるのであろうか。

いまどき「感動」という言葉に反応して
映画に行く人はなかなかいないのではないか。
「感動」は大量消費され、叩き売りの大安売りとなっている。
そこいら中に遠くからヨン様見ただけで、
感動したといって泣いているおばさまもいるのである。
であるので使いたくない言葉、ナンバー1なのだが、
この映画には心を揺すぶられ、涙まで流してしまったのだから
やはり「感動いたしました」というしかない。
ご覧になることを強くお勧めする。

ちなみにこの映画の原題は”The Secret Life of Bees”。
全米で500万部も売れた
スー・モンク・キッドの書いた小説が映画化されたものである。

                             大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:48 | カテゴリー:映画部

2009年03月22日

ROCKNROLLA

やっぱりガイ・リッチー最高。OK?
どんなストーリーだったか?
関係ないじゃん。
よく思い出せないんだもん。
どんな映画だったか?
知ってどうすんだか知らないけど、じゃ、教えてあげる。
どっちかっていうと出てくる奴らはみんな悪い奴らでぇ、
いくつかのグループに分かれててぇ、
そいつらが大金をめぐって大騒動って話よ。
昔のガイ・リッチーが戻ってきたわけだから、
いつもと同じに決まってるじゃん。
本当は最初タイトルだけ聞いたときは
ロックをやるローラって娘の話かと思っちゃったんだけど、
そんなわけなくて、ただ、ロックンローラーがなまっただけでした。
だからミュージシャンのような悪いのも出て来るわけよ。OK?

変わったところが二つあった。
「ロック、ストック、アンド、トゥー・スモーキング・バレルス」
「スナッチ」
はいずれもロンドンが舞台なのに訛りのきつい下町英語だったのが
今回のは割と聞き取りやすい。
そこはマドンナにやられちまったかな。

金をめぐるドタバタなんだけど、
奪い合う通貨がユーロになっている。
なんか馴染めない。
まだ一度もユーロに触ったことがないからだろう。
ロンドンなんだからパウンド
(なぜか日本ではポンドと呼ぶがパウンドが正しい。
くだけていう時はクィッドとも呼ぶ。
ちなみにペンスは通常、ピーである。
ピーじゃ小便じゃないかと思われた方、正しい。その発音と同じである。
この際だからさらに付け加えるとイギリスではトイレのことは
通常ルーと呼ぶ。Go to the loo and pee.である。
「トイレで小便しろ」ですね。なんせロンドンの中心部でも
パブ近くの路地は小便臭くて困る)
にして欲しかったね。

そのくらいかな。
後はガイ・リッチーをお楽しみください。
ワクワクするぜ。

タイトルがロックンローラなので音楽がすごい。
最近はあまりガンガン鳴るロックは聴かなくなったのだが、
この映画見て耳が開いてしまい、サントラを買ってしまった。

もっと早く行くつもりだったのだが、
いろいろあってこんなに遅くなってしまった。
恵比寿ガーデンシネマでは27日までなので、走れ。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 13:42 | カテゴリー:映画部

2009年03月13日

DOUBT

この映画は日本語で副題が付けられている。
あるカトリック学校で
ということです。
確かに映画の中ではあえてカトリックであるという
表現が出てこないので日本人にはわかりにくい。
「告解」という聖職者を通して神の許しを得る
カトリックの儀礼があるが、
それが会話の中で出てくるくらいである。
副題も仕方なかろう。

ついでだから豆知識を先にひとつ。
私もロンドンに行くまで知らなかったのだが、
catholicという単語は
「カトリック教会の」あるいは「カトリック教徒」という意味で
使われることがほとんどであるが、
もうひとつ「心が広い、包容力がある、おおらかな」という意味も持っている。
なんとなくカトリックには厳しい、ごついというイメージがあった私には
大変意外であった。
でも面白いので同僚とおねえちゃんのいるバーで
“We are catholic in girls, anyone’s fine.” 
とか言ってみたりした。
今になってみれば、途方もなく用法が間違っているような気がする。

“doubt”はもちろん疑念、疑惑という意味である。
この映画を語るにあたっては疑念のほうが
私の中ではぴったり来るので疑念でお願いします。

基本的にカトリックの上級聖職者は妻帯を許されていない。
それ故かどうかは知らないが、
カトリックでは同性愛は厳しく禁じられているにもかかわらず、
聖職者の同性幼児への性的暴行がよく報じられる。
これは個人的な問題というよりもやはり人間の本質の問題に
関わっているように思う。

映画の中では進歩的な神父と厳格な女性校長との
激しい確執が描かれる。
疑念は妄想に変わり、妄想は憎しみに変わる。
その疑念の発端はカトリック学校に限られたことではないが、
カトリック学校が舞台になっているからこそ
物語として成立している。
疑念について神父は決して悪いことではない
と説教をするが、厳格な校長には神を疑うことは
とんでもない罪であった。
あるほんの小さな事件からから端を発する疑念は
憎しみにまで登りつめる。
その憎しみは神の道を踏み外しても消せることではなかった。
さらに物語は疑念は事実なのか妄想なのか観客にゆだねられ、
我々は混乱の中で息を詰めているしかない。

人に対する疑念は神に対する疑念にもなりうるのか。

4人の主たる役者が全員先日のアカデミー賞にノミネートされた。
メリル・ストリープ
フィリップ・シーモア・ホフマン
エイミー・アダムス
ヴィオラ・デイヴィス
前代未聞のことではなかろうか。
この4人の芝居で映画は完璧に仕上がっていた。

まいりました。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 01:21 | カテゴリー:映画部

2009年03月12日

ヤッターマン

くっだらない、どんなことがあっても見に行くことはないだろう、
と思っていたのだが、朝日新聞の映画評に
「オヤジ的エロさに爆笑」
と心引かれる見出しが付けられていたので、
映画評を信用しない私ではあるがつい出掛けてしまった。

三池崇史が私が絶賛した「神様のパズル」に引き続き、
また監督をやっている。
しかし、この恐い顔をした監督、何者だ?
暴力を売り物にのし上がってきた監督なのに
最近は何でも撮るし、それがまた悪くない。
悪くなりそうなものでも、悪くなく撮るのである。
当たり前だが、恐い顔とは関係ないのである。

そもそも「ヤッターマン」が何であるかを理解していなかった。
1977年1月から1979年1月って私が大学生で
テレビも持っていなかった頃じゃないの。
映画を見終わった今も何だったのか
ちゃんと理解しているとは言いがたいのだが、
少なくともアニメの実写化されたものであることはわかった。
えらく人気があったそうですね。
すみませんね、オヤジで。

さて、公開二日目、豊洲ユナイテッドシネマは
1本見れば2ポイントもらえるということもあって
朝から大変な賑わいであった。
初回は10時15分からというのに親子連れでいい感じで埋まっている。
子なしオヤジ一人旅は私一人である。
この映画、「オヤジ的エロさ」がために見に来たのに大丈夫なのだろうか。

まだ筋が良くわかっていないボケた私であるから、
内容を説明することは意味がないので割愛いたします。

結果わかったことは、あなたがオヤジの場合は
この映画は子供が来る土日は避けて
春休み前の平日に一人でこっそり見に行くべきものであること。
子供がいたんじゃ「オヤジ的エロさに爆笑」したくても、
「イッヒッヒ」「ヘッヘッへ」「ケッケッケ」「ゲラゲラゲラ」
ってできないんですよ。
でも「ゲラゲラゲラ」はないな。
エロい話にそもそも爆笑はない。
本当にエロい話には大口開けて笑うことはないだろう。

確かにこの映画には子供が理解できなくても
オヤジにはわかるエロさが随所に詰め込まれている。
アニメがエロを前面に押し出していたかどうかは知らないが、
そんなこともあったであろうと想像される。
我々の世代が永井豪に狂喜したように、
子供は大人が高をくくっているうちに身体で理解を深めていく。
この映画一本でそんな刷り込みができたかどうかはわからないが、
意識的に無意識に感知されるであろうエロの挿入は伺える。

子供たちは声を上げて笑っていたが、
私はエロさを楽しみながら、いろいろ考えていた、
と言わないと格好がつかないでしょ。

                              大倉眞一郎

ヤッターマン web site

BOOK BAR staff| 02:30 | カテゴリー:映画部

2009年03月06日

ゼラチン・シルバー LOVE

操上和美である。
超大御所で何度か仕事でご一緒させていただいたこともあるが、
恐れ多くて、これといった話をしたこともない。
あえて年齢には触れないが、聞くとひっくり返るくらい驚く。
どえらくいかした方である。
若い頃もだろうが、今ももててるんだろうなぁ。
その操上さんが監督、撮影をした映画である。

よくこんな役者を集めたものである。
永瀬、宮沢、天海、役所、主題歌は陽水。
スタッフも存じ上げている方々ばかりで絶対悪口はいえない、
じゃなくて口を挟む余地がない。

一口で言えばエロティシズムに特化した映画である。
エロティシズムは必ずしも常にエロスとは限らない。
むしろタナトスのほうが密接な関係があるように思う。
カラー作品なのにモノクロームを眺めているような
ある意味、観客を突き放した感情移入を許さない映画である。
写真を極めた人間が撮った映画はこうなる。
監督のジレンマ、それによって新たに作り出される方法論には
感嘆せざるを得ない。
息を詰めて見よ。

タイトルのゼラチン・シルバーとはいわゆる銀塩写真のことを指している、
と思っていただいて間違いではない。
もっといわゆるってしまうとデジタルでない写真のことである。
最近ではデジタル技術の発達が知らない間に
すごいことになっているらしく、
一度も使ったことがない私にとっては、何がなんだかわからない。
10年前はポジかネガでカメラマンとの調整がつかなかったりして
困った事態に陥ったりしたものだが、
今はそんなことにこだわり抜いていた
カメラマン、アートディレクターたちまで
デジタルでも全然差がないよ、とか言ってるのよぉ。
何台あるかわからない、いくらつぎ込んだかわからない
フィルムカメラを抱えている人間はどうすりゃいいのだろうか。
売ったらいくらになるだろう、と中古カメラ屋で値段を見てみると
二束三文である。少なくとも市場ではごみ扱いである。
持っているすべてのカメラ売り払っても、
最新のデジタル機をレンズまで揃えられない。

フィルム売り場もぐっと狭くなってきて、種類も減った。
私は全然プロじゃないが、本当に同じか?
ネットでアップされている写真を見ると
デジタルで撮ったもの、フィルムで撮ったものの違いは明らかなのだが、
私の勘違いか?
実はこのブログでもずいぶん写真をアップしているが、
載せるためには、まずポジあるいはプリントをスキャンしなければならない。
まずそこでつまずく。
私は原則ポジ通りで色を出してもらうようにお願いしているのだが、
それがまず第一関門で、微妙に調子が狂うことがある。
さらにそれを送ってアップする段階でまた問題が生じる。
理論的にはデータで処理しているので、
それをそのまま載せているだけということになるのだが、
画像の大きさ等を調整する時点なのか、何なのか、
またニュアンスが変わってしまう。
さらには、それを見ていただく皆さんのコンピューターの特性によって
状態が違って見える。
アナログの場合くぐりぬかねばならない段階が多くて
微調整はあきらめてしまわざるを得ない。

デジタルの場合も全くそのまま調子が変わらない、
ということはないだろうが、
比較すると格段にスムーズに流れるはずである。

これはコンピューター上で見るだけでの話ではなく、
印刷される場合も最近ではデーターで送稿されるので、
同様のことが起こる。

ただねえ、
「同じだよ」
と言われても違うと思うのよ。
気持ちの問題じゃなくて、本当に違うと思うのよ。
誰か100%同じだと現物を比較しながら
説得してくださいませんでしょうか。
正直なことを言うと、大量のフィルムを持ち歩くのは
荷物になるのと、重いのとでくじけそうになる時があります。

つまらない話をひとつ。

宮沢りえさんがこの映画ではエロティシズムを具現化した
象徴的存在となっているが、そのこととは何の関係もなく
私、大倉、何と二晩続けて宮沢さんと
夕食の場でお会いしたことがある。嘘。
本当は私が一方的に目撃したことがある。
何年か前、どの店だったか(実は隠そうと思っていたのだが、
思い出そうとしても思い出せないのでつまらない)
こちらも誰と一緒だったか、宮沢さんも誰と一緒だったか
さっぱり思い出せないので、妄想かもと疑ったが、
二晩続けて目撃した後、
「俺ってすごいぜ」
と報告した記憶は鮮明にあるので間違いはない。
食事の場で著名な方をお見かけしたことはままあるが、
二番続いて同じ人と、ということはないだろう。
何かのご縁でもあるかな、とそのときは思ったのだが
予想通り何もなかった。

おめでたとのこと、陰ながら心よりお喜び申し上げます。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 06:43 | カテゴリー:映画部

2009年02月19日

愛のむきだし

ん〜、まいった。
クドカンの映画を見た後はキャーキャー騒ぎながら、
あっという間にブログの原稿を書いたのに、
今日は唸るばかりである。

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渋谷のユーロスペースでかかっているのだが、
なんせいまどきインド映画でも作らない237分の映画である。
すっごく混むかと思い、9時過ぎに着いたのだが開いていない。
寒風吹きすさぶ中、ラブホテル街の入り口で
ウロウロしているオヤジになってしまった。
その上、日本映画では私は聞いたことのない休憩まであるので、
本日のユーロスペース滞在時間5時間半である。
と上映時間のことから入ってしまったが、
この上映時間でまいったのではない。
長さはまるで気にならない。
あまりの衝撃に最初は解釈をしようとしながら見ていた私が
ぶち壊れてしまったのである。

この映画は監督の友人の実話を基にしたものらしいが
それもどうでもいい。
闇鍋のようにとにかく面白くなりそうなものをぶち込んで煮込んである。
評論家のコラムを見ると
「何とかの何とかは何かを問いかけている」
とか偉そうなことを書いているが、そんなこと誰に聞いたんだよ。
そんな簡単にまとめないよ、俺は。
もし監督がまとめても、俺はまとめない。
チラシに書いてあるコピーすら映画を見た後では陳腐に見えてしまう。
シュールレアリズムでもないのに
この混乱と胸に迫る感動は何なんだ。

金がふんだんに使えるハリウッド映画であるはずもないし、
大手広告会社、民放がついているわけでもない。
早い話そんなにお金がかけられなかったはずである。
恐らくお金がふんだんに集まって、
いろんなことを言う連中がいたら、
この映画は成立していなかったであろう。
細部に荒さが見えることもあるが、気にするな。

西島隆弘、AAAというグループでメインヴォーカルをやっているらしい。
安藤サクラ、奥田瑛二の娘らしい。
満島ひかり、「プライド」でダブル主演していた。
Folder5にいたというから「プライド」で歌が上手かったはずである。
どうも何度も映画で見ているようだが、他の役は思い出せない。
こいつがわからない。演技の上手い下手を超えた存在感がある。
それこそ「むきだしの演技」である。

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3人の主役は演技にまだ安定感は欠くが、
それがまた刺激的だったりするから始末が悪い。

これ見ないと絶対損するぞ。
期待しないで突撃せよ。
「愛のむきだし」はユーロスペースでは3月6日まで。全国順次公開。
なお、4時間にも及ぶ長尺物なので料金一般¥2,500。
高くない。

オフィシャルHP


                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:21 | カテゴリー:映画部

2009年02月18日

少年メリケンサック

「キャー!!! クドカン、サイコー」
って、遅い?
ずいぶん脚本書いてるなあ、面白いかも、
とは思っていたのだが、
テレビドラマを見るのはどうもかったるかったもんで
そのうちこれは見なきゃと思うものが出るまで放っておいた。

「少年メリケンサック」の予告編は、
予告編マニアの私にはたまらないオーラを放っていた。
パンク!篤姫じゃなくて宮崎!佐藤浩市!田口!木村!三宅!
おまけみたいにピエール滝!変な間!
クドカンのフニャフニャした体つき!(予告編には出て来ないけど)

日曜に見た。
俺だって忙しいのに無理して公開2日目、豊洲ユナイテッド・シネマの
割引券を握り締めて初回に突っ込んだぜ。
意外にすいてたぜ。
次の回でクドカンが舞台挨拶するんで
みんなそっちへ流れたな。
クドカン見てどうすんだよ。
映画見んだろうが。
もう何に興奮してんだか、全開バリバリでセックス・ピストルズの
「ゴッド・セイブ・ザ・クィーン」を口ずさみながら
前の座席ガンガン蹴って待ってたぜ。嘘。

そもそもパンク好きじゃないもん。
ロンドン時代からの親友がカラオケに行くと
セックス・ピストルズばっかり大声張り上げて歌うのだが、
ありゃカラオケで歌うもんじゃねーんじゃないの?
私は基本的には何でも聞くんだけど、
パンクはねぇ。
そんなに叫びたきゃ、海に向かって走るか、
「おかあさーん」と大声で呼んでみりゃいいじゃない。
なのに感動しちゃったじゃないか。嘘。
2時間ゲラゲラ笑いっぱなしじゃねえか。

佐藤浩市、俺と同じ歳だぜ。
完全にパンクしてないとこがダサくていいぜ。
ミヤザキー!お前、篤姫やりながらこんなもんも撮ってたのかよ。
「のう、滝山」とか言ってる間にできんのかよ。
頭ん中どうなってんだ?

クー、もう最高。
おかげでパンク大好きになっちゃったじゃねえか。嘘。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 10:07 | カテゴリー:映画部

2009年02月04日

007

先日、大昔の007をテレビでやっていたので
途中まで見ていたのだが、
あんまりにもアンポンタンな内容にびっくりして途中でやめてしまった。
やっぱりそのくらい最新の「慰めの報酬」は良くできているのである。
面白いですよ。

面白いのはアクションもなのだが、
とうとう誰と喧嘩していいのかわからなくなって、
代理の悪人を立ててはいるものの、
CIAもMI6もどうなのよ、と軽い突込みを入れ始めたところが
一番面白い。
敵は内に在りである。
まあ、見て損はさせません。
つまらなかったという男性はオルガ・キュリレンコという
ウクライナ人の超美人女優が、何故かボリビア人の役で出ているので
そちらを拝めただけでもいいじゃないですか。

MI6とは泣く子も黙るイギリスの対外情報機関である。
どこか、誰も知らない地中深い所にあって、
人通りの少ない路地の公衆電話ボックスから出入りするんだろう
と思っている人がいるに違いないが、
実は本部は私が勤めていた会社から歩いて2分の場所、
バークリー・スクウェアの端に構えられており、
教えられなきゃ誰もわからなかった。
今は移動したと聞いているので、ご覧になれません。
普通のビルと違うのは窓ガラスがすべてコンクリートで
固められていて中が全く覗けなかったのと、
隠しカメラが歩道に向けられており、
ビルの横を通る人間が監視されていたことくらいか。

我々が通った日本食屋がそこから30秒のところにあったので
きっと殺しのライセンスを持った諜報部員と
何度も鉢合わせしていたことであろう。

さて、そのイギリスが危機である。
「俺、もう不動産4つも持っちゃてて、OKって感じ」
と胸を張っていたイギリス人の親友にはもう5年も前から
絶対にこのバブルははじけるからすぐに売れと忠告していた。
5年間嘘つき扱いされて、そのままになっていたのだが、
先日メールで
「お前の言っていた通りになったな、かなりヤバイ」
と反省の弁が綴られていた。

今、ポンドは120円台で取引されているが、
一時的には120円を切っている。
これは円に対しては史上最安値である。
私がいたとき一瞬129円までつけたことがあり、
我々は給料上げろと大騒ぎしたのであるが、
再度ポンド高になり、一昨年は250円まで上昇している。

どの国も銀行を事実上国有化した形になっており、
似たような状況に見えるが、イギリスは金融ビッグバン以来
シティ(金融街のことをさして呼ぶ)はすさまじい活況を呈し、
イケイケムード全開であったのが、
もうドボン寸前かドボンしたかの状態である。
バブルが激しかった国が大きな打撃を受けるのは必然である。
金融破綻を避けるため銀行に
無制限の保障をすることを宣言しているが、
冷静に銀行が持っている不良化しそうな債権の額を見れば
異常を通り越して、財政破綻は確定したと言ってもおかしくない。
際限なく国債は発行できないし、ポンドを増刷させれば通貨崩壊へつながる。

アメリカのドルによる覇権は終わり、
基軸通貨としての役割は終了しつつあるが、
「借金はしたほうが勝ち」というアホなフレーズは
このケース、正しかったようで、
ドルが暴落してしまうと大変なことになってしまう国、
(つまりアメリカ国債を大量に保有している国
あるいは、経済をアメリカへの輸出に頼っている国)
中国、日本は何としてもそれをさせないようにせざるを得ない。
やはり、腐っても基軸通貨なのである。
ポンドの不幸はイギリスがアメリカとお祭り騒ぎをしたのは仕方がないが、
基軸通貨ではなかったということである。
ポンド暴落でものすごく困る国はそんなに多くないのである。

では、どうすればよいか、ということになるのだが、
困るのは、どんな手も残されていないことだ。
IMFに頼るくらいしかなくなるのではないか。
しかし、かつてIMFに頼って復活した国はない。
復活した国々はIMFのおかげでなく、
自助努力とグローバリズムに乗っかることで経済復興を遂げた。
もっと過激なことを述べているマスコミ
(いい加減なものではなく世界的権威のある経済新聞等)はたくさんあるが、
私は、これくらいにしておこう。

第二の故国のつもりでいるイギリスの現状には激しく心痛む。
困っている友人も多いはずである。
私が中途半端に書いたことが全部出鱈目であることを願うばかりである。
MI6がかつて世界中を騙しまくったように、
人知れず大活躍して凌ぎきることができるかなあ。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 11:30 | カテゴリー:映画部

2009年02月01日

プライド

「おーほっほっほっほ、下品に育つとやっぱり馬鹿になるわね」
「あーら、馬鹿って言う人が、一番馬鹿なのよ、
ご存じなかったかしら?」
「やる気だけあって、才能がない人が一番扱いに困るわね」
「才能があるって思い込んでいる人って、お気の毒だわ」

って感じの映画だろうと思って、見に行くつもりはなかったのだが、
ある映画評で意外に点数が高かったので、
評論家に言うことは聞くなと申し上げている私だが、
つい足を運んでしまった。
なんせ一条ゆかり先生の漫画だし、
50を超えたオヤジには辛い時間になるかもしれなかったが、
こういうのは勢いである。

気持ちを真っ白にして、どんなものでもどんと受け止めるつもりで
席に着いたのだが、どうも様子が違う。

前述の会話はもちろん私が作ったもので、
そんなセリフはどこにも出て来ないのだが、
微妙なニュアンスの点では当たっていないこともない。
ただ、それがねじれて、ひねられて、上下逆さまになって、
すさまじいウネウネの中に放り出される。

主人公のお父さんが映画の早い段階で登場する。
若い父親だなあ、年齢的におかしくないか、
と思って良く見たら何とジョンじゃないの。
ジョン・カビラさん。
俺よりひとつ年下なのにどうしてこんなに若いの?
酔っ払うと結構オヤジになるんだけど、
この年齢不詳の若さは何なんだ。
私も暗いとこでは40代前半になることもあるのに
ジョンは明るくても40代かよ、
人生、不公平だぜ全く。
まるで映画全般を通しての不条理そのままである。

さらに物語の大波に翻弄されながら
息を詰めて見入っていたらもう一人見たことのある顔が。
大くんかないか。
まるで知っているかのような書き方だが、
本当は一度ぺこりとご挨拶したことがあるだけ。
杏ちゃん、相変わらず兄貴もかっこいいぜ。

一体このお話はどんなことになるのかしら、
とオヤジ少女になって、すっかりはまってしまった。

オペラ歌手を目指す二人の美女が戦い、競い合い、
技を掛け合うすさまじい情念の映画でもあるかな、ちょっと。
大くん、結婚してもこんなにモテモテの役でいいんだろうか。

さすがにオペラを歌うシーンは吹き替えのようだが、
その他の歌は実際に二人とも歌っている。
うまいじゃないか、歌詞はすごいことになっているけど。
サントラがないか映画の後、探しに行っちゃたぜ。

この映画は良し悪しを云々する類の映画ではない。
純粋に楽しみに行く映画である。
この面白さがわからない人はかわいそうだなあ。
つまらなくても、文句は言わないこと。
自己責任でお願いしたい。

私の素直な感想は
「面白かった」
である。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 05:18 | カテゴリー:映画部

2009年01月15日

MIRRORS

用事があって六本木に出たので、
森美術館で開かれているチャロー・インディアという
インドのモダンアート展に行ってみた。
面白いのだが、通りすがりの旅行者としてインドを見ている私には
現実のインドのほうが刺激的かもしれない。
混沌が表面上つくろわれて閉塞感が現実を覆い始めた時に
モダンアートはその役割を果たし始めるのかもしれないなあ、
と勝手な感想を持った私でした。
でも、行く価値は充分にありますから是非足をお運びください。

で、夕方の約束までまだ3時間もあったので映画館を覗いてみたら
「MIRRORS」だけ時間ぴったりだったので、
大変申し訳ない言い方だが、
次回24がレンタルショップに並ぶ前に
キーファー・サザーランドが映画でもちゃんとやっているか
チェックしとくかと、時間つぶしも兼ねて覗いてみた。

B級恐怖映画は決して嫌いではない。
ジェニファー・ラブ・ヒューイットが出ていた
「ラストサマー」「ラストサマー2」なんか両方見ちゃったもん。
可愛怖い映画でしたね。
この映画、ついこの間公開されたばかり思っていたら
なんと97年、98年じゃないの。
その後も彼女は活躍が続いていて、
B級、馬鹿にできんと改めて感じ入った次第である。

「MIRRORS」は怖かった。
やはり映画を見る時、
いいか悪いかは評論家の記事など全部無視するのが正しい。
ストーリーは破綻しており、
真面目に追いかけると脳みそがねじれそうになるのだが、
それぞれの設定は一応できている。
しかし、つながりはこっちで勝手に決めていかねばならないような
ロールプレイイングのような映画がとにかく怖い。
鏡をうまく使っているということもあるし、
血を見るシーンが「SAW」くらいえげつない。

そういう血が飛び散るシーンは置いておいたとして、
何故こんなに怖いのかよくわからなかった。
話の様子からしてきっとスティーヴン・キング原作だと思い込んでいたら、
エンドロールになったところで
韓国映画のリメイクだということがわかった。

私が中学生のころ「エクソシスト」が公開されて、
「究極の恐怖」みたいな宣伝文句だったと思うのだが、
全然怖くなかった。
それ以来アメリカのホラーは何かというと悪魔が出てきて、
善と悪の対立という構造になっているから、
キリスト教信者でない私には痛くも痒くもないのだと気がついた。
そうでないホラーはチェーンソーを持ったやつが暴れまくったりの、
ただの暴力映画と相場が決まっていた。

そこに限界が来たのだな。
日本のホラーがやたら今アメリカで受けているように、
従来の型にはまらない海外の「恐怖」にハリウッドは目をつけたのである。

この映画は2003年に韓国で上映されたキム・ソンホ監督の
「Mirror 鏡の中」が下敷きになっているということになっているが、
設定等ほとんどそのままである。
日本では映画祭で上映されたきりらしいが、
DVDがリリースされているようである。

もう有楽座でしか上映していない。
怖いのが好きな人にはお勧めである。
なお、15歳以下の方はご覧になれません。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 02:13 | カテゴリー:映画部

2009年01月04日

英国王 給仕人に乾杯!

どの新聞の映画評でも激賞されていたので、
年末30日に11時の回を見に行った。
そしたら30分も前に着いたのにチケット買うのに
行列ができてるじゃないの。
みんな大掃除は終わったのかな、こんな朝っぱらからなんだよ、
と並んでいたら列は長くなるばかり。
言っときますけど、この映画、チェコ映画ですからね。
どこでこの映画のこと知ったんだろう。
みんな新聞見てきたんだろうか。
すごい影響力だね。
あるいは全員チェコ映画には目のない人たち?
不勉強を恥じるばかりであるが、
私はチェコ映画というと「コーリャ 愛のプラハ」以外は
見た事がない。ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」は
アメリカ映画である。

シャンテシネでかけるものはかなりレベルが高いが、
観客の年齢層も高い。私も目立たない。

私はチェコには行ったことがない。
ロンドンに赴任した人間でプラハに行ったことのない人間は大変珍しい。
プラハ、ブダペストは必見の土地らしい。
美しすぎて言葉にならないとまで言う人もいる。
なんか面倒だったのである。
ロンドンのお姉さんのいるクラブにお邪魔すると一時期は
目がくらむほどのチェコ美人がたくさんいて
チェコにまで行く必要もないか、と思っていた節もある。
私はそこでやかましい他人のカラオケを聞かされながら
「森へ行きましょおお、娘さん・・・」
という曲を原語で耳伝えに聴いて覚えたものである。
「シュワジェヴェチュカ  ドーラセチュカ ドジェロメゴ・・・」
とまあ、プラハまで行く必要がなかったのである。
って、違うじゃないか、それはポーランドの娘さんであった。
チェコ人の娘さん会ったことあったけな?
いきなりいい加減な話になってきた。
ともあれ、チェコの娘さんも美人であることには間違いない。
やっと円高になったので、今度の旅はやはり東欧だろうか。
イギリス人の友人からはアルメニアの娘さんも
大変美しいと聞いている。
誤解がありそうなので念のため申し上げておくが、
主目的は正教文化圏をまわってみたいと前から思っていたら、
たまたまそこが美人産出国であったということである。

本気で何の話かわからなくなってきた。
映画の話なのである。
この映画が上記のようなくだらない話を思い起こさせたのである。
ドイツがチェコのスデーテン地方を併合し、
チェコを保護領にしたあたりの話なので、
作り方によっては真っ暗な重たいストーリーになるはずなのだが、
全然そうならない。

背が低いが、可愛い顔をした男がビールのジョッキ運びの仕事から
世相にうまく乗って出世していく。
娼婦にも可愛がられ、
軽やかなエロチシズムが時には背中がゾワリとするくらい
妖艶な空気を作るが、それは一瞬のもので、
艶やかな本のページをめくるように話は転がっていく。
そのテンポに見ている側は翻弄される。
おぞましいナチスの民族純化政策を描く場面も
映像の美しさの方に気が取られてしまうくらいである。
粋、堕落、エロチシズム、ストイシズム、矜持、民族浄化、戦争、
ケ・セラ・セラが一本の映画に凝縮されているというよりは
間段なく、リズミカルに重なり、気が付けば2時間が過ぎてしまっている。
賛否両論あってもおかしくないはずなのだが、
激賞ばかりであることにやや違和感を感じる。
しかし、私も面白かったとしか言いようのない映画である。

この妙な味わい深くも楽しかったり、悲しかったりする映画で
今年は締めようと思っていたのに、
そのあと2本もゲロゲロ映画を見てしまい、
後味の悪い一年となってしまった。

ひとつだけなるほどと思ったこと。
ロシアでもポーランドでも「乾杯!」は
「ナ・ストロヴィア!」なのだが、
この映画のある場面では「ナ・ストロヴ」とグラスを合わせていた。
微妙に違うのだな。

                              大倉眞一郎

映画「英国王給仕人に乾杯!」公式サイト

BOOK BAR staff| 06:26 | カテゴリー:映画部

2008年12月23日

マルセイユの決着(おとしまえ)

年末のせわしない時期にこりゃ見とかねば、
という映画が次々に公開されている。
こちらは忙しくはないが、忙しい皆様には歯がゆい限りであろう。

この「マルセイユの決着(おとしまえ)」という映画、
いろんなタイトルが交錯していてややこしい。
そもそも決着なら決着でいいんじゃないかと思ったりするが、
やはり「おとしまえ」にこだわりがあるのはわかるので、良しとしましょう。

原作はジョゼ・ジョヴァンニの「おとしまえをつけろ」。
フランス語の原題は「Le deuxieme souffle」(活動再開、巻き返し)。
原作者のジョゼ・ジョヴァンニは
第2次世界大戦でレジスタンスに参加した後、
ギャングとなり死刑判決を受けたが減刑され、出所した人間である。
異色であり、ある意味、腹の据わったリアリティある小説を書く。

一度ジャン=ピエール・メルヴィル監督が66年に
「ギャング」というタイトルで映画化している。
この映画は私は見ていない。
今回はアラン・コルノーが監督している。

60年代のパリを再現し細部までこだわった作りで、一気に引き込まれる。
当時のパリは美しい。
そのパリを撮るのに独特の光の使い方をしている。
全編セピアがかかっているように見えたのは私だけではないだろう。
そもそも日本映画のようにすべてに光が回ってないと
許してもらえないほうがどうかしている。
エコ云々で家庭から白熱灯が追放されようとしているが、
蛍光灯は決してきれいな光ではない。
世の中、明るいだけが正しいことではないのである。
暗く撮ると、こんなにきれいだ。

okura1221.jpg

フィルム・ノワールである。
脱獄した主人公は様変わりしたギャングの世界へ戻りかけるが、
愛と仁義の狭間で追い詰められていく。

ハリウッドのただのマシンガンぶっ放し映画でもないし、
日本の仁侠映画ともまた違う。
フランス人のギャングが全員こんなだったら、
女性はみんな持っていかれてしまう。
映画の中の悪い奴らは哀愁と男の魅力を存分に振りまいている。
困ったもんである。

主人公に惚れちゃうのが唯一フランス人俳優でない、
モニカ・ベルッチである。
ますます頭にきた。

東京では渋谷のシアターNでしかやっていません。
頑張って出かけてみよう。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 03:02 | カテゴリー:映画部

2008年12月21日

懺悔

日々懺悔のネタには事欠かない私であるが、
そもそも懺悔とは何か。
「あー、わりー、わりー」
では誰もこいつは懺悔しているとは思わない。

ちょっと意外なことではあるが、
仏教では懺悔は「さんげ」と読む。
過去の罪悪を仏、菩薩、師に告白し、悔い改めることである。
「ざんげ」と読むのはキリスト教、特にカソリックにおいてである。
罪を告白するまでは同じであるが、
こちらは神の赦しを得ることが主眼となる。
大して違わないという気もするが、ここ微妙なところで、
一応気にしておいていただけたらと思う。

懺悔」という映画が公開された。
作られたのも、公開されたのも旧ソビエト連邦時代であるから、
ソビエト映画と呼ぶべきであろうが、
(グルジア映画)とクレジットされているように、
まさにグルジアで作られ、グルジアから公開されていった。

グルジアはついこの間、南オセチアをめぐる紛争があったところで、
今でも解決しているとはとてもいえない
複雑な問題を抱えた国である。

1984年に完成していたのだが、
86年に初めてグルジア、トリビシで公開され
翌年モスクワでも公開され大ヒットとなった。
同年カンヌでも審査員特別大賞を獲得している。

よくこんな映画の上映が許可されたなあ、
と不思議に思ってゴルバチョフの登場がいつだったか調べてみたら
1985年に共産党書記長に昇格していた。
それまでの共産党政権では絶対に無理だったのであろう。

偉大な市長が死んだのだが、
その墓が何度も掘り返されて落ち着く場所がない。
誰が何故、という話なのであるが、ミステリではない。
死んだ市長はどこかにユーモラスな風貌を残しているが、
ヒトラーとムッソリーニとスターリンをまぜこぜにした顔である。
ソビエト時代の独裁体制を痛烈に風刺、批判している。
それをあるときはシュールな技法を用いながら、
重苦しくもモノガタリ性を失うことなく仕上げている。
東京では岩波ホールでしか上映していないので、
混むかもしれないが、是非足を運んでいただきたい。

この映画はどの新聞も大きく紙面を取って紹介しているので、
もっと難しい評論は
そちらでお読みいただいたほうが役に立つはずである。

実は私は内容もさることながら、
いきなり飛び上がるくらい驚いたのは、
タイトルに使用されていた文字であった。
ソビエト映画といえば
キリル文字で表示されるものとばかり思っていたら、
タイトルからエンドロールまですべてグルジア文字が使用されている。
残念なことに映画本編で使用されている言語が
何なのかわからないのだが、
前後で本編を挟むようにグルジア文字が延々と続く。

それがどうした、と思われるはずだが、
この文字が南インドで使われているいくつかの文字、
ミャンマーで使用されているビルマ文字に酷似していたのである。
私は読む努力をしようと頑張るほどではないが、
かなりの文字フェチである。
そもそもインド哲学をやろうかと思ったのは
サンスクリット語の文字の美しさに魅了されたからである。
グルジア文字と南インド、ビルマ文字に
何らかの関連性はないかと調べてみたのだが、
そのような文献は発見できなかった。
コーカサスと南インドでは民族分布、
移動を考えてもやはり共通点はなさそうである。

でも納得がいかない。
偶然にしてはできすぎているように思う。
専門の研究者の方がいらっしゃれば是非ご教授いただきたい。

ちなみにグルジア文字は以下のようなものです。
意味は「酔っ払った」。
მთვრალი,

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:46 | カテゴリー:映画部

2008年12月16日

SHINE A LIGHT

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(c)2007 by PARAMOUNT CLASSICS, a Division of PARAMOUNT PICTURES,
SHINE A LIGHT, LLC and GRAND ENTERTAINMENT (ROW) LLC.All rights reserved.


昨日、この映画を見て、最近俺はロックしていないんじゃないか、
と猛省したが、そのまま飲みに行って、
ベロベロになって帰ってきてしまった。
本日は史上最悪の二日酔いで人として成立していない。
やっぱりロックしていないことが確定してしまった。

高校生までロックな生き方をしてやると力が入っていたのだが、
大学でいい加減なファンクバンドをやって、
酒ばかり飲んでいたからに違いない。
もちろん人のせいではない。
私が落とし前をつけることである。

しかし、ここまで書いといて何だが、
「ロックな生き方」ってどういうのだったっけ?
ミック・ジャガーやキース・リチャードみたいな人生、と言われたら
「勘弁してくださいよ」である。
もしかしたらロックに生きている人にしかわからないのかもしれない。
時々「えー!」って人が、
「俺みたいにロックな生き方しかできない人間には、ウニャウニャ」
と話をしているが、きっとそういう方のイキザマはロックじゃないな。

わけがわからないことを書いたが、要はマーティン・スコセッシ監督が
ローリング・ストーンズのライブを撮った映画「SHINE A LIGHT」を見て、
涙こそ流さなかったもののいまだに興奮の絶頂にあるからである。

撮影会場、セットの造り、カメラ位置でストーンズのメンバーが
「気にいらねえなあ」オーラを振りまいている。
それ以上に混乱している出たがりのスコセッシ監督が
「あいつらは何を演奏するんだ!!!」と
コンサートが始まるまで大騒ぎしている。
その上、クリントン元大統領夫妻がステージに上がり、
なぜか客にストーンズを紹介するので
これは一体何の映画なのかとわからなくなってギリギリまでじらされるのだが、
いきなり一曲目が”Jumpin’ Jack Flash”である。
だらだらのバージョンじゃなくて、全開バリバリである。
中学生のときに最初にコピーしたストーンズの曲。
思わず立ち上がってこぶしを突き上げそうになったが、ぐっとこらえた。
大人になったもんである。

ビートルズ信者の私であるがそれはそれ。
ストーンズの真骨頂はライブと彼らの生き方である。
スタジオにこもって出てこなかったビートルズのほうが
かっこよく思っていたのだが、
ちょっと違う印象を抱いてしまった。
ストーンズは明るい。意外に礼儀正しい。客をなめていない。
時々ロン・ウッド(いつからロニーと呼ぶようになったのだろう)
とキースのギターが微妙にずれるのだが、
それがまた絶妙でわざとやっているようにしか聞こえない。
がんがんツアーに出て、
客の前で演奏していたからこんなに続いているのだろう。
これはやっぱりロックな生き方をしている人間の音楽である。

あえて年齢は記さない。
キースのあのハンサムだった顔はしわで埋まってしまい面影はないが、
悪そうな演奏は一見変わりないし、
ミックの声はとてもあの歳で出せるものではない。
チャーリー・ワッツは相変わらず何も話さない。
しかし、変わってなくない。変わっている。
より曲が客に届く演奏になっている。
歳をとってさらにロックしている。

まいっちゃうねえ、こういう人たちがいると。
二日酔いになってる場合じゃない。

18台のカメラが回っていて、
2800席しかないビーコン・シアターでのパフォーマンス
というスコセッシの魔術も効いているのかもしれないが、
おじさんはひっくり返りました。

撮影は2006年10月29日、30日のライブをまとめたものである。

六本木ヒルズの劇場で見たのだが、
これまで見た映画では平均年齢が一番高かった。
若い人には少し居心地が悪かったかもしれない。

                               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 10:01 | カテゴリー:映画部

2008年11月27日

Redacted

こんな単語知らなかった。
“Redact”は「編集する」「改訂する」という意味だそうで、
今回紹介する映画では「都合の悪いところは削除する」
という意味で使われているそうである。

2006年のイラク、サマラでのおぞましい
「事実に基づいたフィクション」というフレーズがついている。
こういう訳なのか、日本でつけたキャッチフレーズなのか、わからないが、
混乱するのでもう少しはっきりさせる日本語を使って欲しい。
でないと、反戦好きの連中が勝手にでっち上げた
想像の産物と片付けられてしまう。

この映画は2006年に唾棄に値する一部の米軍兵士が実際に起こした
レイプ及び一家4人惨殺事件を題材に
その頃のイラク、サマラの状況を交えながら
事実をできるだけ忠実に追いかける形をとって「作られた」映画である。
ドキュメンタリー的手法を使っているのでややこしさに拍車がかかっている。
そういう意味では訴えかける力はあるかもしれないが、
こんな話を聞きたくない人たちにとっては
突っ込みを入れる余地を残しているかもしれない。

アメリカでも入らなかったらしいし、
日本でも公開されて一ヶ月以上たつということもあるのだろうが
客は大変少なかった。
ブライアン・デ・パルマの作品としては
興業的に成功とはとてもいえないであろう。

しかし、この映画は見に行ってもらわなければならない。
今、アメリカが直接手を下している戦争は
アフガン戦争とイラク戦争だが両者非常に似ている。
状況の詳細においては相違点が多いことは認めるが、
これらの戦争が起こしている凄惨な悲劇はアメリカ人にとってもアフガン人、
イラク人、あるいはパキスタン人にも取り返しのつかないところまで至っている。

大学に行けるという言葉を信じて州兵のつもりで入隊したら即戦場に行かされ、
仲間は路肩爆弾で殺され、検問所に突っ込んでくる車は自爆テロなのか
出産間際の妊婦を乗せた一刻を争う救急の車なのかわからないまま、
パニックを起こして、とにかくぶっ放す。
妊婦、おなかの子供が死のうが、停止線で止まらなかった向こうが悪いと、
ビールを片手に笑うことでしか心の整理がつけられない。

敵が潜むというアジトらしき家に無人爆撃機で数十人を粉々にしても
「コラテラルダメージは避けられない、気の毒なことであった」
で済ませてしまう「ありえない」事実。
それを正面切って非難できない「先進国」。
味方でなくても敵ではなかったアフガン人、
イラク人を「愛する人」を殺された復讐者に変えてしまう現実。
笑ってビールを飲んでいたアメリカ人も帰国するとPTSDに苦しむ。

「愛」「LOVE」は美しい。
が、みんな「どうしてできないのかな?」では絶対に解決できないことがある。
すごくある。
解決できることのほうが本当は少ない。
目をつぶらすにちゃんと見なければ、知らなければ。
このデ・パルマの「リダクテッド」は最高の出来ではないが、
是非足を運んでいただきたい。

イラク戦争、アフガン戦争に関しては山のように本が出版されているが
私が読んだのは以下のものである。

「いま、なぜ「戦争」なのか」 宮田律 新潮社
「イスラムに負けた米国」 宮田律 朝日新書
「軍産複合体のアメリカ」 宮田律 青灯社
「ファルージャ栄光なき死闘」 ビング・ウェスト 早川書房
「イラク占領」 パトリック・コバーン 緑風出版
「戦争と民衆」 小倉孝保 毎日新聞社
「アンディとマルワ」 ユルゲン・トーデンへーファー 岩波書店
「イラク崩壊」 吉岡一 合同出版

                               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 15:43 | カテゴリー:映画部

2008年11月27日

The Bank Job

もうこういう私のくだらないレトリックはやめてくれ、
という方も多数いると思うが止められない。

8時から5時までの真面目な銀行員の話ではない。

1971年に起こったベイカー・ストリートにある
ロイズ・バンクの貸金庫が襲われ
金だの宝石だのなんだかよくわからない、
人には言えないものだのが
ごっそり持って行かれた事件を元にした映画である。
映画では実話とされている。
ただ、銀行が襲われたのは事実であるが
不可解な迷宮入りをしたもんだから、
本当のところはよくわかっていない。

イギリス王室の性的スキャンダルが絡むという設定になっているが、
もともとヘンリー8世の時代から現在に至るまで、
下半身に関してはイギリス王室は緩くて、
何でこんなことまでわかっちゃうの、
というようなことまでしょっちゅう報道されているので
そんなに大変な機密情報であったかどうかは不可解な点がある。
どこまでが真実かは闇の中。

そこは置いておいたとして、この映画、どえらく面白い。
泥臭い手法の銀行強盗であるが、
それは事実なので迫真のリアリティでぐいぐいみるものを引き込んでいく。
私の今年の映画ランキングの上位に食い込むこと間違いなしである。
22日に始まったばかりだが、時間のある方々で埋まっているので
早めにお出かけになることをお勧めする。

結末は言えないが、こんな生活も悪くないかもと思わせたりする。
(これもしかして犯罪教唆になるのだろうか)
きっとアドレナリン出っ放しだろうな。

さて、相変わらず映画館には通っているのだが、このところ
これは、というものになかなか出くわさない。
面白いものはドキュメンタリーだったり、
「実話」に基づいているものがほとんどである。
ハリウッドも昔の映画、日本映画のリメイクだったり、
筋が完全に破綻していて見るに耐えないものだったり、
いきなり超常現象で終わりにしたりで悲しくてやりきれない。

昨今の日本映画ブームに乗っかってるわけではないが、
たわいなくても結構笑ったぜとか、
泣いちゃったという邦画が確かに増えてきている。
物語を紡ぐ力の問題であることは明らかだが、
アメリカの相対的な力の低下は否めそうにない。
やはり今回の金融資本主義の崩壊に象徴されるように、
すでにモノガタリそのものが成り立たなくなっていたのかもしれない。

そんなわけで、明日も「実話」に基づくアメリカ映画の話を続けることにする。
「The Bank Job」はイギリス映画です。念のため。


                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 01:38 | カテゴリー:映画部

2008年11月18日

Young@Heart

“Yes We Can Can” 
バラク・オバマのキャッチフレーズではない。
アラン・トゥーサンの70年代のヒット曲である。
この曲をドキュメンタリー映画「ヤング@ハート」で爺さま、
婆さま方が必死で練習する。
私でも舌を噛みそうな曲である。

コーラスグループ、ヤング@ハートは
1982年にアメリカ、マサチューセッツ州ノーサンプトンで
結成されたそうである。
当時から老人だけのグループで、現在平均年齢80歳だそうだが、
結成時もそんなものだろう。
26年前のメンバーはもう誰も残っていないが、
ジャンクフードばかり食べている(と思っている私からしてみれば)
アメリカ人なのに大変な長生きではないか。
「歌っているから元気」ってそんな単純なことではなかろうと思うが、
「元気だから歌っている」ということではないことがこの映画を見るとよくわかる。

会社を畳んでからカラオケにも行っていない。
ストレスがないのでいきなり叫びたくなるようなことはないが、
歌いたい。ああ、歌いたい。
カラオケボックスに一人こもって歌うんじゃなくて、
無理やりにでも人に聞かせてやりたい。
歌を歌うことが身体にいいことは私で実証済みである。
翌日二日酔いで苦しくても、精神的には安定している。

私が小学生の時に亡くなったうちの婆さんはお謡えの先生をしていて、
近所の婆さんたちを週3回くらい集めては歌なのかお経なのかわからない、
小学生の耳にはおどろおどろしいうなり声を上げていた。
あれはあれで身体によかったのかもしれない。

ヤング@ハートのメンバーは健康でいるために歌っているのではなく、
好きで歌っているのである。
それが結果的には健康につながっているものと推測される。
歌っている曲がカントリーかナツメロあれば
「可愛くていいじゃん」ですむのだが、
いきなりクラッシュの”Should I stay Or Should I Go”だもん、
跳ねた老人たちである。

彼らは地元でも活動するし、海外ツアーにも出かける。
それはそれで威勢がいいが、囚人の慰問のため監獄にも訪れる。
「聞けるかそんなもん」という心卑しき者もいるだろうと思ったら、
ごつい男たちが爺さま、婆さまに抱きついて泣いている。
私は監獄に入るようなことはやっていないが、
心が洗われるような気がして、ついもらい泣きしてしまった。

ボブ・シルマンという54歳になる地元のノーサンプトン芸術振興会の理事長が
演出、指導、指揮を結成以来続けているのだが、この若造が老人に厳しい。
できなきゃリードをとる人間も容赦なく替えるし、
せっかく練習を積んだ曲も捨ててしまう。
老人に向かって鞭を振るう。
涙をこらえてではなくて、情け無用である。
これがきっと26年間も続けてこられた理由なのであろう。
28歳の時から老人に厳しい。
たいした奴ではないか。
老人たちは「厳しいガキだが、その価値はある」と認めている。
現在の団員も順繰りに逝ってしまう。
みんな悲しいのだろうが、「Oh!」とため息をついては練習を続ける。
そんなことを26年やっているのである。
小学校の合唱団とは訳が違う。

楽しい映画を見た。
“Yes We Can Can”を私も練習してみることにする。

                        
                          大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:51 | カテゴリー:映画部

2008年11月05日

ブタがいた教室

我が家の猫、もみじが食べられるか、と聞かれりゃ
「猫は食えないもーん」
で済むような気がするが、
もし猫を食べる習慣のある文化があればごめんなさい。

私はずいぶん昔から犬が特に人間と相性がいいことが、
不思議でならなかった。
人間はいい加減な生き物なのでどうにでも転ぶが、
犬は本能が機能しているので、
遺伝子の中にこの動物は安全だ、危険だ、
と判断ができる能力が刷り込まれているのはずである。
たまに猿とも仲がいい、猫とも仲がいいという犬もいるらしいので
どんな動物ともうまくやっていけるのかもしれないが、
人間との関係は常軌を逸している。
腹を出して撫ぜられ喜んでいるのだから、
やはり、人間はいい奴らだからうまくやんなさいと、
遺伝子が命じているとしか思えない。
なのに、人間は犬を食う。
日本でも食べていた。
犬からすれば気の毒な話である。

私のように小学校、中学を通じて鳩を飼って、
頬ずりしていた人間からすればフランス人は野蛮人である。

私の妹は大学で馬術をやっていたので
「馬を食べる人とは話もしたくない」
とかつてはぎゃーぎゃー言っていたが、先日、熊本に法事で帰ったら
うまそうに馬刺しを食っていた。 

鯨を食べるのが大好きな私を、
”murderer”と罵倒する人は世界中にごちゃまんといる。
決して人を殺したことはないんだけど。

そんな例を挙げればきりがないし、
食べていいもの、いけないもの、の話は個々の文化で大きく異なり、
食う、食わないの話が
感情的な大喧嘩に変わってしまうこともあるので気をつけなきゃいかん。

ブタがいた教室」は実話を元に構成された映画である。
映画1000円の日に封切りだったので、即、見に行った。
小学校6年生を担任する先生の
「一年間ブタを飼って、みんなで卒業の時に食べよう」
という提案にうっかりみんな乗ってしまい、
可愛がっていたブタをいざ、という時になって大混乱をきたしてしまう。
そんな映画である。
生徒役の子供たちには台本を与えず、
議論をさせているので話がぐるぐる回ってしまい、
どうするよ、私は子供になって考えられる歳ではないので、
先生の役になってどきどきしていたが、
結局私なりの結論は出せなかった。

ちょうど映画が始まる前に
中沢新一の「イカの哲学」を読み終わっていた。
波多野一郎という特攻隊で出陣間際で終戦を迎えた方が、
アメリカの大学で学びながら、
バイト先で大量の生きたイカを仕分けしていく中、
突然イカの実存を感じ取り、
ヒューマニズムの欺瞞、戦争、仏教の大慈悲にまで思いを広げていく、
「イカの哲学」という本を書いた。
波多野氏の本を元に中沢新一が解釈を加えていく。

興味のある方は新書で気軽に読めるので手にとってみてほしいが、
「エロティシズム」という彼独特の観点から、
動物に充分な敬意を払いながら
狩猟していた時代のことについて触れている。
狩猟については講談社選書メチエから出版されている
カイエ・ソバージュ機銑后廚望椶靴い里任修舛蕕發勧めである。

それはそれとして、私がこの映画を見ながら頭に浮かんできたのが、
アイヌ民族が行っていたイオマンテという儀式である。
ヒグマの子供を女性が母乳も与えるほど可愛がり、大事に育てた後、
盛大な送りの儀式を行い、屠殺し、その肉は人々にふるまわれる。
残された骨も丁寧に処理され、熊は神々の世界へ帰っていく。

一般的なイメージでは原始的狩猟は残酷なものとみなされがちだが、
かつての狩猟は自然、動物に対して
今では考えられないほどの敬意を払っており、
神話の中では人間と動物の区別が極めて曖昧なものさえある。
実は農耕が始まり人間は自然への敬意を忘れて行ったのである。

それと映画がどういう関係するんだ、
と先生役になって考えながら私も思った。
先生は生命の大切さについて一緒に考えよう、と促すのだが、
ひとつの生命を奪うことを心の準備、
そのための儀式も整えないまま簡単に提案しちゃっていいものか。

ただ、よくある議論ではあるが、
そんなこと言ったってお前はブタ食わないのかよ、
と詰め寄られれば、私の場合、ブタ肉大好き、牛肉より好きと正直に答える。
この議論、言いがかりのように聞こえるが、ある意味ポイントを突いている。
嫌なことは他の人にやらせといて、食べるのは大丈夫では通らない。
ひとつの命を奪った肉をありがたくいただく気持ちを持っているのか。

大人がこんなざまである。
一年可愛がったブタを殺して食べる。
さあ、いよいよその時が来ました、で済むものなのか。
ブヒー!わかんねえよ。
と頭を抱えて家路についた。
映画館の中では大人が泣いていて、子供はおおむね平気そうだった。

今回の原稿、混乱気味。


                       大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 15:20 | カテゴリー:映画部

2008年10月26日

ガイ・リッチー

ガイ・リッチーと聞いてすぐに誰だかわかる人は多くないかもしれないが、
マドンナの旦那さんで離婚が決まり、マドンナから慰謝料がもらえるかも?
の話題の人と言えば「あれね」くらいの反応はあるだろう。
先々週の話なので新鮮味がないが、ちょっと書きたくなった。

ガイ・リッチーには会ったことも、話したこともないが、
私は実の親父さんのジョン・リッチーには会ったことがある。
私が勤めていた会社の関係する広告会社の偉い人だったので
話くらいはしたような気がする。
それが何だと言われれば、なんでもないに決まっている。
ただ、98年ガイ・リッチーが始めて監督した長編映画
「Lock, Stock and Two Smoking Barrels」を見たときにぶったまげて、
おお、このような立派な息子さんをお持ちで、さぞ鼻も高かろうと思い、
日本から「よろしゅうございましたねえ」と念を送っておいた。

この映画ごらんになってない方、必見ですよ。
確か主人公の一人の父親役でスティングも出演している。

2000年公開の「Snatch」はブラピが主人公であった。
これも良かったのだが、イギリスが舞台となった映画なのに
あまりにもアクセントがきつくて、
字幕を見ないとさっぱり話している内容が分からなくて困った。
多分イギリス人でも難儀したことと思う。
で、同年いきなりマドンナと結婚しちゃったもんだから
いったいどんな具合になっちゃったのかしら、
人の幸せに首を突っ込むつもりはないんだけど、
と今後の彼の映画人生に一抹の不安を覚えていた。

そしたら、あなた、案の定あれじゃないの。
マドンナ主演の「流されて」は見に行く気にもならないなあと思っているうちに
打ち切られ、今年の6月、日本で公開されたらしい「リボルバー」は
私が「神様のパズル」や「幻影師アイゼンハイム」「インディアナ・ジョーンズ」
を見ているうちにいつの間にか終わっていた。
両作品とも全世界的に酷評されていたらしい。

「いかん。もう、ガイ・リッチー終わっちゃったな」
と非常に残念に思っていたら離婚騒ぎである。
マドンナが慰謝料払うとか何とかはどうでもよくて、
映画をちゃんと撮る気はあるんだろうかとちょっと調べてみたら、
すごく嬉しいことがわかった。
9月にイギリスで公開された「RocknRolla」が大好評で公開一週目は
ボックスオフィス1位というではないか。
日本にいつ来るんだか分からないが、
是非試写会の案内はいただきたいものである。

さらに次回作は「Sherlock Holmes」で今月から撮影に入っているらしい。
ロバート・ダウニー・Jr.がホームズでジュード・ロウがワトソン君、
役者はそろっているので楽しみである。
要は離婚宣言前からちゃんとやってたんジャン。
元の彼に戻ってくれて嬉しい限りである。

ちなみに、マドンナも初めて映画を監督したらしく、
アメリカでは10月17日から公開されている。
「Filth and Wisdom」という青春映画らしい。
映画評論家からは厳しい批評がとんでいる。
一般のブログでも叩かれているが、こういうのはちゃんと見てみないとね。
邦題は「ワンダーラスト」という意味深なタイトルになっている。
歌だけじゃだめなのかしらね。

                          大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:55 | カテゴリー:映画部

2008年10月15日

その土曜日、7時58分

このタイトルがね、どうもしっくり来なくて、
昔々大ヒットしたシカゴの「長い夜」という曲の原題が、
「25 Or 6 To 4」であったことを
知った時のことを思い出した。

当時中学生であった私は、
もしかしたらそんな意味が隠されているのかしらんと不思議に思ったが、
ある雑誌のインタビューで、
邦題をつけたレコード会社の人間がシカゴのメンバーに
「すみません。どうしてもいい日本語タイトルが思い浮かばなくて、
『長い夜』にしちゃいました」
とおちゃらけたら、
「ははは、それいいね。
確かにあの曲を作るのには時間がかかったからね」
と、これもへんてこな返事で、本当にそんなこと言ったのか?
という疑問は増すばかりであった。

というくらい、この映画のタイトルはこれでいいのかと気味が悪かった。
そしたら、映画自体は大変評判がよく
新聞、雑誌、こぞって取り上げている。
で最後あたりで、原題は「悪魔がお前が死んだことを知る前に」ですよ、
と注釈をつけている。
異例のことである。
みんな変だなあ、と思っていたのだろう。
本当の英語タイトルは
“Before The Devil Knows You’re Dead”である。
確かに近年まれに見る妙なタイトル。
見終わると納得するが、
このままじゃホラー映画と誤解する人がいたかもしれない。

映画はどの映画評にもある通りいい出来で、
あれ以上付け加えることがない。
監督がシドニー・ルメットで、ハンサムではないが、
今もしかしたら最も「できる」俳優かもしれないフィリップ・シーモア・ホフマン、
それにイーサン・ホークまでつけているのだから失敗のしようがない。
この二人は他の人に任せるが、
人にはまかせられないのがマリサ・トメイ。
私はこの女優に16年間恋焦がれている。

最初に出会ったのは彼女が27歳、私が34歳の時のことである。
もっと早ければ私の人生、変わったかもしれない。
ロンドンの銀幕で初めて対面したのが92年。
“My Cousin Vinny” (いとこのヴィニー)を見て恋に落ちた。
この映画は当たったし、助演女優賞でオスカーも手にしているので
覚えている方も多いと思う。
コメディでアカデミー賞を受賞することは珍しい。
そのくらい存在感があった。
翌年の”Untamed heart”、わりに地味な映画だったが、
私はこちらの役のほうに魅かれた。
硬軟どちらもこなす演技派であり、その他、出演作も多いのだが、
日本で公開されていないものが多いのが残念である。

2001年には”In The Bedroom”で難しい役を演じきって、
オスカーのノミネーションを受けている。
このころから「いい女度」がぐんぐん上がっていった。
どこが好きと聞かれりゃ、全部としか答えようがない。
イタリア系のエキゾチズム溢れる顔、柔らかな声、
素晴らしいプロポーション、頭の良さを表に出さないゆかしさ。
また、美容整形なんて知らない、
という人の香がますます私を魅了する。

今回の映画では出番が多くはないが、
そんなマリサ・トメイの顔を見に行くだけでも充分に価値がある。

現在43歳。会って話せばすごく気が合うと思うのだが、どうでしょう。
誰に聞いてるんだろう。


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 05:46 | カテゴリー:映画部

2008年10月10日

闇の子供たち

前々回の放送で紹介した「日本三文オペラ」は話したとおり、
戦後の大阪のアパッチ族の話であったが、
同じ題材で小松左京が「日本アパッチ族」というSFを書いている。
こちらのアパッチ族はみなモツの代わりに鉄を食う。
また、梁石日が「夜を賭けて」という小説を書いている。
興味があれば読み比べると面白いかもしれない。

梁石日原作の「闇の子供たち」という映画の反響がすごく、
制作者が驚くくらい客足は伸びていて、続々上映館が増えている。
私は上映前からこれは多分入ると思っていたので意外ではなかったが、
実際に公開されてすぐ渋谷のシネマライズに行って驚いた。
観客の層が普段のライズの客と違うのである。
ありていに言ってしまえば、40代から60代が多い。
もちろん若い人も来ているが、
私がちょうど客の平均年齢という印象であった。
恐らく実際にはもう少し若いのだろうが、
普段見ない方々がスペイン坂を登った場所に集結しているのである。
「うおっ」と思っても仕方あるまい。

作品はゲリラ撮影も敢行したと聞いたくらいであるから、
やや荒っぽい感じはあったがその分リアリティは増していた。

内容はこれだけ話題になっているので更に説明しても仕方ないが、
児童買春、児童不法臓器移植に関わるものである。
どちらも法律では厳しく禁じられていることではあるが、
今のままでは、そこまでしなければ成り立たない生活、社会が
厳然とあることも認識しておく必要があるだろう。

いずれにせよ吐き気がするようなテーマを扱った小説、映画である。
そこまで踏み込んだ映画とは思わずに評判を聞いて見にきたのか、
心なしか顔が青ざめていた方もいらっしゃった。

よく貧しい国に行って、
「ひどいところだと聞いていたし、実際厳しい環境だとは思いますが、
唯一救われたのは子供の笑顔がきらきらしていたことです」
と間抜けなことを行っている方々をテレビで拝見する。
子供はどこに行っても確かに人懐こく、笑顔は心安らぐが、
そんなに単純なものではない。
実際この映画をごらんになった人は貧困がもたらす
簡単には解決できない状況に唖然とし
子供たちが直面する現実を変えなければと思われたであろう。

問題はシステムである。
映画でも小説でも結局NPO、新聞社は子供一人の命を救えず
悲劇的な結末を迎える。
映画はさらにもう一歩踏み出し、言葉もないような
人間のどうしようもない一面を描いている。

何でも結びつけるなとお叱りを受けるかもしれないが、
現在の資本主義には大きな瑕疵がある。
ひずみは隙があればどこにでも現れる。
じゃ、やっぱり共産主義にしましょうということでもない。
人間の醜悪な部分を直視し、それに対応するシステムをどう築くかである。
哲学的な問題も含んでしまい、まとまるわけがない
と思われる方もいるだろうが、そろそろ本気で考え始めないと
金融の建て直しを叫んでいる間に悲惨な状況は泥沼化していく。

いつもそうですが、特に本日は大倉の個人的な意見を述べているものであり、
文責はすべて私にあります。

なお、この映画、小説に触れて、もっと状況を知りたいという方は、
小説ではあるが船戸与一の「夢は荒れ地を」をお勧めする。

大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 03:24 | カテゴリー:映画部

2008年09月28日

逆転

ポール・ニューマンが亡くなってしまった。
大変寂しい。
リアルタイムで好きだった俳優が逝ってしまうと、
私にもそろそろお迎えが来そうな気がして、
「いつでも覚悟はできている」、と言いたくなる。
できてないから言いたくなる。

彼の映画は下関の映画館で何もかけるものがなくなると、
「リバイバル」と銘打たれて古いのも上映してくれたので、
映画館でもテレビでもよく見た。
私が好きだったのは「ハスラー」。
1961年の映画である。
賭け玉突き屋の話で、
ビリヤードそのものも見たことがなかったのだが、
異常に興奮した。
本当にリアルタイムで見た映画は72年の「ロイ・ビーン」が最初かも。
ほとんど当たらなかったように思うが、高校時代、
小倉までわざわざ見に行った。
開拓時代の町の保安官兼判事権町長のような人間の話であった。
内容を覚えているのだから多分面白かったのだと思う。
86年に「ハスラー2」ができたのでワクワクしながら見に行くと、
何が面白いのか私にもわからなくなってしまい、
一緒に行った友人が
「なんか玉が当たる音がやたらうるさかったねえ」と文句をたれたが、
言い返せなくて困った。

「栄光への脱出」という映画が60年に作られてヒットしているのだが、
恥ずかしながらこれは見ていない。
ただ、自宅にあった映画音楽をまとめたアルバムに
この映画のテーマ曲が入っていて毎日何度も聞いていた。

何故、この原稿のタイトルが「逆転」になっているかというと、
この映画が気に入っているからである。63年の作品。
好きといえるほど筋書きを覚えていないのだが、
やたらどんでん返しが多い映画だったような気がする。
で、この映画の最大の魅力は実はポール・ニューマンではない。
主人公だし、もちろんかっこいいのだが、
私の性の目覚めと関連があるような気がする。
助演のエルケ・ソマーという女優に魅入られたのである。
今写真を見直せばもう少しきれいな女優はそこいらにいたような気もするが、
はまったのだな。私の急所に。
やや肉付きのよいドイツ人のエキゾチズムだったのだろうか。
始めて見たときはずっともやもやが取れなくて、
「どうすりゃいいの」って感じであった。
名作といわれているかどうか知らないが、
テレビでは何度かかけられていた。
毎回見ていた。
彼女はその後やたら多くの映画に出演し、人気もあったが、
最近は聞かないのでどうしているかしらと思ったら、
画家としても活動されているようで、お元気な様子である。
エルケ・ソマー、名前もいいじゃないの。

ポール・ニューマンは冗談で始めた食品会社が大当たりして、
このニューマンズ・オウンという会社の
総純利益2億2千万ドルを恵まれない子供たちに寄付をした。
なかなかできることではない。
公民権運動、反戦運動に熱心でニクソンの時代には
ホワイトハウスのブラックリストに名を連ねたこともある。
骨のある人である。

チャールトン・ヘストンも今年亡くなった。
「十戒」はDVDも持っているし、「ベンハー」も何度も見た。
この方も、もともと公民権運動に熱心でリベラルな人だったが、
後年は保守へ転じて、うんざりさせられるような言動が目立った。
ポール・ニューマンと生まれた年は一年違うが、お二人とも享年83歳。
ご冥福を祈る。

                        
                          大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 04:39 | カテゴリー:映画部

2008年09月25日

パコと魔法の絵本

涙腺がゆるい。
歳とってゆるくなったか、
と怖くなって過去を振り返ってみたら、
学生のころから、ひとり、映画館でよく泣いていた。
就職してからも新聞を読んでは
かわいそうだといって泣き、
いい話だと感激して泣き、
泣くネタには困らないもんだと感心していた。
新聞で泣く場合、いつも泣いているわけではなく、
二日酔いの時に限られる。理由は不明。

最近はどんな映画を見に行ってもどこかで泣いてしまう。
試写なんかで泣くと最悪である。
途中で目を押さえているのは丸分かりである。
ただ、幸いなことに試写の場合はエンドロールが終わるまで
皆さん席を立たないので、何とか痕跡を消すことはできる。

パコ」には騙された。
あんなに予告編が楽しそうだったので、安心していたのに、なんだありゃ。
まず、中島哲也という監督がいかん。
撮影の時怒ってばかりだというではないか。
子役のアヤカ・ウィルソンにまで怒鳴ったと聞いた。
許せんが、本人が上がりを見て納得したというからやはり美少女の勝ちである。
アヤカは偉いねえ。

「下妻物語」
「嫌われ松子の一生」
上記2本を見て、
日本でもこんな映画を撮る人間が現れたと感激した、
と、業界人に話したら、返事は
「へー、大倉さん変わってるね。中島さん、人間としては最低だよ」。
本当に最低かどうか知らないが、
映画監督の仕事はいい映画を撮ることであるから、
別にそれはそれでいいじゃないの、
俺さえ怒られなけりゃ、とずーっと思っていた。
しかし、だれかれかまわず怒鳴るというのはいかがなものか。

土屋アンナなら絶対に泣かないはずだから問題ないように思うが、
アヤカは駄目だ。

最初の30分くらいまではキャラクター設定が極端なのに
テンポが遅く感じて、寝ちゃうかもと逆の心配をしたのだが、
不覚にも急に一本スーッと汚れ無き涙が頬を伝ったと思ったら、
それから止まらなくなった。
延々一時間近く、どう頑張っても涙が止まらない。
笑いながら泣いている。
一度嗚咽しかけたが、それはさすがに我慢した。


「爆笑して、号泣する奇跡の感動ストーリー」

なんて陳腐なコピーなのかしら、と馬鹿にしていたのに、
これじゃ最低人間といわれた中島哲也の思う壺ではないか。
いい大人というか、中年をこんなに泣かせていいのか。
「50歳以上は入場禁止」としておいて欲しかった。

お話の内容は映画館にただで置いてあるパンフレットに
身も蓋も無いくらい書いてあるのでそれを見てください。

中島哲也って本当にそんなに最低なのかしら。
そうでもないような気がするんだけど、
ものを作る人は気が短い人が多いんだよな。

別に会うこともないから安心してていいんだけど、
やはり作品にやられちゃってるから、こんなに怖がっているのかも。
私のほうが年上なんだけどね。


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 12:39 | カテゴリー:映画部

2008年09月24日

小泉今日子さん

実は私は小泉今日子さんのことをほとんど知らない。
小説家でもミュージシャンでもファンだったりすると
人は呼び捨てにする傾向があるが、
ファンであったことも、強い興味を引かれたこともなかったので、
私のこだわりでは、やはりここは「小泉今日子さん」が正しいと思う。

もちろん彼女が歌手で人気があったくらいのことは知っているし、
「なんてったってアイドル」はややあざといが、
うまいタイミングで裏をかいたなあ、と感心したりした。

しかし、この原稿を書くにあたり本当はどんな人だったのかしら、
と調べてみて驚いた。
女性歌手の中ではオリコンベスト10入りの曲数ではナンバーワンなのだそうだ。
何曲か知っているものもあったが、
ほとんどはタイトルを見ただけでは判別がつかない。
そんなお方を「あんな感じだった」と話ができないのが不思議である。
KYON二乗と書かれたものを目にした時は、
本気で八丈島のキョンの鳴き声かと思った。
やっぱりキョンは「キョン キョン」と鳴くんだと。
石野真子が結婚して以来
すっかりアイドルに興味を失ってしまったのである。

20数年間忘れたに等しかった小泉さんの出演している映画を
立て続けに2本見た。
「トウキョウソナタ」
「グーグーだって猫である」


トウキョウソナタ」では相変わらず香川照之が圧倒的な存在感を出していて、
評価をすることなどとてもできないのであるが、
もう一人、もしかしたらこの人はすごい役者じゃないのかと驚いたのが小泉今日子さんであった。
少し疲れてしまった主婦を演じているのだが、
すっぱり余計なものを削いでしまい、
疲れていることの妙な心地良さまで感じさせる。
前に出る存在感ではなく、少し引いたところにいながらも目をそらさせない、
そんなたたずまいが素晴らしい。
映画自体は黒沢清監督であるから、
難解な作品に上がっているのだろうと、気合を入れて見に行ったのだが、
そんな心配は必要なかった。
「希望」をきちんと見せてくれた。
ちょっと泣いた。
今年見た日本映画の中では5本のうちに入る。

私は爆笑問題の田中と同様、猫を見つけると正気を失い、
「どちたの?さみしいの?どちたの?」
と、どこまでも追いかけていく習性を持っている。
どんな猫とも心を通わせているつもりなのだが、
相手はそう思っていないようでさっさと消えてしまう。
世界中でそうやって猫を追い回してきた。
写真もずいぶん溜まった。
今、猫の写真集は売れるらしいが、どんなもんだろうか。

グーグーだって猫である」は猫の話だと思ったので、
行かざるを得なかった。
そしたらやっぱり猫が主役ではなく、小泉今日子さんの映画であった。
個性のある俳優が出てくるが、小泉今日子さんはパンチを振り回すこともなく、
ゆったり伸びやかで、人見知りの天才漫画家を演じていた。
ケレン味を全く感じさせない。そこにいるだけで空気を作ってしまっている。
小泉今日子さんは猫的女性ではないような気がするが、
どうも猫とはうまくコミュニケーションが取れているように見える。
猫好きの女性はいい人ばかりである。
小泉今日子さんと心が通じた気になって帰った。

こんな大女優に変身していたことを知らなかったのが悔しいし、
恥じるところであるが、
今後はファンなので「小泉今日子」と呼び捨てにさせていただく。


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 11:15 | カテゴリー:映画部

2008年09月10日

12人の怒れる男

このロシア映画の原題は「12」である。
元になる作品は言わずと知れた1957年に公開された、
ヘンリー・フォンダ主演の「12 Angry Men」であるが、
実はちゃんと調べてみるまで邦題は「12人の怒れる男たち」
だとばかり思っていた。
日本語にするときは単数にするか、複数にするか難しいね。
なんせ「SEVEN STARS」が「セブン・スター」の国だから。

原作は何度も映画化、テレビ化、舞台化されている上、
日本では筒井康隆や三谷幸喜がアレンジして、別物に仕上げている。
名作中の名作といっていいだろう,
といい加減なことを書いたところで、
さて、さらに誰が原作を書いたかと思って調べてみたら、
レジナルド・ローズが1954年にアメリカCBSテレビで放送された
ドラマ用に書いた脚本であることがわかった。
原作の小説は存在しないのである。
ともあれ作品は素晴らしいわけで、
小説が元になっていると思い込んだ私がトンマだっただけである。
ちなみに最初にテレビで放送された本当のオリジナルのフィルムは、
ずっと行方不明になっていて2003年にようやく見つかったそうである。
いつか見てみたいものであるが、所在すらあやしかったくらいであるから状態が心配である。

すでに8月23日にシャンテ・シネで公開されていたので、
急がなきゃと思いながらインド浸りになっていたりしたもんだから、
遅くなった。

この映画、平日の真昼間からぎっしりですから、
ぎりぎりに行ったりしてがっかりしたりすることの無いよう。
仕事さぼって行くつもりの方は、覚悟決めて早めにね。
しかし、映画が160分もあるので午後つぶすつもりでないと無理だな。

映画をご覧になる方であれば、内容を知らない方はいないと思うが、
密室劇である。
このロシア版には挿入されている場面もあるが、
基本的にはやはり陪審員が評決にいたるまで、
部屋に閉じ込められたまま激しいやり取りを行う。

映画自体とは関係がないが、まず確認したくなったのが、
ロシアで刑事罰において陪審制がとられているかどうかである。
面倒だったが、わかった。
1993年に陪審制が導入されており、
現在は一般化していると思ってよさそうである。
ペレストロイカが始まるまでは、
職業裁判官1名と人民参審員2名、3名による多数決制であったらしいが、
その後しばらくわけがわからなくなった時期を経て
陪審制にいたったということである。
であるから、基本的設定は問題ない。
その他、細かいとこでは現実とは食い違いもあるようであるが、
そこは置いとかないと、映画にならないので割愛する。

内容はもちろんロシアでの出来事であるから、
オリジナルとは事件、討議の内容は大きく異なる。

2007年の作品であるが、
よくここまで現在のロシアが抱える矛盾を表に出せたと驚いた。
人を裁くということは、まさに自分を振り返ることになってしまうが、
この映画では討議を通じて、ロシアの現状をあぶりだすとともに、
陪審員の個人的問題も明らかにされていく。

話の流れは具体的内容が全く違っていても、
基本が同じであるから大きな驚きはないが、
160分という長尺にもかかわらず、
中だるみもなく一気に見せ切ってしまう。
脚本がよくできていることはもちろんだが、
俳優の演技力によるものであろう。
出演者はすべて中年、熟年の親父である。
その演技の厚さには驚嘆するしかない。

日本のテレビドラマではほんの一部を除いて、
学芸会を見せられているので、その差に愕然としてしまう。
いい加減にしないと日本のテレビドラマは
嘲笑の対象にしかならなくなりますぜ。

監督のニキータ・ミハルコフが一番かっこいい役を演じている。
このあたりにもロシアの現状が見え隠れする。
これは冗談。

しかし、みんなよく平日から仕事休んできたなあ。
その価値はあるけど。

12人の怒れる男」公式サイト


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:04 | カテゴリー:映画部

2008年09月06日

ボリウッド・ベスト

ボリウッド・ベストというインド映画の特集が始まる、
というメールを番組宛にいただいたので、心待ちにしていた。

8月30日から9月19日までの公開。
六本木のシネマート六本木というシネコンでやっている。

早速、行って来た。
普段から普通の人よりインド度の高い私であるが、
やっている3本のうち1日で2本見た私のボルテージは、
首相辞任の盛り上がりを超えている。

インド映画は1本ほとんどの場合3時間以上なので、
2本見た日はさすがの私も疲れた。
イギリスにいた若い時に1日5本という自己記録を作ったことがあるが、
もう体力が落ちている。
ただ、今、原稿を書いているバックにはビヨ〜ンという楽器の音や、
「オ〜ムなんとか〜」とかの真言が流れている。
いい気分である。
首相?辞めたきゃ辞めろというくらい落ち着いてきた。

今回のインド映画祭?はすべてシャー・ルク・カーン主演のものである。
番組の中で私が紹介したが、インドで昨年公開されて大ヒットした
「オーム・シャンティ・オーム」の主人公でもある、
というよりも、ヒンドゥ語映画では10年以上トップスターとして、
他の追随を許さない存在となっている。

日本ではまだどうしてもタミル語映画「ムトゥ 踊るマハラジャ」が、
インド映画の代表作とみなされているところがあって、
なぜかヒンドゥ語映画が日の目を見ない。
日本女性がキャーと叫ぶであろう男優は、圧倒的にヒンドゥ語映画に多い。
実際イギリスでは「オーム・シャンティ・オーム」のプレミアは
レスタースクウェアという映画館の集中する地区で一番の映画館、
エンパイアで行われたが、
イギリス人女性もシャー・ルクと叫んでいるのをインドにいるときテレビで見た。


私は田舎臭く、勧善懲悪がはっきりしていて、
善玉がなぜか悪玉にしか見えないタミル映画も好きで、
日本に来たラジニカーントの映画はほとんど見ているはずだが、
残念ながら未だ「踊るマハラジャ」以上のものに出会えていない。

前回のインドでもほとんどインド南端のトリヴァンドラムという場所で、
マラヤーラム語の「チョコレイト」という映画を見たが、
退屈で倒れるかと思った。

南インドのほうが北より人はずっと優しいのだが、
いい意味でも悪い意味でもソフィスティケイトされていない。
趣味の問題なのでこれ以上やめておくが、
ストーリーの組み立てとお金と男優の問題かも。
女優はどこの方でも私は大好きである。

六本木シネマートのボリウッド・ベストでは以下の3本がかけられている。

“DON” 邦題「過去を消された男」

“Kal Ho Naa Ho” 邦題「たとえ明日が来なくても」

(この映画のDVD、インドで買ってきていたのだが、
 邦題しか表示されていなかったのでわからずにまた見てしまった)

“Kabhi Khushi Kabhie Gham” 邦題「家族の四季」

すべてヒンディ語映画である。
最近のヒンディ語映画は海外で撮影されたものがやたら多く、
しらけることも多いが、世界進出が視野に入っているのかも。
上記3作品も豪勢なつくりである。

体力に自身のある方は1日3本いけるかも。

頑張れ。

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写真はやはりトリヴァンドラムで
もう1本ちょいとのぞいてみるかなと思いつつ、
1時間も前に行ったらどえらい騒動になっていて、
チケットの発売が始まると警備のおっさんたちが、
棒を振り回して列を何とかもたせていたところである。
「取材禁止」でつかまるかと思ったら、並ぶ側も警備の側も
みんな笑顔でこたえてくれた。


大倉眞一郎


BOOK BAR staff| 04:10 | カテゴリー:映画部

2008年09月04日

INTO THE WILD

アジア各国を旅していると、さまざまな国のバックパッカーに出会う。

出会ってもあまりに年が離れていることが多いし、
これといって面白い話になったことがないので、
普段はただすれ違うだけである。

で、いつも不思議に思うのは、連中のバッグが立派なこと。
両肩前後に二つ馬鹿でかいバッグを掛けている。
バッグによるサンドイッチ状態ですな。

私のは25年前に買った最も安くて、比較的小さなもの。
哲学的な話ではなくて、単に重いものを背負うのが嫌だからである。
バッグのほかに重いカメラバッグも提げているからである。

私の疑問はいったい欧米人のバッグには何が入っているのか、である。
私のバッグはフィルムで膨れ上がっているが、
それがなければスカスカである。
大体、バッグパッカーになって旅をする人間が
そんなに物を持ってどうするんだ、
とおじさんは思うのである。

一応理解を示しておくと、連中の旅は長い。
半年から一年くらい動き回る。

そうすると寒暖に備えて一通り着るものも、毛布等も入れておかねば、
ということのようであるが、そんなの現地で買えばいいし、
安宿だってきれいかどうかは別にしてもちゃんと毛布くらい置いてある。
やはり物が好きな人たちなのだと、勝手に決めてしまっている。

間違ってたらごめんなさいね。

日本で日本人バックパッカーを見ることはまずないといっていいだろう。
欧米人(実はイスラエル人が非常に多いのだが)を見かけることはあるが、
あまり面白くないのか、そこいらをうろうろしているということはない。

というわけで自分の国を「旅」して回るということはあまり考えたことはなかった。
大学時代の冬の東北一人旅と
会社を辞めて暇だったときの熊野三山まわりくらいか。
拍子抜けするくらい「簡単な旅」だったので、
今はまだ出かける気にはならない。

アメリカという国はとても耐えられないというくらい
嫌悪感を持ってしまうことがあるが、
そんなに懐深くて大丈夫か、と感激してしまうこともある。

映画「INTO THE WILD」は改めてアメリカの幅の広さを見せてくれた。

監督のショーン・ペンという人は
どうも顔が日本人に好まれるタイプではないようで、
「大ファンです」という女性に会ったことがないが、
私は俳優としても、監督としても大好きである。

映画のストーリーは雑誌、新聞で充分に紹介されているので、
今回は感じたことだけ書くことにする。

アメリカは「文明国」「先進国」「市場原理主義国」でありながら、
「放浪」ができるのである。

土地があって、あらゆる気候、風土に恵まれているので
当たり前といえばそうなのだが、
「放浪」を快く思わない人がいても、
それを許し、肯定する人もいる、ということである。

主人公の純粋さは正直言えばあまりにもナイーブ
(英語では何も知らないアホのニュアンスが強い)で、
出会う人々にこれ以上ないというほどの愛情を注がれているのに、
更に、たまねぎの皮をむきたがるサルのように、「一人でいること」を追い求める。

私は主人公と比較すればはるかに物欲のある人間だが、
多分平均的な日本人の中では、ものを欲しがらないほうだと思う。

この歳になれば何もかも捨ててインドのバナーラスへ行けと言われれば、
大きなためらいなく、出て行ってしまうかもしれない。

ただ、そこは人で埋め尽くされた、ある意味欲望の町なのであるが。

ともあれ、そんな私が奇異に感じたのは主人公が何を求めていたかが、
途中までさっぱり明かされない、ということ。

恐らくそれがわからないから「放浪」の末、
アラスカまで行かなければならなかったのであろう。

映画の中で主人公は日記とも記録とも手紙とも判断がつかない文章を残す。

それは紛れもなく、いくら「真の自由」を「完璧な孤独」の中で見つけようとしても、
結局のところ見つけ出したい自己は、
たまねぎの真ん中にはないということに気が付いていたということである。

死の直前に書き残した文章に私は救われた思いであった。

映画を酷評しているように読めたかもしれないが、逆である。

私の中にも巣食うナイーブな空虚感が共有でき、
同時にこれからの生き方への力を与えてくれた。

この映画はジョン・クラカワーのノンフィクション「荒野へ」を映画化したものである。


                        大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 16:50 | カテゴリー:映画部

2008年09月04日

落下の王国

「何だ」と思う人がいるかもしれませんが、映画部の話題です。

原題は”THE FALL”なので、邦題はなかなかよくできているといっていい。
そのまま訳してしまえば「落下」でもあるが、「滝」もありえる。
もちろん滝の話ではない。

このタイトル、「よし行くぞ」と気合が入りません?


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ターセムというインド系アメリカ人の監督した映画である。
ターセムは私がロンドンにいたころはイギリスのコマーシャルも
数多く手がけていた。
映像の作りこみ方、色使いが他の監督とは全く違っていたので、
初めて見るCMでも彼が撮ったものはすぐにわかった。
そのころはリーヴァイスのものが多かった。
広告制作関係者なら知らない人はいないはずである。
何度か彼に、と思ったことがあるが、大作(お金のかかるもの)が多く、
予算も、スケジュールも折り合う気配もなく終わってしまった。
残念であったが、実現していたら地獄に落ちたかもしれない。


2000年にあのジェニファー・ロペスを使って
「ザ・セル」という映画を撮って以来の新作である。
あの映画も大ブレイク中のシンガーを使っているのだから、
妥協してエンターテインメントに仕上げているのかと思ったら、
夢と現を行きかうようなもので、だめな人はだめだったかも。
日本で言えば鈴木清順か。


「落下の王国」は構想26年、撮影期間4年、らしい。
撮影期間4年というのはうなずけるものがある。
なんたって24カ国以上でロケが行われており、
それも普通は撮影させてくれないでしょうという場所ばかりである。
インドのシーンも多いが、
たまたま、ほとんどは私が訪れたことのあるところであった。
ただ、インドのシーンに別の場所も組み入れているので、
見る側は混乱してしまい、それがまた絶妙な効果を生んでいる。


構想26年というのはどう勘定するのかよくわからない。
実際彼が見たもの、写真を撮ってロケ候補に上げていたものをまとめ上げた、
という意味ではそういう計算になるのかもしれないが、
あまり大きな数字を持ち出されてもちょっと困る。
されど、それは大きな問題ではなく、
この映画の妥協のまったくないすべてのシーンは必見である。


個人的にはモノガタリ仕立てにしなければならなかったのか、
やや疑問もあるが、美しいものをそのまま受け入れることのできる人は
見ないと絶対に後悔する。
映画館で。


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衣装は最近特に名前が出てくることの多い石岡瑛子。
タイポグラフィーも出色の上がりである。


映像的にどこにも隙がない。
息をつめて見入ってしまう。


ターセムという映像独裁者の作り上げた完成品といえる。
杏ちゃんのいう「石ころひとつにまでメッセージがある」実写映画である。

公開は今週末から。


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 14:37 | カテゴリー:映画部

2008年09月02日

ポニョとスカイクロラ

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映画ネタで盛り上がっているBOOKBARブログ。
映画部長がいらっしゃるところから、
私はさしずめ新入ヒラ部員といったところでしょうか。


さて、私がこの夏観たアニメ映画。
話題沸騰「崖の上のポニョ」 それから、
攻殻機動隊等で人気を博した押井守監督の
「スカイ・クロラ」。
二作品は、舞台やテイストこそ全くかけ離れているかの様に見えますが、
テーマやメッセージは似ているのかなぁと思いました。
特筆すべきは映画のキャッチコピー。

まずはポニョから。
「生まれてきて良かった。」


そしてスカイ・クロラ
「もう一度、生まれてきたいと思う?」

平和な今の日本に居て、「生と死」のリアルが想像の域を出得ない、
且つ悲惨奇怪残酷前代未聞の事件は増え行く昨今の情勢、
自分が生まれてきた意味って?自分が今を生きる意味って?
何がしたいかわからない、何が出来るかわからない。
何処へ行ったら良いのかわからないと言う事態に
陥りやすい時勢なのかもしれません。


話しは変わって、先日親友の父が自分の墓を買い、
そこに刻んだ言葉「Live in now」 墓なのにlive(笑)
それはさておき、その親父様の持論。
「今”に”ただ生きるのではなく、自分で今”を”選んで生きるのだ!!」
これには思わず、「なるほど〜」

今を生きる。
「明日、全てが無くなるかもしれない」
BUMP OF CHICKENの歌にもありますが、
伸べられた手を拒んだその時に、大きな地震が起こるかもしれない。


美化・補完されがちな過去、希望的観測の見出せる未来に比べ、
今って一番救いようの無い現実ではありますが、
過去と未来を繋ぐ今この瞬間を大切に、
そしてその今が積み重なった未来が、其処にあれば良い。


スカイクロラの世界。
戦争が必要悪、ショーと言う形の娯楽に姿を変えた未来。
戦うのはキルドレと呼ばれる、戦死しない限り死ぬ事が無く成長もしない子供達。
随所でコーヒーを飲み、酒を飲み、煙草を吸う登場人物たち。
「大人になる意味って何ですか?」


ポニョの世界。
皆で一緒に居られたら良い。困難が出てくればそのつど立ち向かえば良い。
「失敗して泡になったって良いじゃない。元々は泡だったんだから」
大事なのは失敗する事を恐れる事ではなく、まっすぐ向き合う姿勢なのかもしれない。


私にとってのアニメならではの魅力は、
画面にうつっている全てのものが、意図されたものであるところ。
ここにイシコロが落ちていて、と言うところにまで意思があるのです。
実写の様にうっかり写ってしまったり、環境や状況の偶然の効果も無いだけに、
全てに造り手の意思が組み込まれている。全部が彼等からのメッセージ。

話題二作品、観た方いらしたら、どの様な感想でしたか?
解読本なんかが出たら買ってしまいそうです(笑)


BOOK BAR staff| 02:57 | カテゴリー:映画部

2008年08月20日

Across the Universe

映画部部長の推薦しいていた「ダークナイト」は、
期待を裏切ることなく素晴らしいできであった。
バットマン相変わらず馬鹿にできんなあ。
ジョーカー役のヒース・レジャーはオスカー像を手にすることはなくなったけど、
きっとアカデミー賞を受賞すると思う。

さて、金曜に見てから頭の中から映像、音楽が、
一向に消えてくれる気配がないのが「アクロス・ザ・ユニバース」。
見た後、焼きトン食ってすぐにカラオケ屋に行き、
ずっとビートルズの曲だけ歌っていた。

今もこの映画のサントラを聞きながら原稿を書いている。
ただ、このCD、厳密には映画からそのままの曲ではない。
映画ではキャストは吹き替えなし、
ライブ録音でセリフ同様に歌を歌っているので、
すべての曲を再度スタジオでキャストに歌わせて取り直しているようである。
実はその分、ライブ感がとんでしまって惜しい仕上がりになっている。

ビートルズに関心のない人、
予告を見ていない人には何の話かさっぱりわからないと思うので、
少し解説を。


大ヒットミュージカル「ライオンキング」の監督、ジュリー・テイモアが、
33曲、ビートルズの曲だけを使って作ったミュージカル映画です。
ベトナム戦争を背景に当時の若者の文化を丁寧に描いている。
その映像とビートルズの曲の合わせ方、
また、キャストの歌唱力の素晴らしさに圧倒される。

なじみがあるというよりは、私の血、肉となっているビートルズの曲が、
また全く新しく聞こえてくる。見えてくる。
中学、高校のころ、ビートルズのコピーも盛んにやっていたのだが、
大学の時に「A Hard Day’s Night」を見直して、
中野の小さな箱で大泣きをしたことがあったが、
その時よりも胸をかき回されている。

この気持ちをどう整理すればいいのかわからないので、
もう一度見に行くことにする。

ビートルズマニアには異論のある方もいると思うが、
これを越えるビートルズ映画は作れないと確信した。

気になっていたのは、
ポール、ヨーコはどう思っているのかということだったのだが、
二人ともサポーティブで製作中も監督と連絡を取っていたということである。


ジュリー・テイモアはやはり天才である。
次の作品はシェークスピアの「テンペスト」だそうで、どうなるのかしら。
ちなみに(が私は多いが)、SF映画の名作「禁断の惑星」も
「テンペスト」を下敷きにしていました。

大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 04:55 | カテゴリー:映画部

2008年08月06日

スターシップ・トゥルーパーズ3

大倉映画部副主将、じゃなくて副部長全開状態です。

試写を見に行くだけでも忙しい。

というより、それくらい時間があるということか。

ともあれ試写を見ても公開がずいぶん先だったりするので、

感想は直前になってから書き込むことにしましょう。

昨日は久しぶりの銀座シネパトス。

この映画館は昔はエロ映画をかけていたりしたので、

会社をさぼってよく来たものです。

薄汚くて便所の臭いがして、

電車がすぐそばを走っているので、

何分かごとにゴーという音が聞こえてきたりして。

散々な映画館だったのですが、何故かここでしかやっていないものが、

けっこうあったりしました。いい思い出じゃないけど懐かしい。

今はもう改装がされていて椅子は立派だし、

くさくないし、

電車の音も聞こえない、どこに出しても恥ずかしくない箱になりました。

ただ、場所が場所なので哀愁があってとても楽しい。

行かれたことのない方、是非一度。

見たのは「スターシップ・トゥーパーズ3」。

普通の人はなかなか行かない映画です。

だってここと新宿ジョイシネマ、池袋シネマロサでしかやっていないんだから。

3というくらいなので3作あってこれで全部見ました。

もうこれ以上作らないで欲しい。

女性は嫌がるでしょう。でかい昆虫だもんな。

巨大宇宙昆虫生物と人類の戦いを描いているのですが、

まじめに作ったのか冗談なのか良くわかりません。

お金はそこそこかけているはずなのに、

どうしても超B級映画の枠にしか入らない。

B級映画は決して嫌いではないのですが、

あまりにも内容が陳腐。

巨大昆虫との戦闘シーンは迫力があって、

妙にリアルなのが気に入っているのですが、

あいだあいだに挿入されるニュースシーン、軍隊への入隊CM、

ナチスを思わせる制服にはゲロが出そうで、

アメリカを変化球で皮肉った反体制映画なのか、

本気のアメリカ万歳映画なのかよくわからない。

映画評論家の中でも評価が両極端に割れているようです。

そうは言っても1997年に最初の作品を見てしまって、

変な映画だなあと思っちゃったもんだから、行かないわけにはいかない。

2003年に2作目。今回が最後?だと思うのだけど不思議なことに、

アメリカ映画なのに日本先行上映なんですね。7月19日公開で、

アメリカでは私が見た昨日5日から公開されているはずです。

こんな映画なんで、

いい加減な脚本家にちょいちょいと書かせたのかと思っていたら、

一応SFの巨匠ハインラインの「宇宙の戦士」が原作になっているようです。

これ以上作られても困るなあと一人悩んでいますが、

パワードスーツっていうんですかカンダムみたいなのもちょっと出てくるので、

もしかしたら次作があるとすれば、そいつが大活躍するのかも。

そういうのが好きな人は急げ。これもすぐ終わっちゃうかも。

大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 02:36 | カテゴリー:映画部

2008年08月01日

雲南の花嫁

昨日は久しぶりに新宿に行きました。

あんまり久しぶりで、さぞ、あのみだらな町はさらに熟れて

私のようなアジア放浪家にはたまらん香りを放っているだろう、

帰れなくなったらどうしようとワクワクしていたのですが、

いかなることか私が魅かれていたどろどろしていた場所は

すっかりきれいになってしまっており、

逆に居場所が無いような、そんな気分でした。

学生時代はわざわざ桂花ラーメンを食べるだけの理由で

行っていたのですが、さすがに50を過ぎたのでそんなことは無く、

新宿でしかやっていない映画を見に行ったのでした。

K’s cinemaでやっている「雲南の花嫁」。

雲南省にはどえらい数の少数民族が住んでおり、その中のイ族のお話です。

イ族の伝統をひっくり返すやんちゃな花嫁が騒ぎを起こしつつ、

しだいに皆に愛されていくという、

まあストーリーはそんなもんでいいじゃないの、という手の映画ですが、

まず、イ族の中で歌い継がれている独特の歌唱法による歌が素晴らしい。

メロディーもちょっとやそっとでは思いつかないほど不思議なもので、

コリャどうすれば手に入るのだろうかと思案中です。

男も歌うのですが、やはり若い女性の合唱が一番いいですね。

それから、主人公の少女を演じるチャン・チンチューがとんでもなく美しい。

こんな子に雲南省で会えたら、

私はきっと帰らずに住み着いてしまうと思います。

イ族の若い女性の中からオーディションで選んだのかと思ったら、

何のことは無い「ラッシュ・アワー3」にすでに出演しており、

もうハリウッドに奪われていました。

アメリカに行きゃいいってもんじゃないんだけどねえ。

全然関係ありませんが、99年の映画「初恋のきた道」で

映画デビューを飾った、今や世界的女優チャン・ツィーイーを

その映画で見たときはあまりの可愛さに腰を抜かしました。

で、そのころはツィーイーとだけ呼んでいたのですが

いつから姓もつけるようになったのでしょうか。

ちなみに現在、大金持ちのイスラエル人実業家と婚約中だそうで、

なんか腹が立ちますね。

私がこの間ラオスに行った時は中国国境、雲南省まで10数キロの

町ムアンシンに何日かいましたが、

やはりイ族の女性が民族衣装を身につけ、

市場へたけのこなんかを売りに来ていました。

ラオスではロロ族と呼ばれています。

ムアンシンには中国人も多く、中華料理屋がいくつかありますが、

態度が悪いのであまりお勧めしません。

なかなか行く人もいないか。

雲南省へ続く道には、雲南省ナンバーのでかいトラックが

ビュンビュン走っていますが、

行きも帰りもサトウキビだけを山のようにつんでいるのは

いったいどういうことだろう、

という小さな謎がいまだに夜な夜な私を悩ませてなかなか寝られません。

この「雲南の花嫁」は8月21日までしかやっていないそうですから、

興味のある人は急げ。

大倉眞一郎


BOOK BAR staff| 11:54 | カテゴリー:映画部

2008年07月25日

ダークナイト

バットマンの新作『ダークナイト』の試写に行ってきました。
現在、全米で次々と興行収入記録を塗り替えている話題作。
圧倒されました。
期待にたがわず存在感のある作品でした。

いまのハリウッド・ビジネスの収益面での3本柱は、
ファンタジー映画、CGアニメ、そしてアメコミ原作物です。
いずれも子供から大人まで、幅広い層に受け入れられるから。

でも今回のバットマンはちょっとお子ちゃまには厳しい。
ダークで複雑なストーリー展開ということもありますが、
なんといっても悪役ジョーカーが怖い!(でも魅力的!)
演じているのは今年1月に薬物の過剰摂取で事故死したヒース・レジャー。
”ヒースの映画”と呼んでも過言ではない迫真の演技でした。
ほんとうに惜しい役者を失くしてしまいました。


「所詮、アメコミでしょ」とか「またマンガのヒーロー物だろう」なんて
毛嫌いする人も少なくないのかもしれないけど、
そんな理由でヒースのジョーカーを見逃すのは、
あまりにもったいない。

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TM &(c)DC Comics(c)2008 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.


今回の作品にはこのエピソードが大きく影響しているそう。
イギリス人監督のクリストファー・ノーランが見事に脚色しています。


(番組スタッフ JD)

BOOK BAR staff| 13:55 | カテゴリー:映画部

2008年07月13日

映画部・副部長

えー、ディレクターがどうも映画部部長のような感じになってきてますから、
私は副部長ということで。
ただ、俳優、映画出演の経験があるのは杏ちゃんだけなんですけどね。

実は私が大学生の時、黒澤明監督が「影武者」を撮るにあたり、
役者の一般公募をしました。
もう気合入りまくりで、妹に正面、右、左でバストアップの写真をとらせて
書類応募し、いつオーディションかと構えて待っていたのですが、
一通の封書で野望は粉々にされ、別の人生を歩むことになりました。
ちょっと逮捕者の写真ぽかったからかもしれません。
妙に断りの文章が丁寧だったのが印象に残っています。

以来、映画は見るだけで、
時間があれば映画館か試写室に通っています。

私も今年前半ベストテンをやろうかと思ったのですが、
それも芸がないし、3月末まで日本にいなかったこともあり、
年末にベストテンを発表させていただきます。

「BOOK BAR」なんですが映画部別働隊ということで。

                      大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 14:37 | カテゴリー:映画部

2008年07月11日

2008年上半期映画ベスト5の続き

きのうの続きです。

BOOK BAR映画部所属JDの2008年上半期ベスト5、
第3位は映画愛に満ち満ち溢れた爆笑コメディ
『HOT FUZZ ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!』です。
ゾンビマニアを狂喜させた前作『ショーン・オブ・ザ・デッド』の
3人組(監督+主演2人)による新作。

主人公のエンジェル巡査はあまりにも成績が優秀だったため、
上司から疎まれてロンドンからド田舎の村に左遷されてしまう。
が、そこで待ち受けていたのは不気味で残虐な事件だった……

英国本格派ミステリー、ハリウッドアクション大作、
日本の怪獣映画などなどありとあらゆるオマージュが
映画ファンを泣かせ、笑わせてくれます。
「いままで映画を見てきたのはこの映画を見るための予習だった」と
言い切る人もいるほど。
英国文化、英国人気質に詳しい人はさらに笑えます。
本国イギリスでは3週連続No.1だったにもかかわらず、
日本では未公開の予定だったのを、
前作の熱烈なファンの署名運動によって
上映にこぎつけたというストーリーも素敵です!
現在、渋谷公園通りのシネマGAGAで絶賛公開中!


第2位はがらっと趣を変えて恋愛映画です。
『パリ、恋人たちの2日間』
仏の人気女優ジュリー・デルピーが主演・監督・脚本・編集・作曲・制作と
NYUで学んだ才能を開花させた愛すべき小品です。
フランス人女性(デルピー)とその恋人であるアメリカ人男性が
過ごしたパリでの2日間の物語。
ユーモアを利かせたダイアローグが素晴らしい!
米仏間のカルチャーギャップと男女間のすれ違い、思い違い。
恋愛映画なのに人種差別問題、環境問題などの政治ネタが
頻繁に飛び出してきて、しかもそれが物語に深みを与えつつ、
爆笑の素にもなっているという多重構造の脚本。
お腹がよじれるほど笑いました。
そして最後の最後にほっこり幸せな気持ちにさせてくれる。
カンヌでの「デルピーは仏のウディ・アレンだ」の称賛に
大きくうなづいてしまいました。

恵比寿ガーデンシネマ、新宿ガーデンシネマで今月18日まで上映中。
パリのエトランジェ気分に浸りたいなら急げ!


そして上半期第1位はアン・リー監督が
日本占領下の上海で抗日活動をする女スパイを描いた
『ラスト、コーション』
中国の底力を見せつけられました。
残念ながら現在の日本ではこのレベルの作品を作ることは難しいでしょう。
とにかく主演女優のタン・ウェイが素晴らしい!!!
とても新人で初めての映画出演とは思えません。
完全に役になりきっています!
というか役に取り憑かれています。
彼女はこの映画のなかでいくつか異なる顔を演じているのですが、
すべて別人のように映ります。
きっと監督のアン・リーには相当追い込められたはず……。
トニー・レオンの凄味のある艶っぽさにも圧倒されます。
ぜひ彼の完璧な脚の組み方をご覧になってください。
一分の隙もないとはこのことです。
そのほかにも上海の租界地を再現したセット、
麻雀シーンの華麗なカメラワークなど、
この作品スタッフの徹底した仕事には驚かされるばかり!
ヴェネツィア国際映画祭・金獅子賞(グランプリ)受賞作品。

原作
ラスト、コーション 色・戒」(集英社文庫)
DVD
ラスト、コーション

ちょっと偏った傾向の5作品でしたが、
映画好きの方ならきっと楽しめるはず。


来週は『ゲゲゲの鬼太郎』の新作を見に行く予定。
この手の映画を観るときにはちょっとしたコツがあります。
それは子供に囲まれて観ること。
時間の許す方は平日の昼から午後がお薦めです。
子連れの親子で埋まっている劇場で童心に帰りましょう。
CGの出来がどうのとか細かいことは気にしません。
前作を見た時は大泉洋(ねずみ男)が出てきただけで、
子供は大喜びでした。
ねずみ男→爆笑、大泉洋→爆笑の連続です。
こっちまで楽しくなってきますよ!


(番組スタッフ JD)

BOOK BAR staff| 03:45 | カテゴリー:映画部

2008年07月10日

映画部もこっそり活動中……

先々週、杏ちゃんが紹介した小説「クライマーズ・ハイ」の
映画版が公開されました。
興行収入ランキングで堂々の第3位!
1位と2位は花男とインディー・ジョーンズですから、
これは大健闘といってよいでしょう。
試写で作品を見た大倉さんも見ごたえのある作品だったと
言っていました。

そんな大倉さんと一昨日、
京橋の映画美学校でばったり鉢合わせしました。
どちらも目的は試写会。
目当ての作品は別でしたが、大倉さんは別れ際に
「ここのトイレが好きなんだよ」と言いニッコリ。
さっそくぼくもチェックしてみることに……。

映画美学校が入っている片倉ビルは、
大正15年施工という由緒正しきビルヂング。
大倉さんの言葉通り、たいへんモダンで味のあるトイレでした。
どんなに周囲の再開発が進んでも、
こういう建物は残して欲しいものです。

さてさて、そんなわけでBOOK BARチームは、
大の本好きでもありますが、
映画も大好きな人間がそろっています。

2008年も後半戦に入ったということで、
ここでぼくの好きな映画〜2008年上半期ベスト5を紹介します。
(唐突ですが……笑)

まず第5位!
フランク・ダラボン監督の『ミスト』
原作はスティーブン・キングの中編。
カービー・マッコリーが編んだモダンホラーのアンソロジー、
闇の展覧会 霧」(ハヤカワ文庫)
に収録されています。
ダラボン監督×キング原作はこれが3本目。
前2作『ショーシャンクの空に』、『グリーンマイル』の感動路線とは
まったくテイストの異なる作品に仕上がっています。
ダラボンの怪獣愛に満ちた演出もさることながら、
本当に怖いのは怪獣ではなく……というところが
この映画を凡百のホラームービーと一線を画したものにしている。
原作を超えたエンディングも見事でした。

続いて第4位は『イースタン・プロミス』!
大好きな監督クローネンバーグと
大好きな役者ヴィゴ・モーテンセンのコンビによる2作目。
舞台はロンドンに巣食うロシア系裏社会。
東ヨーロッパの人身売買問題を告発しながらも、
善悪含め癖のある登場人物の描写には余念がない。
ヒロイン役のナオミ・ワッツの熱演も素晴らしいが、
なんといっても全裸でアクション・シーンに挑む
ヴィゴのストイックさに痺れます。
ただ最後に味わうカタルシスという点では、
前作『ヒストリー・オブ・ヴァイオレンス』に軍配があがる。

長々と書いてしまいました。
ベスト3の発表は明日。


(番組スタッフ JD)

BOOK BAR staff| 05:38 | カテゴリー:映画部

2008年07月08日

アニメ映画「パプリカ」を観ると

    

アニメ映画「パプリカ」を観ると、
ああ、アニメでしか出来ない事って、こういう事を言うのだ!!と改めて気付かされます。
生身の人間には出来ない動き、表情。

今度、コ・フェスタと言う映像事業のプロモーションのお仕事に携われそうです。

映画やアニメを観た数はまだまだ趣味の域を出得ませんが、
BOOKBARのお仕事を通して、今まで以上に沢山の本に出会えた様に、
このお仕事を通して、もっと沢山の作品と出会えたら良いなぁと思っています。

仕事を通して、自分も成長出来る。素敵なお仕事にめぐり合えているなぁと
最近常々思います。

出会えた人やお仕事に相応しい人物になれる様に日々精進しま〜す


                                    杏

BOOK BAR staff| 07:36 | カテゴリー:映画部

2008年06月12日

神様のパズル

映画や本の悪口を言うのは私の美学ではないのですが、

昔のことなので許していただくとして、

角川春樹氏が「プロデューサー」として活躍されていたころの映画には

「金返せ」といいたくなるほど、

見に行くたびに後悔させられていました。

先週末から公開された映画「神様のパズル」は

内容が良くわかっていなかったのですが、なんとなく気になっていました

「ロックと物理で宇宙を作れ」というキャッチフレーズのせいです。

市原隼人さんと新人の谷村美月さん主演ですから

私はターゲットとされていない青春ものだと思っていたのですが、

本日、やることがなくなったので

昼間からいわゆる駄目もとで出かけてみたら、

平日の昼間だからしょう、客は私を含めて二人きり。

寝るかもな、と半分あきらめていたのですが、これが玉手箱。

私が前々回の番組で紹介した「幸運な宇宙」で

語られていた理論のエッセンスをうまくつまみ出し、

面倒なところもできうる限りやさしく紹介しつつ、

この宇宙の謎を解き明かすぜー、という心躍るものでした。

どう収束させるか、それこそ謎だったのですが、

私としても納得できるところに落としてくれていました。

原作はハルキ文庫から出ている「神様のパズル」、機本伸司著。

秋葉系かと思わせる表紙の本です。

この機本氏、私より年上の1956年生まれ。

2002年に小松左京賞を受賞しています。

映画が終わって即本屋に行ったのですが、置いていませんでした。

ネットで今注文したところです。

あんまり面白かったので報告させていただきました。

映画、人が入るといいんですが。

エキゼクティブ・プロデューサーは角川春樹氏、

監督は怖い顔の三池崇史氏。

大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:27 | カテゴリー:映画部


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