2009年04月29日
GRAN TORINO
かつては拳銃しか信じていなかったようにしか思えなかった
この78歳の健康オタクの爺さんはどうしてこんな人になったのだろう。
もしかしたら何も変わっていないのかもしれないが、
映画に関してはあらゆる才能を持つ、素敵なおじさまに見える。
クリント・イーストウッドは
マカロニウェスタンで当てる前は「半漁人の逆襲」とか「タランチュラの逆襲」
で端役をもらっていたらしい。
私が生まれる前の話である。
かなり後になってテレビで映画を見たことがあるが、
この人のことは全く覚えていない。
その後テレビの「ローハイド」で人気が出たらしいが、
これについても全く記憶にない。
それからは「クリント・イーストウッド」を知らなくても
「ダーティ・ハリー」で通じる人になった。
とにかく拳銃を撃ちまくるNRAが大喜びするような映画に
出る人というイメージであった。
監督業はこの10年くらいに思っていたら、
72年からコンスタントに主演兼監督でコンスタントに作品を作っている。
当然良いのも悪いのもある。
しかし、このところアカデミー賞候補になる作品を立て続けに発表している。
やたらピストルを振り回すこともなくなった。
何か心境の変化でもあってのことなのだろうか。
この映画はご覧になることをお勧めする。
人種偏見の塊なのか、そんなふうにしか自分を表現できない人間なのか、
そんな、朝鮮戦争で負ったトラウマを抱えた爺さんの話である。
映画の予告編で見たときは、
重要な登場人物は移住ベトナム人だと思っていたのだが、
そうでないことが映画の中で明らかになる。
気にして見ていないと良くわからないかもしれないが、
モン族であるとはっきり答える場面がある。
べトナム戦争のときにアメリカに協力したので、
故国にいられなくなったのだと言うのである。
もともと中国にいたミャオ族が清代に漢民族に押され
東南アジア、主にベトナム、ラオス、タイ、ビルマへ移住した。
彼らは東南アジアでは自らをモン族と呼び始める。
話がややこしいのはフランスが再度戻ってきてからのインドシナ情勢である。
フランス、後に続くアメリカは東南アジアの共産化を防ぐため、
モン族を活用した。
ホーチミンルートと呼ばれた補給路はベトナム国内ではなく
ほとんどはラオスの山の中を走っていた。
東南アジアといえばメコンデルタに代表される、
平らな河の国というイメージが強いと思うが、
ラオスに行ってみると山岳国であることがわかる。
ベトナム戦争ではカンボジア侵攻が問題視されることが多いが、
実はラオスが隠れた主戦場であった。
そこでアメリカに徴兵され戦ったのがモン族である。
アメリカが撤収した後、モン族狩りがラオスでは半ば公然と行われた。
運の良かったモン族の人々の一部はアメリカへ渡ったのである。
だから、映画の中のモン族の少女は自分のことを「ラオス人」と呼ばず、
「モン族」だと答えるのである。
主人公の爺さんの住むエリアはモン族が多数を占めている。
そうか、そういうふうに固まって暮らしていたのかと
映画の内容とはまた別の角度から心を動かされた。
ダーティ・ハリーを最後には、
全く違う方法で結末にもっていく人間に変えたこの映画、
必見である。共和党が嫌いな人も是非、足を運んでいただきたい。
大倉眞一郎





















