2008年12月29日

大倉眞一郎的BOOK BAR大賞 その他部門

前回の今年最後の放送では勝手に大賞をつけて
いろいろ発表しようと意気込んでいたのだが、
杏ちゃんと楽しくお話していたら、
いつの間にか時間がなくなって、本の大賞しかお伝えできなかった。
よく考えりゃBOOK BARなんだからそれでかまわない気もするのだが、
せっかくなんで書かせてください。


すごいもん見ちゃったな大賞

アンコール遺跡群で一番有名なのはアンコールワットである。
観光客もとりあえず全員そこを目指す。
わたしも行った。
素晴らしいヒンズー教の遺跡である。
しかし、全員が押しかけている上に、
みんな記念写真を撮るのが大好きでレリーフに見入る人は少なく、
あちこちで妙ちくりんなポーズをつけ写真を撮っているので、
親切な私としてはフレームに入らぬよう気をとられて落ち着かない。
団体でいらしている方々が多いので、すっごくうるさい。
仕方ないね、と納得はするが、少々気が抜けてしまった。

ところが、この遺跡群、アンコールワットだけがすごいのではない。
すぐ近くにアンコールトムの遺跡もある。
その中心に位置するのがバイヨンの遺跡である。
こちらが大賞獲得である。
おめでとうございます。
アンコールワットと違って仏教遺跡なのだが、
その造りはわれわれの想像を超えている。
須弥山(しゅみせん)という
世界の中心にそびえる山を模して作られたといわれているが、
同じアンコール遺跡というのに全く趣が違う。
117の観世音菩薩の馬鹿でかい顔がどこを向いてもこれでもか
というほど慈悲の光を浴びせかけてくる。

さて、ここでその写真を、と思ったのだが
大ボケかましてスキャンしていなかった。
そこで来年、このバイヨンの遺跡については放送で話すか、
もう一度ちゃんと写真つきでブログで解説いたします。

その代わりといっては何だが、タ・プロームという同じ仏教遺跡も
驚くべき特徴を持っている上、ちゃんとスキャンした写真があるので
そちらで楽しんでください。

    1230okura.jpg

規模はバイヨンより大きいのだが、手入れがされていなくて、
一見廃墟に見えるし、そうだともいえる。
この遺跡の特徴は巨大なスポアン(溶樹)に
遺跡が飲み込まれんばかりになっているところである。
どうしてここだけこんなことになってしまったのか、
解説されていない。
謎の遺跡である。本気で驚いた。


一番通ったラーメン屋大賞

この歳になると数年前まで毎日食べていたラーメンが
胃にもたれることがあるので、
ラーメンといえば大倉と言われていた神話が
実は虚構のものとなりつつある。
そういった情けない状況にありながらも通った店がある。
実は去年までは東京では2軒行きつけの店があったのだが、
東陽町にあったラーメン本には取り上げられない謎の店、
来来軒が突然閉店してしまったので、一軒だけになってしまった。
なくなった来来軒は
客の95パーセントがタンメン、餃子を注文していた。
11時過ぎから3時くらいまでは
気が萎えるくらいの大行列が途切れることがなかった。
この店大儲けしていたはずなのに
どうしてやめっちゃったんだろうか?
近所の八百屋さんの話では体調を崩して、
ということらしいのだが、従業員全員家族でやっていたので、
どうにか続けられたのではないかと思う。
悲しい。
銀座のバーのママさんに教えてあげたら
週に2、3回はタクシーを飛ばして通っていた。
それくらいの店であった。
ネットでも惜しむ声しきりである。
来年の復活を強く望む。

大賞に輝くのも人気店なので紹介はするが、
行かないでいただきたい。
そもそも混んでいるので、これ以上並ばれると迷惑である。
両国駅のそばにある丸玉(実際には玉を○で囲んである)
が受賞されました。
おめでとうございます。
ここは支店のはずだが、
本店が他県のため支店のみにつき受賞である。
鶏スープなのだが、濃さが半端でない。
白濁しており、トロトロである。
私がいつも頼むのは、からし・ねぎ・あおさの超豪華版で
ここまでやると少々値は張るが後悔はない。
まず、一杯を2分でやっつけて替え玉をいただく。
あおさが訳がわからないほどこのラーメンに合う。
平日はいつもJ−WAVEが流れているのだが、
土曜は何故かニッポン放送の「アッコのいい加減に1000回」である。
いつも和田アキ子に怒られながら食べている。
絶対に皆さんは行かないでいただきたい。


アートにつきましてはいくつか展覧会に行きましたが、
さすがにアンコール遺跡の実物の迫力にはかなわないので
今年は該当展なし。


今年リリースされたCDで唸った大賞

放送では杏ちゃんに影響されて日本の楽曲をかなり聞いた話をして、
加藤千晶を紹介したが、あのCDは2008年のものではない。
今年もまたCD屋に行くたびに後悔するくらい買い込んでしまった。
一番を決めるとなるとやはり迷うが、
Haydee Milanes(アイデー・ミラネス)の「en vivo」となった。
キューバの女性ヴォーカリストのライブアルバムである。
しなやかさ、力強さ、なめらかな艶。
どれも絶品。お勧め。

ということで、今年ももう終わりである。
正月お笑い番組で大笑いした後、すぐにネパールに行き、番組が始まり、
映画見て、ブログ原稿書いているうちに終わってしまった。
時の速さについていけない。
でも、来年も、自分の時間で。

皆様、良いお年をお迎えください。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 09:13 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年12月27日

大倉眞一郎的本年度BOOK BAR大賞 映画部門

今年は3月末まで
ネパール、カンボジア、ラオス、ベトナムをうろついていたので、
見た映画が少ない。
年末ギリギリまで見たとして150本くらいであろうか。
と、格好をつけてみたが、
そもそも映画評論家でも何でもないので、
まだ会社をやっていた頃は精一杯見た年でも
とても100本にはとどいていなかった。
今は試写のご案内をいただくこともあり、大変幸せである。
しかし、本日の映画部門の発表については試写で見たから
順位が上がったということはまったくない。
まあ、私のチョー勝手な評価であるから
気にする人なんていないと思うが。
本当はいざとなってみると
「大倉の見てる映画なんてこんもんかよ」と言われそうで怖い。

では、10位から

●10位  INTO THE WILD
      ブログにも書いたが、主人公の「純粋さ」もさることながら、
      アメリカのある意味での懐の深さに感じ入った。。

●9位   神様のパズル
      宇宙が好きなんだからしょうがないじゃん。
      谷村美月も大変よろしい。
      「幸運な宇宙」を読んだ後だったので特に印象が強かった。

●8位   コレラの時代の愛
      ガルシア・マルケスの
      どちらかと言えば私にはつまらなかった小説が
      映画化されたものだが、ハビエル・バルデムの秀逸な演技と
      実に南米的な絵作りで印象が全く変わってしまった。
      フェルミナ、フロレンティーノという登場人物の名前も好き。

●7位  クローバー・フィールド
      とにかく怪獣映画はどんなものでも見に行くのである。
      怪獣がほんのちょっとしか見えないテクニックのせいか、
      子供のように怖かった。
      「ブレアウィッチ・プロジェクト」と似た手法が使われている。

●6位  クライマーズ・ハイ
      杏ちゃんが本を紹介したが、私は本は読まずに映画を見た。
      当たり前の話だが、
      映画はやたら金を使えばいいというものではない。
      役者の演技でここまで作り上げることができる。
      出演者全員二重丸。

●5位  THE BANK JOB
      これもブログで紹介した。
      詳しくはそちらを参考にされたいが、
      私の場合、舞台がイギリスだと点が甘くなる傾向がある。
      タランティーノの「ジャッキー・ブラウン」
      を見たときの興奮を思い出した。

●4位  イースタン・プロミス
      あちらこちらから「見るべし」と勧められて、足を運んだ。
      これも舞台はロンドン。
      全編緊張感でピンピンに張りつめた一本。
      監督は大好きなデヴィッド・クローネンバーグだが
      こんな映画も取れるとは夢にも思っていなかった。

●3位  NO COUNTRY
      コーエン兄弟の映画に間違いはないが、
      これは群を抜いていた。
      ここでもハビエル・バルデムが圧倒的な存在感。

●2位  SHINE A LIGHT
      ストーンズXスコッセッシ
      文句あっか。

●1位  ACROSS THE UNIVERSE
      ビートルズXジュリー・テイモア
      文句あっか。

しかし、順位をつけたものの、あまり意味ないか。
要は好き嫌いである。

ブログで紹介しておきながらこの中に入っていなかったり、
紹介していないのに入っていたりで、おかしいと思われる方。
いつもブログを読んでいただきありがとうございます。

たまたま見た週、ほとんど二日酔いで書けなかったり、
上映終了直前に見たものもあり、
こんな具合になっております。

このランキングを無理やり作るにあたり、
最後はサイコロ転がす状態になりました。
そのくらい差がなかった映画が
あと21本あったことをご報告しておきます。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 14:54 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年12月27日

2008年 BOOK BAR大賞発表!

受賞作品は

■杏セレクト■
「オリンピック全大会 人と時代と夢の物語」

    ori.jpg

著者:武田薫 朝日新聞社


■大倉眞一郎セレクト■
「ぼくと1ルピーの神様」

    boku.jpg

著者・ヴィカス・スワラップ  ランダムハウス講談社


全国の書店の方、ぜひポップで宣伝してあげてください。

BOOK BAR staff| 14:49 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年12月27日

12.27 OA COLDPLAY 奥田民生 加藤千晶 and more

1 LIFE IN TECHNICOLOR / COLDPLAY 

2008年を象徴するバンド。
『美しき生命』の冒頭を飾っていたインスト曲が、
先ごろリリースされた新EPでは歌入りに!
ビートルズに例えればホワイトアルバム期にあたるのでしょうか?
成熟したバンド特有の熱気と創造性が眩しい。


2 I’ve Just Seen a Face / from the OST of“Across The Universe” 

大倉さんも杏ちゃんもはまったというビートルズを
題材にした映画「アクロス・ザ・ユニバース」のサントラから。
杏ちゃんは先日、スタッフとのカラオケ会でもこの曲を熱唱!
大倉さんをはじめ年長のスタッフたちを驚かしてくれました。


3 唇をかみしめて / 奥田民生 

OTが故郷・広島の先輩である拓郎の曲をカバー。
広島弁の歌詞がなんともいい味を醸し出している。
本物じゃけんのう。


4 DON’T IT DRIVE YOU CRAZY / THE POINTER SISTERS

国産車のテレビCMでお馴染みの曲。
ついつい懐かしくなってブルーサム時代のベスト盤を購入したら、
中学生時代に聞き込んだ曲たちと数十年ぶりに再会。
ずいぶん背伸びして大人の音楽を聞いていたもんです。


5  カミナリ食堂  / 加藤千晶 

愛知県出身。
この声に聞き覚えのあるという方、あなたは耳がいい!
実は彼女はあの曲も、あのCMも、という具合で、
ずいぶん色々なCMソングを作ったリ歌ったリしている。
この曲の収録されているアルバムでは1年12カ月に合わせて、
季節感豊かに12曲を歌っている。


6 ANYTHING GOES /TONNY BENNETT 

1年の最後くらいはハッピーに締めくくろうと選んでみました。
BOOK BARは来年も“ANYTHING GOES”精神で営業いたします。
みなさん良いお年を!


BOOK BAR staff| 14:47 | カテゴリー:SONG LIST

2008年12月24日

赤鼻のトナカイ

特に50を過ぎてクリスマスが楽しみでなくなったわけではなく、
「クリスマスは恋人同士で過ごす夜」ということになってから
さっぱり興味をなくしていた。
ロンドンにいた頃は
「日本ではクリスマスっていうと、みんな何とかセックスしようとする日なんだぜ」
とばらしていたが、連中も羨ましいという顔をするだけで
「おかしいよ、君たち」とは言わなかった。
イギリスでは北アイルランド紛争があったにもかかわらず、
普段の生活では宗教が表に出てくることはなかった。

とはいってもみんなクリスマスは大好きで、
11月に入るともう浮かれモードに入っていたものである。
私はどうでもよかったのだが、
クリスマスに近くなると事務所のイギリス人は
「クリスマスプレゼントを買いに行くので、午後はいません」
と言っていなくなっていた。
どうしたもんかと、関係会社のイギリス人社長に聞くと
「ほっとかないと面倒なことになるぜ」
と誠にありがたい助言をいただき、好きにしてくれ、ということにしていた。

そんなことを思い出しながらこの原稿を書いているのだが、
実は恥ずかしながらこの私、クリスマスソングは大好きである。

今の杏ちゃんみたいに素直にサンタクロースを信じていた子供の頃、
やたらはしゃいでいた記憶があるので、
その時に刷り込まれていたのだろう。

今日「真っ赤なお鼻の・・・」
と、鼻歌をフンフンしながら歩いていた時に、唐突に思い出した。
この歌について私は何十年も重大な疑惑を抱いていたのだった。
それを誰にも問うてみたこともないし、
誰も「どんなもんか」と聞いてきたこともなかった。
それをこの歳で公にするというのもおかしなものである。
ごめんなさい。

赤鼻のトナカイがいるという設定はいいんじゃないの?
そんな歌だし、世界中探せば何匹か鼻が赤いのがいても
そんなに不思議なことじゃないだろうし。

いつもみんなの笑いものになっていたというのはかわいそうだが、
それ「いじめ」だから歌詞変えろ、
歌わせるなというほどのことでもなかろう。

でも、いきなり、その年のクリスマスの日にサンタクロースから、
暗い夜道はお前の鼻が役に立つ、と言われて、
今夜だけ喜んだというのはおかしくないか?
前の年、その前の年はどうだったのよ?

実はそんなことはどうでもいい。
トナカイの鼻が赤いというのは、
いいじゃないのというのは前述の通りだが、
赤いというだけで、どうしてピカピカの鼻が役に立つのか?
その鼻は光っていたのか?
赤いだけでは夜は役に立たない。
蛍のケツの少なくとも100倍くらいは光っていないと、意味がなかろう。
赤いだけだと夜道ではそのまま暗いだけじゃないの。

暗い夜道でそりを引っ張っていくのであれば、
先頭を走っているんだろうが、
その他の黒い鼻のトナカイはいたんだろうか、
一匹で引っ張れるほど、サンタのそりは軽くない、はずである。
いろいろ苦労がありそうではないか。
「出る釘は打たれる」なんてことになってないか?

わかったのは赤鼻だったのはルドルフである。
ルドルフという名のトナカイ。
もともとの英語の歌詞では赤鼻の上に「a very shiny nose」であったという。
ということは光っていたわけである。
やはり赤いだけでなく光っていたのである。
じゃ、しょうがないな。
よかったね、というお話でした。

Very Merry Christmas!

                               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 13:23 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年12月23日

THINKING ABOUT LOVE

FROM ANNE

anne-love.jpg

FROM Shinichiro Okura

okura-love.jpg

BOOK BAR staff| 03:39 | カテゴリー:おしらせ

2008年12月23日

マルセイユの決着(おとしまえ)

年末のせわしない時期にこりゃ見とかねば、
という映画が次々に公開されている。
こちらは忙しくはないが、忙しい皆様には歯がゆい限りであろう。

この「マルセイユの決着(おとしまえ)」という映画、
いろんなタイトルが交錯していてややこしい。
そもそも決着なら決着でいいんじゃないかと思ったりするが、
やはり「おとしまえ」にこだわりがあるのはわかるので、良しとしましょう。

原作はジョゼ・ジョヴァンニの「おとしまえをつけろ」。
フランス語の原題は「Le deuxieme souffle」(活動再開、巻き返し)。
原作者のジョゼ・ジョヴァンニは
第2次世界大戦でレジスタンスに参加した後、
ギャングとなり死刑判決を受けたが減刑され、出所した人間である。
異色であり、ある意味、腹の据わったリアリティある小説を書く。

一度ジャン=ピエール・メルヴィル監督が66年に
「ギャング」というタイトルで映画化している。
この映画は私は見ていない。
今回はアラン・コルノーが監督している。

60年代のパリを再現し細部までこだわった作りで、一気に引き込まれる。
当時のパリは美しい。
そのパリを撮るのに独特の光の使い方をしている。
全編セピアがかかっているように見えたのは私だけではないだろう。
そもそも日本映画のようにすべてに光が回ってないと
許してもらえないほうがどうかしている。
エコ云々で家庭から白熱灯が追放されようとしているが、
蛍光灯は決してきれいな光ではない。
世の中、明るいだけが正しいことではないのである。
暗く撮ると、こんなにきれいだ。

okura1221.jpg

フィルム・ノワールである。
脱獄した主人公は様変わりしたギャングの世界へ戻りかけるが、
愛と仁義の狭間で追い詰められていく。

ハリウッドのただのマシンガンぶっ放し映画でもないし、
日本の仁侠映画ともまた違う。
フランス人のギャングが全員こんなだったら、
女性はみんな持っていかれてしまう。
映画の中の悪い奴らは哀愁と男の魅力を存分に振りまいている。
困ったもんである。

主人公に惚れちゃうのが唯一フランス人俳優でない、
モニカ・ベルッチである。
ますます頭にきた。

東京では渋谷のシアターNでしかやっていません。
頑張って出かけてみよう。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 03:02 | カテゴリー:映画部

2008年12月22日

BOOK BAR大賞 番外編

幼い頃から自分は活字中毒だとうっすら自覚していたが、
この番組にかかわるようになって、
上には上がいるもんだなァ〜と感心するやら呆れるやら。
大倉さんと杏ちゃんの読書量は尋常じゃない。

今週は2人が2008年を振り返り、
BOOK BAR大賞を発表するので楽しみにしていてください。

そんな番組スタッフであるわたしにとっての
2008年の幸福な出会いの数々。
大倉さんに映画部長に指名されたので、
まずは映画部門から。

作品賞は『ダークナイト』。
日本のマーケットでは空振りに終わりましたが、
本国アメリカでは5億ドルを超えるメガヒット、
グラミー賞のタイミングで再公開の話もでているとか。
どんなジャンルの表現であれ、
美学を貫くことの大切さをあらためて感じましたね。

主演男優賞は『WALL・E』のWALL・E、人間じゃないけど。
主演女優賞は『ラスト、コーション』のタン・ウェイ。
ぜひ一緒に雀卓を囲んでみたいものだ。


音楽部門、ベスト・ライヴアクトは、
以前、このblogにも書きましたが、
フジロック最終日にフィールド・オブ・ヘヴンで観た
ポルトガル在住のメキシコ男女によるギターデュオの
Rodrigo y Gabriela。
パフォーマーのエネルギー、観客のエネルギー、
そして場のエネルギーが三位一体となって、
人生忘れえぬ夜となりました。

次点はプロモーションで来日したDUFFYの
リキッドルームでのショーケースライヴ。
スター誕生の瞬間を目撃させていただきました。
スタイルは異なるけど、80年代にSADEが
デビューしたときの印象と重なるんですよね。
DUFFYのデビュー作はイギリスで今年最も売れた作品に
なったそうで150万枚のセールスを記録しています。
CDの売れない時代にこれは驚異的な数字。
それにしても日本の洋楽CDセールスの低迷ぶりは
深刻です。


アート部門…、実は偉そうに語れるほど
今年は多くの美術展に足を運べなかったんですが…。
春に世田谷美術館で開催されていた「冒険王・横尾忠則」には
圧倒されました。
70代に入りますます精力的に作品を生み出すパワーに
勇気づけられます。
会場で購入した著書「温泉主義」も素晴らしかった!
横尾作品がいかに誕生し完成されていくのか?
そんなプロセスの一端を感じ取れる
横尾マニア必読の書といってよいでしょう。


食部門…今年もずいぶん美味しいものを食べた気に
なっていたけど、よくよく思い出してみると、
味が忘れられずに何度も通った店は一軒だけ。
ということで学芸大のカレー専門店「sync」を
挙げておきましょう。
血中カレー度が急上昇する夏場にはお世話になりました。
控え目なご主人による絶品のカレー!
沿線にお住まいの方はぜひ味わっってちょーだい。


そして肝心の本部門ですが、これは選ぶのが難しいので、
一番声を出して笑った本を挙げておきましょう。
著者曰く“便所本”。
何のためにもならない本です。
そして非常に毒が強いので読者を選ぶ可能性大です。
不愉快になったらごめんなさい。
電気グルーヴの続・メロン牧場―花嫁は死神
今年後半話題となった小室哲也氏の結婚披露宴のくだりでは
涙が出るほど笑ってしまいました。
読んでいる間は金融危機なんてどうでもよくなります。

年の瀬や正月を笑って過ごしたい方はぜひ!
思いっきり時間を無駄にしてください(笑)

(番組スタッフJD)

BOOK BAR staff| 06:16 | カテゴリー:from スタッフ

2008年12月21日

懺悔

日々懺悔のネタには事欠かない私であるが、
そもそも懺悔とは何か。
「あー、わりー、わりー」
では誰もこいつは懺悔しているとは思わない。

ちょっと意外なことではあるが、
仏教では懺悔は「さんげ」と読む。
過去の罪悪を仏、菩薩、師に告白し、悔い改めることである。
「ざんげ」と読むのはキリスト教、特にカソリックにおいてである。
罪を告白するまでは同じであるが、
こちらは神の赦しを得ることが主眼となる。
大して違わないという気もするが、ここ微妙なところで、
一応気にしておいていただけたらと思う。

懺悔」という映画が公開された。
作られたのも、公開されたのも旧ソビエト連邦時代であるから、
ソビエト映画と呼ぶべきであろうが、
(グルジア映画)とクレジットされているように、
まさにグルジアで作られ、グルジアから公開されていった。

グルジアはついこの間、南オセチアをめぐる紛争があったところで、
今でも解決しているとはとてもいえない
複雑な問題を抱えた国である。

1984年に完成していたのだが、
86年に初めてグルジア、トリビシで公開され
翌年モスクワでも公開され大ヒットとなった。
同年カンヌでも審査員特別大賞を獲得している。

よくこんな映画の上映が許可されたなあ、
と不思議に思ってゴルバチョフの登場がいつだったか調べてみたら
1985年に共産党書記長に昇格していた。
それまでの共産党政権では絶対に無理だったのであろう。

偉大な市長が死んだのだが、
その墓が何度も掘り返されて落ち着く場所がない。
誰が何故、という話なのであるが、ミステリではない。
死んだ市長はどこかにユーモラスな風貌を残しているが、
ヒトラーとムッソリーニとスターリンをまぜこぜにした顔である。
ソビエト時代の独裁体制を痛烈に風刺、批判している。
それをあるときはシュールな技法を用いながら、
重苦しくもモノガタリ性を失うことなく仕上げている。
東京では岩波ホールでしか上映していないので、
混むかもしれないが、是非足を運んでいただきたい。

この映画はどの新聞も大きく紙面を取って紹介しているので、
もっと難しい評論は
そちらでお読みいただいたほうが役に立つはずである。

実は私は内容もさることながら、
いきなり飛び上がるくらい驚いたのは、
タイトルに使用されていた文字であった。
ソビエト映画といえば
キリル文字で表示されるものとばかり思っていたら、
タイトルからエンドロールまですべてグルジア文字が使用されている。
残念なことに映画本編で使用されている言語が
何なのかわからないのだが、
前後で本編を挟むようにグルジア文字が延々と続く。

それがどうした、と思われるはずだが、
この文字が南インドで使われているいくつかの文字、
ミャンマーで使用されているビルマ文字に酷似していたのである。
私は読む努力をしようと頑張るほどではないが、
かなりの文字フェチである。
そもそもインド哲学をやろうかと思ったのは
サンスクリット語の文字の美しさに魅了されたからである。
グルジア文字と南インド、ビルマ文字に
何らかの関連性はないかと調べてみたのだが、
そのような文献は発見できなかった。
コーカサスと南インドでは民族分布、
移動を考えてもやはり共通点はなさそうである。

でも納得がいかない。
偶然にしてはできすぎているように思う。
専門の研究者の方がいらっしゃれば是非ご教授いただきたい。

ちなみにグルジア文字は以下のようなものです。
意味は「酔っ払った」。
მთვრალი,

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:46 | カテゴリー:映画部

2008年12月20日

12.20 OA TOKU yanokami BRUCE SPRINGSTEEN and more

1 BLANCA NAVIDAD (WHITE CHRISTMAS) / LUIS ENRIQUE 

サッカーの元スペイン代表に同名の凄い選手がいましたが、
もちろん歌っているのは別人。
こちらは中米ニカラグア生まれのサルサシンガー。
70年代後半に渡米し音楽活動を本格化し、
ラテン文化圏で広く愛されるようになります。


2 AGAIN / TOKU 

ボーカリストであり、フリューゲルフォン奏者でもある。
ベースとなっている音楽はJAZZですが、
J-POP、ヒップホップなどのアーティストとの交流も盛んで、
数々のコラボワークが話題となっています。
この曲ではEXILEのATSUSHIとのデュエットが実現。
実に2008年な曲に仕上がっている。


3 NIGHT TRAIN HOME / yanokami 

矢野顕子とレイハラカミによるユニット。
世代も性別も異なるが、どちらも海外からの評価が高い
音楽の鉄人同士の組み合わせ。
唯一無二の音がここに存在する。


4 GALAXY / INNER ZONE ORCHESTRA

インナーゾーン・オーケストラはデトロイト・テクノの
最重要人物カール・クレイグ率いるジャズ志向の強いユニット。
ここでは70年代に活躍したファンクバンドWARの代表曲を
ミニマルでいて宇宙のように深遠なるアレンジでカバーしてくれた。


5  LET’S HANG ON / MANHATTAN TRANSFER 

70年代から活躍している超絶技巧派ジャズ・コーラス・グループ。
50’s、60’sのポップスをカバーした94年のアルバムから、
オリジナルを歌っていたフランキー・ヴァリをゲストに迎えたナンバー。


6 FIRE / BRUCE SPRINGSTEEN 

常にメラメラ燃えているロック界における労働者階級の
英雄といえば、ボスことスプリングスティーン。
この曲は後にポインター・シスターズがカバーして
全米2位のヒットを記録しています。


BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:SONG LIST

2008年12月20日

全日本じゃんけんトーナメント

大倉眞一郎セレクト

    jyanken.jpg

著者:清涼院流水    幻冬舎文庫


運が確率を支配し、
運の強い者が確実に勝ち上がる「全日本じゃんけんトーナメント」。
負けたいのに負けられない、
気弱で不運な主人公は決勝トーナメントに勝ち進んでしまう。
この強(凶?)運の正体は?
グー、チョキ、パーの論理で運の謎を解き明かし、
運命を支配しようと試みる空前絶後の新世紀ミステリ。
 

BOOK BAR staff| 14:34 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年12月20日

しずかの朝

杏セレクト

    shizuka.jpg

著者:小澤征良   新潮社

人生に悩む主人公のしずか。
不思議な縁に導かれ姉とともに訪れた横浜の古い洋館。
ロシアン・ハウスの老婦人ターニャに教えられたものとは?

BOOK BAR staff| 14:18 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年12月20日

たくさんのご応募ありがとうございました!

ふたりがセレクトした本プレゼントに、
たくさんのご応募いただきまして、どうもありがとうございました。

○○○○当選者○○○○

江戸川区【ゆぱ・みらるだ】さん

川崎区【浪人生チャーリー】さん

我孫子市【河童のへの丸】さん

おめでとうございます!!


是非感想もお寄せください。
お待ちしております。

BOOK BAR staff| 14:00 | カテゴリー:おしらせ

2008年12月19日

悲しい愛

「愛のひだりがわ」は大好きな小説だが、
愛は常に思いを寄せている人、大事な人に届くとは限らない。
届かなかった愛のことを思うと
この間まで胸が張り裂けそうになっていたのだが、
最近はそうでもない。
どうしてでしょうね。

こちらから発信する愛は受け止めてもらえたり、
跳ね返ってきたりするが、ストレイト、ゲイに関係なく普通の人間は、
「よかった」または「がっかり」とけりをつけることができるのだが、
けりをつけない輩が存在する。
ストーカーであったり、極端な例、愛とは何の関係もない痴漢行為、
さらに卑劣な行為に及ぶ犯罪者もいる。

私はストレイトなので女性から好意を寄せていただくのは
大変光栄であり、本当はスキップしたくなるくらい嬉しい。
ゲイの方から好かれるのも素直に嬉しいのだが、
気持ちだけいただくことにしている。
若い頃、撮影スタジオでヘアーメイクの方に
「え・く・ぼ」といたずらっぽく笑われながら、
私の自慢のえくぼを指先で突っつかれたことがある。
ちょっと照れくさかったが、懐かしくも楽しい思い出である。

ただ、そんなこともそれっきりで、
基本的にはどうもゲイの方々の好みではないようで、
それ以来そんなからかいの対象になったこともなかった。
ロンドンで私の部下であったゲイの男の子とこんなことを話したことがある。
「シンはゲイじゃないのがはっきりわかるけど、
今出張で来ているあのハゲの人はゲイだよ。
ぼくらにはそういうことってすぐにわかるんだ」
「へー、俺もこっちに来てかなりわかるようになったけど、
あの人はわからなかったな。ただ、彼は奥さんも子供もいるよ」
「自分で気がついてない人もいるんだよね」
少し淋しそうだった。

ということで、部下にお墨付きをもらって
ゲイの人にはもてないと思い込んでいた。

舞台は再びカンボジアに飛ぶ。

プノンペンからアンコール遺跡を見るための町
シェムリアップに移動するのにスピードボートを利用した。
バスはつまらないし、
飛行機は高いので旅行者には人気のある交通機関である。
トンレサップ川から馬鹿でかいトンレサップ湖に入り、湖の北の端に着く。
雨季は5、6時間で着くらしいが3月の乾期は場所によっては
水が減って、のろのろボートになるので7時間かかってしまった。

朝の7時に出発である。
カンボジアはほとんどいつも暑いのだが、この季節、朝、晩は涼しくなる。
スピードボートはスピードが命であるから、
それを味わうとなると屋根が一番よろしい。
他の旅行者もよどんだ船の中の空気より、さわやかな朝の風を期待して
当たり前のように屋根に陣取る。
私も当然屋根派である。
ところがボートが動き、すっ飛ばし始めると気持ちよかった朝の空気は
凍てつくような厳しい寒気と変わる。
そのうち陽が出りゃ暖かくなる、ほんの少しの辛抱と耐えていたのだが、
根性なしどもが次々にボートの中に引っ込んでいくのを見て、
気持ちが萎え、「無理して風引くのは馬鹿」とすぐに主張を変え、
ボートの入り口へとよろよろ近づいたら、遅い。
すでにボートの中の席は一杯で、「詰めてやろうか?」
と気を利かすような顔は見当たらない。
みんな目を合わさない。
困っちゃったな、と機を見るに鈍な連中が
入り口付近で立ちんぼ状態で固まっていた。
仕方ないね、でもそのうち暖かくなったら絶対屋根の
ベストポジションは俺のもんだからな、今に見とけ、
と復讐を誓っていたら、ボートの従業員らしい優しい顔をした青年が
女性も金のありそうな旅行者も無視して私を指差し、従業員席といいますか、
ともあれ座れるところにわずかな隙間を作ってくれ、ここ、ここと合図を送る。
皆さん、申し訳ない。
カーゴパンツにTシャツ一枚という若い格好をしてはいますが、
実は50を過ぎた爺さんなんですよ、と心の中でお詫び申し上げ、
あー暖ったけー、やれやれ人心地。
どうもありがとね、若い船員さん。

若い船員さんはいいからもっともっと寄れよ、とひどく親切なのだが、
いやあ、もうこれで充分ですよ、窮屈なのもね、ちょっとね。
すると彼は読んでいた新聞を大きく広げた。
私は彼の左側に座っていたのだが、その広げた新聞を持った右ひじを
私の右太腿に置いた。
あらららら、どうしちゃったのかしら。
そのほうが読みやすいの?
しかし、カンボジア語の新聞なので私は読んでもわからないし、
誰がどう見てもその姿勢には無理があるでげすよ。
しかし、彼はかたくなである。
そのうち彼の右ひじが私の太腿の付け根に尺取虫のように
移動しているように思えた。
勘違いだといいなあ。
私はケツが痛い振りをして、足の位置を変えたが、
彼の右ひじは強力接着剤でくっついたように離れない。
彼も位置を変え追いかけてくる。
おかしいよ、君。
周りにはたくさんの人がいるし、いなくてもおかしい。
いかん。
足を組もう。左足を右足の上に乗せ、さらに本を取り出し、
両腕でがっちり局部をガードした。
これでひと安心と思ったら急に眠くなってきた。
朝5時に起きたから仕方ない。
念のため身体を折って、ウトウトしてたら尋常でない感触に目が覚めた。
いつの間にかほとんど船員さんの手は股の間に入り込んでしまっている。
痴漢船員に変身していた。
「おっ!陽が出てきた!」
とあえて声を出し、これを待っていたんだとばかりにすくっと立ち上がった。
「よし、屋根に上がろう。ありがとうね」
と不届き者に一応お礼を言って、そそくさとその場を後にした。

何故その時に相手の手をつかんで大声を上げなかったのか、
といぶかしく思われる方もいるかもしれないが、
実は度胸がなかったのではない。
カンボジアでゲイがどういう扱いを受けているのかわからなかったから、
あえてそういう行為には及ばなかったのである。
国によってゲイは厳罰を下されることがある。
東南アジアはタイのようにゲイに寛容な国もあれば、
ゲイは罪に問われるマレーシアのような国もある。
それまでのカンボジアではゲイと一目でわかる格好の人間がいなかったので
判断がつかなかった。
あの場面で大声を上げていたら、彼は職を失っていたかもしれない。
もっとひどいことになっていた可能性もある。
格好を付ける気はないが、万が一にもそんなことにはなって欲しくなかった。
痴漢行為はやめて欲しいが、彼は私もゲイだと思っていた節がある。
だから、私を指名して隣に座らせたのである。
痴漢と間違えられるほうが彼には不本意かもしれない。

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屋根の上は快適であった。
照り返しもあるので暑いが、今度はボートの中のほうが苦しいはずである。

先ほどの青年はジュースを売って回る。
隣に座ってタバコを吸うかと差し出されたが断った。
しきりに話しかけてきて、ひょいと股間に手を回そうとするのを今度は
「これはだめ」
と腕を取って払いのけると、カンボジア語で恨めしい口調で話し続ける。
「お前はゲイじゃないのか?」
と聞いていたのかもしれない。

それから何度もジュースを売りに回ってきたが無視をした。
そのたびに悲しそうな視線を送ってきた。

今は素晴らしいパートナーと出会えて、
幸せに暮らしていることを切に願っている。

全然関係ない話で恐縮だが、
電車の中で男が男に痴漢行為を働いた場合は罪に問われるのだろうか?
日本に帰ってきて、それが気になって仕方がない。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 02:19 | カテゴリー:

2008年12月16日

SHINE A LIGHT

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(c)2007 by PARAMOUNT CLASSICS, a Division of PARAMOUNT PICTURES,
SHINE A LIGHT, LLC and GRAND ENTERTAINMENT (ROW) LLC.All rights reserved.


昨日、この映画を見て、最近俺はロックしていないんじゃないか、
と猛省したが、そのまま飲みに行って、
ベロベロになって帰ってきてしまった。
本日は史上最悪の二日酔いで人として成立していない。
やっぱりロックしていないことが確定してしまった。

高校生までロックな生き方をしてやると力が入っていたのだが、
大学でいい加減なファンクバンドをやって、
酒ばかり飲んでいたからに違いない。
もちろん人のせいではない。
私が落とし前をつけることである。

しかし、ここまで書いといて何だが、
「ロックな生き方」ってどういうのだったっけ?
ミック・ジャガーやキース・リチャードみたいな人生、と言われたら
「勘弁してくださいよ」である。
もしかしたらロックに生きている人にしかわからないのかもしれない。
時々「えー!」って人が、
「俺みたいにロックな生き方しかできない人間には、ウニャウニャ」
と話をしているが、きっとそういう方のイキザマはロックじゃないな。

わけがわからないことを書いたが、要はマーティン・スコセッシ監督が
ローリング・ストーンズのライブを撮った映画「SHINE A LIGHT」を見て、
涙こそ流さなかったもののいまだに興奮の絶頂にあるからである。

撮影会場、セットの造り、カメラ位置でストーンズのメンバーが
「気にいらねえなあ」オーラを振りまいている。
それ以上に混乱している出たがりのスコセッシ監督が
「あいつらは何を演奏するんだ!!!」と
コンサートが始まるまで大騒ぎしている。
その上、クリントン元大統領夫妻がステージに上がり、
なぜか客にストーンズを紹介するので
これは一体何の映画なのかとわからなくなってギリギリまでじらされるのだが、
いきなり一曲目が”Jumpin’ Jack Flash”である。
だらだらのバージョンじゃなくて、全開バリバリである。
中学生のときに最初にコピーしたストーンズの曲。
思わず立ち上がってこぶしを突き上げそうになったが、ぐっとこらえた。
大人になったもんである。

ビートルズ信者の私であるがそれはそれ。
ストーンズの真骨頂はライブと彼らの生き方である。
スタジオにこもって出てこなかったビートルズのほうが
かっこよく思っていたのだが、
ちょっと違う印象を抱いてしまった。
ストーンズは明るい。意外に礼儀正しい。客をなめていない。
時々ロン・ウッド(いつからロニーと呼ぶようになったのだろう)
とキースのギターが微妙にずれるのだが、
それがまた絶妙でわざとやっているようにしか聞こえない。
がんがんツアーに出て、
客の前で演奏していたからこんなに続いているのだろう。
これはやっぱりロックな生き方をしている人間の音楽である。

あえて年齢は記さない。
キースのあのハンサムだった顔はしわで埋まってしまい面影はないが、
悪そうな演奏は一見変わりないし、
ミックの声はとてもあの歳で出せるものではない。
チャーリー・ワッツは相変わらず何も話さない。
しかし、変わってなくない。変わっている。
より曲が客に届く演奏になっている。
歳をとってさらにロックしている。

まいっちゃうねえ、こういう人たちがいると。
二日酔いになってる場合じゃない。

18台のカメラが回っていて、
2800席しかないビーコン・シアターでのパフォーマンス
というスコセッシの魔術も効いているのかもしれないが、
おじさんはひっくり返りました。

撮影は2006年10月29日、30日のライブをまとめたものである。

六本木ヒルズの劇場で見たのだが、
これまで見た映画では平均年齢が一番高かった。
若い人には少し居心地が悪かったかもしれない。

                               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 10:01 | カテゴリー:映画部

2008年12月13日

12.13 OA 美空ひばり 湯川潮音 DUFFY

1 UP,UP AND AWAY / SAMMY DAVIS JR. 

フィフス・ディメンションの名曲をファンキーにアレンジ。
歌っているのは元祖オーシャンズ11のひとり、
シナトラ一家の中では森の石松的存在のサミー・デイヴィス・ジュニア。
歌と演技だけでなく、物真似やタップダンスの名手でもあるという
エンターテイナーの鏡のような男でした。


2 世界でいちばん頑張っている君に / SOMA 

オリジナルは3年ほど前にHARCOが歌っていた車のCMソング。
女性1人男性2人のユニットSOMAのバージョンは、
J-POPヒットのカバーソング集『essence of life SMILE』に収録。


3 ラヴ / 美空ひばり 

オリジナルはナット・キング・コールの「L-O-V-E」。
彼の大ファンであったひばりはコールが病死した直後に
『ひばりジャズを歌う〜ナット・キング・コールをしのんで』を制作。
歌謡曲、演歌、民謡といったジャンルだけでなく、
ジャズにおいても傑出したシンガーであることを世に証明してみせた。


4 SILVER BELLS / DORIS DAY

いまも歌い継がれるクリスマス・スタンダード。
作詞家のレイ・エバンズは「ケ・セラ・セラ」や
ナット・キング・コールの名唄で知られる「モナ・リサ」などで
お馴染みの巨匠。
昨年、92歳でこの世を去ったが、命日となった2月15日は、
奇しくもコールが42年前に亡くなった日だった。


5  風よ吹かないで /湯川潮音 

大倉さんお気に入りのシンガーソングライター。
この曲は今年リリースされたサードアルバム『灰色とわたし』から。


6 SYRUP & HONEY / DUFFY 

グラミー賞3部門にノミネートされた今年注目の新人。
出身地であるイギリス・ウェールズの村は人口わずか2000人。
優れたスタッフに恵まれたようで、
ロンドン上京後、4年の歳月をかけてその才能を開花させた。
来年3月の来日公演が楽しみである。

BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:SONG LIST

2008年12月13日

愛のひだりがわ

大倉眞一郎セレクト

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著者:筒井康隆  岩波書店

幼いころに犬に噛まれ左腕が不自由になった少女・愛が
行方不明の父を捜して旅に出る。
ジュブナイル小説に分類されるようであるが、
子供には小説の面白さを、
大人には小説の可能性を教えてくれる一冊。

BOOK BAR staff| 14:35 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年12月13日

中国古典の知恵に学ぶ 菜根譚

杏セレクト

    saikontan.jpg

著者:洪自誠  ディスカヴァー21

400年ほど前に中国・明代末期の学者、洪自誠が書き記した処世訓。
主として前集は人の交わりを説き、後集では自然と閑居の楽しみを説いている。
日本には江戸時代の終わりに伝わり、
人生の指南書ともいえる名言が多いことから、
田中角栄、川上哲治、吉川英治などが愛読していた。

BOOK BAR staff| 14:15 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年12月12日

独占スクープ!やはり幽霊はいた、らしい

どうしてこうも放送で話しときゃ面白かったかも
という事を忘れているのだろうか。

私は放送で話したとおり幽霊だのUFOだのは、
いてもいなくてもいい、と思っていることは変わりないのだが、
ごく身近にお化けと手をつないで寝ていた人や、
死んだ親戚が今生の別れに現れたという人がいたことを
すっかり忘れていた。
それが全然知らない場所でのことならどうということもないが、
私が住んでいた家で起こったことである。
健忘症だけで済まされるのか、
あるいは理由があって思い出さないようにしているのか
興味深いところである。

そういう体験した人間は
「大変、大変、俺スッゲーもん見ちゃったぜ」
と騒ぐことはなく、
「見たよ」
「触ってたよ」
と淡々と話す。
そうすると逆にあるんだろうな、いるんだろうなあ、
と主張を変えそうになる。

場所は日本ではない、ロンドンに住んでいた時のことである。
私は最初の4年間、アビーロードのネヴィル・コートという
かなり建てられて年月がたっている集合住宅にいた。
真冬には床下の水道管の水が凍り付いてしまい、
プラマーを呼んでも、
「こりゃどうしようもないから、ストーブを床に向けて暖めとけ」
という摩訶不思議な手当てを言い渡されたりするくらい古い建物であった。
3日間、温水、暖房のない暮らしを強いられた。
なぜかひとつだけ冷水の出る蛇口があったので、
それでトイレの始末はできたが、ここは本当にG7の国か、
といぶかしく思ったものである。
その時はロンドンの3分の1の家庭で同じことが起こったと聞いた。

そういうところだからかもしれないが、
ロンドンではお化けスポットが結構多い。
会社はバークリー・スクウェアという場所にあったのだが、
そこにも有名な幽霊屋敷があった。
行ったこともないし、実際に見たという人も知らないが、
そういうことになっていた。

しかしねえ、まさか自宅にお化けの出る部屋があったとはねえ。
今更だけど驚いちゃうよ。

会社の仲のいい同僚がロンドンに来たときに
泊まってもらっていた部屋があった。
小さな寝るだけの部屋であるが、さんざん酔っ払って倒れるだけなのだから
どこでもかまわないのである。
一人で2週間イギリスに来てずっと泊まっていった根性のある人がいた。
前の晩も大酒食らって、お互い倒れるように寝たのだが
翌朝、「ちょっと報告しとくね」、と言うので寝小便でもしたかと思ったら、
「昨日、横になってからすぐに白人のおじいさんがやって来てね、
朝までずっと俺の手を握ってたよ。
全然危険を感じなかったので、そのままにして寝てたんだけどね」
としらっと話すもんだから一応驚いたのだが、そんなこともあるのね、程度の
マグニチュードであった。
同じ部屋でやはり私の妻が
「私も夜、白人のおじいさんを見たよ」
と昨日になって話し始めた。続けて
「日本に帰ってからも〇〇さんが亡くなった時に私のとこに来たよ」
と幽霊には慣れているようなことを言う。
そういうことは、その時に教えて欲しい。

二人のケースに共通するのは全く怖くなかったし、
何かを特に訴えている様子でもなかったという。

それで霊能者になって一儲けしてやろうという野望はないようで
ごく普通の生活を営んでいる。

私はどこにいても何も感じない鈍感な男なので
「へー」
だけで済ませている。
それで特に困ったことがないからですね。

でも、もしその気になったら私のとこにも来ていただいてかまいません。
大歓迎はしないけど、
「こんにちは、どうですか?そちらはお元気ですか?」
くらいの話はしてみたいです。

                             大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 03:31 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年12月10日

番組からプレゼント!!!

番組リスナーの皆様へ

いつも番組をご愛聴いただきありがとうございます。

前回好評だった紹介本プレゼントの
第2弾を今週実施いたします。
もちろん、皆様への感謝の意をこめ、
杏ちゃんとと大倉さんのサイン入りとなっています!

それぞれが紹介した本をサインを入れセットにして、
抽選で3名さまにプレゼント。
どんな本になるかは放送を聞いてのお楽しみ!

ご希望の方は12月13日放送の番組で発表するキーワードを
書き添えて番組サイトより応募してください。
来週月曜到着分までを有効とさせていただきます。


たくさんのご応募、
そして番組へのご意見をお待ちしております。


(番組スタッフ)

BOOK BAR staff| 07:46 | カテゴリー:おしらせ

2008年12月09日

衝撃の告白!私は臨死状態になったことがあった

タイトルが派手だと読んでもらえるかも、と思いました。
内容はテレビのバラエティ番組より薄いかもしれません。

前回はオカルト特集のような内容になってしまい、
こちらは面白かったのだが、皆様はいかがだったろうか。

実はわざわざ立花隆の「臨死体験」を取り上げていたのに、
自分にはそんなことは「なーんにもない」と何も考えずに話していたのだが、
ふと今日になってそういえば私は臨死状態になったことがあるのを思い出した。
そんな大事なことを何故忘れていたのだろうか。

生まれた時のことだったからである。

私は生まれは熊本の八代、育ちは下関。
母が熊本、父が下関出身である。
いずれにしても薩長土肥連合の中での移動である。
親はそんなつもりで結婚したわけではなかろうが、
どちらかが会津出身ではまだあの時代、
なかなか難しいものがあったと思われる。

私の両親の恋愛話ではない。
私の母親は当時、熊本地方裁判所八代支部で働いていた。
そこで身ごもり、初めての子供を心待ちにしていたらしい。
らしい、というのは私の話ではないので
一応そういうことで聞いています、ということである。

私は予定日の一ヶ月以上前に母親に陣痛をもたらし、驚かせたようだが、
陣痛は微弱陣痛と呼ばれるものでそれが2日間も続いたという。
その頃から自己主張のできない運命を背負っていたのかもしれない。
そんな状態が続くと腹の中の子供は弱ってしまうようで、
出て来ると身体が紫に変わっており、
父親(精神科医だったので産科のことはさっぱりわからなかったようである)が
真っ青になって走り回る医者、看護婦さんに「どうですか?」
と聞いても何にも返事をしてくれなかったそうである。
どのくらいで呼吸を始めたのかは定かではないが、
仮死状態で生まれたことは確からしい。

これから先は臨死の話ではないが、
母親はおっぱいが大きいことが自慢だったらしく、
こんなおっぱいなんだからたくさん母乳も出ていると勝手に思い込んでいて、
いつまでもお乳を欲しがり泣くわたしを困ったガキだと悩んでいたらしい。
ところがある日、職場に連れて行ったところ、同僚から
「どうしたの!こんなに痩せちゃって」
と叱責を受け、初めて私がわがままで泣いていたのではなくて
自慢のおっぱいのせいだということがわかったと昨日告白した。
母乳の出が極めて悪かったのである。
もう生まれて51年である。51年目の告白。
かわいそうな私。
仮死状態で生まれて、ようやく生きていくめどがついたと思ったら、
ずーっと腹を減らして生きながらえていたのである。
こちらは涙が出そうになったが、当の母親は
「ぜんっぜん、わからんかったんよね」
と、申しておりました。
で、4歳で下関に行ったのだが
いきなり虫垂炎で入院、手術、暴れて失敗、再手術。
それまでもずっと虚弱児。
なんか大変じゃない?

よく催眠療法で自分が生まれた時にまで記憶をさかのぼってみる、
という本当か嘘かよくわからない話があるが、
もし本当にそんなことができるのなら臨死体験を追体験できるかもしれない。
すごく興味があるのだが、そこに至るまで、
手術や飢餓体験まで味わわねばならんとなるとすごく気が重い。

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私が世界中を歩いていて道端の道祖神や地蔵、
あるいは水子地蔵の集団を見ると
なかなか離れられなくなるのはそんな理由があるのかもしれない。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:51 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年12月08日

未國

姪から今度舞台に主演で出るということを聞くまで、
恥ずかしながら、この「未國」という謎の集団について全く知らなかった。
見た後もどういう集団なのかと聞かれて、
これと言い切れないところが面白い。
勝手に規定させてもらうと音楽舞踏集団という
そのまんまの言い方しかできないのだが、
文字にしてしまうと「違うなあ」という印象になる。

ちなみにチラシには

身体、声、リズム、そして異形の物語...
プリミティブな感性を呼び覚ます集団「未國」

というフレーズが書かれている。

要は一言では表現できないということなのであろう。
考えてみれば、作る、表す、伝えるという行為を「これは〇〇です」
と言い切ってしまうほうが無理があるのかもしれない。

11月末に吉祥寺の「吉祥寺シアター」で4日間行われた公演は
2部に分かれており、1部が「稀人(まろうど)」、2部が「禍」。
大変好対照な演目で全く退屈することなく、
ドキドキしながら舞台に見入っていた。

20代はよく小劇団から赤テント、
大舞台の仕掛け充分のものまで足を運んだ。
隣の人間とギューギューにくっつき靴をビニール袋に入れて持って入る
完全に消防法に違反している劇場で、ある意味一人よがりながらも
エネルギーにあるれた舞台を見ていると、
妙な連帯感が生まれてきて、あたかも舞台の上の人間と観客で
何かを作り上げているような感覚を得たものである。

変なのがたくさんいた。
確かあれは演劇団だったと思うが、
彼らの芝居を見に行った時には真っ暗な待合室に
いきなり軍服を着た連中に観客は全員整列させられ、
「これから舞台に出る人間を無作為に抽出する」
と一番偉そうなのが宣言すると、
あちこちから
「ギャー!ヤメテー」
「何するんですか!」
「いい加減しろよお前ら」
とかさまざまな罵声が飛び交う大混乱寸前の事態に陥り、
わたしの隣にいた男性は小声で、
「とんでもない話ですよね、帰ろうかな」
とつぶやいていたが、足がすくんで動けないようであった。

蘭童セル(ランドウセル)という女優が好きだった。
今どうしているかと調べてみたが、
ポルノ映画に出演していた話ししか出てこない。
本当は舞台でもずいぶん活躍していたのに残念なことである。
しかし、この蘭童セルが初めて出たと思われる
「私は犯されたい」という80年の映画は私も見に行った。
ポルノのつもりで行ったらこれのどこがポルノよという内容のもので
あまりの映像美と実験的ストーリーに衝撃を受けて、
みんなに勧めていた記憶もある。

しかし、ロンドンに行って以来、
すっかりそんな場所に足を踏み入れることもなくなっていたし、
「いまさらそんなものは」と思っていた。

未國の舞台は私の中で封印していた何かを揺らせ始めたようである。

        okura1208-Y2.jpg

1部は箆津弘順(のつこうじゅん)と平田沙織が
平安京での物語をライブの音楽、歌に合わせ踊るのであるが、
箆津はフラメンコダンサー、平田はバレエダンサーである。
どうなるのかと思ったら、どんなジャンルにも属さないダンスで、
そのためらいのない素朴にして複雑な身体の動きは
表現でありながらも衝動であり、身体的な言語があるとすれば
このようなものかもしれないと思わせるものであった。
箆津はすでに世界的な踊り手として知られているが、平田はまだ若い。
これから彼女がどの方向に向かうのか大変楽しみである。
と、そんなわけでその平田沙織が私の姪である。

okura1208-Y15.jpg
写真は2枚とも塚田洋一氏撮影。

2部は比較的私にも馴染みのある構成である。
全然分かってないとお叱りを受ける可能性大であるが、
暗黒舞踏+寺山修二+サーカス的香り満載。
舞台のどこに顔を向けても純粋に楽しめる。
胸にモヤモヤが湧いて来て、表現することへの欲求が抑えられなくなる。
できるかどうかが問題ではなく、こちらは客なのでその欲求を楽しめばよい。
魅力的な女性ダンサー、ミュージシャン(男性もいます)が多数出演している。
全員に魅了されたが、私には歌を歌った深井三実が一番印象的であった。

しばらく未國の追っかけをやるつもりである。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:31 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年12月06日

12.6 OA THE CRUSADERS rinocerose LINDA RONSTADT

1 KEEP THAT SAME OLD FEELING / THE CRUSADERS 

70年代後半、ロンドンでパンク・ムーヴメントが起きていた頃、
日本ではフュージョン・ブームが巻き起こっていた。
その頂点に君臨していたのが東のスタッフに西のクルセイダース。
星の数ほどのセッションで鍛え上げられたテクニックに裏打ちされた
余裕綽々のグルーヴは別格でしたね。


2 木蘭の涙 / STARDUST REVUE 

スタ☆レビは来年、結成30周年を迎えるそう。
これだけ長い間、主要メンバーは変わらず長期の休みもとらずに
活動を続けているグループはないんじゃないかしら?
サザンだって休み休みだし。
この曲は93年のアルバム収録曲で、後にシングルカットされた
彼らの代表曲のひとつ。


3 SANTA CLAUSE IS COMING TOWN /THE POINTER SISTERS 

1987年にエイズ・チャリティーのため作られた『クリスマス・エイド』から。
エイズで亡くなった画家キース・へリングの作品をジャケットに使用した
この企画はシリーズ化し、マイケル、マドンナなど数多くのスーパースターが
参加していました。


4 LE TRIANGLE / rinocerose

iPodのCMで世界的なブレイクを果したフランスのバンド。
エレクトロニカ+ロックなテイストが21世紀的。
ダンスフロアからの熱い支持もさることながら、
ライヴ・パフォーマンスもかなりイケています。


5  HEART BEATS ACCELERATING / LINDA RONSTADT 

1993年のアルバム『WINTER LIGHT』から。
UCLAなど著名な大学で教鞭もとる名エンジニアのジョージ・マッセンバーグが
共同プロデューサーとしてクレジットされている。
リンダとジョージは相性が良いようで、90年代にエンジニア部門、
プロデューサー部門の2つのグラミーを受賞している。


6 X’mas Day in the Next Life / 高橋幸宏 

今生で添い遂げることのできない愛は来世にて…
切なく儚い詞は幸宏氏とはビートニクスの盟友である
ムーンライダースの鈴木慶一氏のペンによるもの。
死後の世界がどうなっているのかは不明だが、
来世を信じたほうがロマンティックなのは間違いない。

BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:SONG LIST

2008年12月06日

臨死体験

大倉眞一郎セレクト

1206rinnshi-1.jpg 1206rinshi-2.jpg

著者:立花隆  文春文庫

まばゆい光、暗いトンネル、亡き人々との再会
―著者は、科学、宗教、オカルトの垣根を超え、
死の床から奇跡的に蘇った人々が、
異口同音に語る不思議なイメージ体験についての真実を追う。

BOOK BAR staff| 14:36 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年12月06日

異次元からの誘い ―声ナキヲ聞ク

杏セレクト

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著者:安倍天雲 文芸社

元警察官の著者が気仙沼の警察署赴任中に体験した、
超常現象、異次元世界との触れ合いについて綴る。

BOOK BAR staff| 14:20 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年12月04日

シアヌークビル

昨日の原稿を読んで
「たかが麺ひとつで生涯忘れ得ぬとはチャンチャラおかしい」
と思ったあなた。
麺を笑うものは麺に泣くから、覚悟しとけ。

しかし、予告したようにこの地が忘れられなくなりそうなのは
確かに麺のせいだけではない。

私はカンボジア、ラオス、ベトナムを40日くらいでまわるつもりだったので、
何か不測の事態が起こったときのために
ホットメールアドレスを取得しておいた。
ただし、賢明にも前の仕事の不愉快そうな話だったら、
絶対にアドレスを教えることは相成らん、
と家族に厳命を下す事も忘れてはいなかった。
おかげさまで心安らかに旅が続けられていたのであるが、
なーんとなくその日は夕食前にたまにはメールチェックしとくか、
心乱すものであれば見なかったことにしよう、
と決め、ネットカフェに向かった。

このネットカフェなるもの
いつからインド、ネパール、カンボジアに出現したのかわからないが、
カフェではない。店によってはInternetとしか書いてないところもあり、
ただコンピューターが並べられているだけである。
飲み物なんてない。
日本語の環境があったりなかったり、あると言ってなかったり、
ないと言ってあったりと自分でチェックしてみるまで使えるかどうかわからない。
英語、イスラエル語、韓国語はほぼどこに行ってもある。
日本人の貧乏旅行者が減ったということでもあるなあ、と感慨深かった。

全く関係ないが、
私はコンピューターで作業を始めるとたちまちにして便意を催す。
会社をやっていたときはトイレがすぐそばだったので自分でもよく出るもんだ、
俺の腹には宿便はない、と自慢していたのだが、
それがコンピューターのせいだとは気が付かなかった。
自宅でもそうだった。
やはりコンピューターをいじっていると深夜でもトイレに行っていた。
うかつであった。
まさかコンピューターが原因であるとは誰も信じてくれまい。
わたしもそうですよ、という人がいたら是非教えてください。
一人じゃないんだと安心すると思います。

どこで気が付いたかといえば、インドである。
会社畳んで最初に行ったインドの最初の夜に気が付いた。
その時は長いメールを友人に書いていて、
我慢できなくなり途中でいったん放り出さざるを得なくなり、
宿に戻ったのだが、単純に時差のせいだと思っていた。
しかし、用を済ませて再び作業を始めるとまた同じことが起こったのである。
それ以来、ネットカフェに行く際は一度軽くネット上で新聞記事をチェックして、
催すと宿に帰り、絞りに絞り、またネットカフェに戻るようにした。
どえらく面倒な男である。

えー、これは決して汚い話ではなく切実なる訴えである。
本当に困っています。
誰か助けてください。

話は一体どこへ行くんだろう?

えーっと、シアヌークビルのネットカフェの話であった。
案の定ホットメールを開いたあたりから苦しくなってきたのだが、
なんだか知らないが、やたらメールがたまっている。
絶対に嫌なことが書いてあるに違いない、
見ないことにしようかと迷ったが、
根が真面目にできている私はつい家族からのメールを開いてみた。
「J−WAVEの〇〇さんから電話あり。すぐに電話をくれとのこと」
〇〇さんはずいぶん可愛がってあげた人なのだが、
もしかしたらいじめられたと思っていたかもしれない。
どうしたもんかと悩んだら、〇〇さんからもメールが入っている。
「急な話ですが、番組やりませんか?
やりたいんだったらすぐに電話をください」
おー、会社を畳んだはいいが先のことは何にも考えず、
インドだ、ネパールだとうろついていたが、
本当は歳も歳だしまともな仕事にはありつけんなあ、
くらいのことはわかっていた。
しかし、嫌なことは忘れるに限るという私オリジナルの人生訓のもとに
本当に忘れていた。
しかし、このメールで思い出した。危機なのである。
地獄に蜘蛛の糸である。
もうトイレに行きたくて仕方がないのだが、ここは締めていかねば。
電話はかけられるか店のお姉さんに聞くとスカイプでなら大丈夫とのこと。
旅の最中の私には「うげげげげ」とうなるくらい高いが
電話をしないわけにもいくまい。
ぷつぷつ途切れる異常に通信状況の悪い中、何とか〇〇さんにたどり着いた。
「で、どんな番組なのよ」
もったいぶってみた。ぷつぷつ途切れるのでなんだか良くわからない。
やる気満々であるが、途切れる合間を縫って電話が高くてかけられないし、
そもそも電話が通じるような宿に泊まっていないことを理解してもらい、
メールのやり取りで詰めていくことにした。

翌日からはすごく素直な普段の私に戻り、
ケツの穴を締めて内容を納得した上で
しばらくはまだ日本には帰らないけど「やらせていただきます」とお答えした。
「で、いつ帰って来るんですか?」
「4月1日」
「何言ってんですか、番組は5日からですよ。
本当はすぐに帰ってきてもらいたいくらいなのに」
「いや、俺も帰りたいんだけど、
脳みそがもうラオス奥地に飛んでいて無理なんだよ」
という問答の末、3月25日の朝、帰国した。

翌日スッタフ会議で杏ちゃん、ディレクター、スタッフと初めての対面。
俺が代理店にいたら許さんなあ、こんなメチャクチャなスケジュール。

というわけで、現在楽しく番組をやらせていただいている。

シアヌークビルが生涯忘れ得ぬ場所になったのには
うまい麺を見つけたのとこんな出来事があったからである。


                             大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 14:04 | カテゴリー:

2008年12月03日

カンボジアのシアヌークビルのマーケットの屋台の麺のうまいこと

タイトルだけでもう何も書くことはなくなったのだが、
まあ、もう少し、丁寧に。

昨年2月にプノンペンに入り、
コンポンチャムという何にもない小さな町に移動し、
「お前何しに来た?」と不思議な顔をされつつも
つつがなく散歩をして毎日を送っていた。
すると、ある日、カンボジア女性と結婚したという日本人が
奥さんの実家にやってきて、子供と夕方メコン川沿いの公園みたいなところへ
散歩にでてみれば怪しい東洋人がいるので「日本の方ですか」と声をかけてみました、
と親しげに話しかけて来たりする。
「何でまたこんなところへ」と聞かれても
そもそも当てがなくうろついているので、答えようもない。

別の日には急に雨が降ってきたので同じ公園みたいなところへ逃げ込んだら、
私と同じくらい汚い格好の若者が追いかけてきて「日本人ですか」と尋ねる。
「いやー、昨日も見かけたんですが、とても日本人には見えませんでした。
でも、カメラを持っていたのでもしかしたらと思って」
だそうである。
日本のオヤジはバックパッカーやんないのか?
確かにそういえば見ないね。

しかし、こちらも日本人と会うためにこんな所まで来ていたわけではないので、
向こうが驚くくらいこちらもびっくりである。

別に嫌なことがあったわけでもなく、
実際若者とは晩飯を食いに行って大盤振る舞いをしてあげた。

妙なことが続くのでどうせ旅行者が多いのなら、いっそリゾートに行っちまうか、
とこれまた論理的必然なしに決めて、コンポンチャムからプノンペン、
プノンペンからシアヌークビルまで合計6時間半かけて一気にバスで突っ走った。

シアヌークビルは私にとっては生涯思い出深い場所となるであろう。
是非なって欲しい。
カンボジア唯一の海浜リゾートなのである。
といっても30年前のタイのパタヤよりもずっと鄙びているが、
皆さんやさしいし、安い宿も掃除が行き届いていて気分が良く、
やはり私も汚いところよりもキレイなところのほうを
好ましく思っていることに気が付いた。
ただ、キレイだ、鄙びている、で生涯の思い出になるわけがない。

麺である。
カンボジアの麺はベトナム、ラオス、タイと同じく
基本的には米から作った麺を使用している。
どこでも食べられるのだが、唯一その他諸国と違うのはスープがほんのりと甘い。
糖分はお酒から補給する体質になっている私にはかなり違和感がある。
仕方がないので普段はライムをギューギューに搾り、唐辛子をぶっ掛け、
ナンプラーみたいなものもドボドボ注ぎ、味を調えてようやく食らいつくのである。

シアヌークビルに着いた翌朝早々にマーケットに出かけた。
旅の朝は早起きなのである。
ここは他のカンボジアのマーケットとはかなり様子が違う。
海のものがあるからである。
河のものもおいしいのだが、やはりバリエーションに欠けることは否めない。
どーんと広いスペースに野菜、肉、それに海産物がごっそり並んでいる。
見ているだけで腹が減る。
腹が減ったところに屋台から警戒心を全く失わせる天上の香りが降ってくる。
それでも私は選ぶ。
何でもいいというわけにはいかない。
端から端まで覗いて回り、客の多い少ないを見定め、麺の質まで点検する。
人が食べているのを至近距離から観察するだけではあるが、これが大切。
そしたら思いもよらないものが。
黄色い麺である。日本のラーメンですがな、あなた。
もちろんインスタントでなくちゃんとした生麺。
それにスープ、もやし、肉団子。
混んでいてなかなか席が空かないので並ぶのだが、
こちらの方々はたかがラーメン一杯にも時間をかける。
ラーメン道の違いは認めるが、並んでいる人もいるんだから早くして頂戴。

だが、考えてみればニューヨークでもパリでもロンドンでも地元の方々は
人が並んでいようが、舌打ちしていようが長々スープをすすった後も
席を立たずおしゃべりに夢中で動こうとしない。
やはりこれは誰かが正さねばなるまい。
これを読んだ方は世界中のラーメン屋で不心得者を見かけたら
厳罰を下していただきたい。

やっと席について麺と肉団子を指差すと、あっという間にでてくる。
作るほうは恐ろしく早い。
甘くない。甘味ゼロ。しかも、スープはブタからとったと思われるこくのあるもの。
かといって日本のラーメンとは違う鼻の奥をくすぐるエキゾチックな香。

okura1202.jpg

あんまりうまくて2分で食った。
もう一杯。また2分。量が日本のものより少ないのでいくらでも入る。
が、わきまえも大事。
2杯で7000リエル。当時で200円ちょっと。
あまり安くないのが辛いが、
まわりの方も一杯3500リエル払っていたので値切るようなことはしない。

これが生涯の思い出のひとつであるが、これとセットになった思い出がもうひとつ。
でも、なんだか長くなってしまったので続きは明日。


                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:57 | カテゴリー:

2008年12月01日

沖縄

あー、私が琉球王朝末期のジェットコースターストーリー、
「テンペスト」を紹介したら、杏ちゃんだけ沖縄に行ってしまった。
私は何度も行ったことがないと訴えたのに冷たいものである。
中身汁食べたかしら、ソーキそばは絶対食ったな。
やたら量が多いらしいから、太って帰ってくるに違いない。

私は2001年発行の「沖縄大衆食堂」という、
イラストつきの丁寧な食堂解説書を繰り返し読んでは、涎をたらしている。
インドには呼ばれる人しか行けないという、
妙ちくりんな話が若い人の間では交わされているらしいが、
私はもう3回も行った。
しかも、長い。
インドにしか呼ばれない人間になってしまったのだろうか。
どうすれば沖縄は私を呼んでくれるのだろう。

沖縄の海は世界一きれいだと言うではないか、
どのくらいきれいなのだろう。
いや、世界一を疑っているわけではないのだが、
下関も30年前に東洋一の夜景とか宣言していたので
「何とか一」というのはやはり見てからでないとな。
私がこれまで見た一番きれいな海はタイのパタヤ沖にあるラン島の浜辺。
海が空と溶けていた。

下の写真は別の海。このくらいのたそがれ時の海が好き。
大体一人でビールを飲んでいる。

okura1201.jpg

私がその他好きな河、海はどれもドロンと濁っている。
特に河はメコン、メナム、ガンジス、ヤンゴン、トンレサップ、
どれも緑と黄土色が混ざったような色。
場所によっては緑と黄土色が、きれいに分かれていて合流する場所もあった。
その濁りは豊穣のしるしである。
エビ、なまず、貝、名称不明の魚介類が
マーケットに行くとこれでもかというほど並べてある。
そんなものをおいしくいただくようなレストランに入ったことはないが、
私より少しお金を持っていれば王侯貴族の食卓のはずである。
私は基本がマーケットの中の屋台であるが、それでも肉団子につみれ、
血を固めた精のつきそうなもの、
ホルモンなどがトッピングされた麺には心から胸が躍り、
つい2杯食べてしまう。
でも太らないのがいい。
あれは量が少ないのである。
本当は麺と煮物のぶっ掛けご飯がセットになっているのだと思う。

沖縄の海がきれいで、
その上海の食い物までうまいとしたら由々しきことである。
歳とるとあまり食えなくなるから急がねば。

                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:30 | カテゴリー:


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