2008年11月29日

11.29 OA JOHN LENNON RY COODER 上々颱風 and more

1 KILLING ME SOFTLY WITH HIS SONG / ROBERTA FLACK 

邦題は「やさしく歌って」、
杏ちゃんの魔法のカラオケレパートリーの中の1曲。
ロバータは1973年にこの曲でグラミー賞3部門を受賞している。


2 PoPo Loouise / 栗コーダーカルテット &UA 

ウクレレとリコーダーをメインに活動する4人組とUAがコラボ。
NHKの「みんなのうた」でお馴染みの曲。
うららかで摩訶不思議で温もりのある歌はお見事です。


3 Bring on the Lucie / JOHN LENNON 

アルバム『マインドゲームス』収録曲。
ここでは[犬ころ]さんのリクエストで、映画「トゥモローワールド」の
エンドクレジットで流れていたアンソロジーバージョンを。


4 GOING BACK TO OKINAWA / RY COODER

数多くの名サントラを手掛けるスライドギターの名手。
若い頃からルーツ・ミュージックに深い愛情を注ぐ彼は、
アメリカ音楽だけでなく、世界各地の土着的サウンドにも旺盛な
その好奇心を隠さない。
きっと彼の頭の中には国境なんて存在しないのだろう。


5  赤田首里殿内 /平安隆&ボブ・ブロッズマン 

赤田首里殿内は「あかたすんどぅんち」と読む。
琉球王朝時代から行われてきた祭礼「弥勒迎け(みるくうんけー)」で
唄われていた沖縄地方の民謡。


6 LET IT BE / 上々颱風 

琉球音階などアジアの民族音楽的要素を取り入れた無国籍サウンドを
展開するバンド。
ここではビートルズの名曲を賑やかに音頭スタイルでカバー。

BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:SONG LIST

2008年11月29日

テンペスト

大倉眞一郎セレクト

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著者:池上永一   角川書店

タイトルはシェイクスピアの戯曲にちなんで付けられた。
作者は沖縄県那覇市出身、早稲田在学中に小説家デビュー。
この作品では19世紀の琉球王国を舞台に、
ひとりの少女の波乱万丈の人生を超エンターテイメントに
綴っている。

BOOK BAR staff| 14:35 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月29日

こころ

杏セレクト

著者:夏目漱石 集英社文庫ほか

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漱石の後期3部作のひとつ。
なんと大倉さんが未読だったことが判明!
漱石は教職を離れてからは朝日新聞に勤めていたことも。

    kokoro-shin.jpg

こちらは、「新潮文庫の100冊」限定スペシャルカバーの『こころ』。
ほかにも太宰治『人間失格』や、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』などが
スペシャルカバー版で登場。
シンプルですが、ゴールドやシルバーに輝くタイトルのフォントなど、
装丁がスタイリッシュで目を引きます。    

BOOK BAR staff| 14:16 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月27日

Redacted

こんな単語知らなかった。
“Redact”は「編集する」「改訂する」という意味だそうで、
今回紹介する映画では「都合の悪いところは削除する」
という意味で使われているそうである。

2006年のイラク、サマラでのおぞましい
「事実に基づいたフィクション」というフレーズがついている。
こういう訳なのか、日本でつけたキャッチフレーズなのか、わからないが、
混乱するのでもう少しはっきりさせる日本語を使って欲しい。
でないと、反戦好きの連中が勝手にでっち上げた
想像の産物と片付けられてしまう。

この映画は2006年に唾棄に値する一部の米軍兵士が実際に起こした
レイプ及び一家4人惨殺事件を題材に
その頃のイラク、サマラの状況を交えながら
事実をできるだけ忠実に追いかける形をとって「作られた」映画である。
ドキュメンタリー的手法を使っているのでややこしさに拍車がかかっている。
そういう意味では訴えかける力はあるかもしれないが、
こんな話を聞きたくない人たちにとっては
突っ込みを入れる余地を残しているかもしれない。

アメリカでも入らなかったらしいし、
日本でも公開されて一ヶ月以上たつということもあるのだろうが
客は大変少なかった。
ブライアン・デ・パルマの作品としては
興業的に成功とはとてもいえないであろう。

しかし、この映画は見に行ってもらわなければならない。
今、アメリカが直接手を下している戦争は
アフガン戦争とイラク戦争だが両者非常に似ている。
状況の詳細においては相違点が多いことは認めるが、
これらの戦争が起こしている凄惨な悲劇はアメリカ人にとってもアフガン人、
イラク人、あるいはパキスタン人にも取り返しのつかないところまで至っている。

大学に行けるという言葉を信じて州兵のつもりで入隊したら即戦場に行かされ、
仲間は路肩爆弾で殺され、検問所に突っ込んでくる車は自爆テロなのか
出産間際の妊婦を乗せた一刻を争う救急の車なのかわからないまま、
パニックを起こして、とにかくぶっ放す。
妊婦、おなかの子供が死のうが、停止線で止まらなかった向こうが悪いと、
ビールを片手に笑うことでしか心の整理がつけられない。

敵が潜むというアジトらしき家に無人爆撃機で数十人を粉々にしても
「コラテラルダメージは避けられない、気の毒なことであった」
で済ませてしまう「ありえない」事実。
それを正面切って非難できない「先進国」。
味方でなくても敵ではなかったアフガン人、
イラク人を「愛する人」を殺された復讐者に変えてしまう現実。
笑ってビールを飲んでいたアメリカ人も帰国するとPTSDに苦しむ。

「愛」「LOVE」は美しい。
が、みんな「どうしてできないのかな?」では絶対に解決できないことがある。
すごくある。
解決できることのほうが本当は少ない。
目をつぶらすにちゃんと見なければ、知らなければ。
このデ・パルマの「リダクテッド」は最高の出来ではないが、
是非足を運んでいただきたい。

イラク戦争、アフガン戦争に関しては山のように本が出版されているが
私が読んだのは以下のものである。

「いま、なぜ「戦争」なのか」 宮田律 新潮社
「イスラムに負けた米国」 宮田律 朝日新書
「軍産複合体のアメリカ」 宮田律 青灯社
「ファルージャ栄光なき死闘」 ビング・ウェスト 早川書房
「イラク占領」 パトリック・コバーン 緑風出版
「戦争と民衆」 小倉孝保 毎日新聞社
「アンディとマルワ」 ユルゲン・トーデンへーファー 岩波書店
「イラク崩壊」 吉岡一 合同出版

                               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 15:43 | カテゴリー:映画部

2008年11月27日

The Bank Job

もうこういう私のくだらないレトリックはやめてくれ、
という方も多数いると思うが止められない。

8時から5時までの真面目な銀行員の話ではない。

1971年に起こったベイカー・ストリートにある
ロイズ・バンクの貸金庫が襲われ
金だの宝石だのなんだかよくわからない、
人には言えないものだのが
ごっそり持って行かれた事件を元にした映画である。
映画では実話とされている。
ただ、銀行が襲われたのは事実であるが
不可解な迷宮入りをしたもんだから、
本当のところはよくわかっていない。

イギリス王室の性的スキャンダルが絡むという設定になっているが、
もともとヘンリー8世の時代から現在に至るまで、
下半身に関してはイギリス王室は緩くて、
何でこんなことまでわかっちゃうの、
というようなことまでしょっちゅう報道されているので
そんなに大変な機密情報であったかどうかは不可解な点がある。
どこまでが真実かは闇の中。

そこは置いておいたとして、この映画、どえらく面白い。
泥臭い手法の銀行強盗であるが、
それは事実なので迫真のリアリティでぐいぐいみるものを引き込んでいく。
私の今年の映画ランキングの上位に食い込むこと間違いなしである。
22日に始まったばかりだが、時間のある方々で埋まっているので
早めにお出かけになることをお勧めする。

結末は言えないが、こんな生活も悪くないかもと思わせたりする。
(これもしかして犯罪教唆になるのだろうか)
きっとアドレナリン出っ放しだろうな。

さて、相変わらず映画館には通っているのだが、このところ
これは、というものになかなか出くわさない。
面白いものはドキュメンタリーだったり、
「実話」に基づいているものがほとんどである。
ハリウッドも昔の映画、日本映画のリメイクだったり、
筋が完全に破綻していて見るに耐えないものだったり、
いきなり超常現象で終わりにしたりで悲しくてやりきれない。

昨今の日本映画ブームに乗っかってるわけではないが、
たわいなくても結構笑ったぜとか、
泣いちゃったという邦画が確かに増えてきている。
物語を紡ぐ力の問題であることは明らかだが、
アメリカの相対的な力の低下は否めそうにない。
やはり今回の金融資本主義の崩壊に象徴されるように、
すでにモノガタリそのものが成り立たなくなっていたのかもしれない。

そんなわけで、明日も「実話」に基づくアメリカ映画の話を続けることにする。
「The Bank Job」はイギリス映画です。念のため。


                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 01:38 | カテゴリー:映画部

2008年11月24日

戦後

「もはや戦後ではない」と経済白書で宣言されたのは
昭和31年(1956年)のことである。
私の生まれる1年前。

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前回紹介した「マイナス・ゼロ」の舞台は戦前、戦後をまたぐ。
主人公はタイムスリップして驚くのだが、自分が一度体験した世界に戻るので
何がなんだか、というほどのことでもない。

何がなんだかわからなかったのは、
戦前も戦後もその時を生きてきた人たちであろう。
私の父親が元気な頃よく話していたが、
戦争が終わって一番驚いたのは、
あれだけ「本土決戦」「総玉砕」と竹やり持って大騒ぎしていた人たちが、
いきなり竹やりを放り出して、
今度は民主主義だと声高に言い始めた事だったという。
父親が18歳のことであった。
同じことは野坂昭如も繰り返し、小説、エッセイの中で書いている。
今の言論人でも戦前は「軍国少年」であったという人は少なくない。
「もう何がなんだかわからなくてねえ」
てな調子で過去を振り返っているが、
いい大人になったんだから、それなりの総括はして欲しいものである。

私が生まれた時には、もはや「戦後」ではなかったらしいが、
物心ついてからも充分戦後を感じていた。
熊本でも下関でも繁華街に出れば足や手を失った傷痍軍人が、
白い木綿の服を着て膝をつき、頭を低くしひたすら喜捨を待っていたり、
アコーディオンを弾きながら物悲しい歌で通行人に訴えていた。
私はその人たちが何故そんなことをしているのか理解できず、
恐ろしくもかわいそうで、親に何度も問いかけたが、
胸のつかえが取れるように教えてくれたことはなかった。

あの傷痍軍人にとっては恐らく死ぬまで「戦後」は続いていたはずである。

私の家の前の道は当然舗装されておらず、
車が通るたびに目と鼻を覆わなければひどいことになっていた。
その道をやはり戦争で負傷し、精神的にもダメージを受けた人が、
よく妙な歌を歌いながらのろのろ歩いていた。
悪ガキどもにとってはうってつけのからかいの対象で、
しばらく追いかけながらひどいことを口にしていた。
私もその一人であった。
経済的には戦後のダメージを脱していたのかもしれないが、
人は口には出さないが、まだ深い傷を負っていたのだと思う。

日本人がそうであったのだから、
当時の在日の方々のことを思うともう何もいえなくなる。
小学校の現場でもどうしようもない教師がいた。
肉体的にも言葉でもとんでもない差別を生徒の前で堂々と行っていた。
どうしても忘れられない。
自分もそれに加担していたような気がしてくるのである。

昭和という時代に対するノスタルジーはますます強くなってきているが、
都合のいいところだけを思い出すのは
そろそろ止めたほうがいいのではなかろうか。
できの悪い大学生が適当にあちこちでかかれたものを
切り張りして書いたような田母神論文が賞を取ったりして、
政治家まで「間違っていない」てなことを言うのを聞くと、
逆に日本人としての誇りを激しく傷つけられる。


                              大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 09:41 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年11月22日

11.22 OA 山崎まさよし DICK LEE ゴスペラーズ and more

1 COME BACK AND STAY / JAMES MORRISON 

J-WAVEは今年10月で20周年を迎えましたが、
イギリスのトップFM局であるBBC RADIO1は昨年,
40周年を迎えています。
そのときに40周年記念企画として、現在活躍中の40組のアーティストが
1967〜2006年のヒットを1年に1曲、計40曲カバーして
2枚組のCDをリリースしました。
なかなか粋な企画。さすがBBC!
1983年のポール・ヤングのヒットをカバーしているのは、
昨年ブレイクしたポールと同じくブルーアイドソウルシンガーの
ジェームス・モリソン。
この曲のほかにも納得の組み合わせによるカバーソングが
コンパイルされていて聞き応えあります。


2 中華料理 / 山崎まさよし 

なんというタイトル!
なんと想像力をかき立てられることでしょう?
この曲名を付けた時点で勝ちです。
ブルージーで人肌の温もりがする歌声、
中身を聞くとますます愛おしくなる曲です。


3 LOVER’S TEARS / DICK LEE 

シンガーポールの華人エンターテイナー、
ディックが『マッド・チャイナマン』に続いて、
その多彩な才能を発揮したアルバム『エイジア・メイジャー』から。
歌っているのは香港出身の麗人サンディ・ラム。


4 TOMORROW NEVER KNOWS / 801

UKロックマニアによれば、最良のビートルズカバーのひとつ。
ロキシーミュージックのギタリスト、フィル・マンザネラ
ブライアン・イーノらと組んだ伝説のバンドによるライヴ・レコーディング。
1976年録音。


5  YOU’VE GOT ME WHERE YOU WANT / JUDY GARLAND & BINGCROSBY 

「オズの魔法使い」でのドロシーはいまも輝きを失わない。
ミュージカル作品も多い彼女は、
初めて黒人的な発声をとりいれた白人女性シンガーと言われていて、
ジャズ・ナンバーも自由自在に歌いこなしている。
この曲では友人のビング・クロスビーと共演。


6 銀座カンカン娘 / ゴスペラーズ 

名作曲家・服部良一の生誕100周年トリビュート盤から。
オリジナルは昭和24年に高峰秀子の歌で発表されている服部の代表作。
ゴスペラーズ版では冒頭のア・カペラからジャジーな展開へと
洗練されたコーラスアレンジで聞かせてくれる。

BOOK BAR staff| 14:56 | カテゴリー:SONG LIST

2008年11月22日

マイナス・ゼロ

大倉眞一郎セレクト

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著者:広瀬正  集英社文庫


”時に憑かれた作家”と呼ばれた著者の代表作である
タイムパラドックスSF小説。
舞台となっている昭和の東京の街並みの描写が素晴らしい。
そして言葉を失う鮮やかな結末は、幾度読んでも色褪せない。

BOOK BAR staff| 14:25 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月22日

味覚極楽

杏セレクト

    mikaku.jpg

著者:子母澤寛  中公文庫


歴史文学の名作『新選組始末記』で知られる著者は、
新聞記者の経験を生かした聞き書きの名人。
この本では明治・大正のよき時代を生きたその道の達人たちの
味覚に託して語る人生の深奥を聞き書きで綴っている。

BOOK BAR staff| 14:15 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月19日

花やしき

前回の放送で遊園地の話になった。
このところさっぱりお世話になっていない。
そういえば学生時代に彼女と行って以来だったかなあ、
と思い出そうとしたら、そんな方と行った記憶もない。
私の過去には華やかな出来事はなかったのだろうか。

ジェットコースターに最後に乗ったときのことは鮮明に覚えている。
30過ぎてアメリカの大学で適当に過ごしていた時に、
会社から一緒に送られてきた仲間と遊園地に行った。
名前も場所もなーんにも覚えていない。
そのジェットコースターは極めて簡素な造りになっていて、
日本なら膝をギュッと押さえて落ちないようにしてくれる仕掛けがあるのに
そこのはただ前の座席の背にバーが取り付けてあるだけ。
このバーを離してしまったら、場所によっては確実に落下する。
しかし、そんな適当なものであるからして、
お子様向けのチョイチョイとアップダウンを作った
恐るるに値しないものだと信じていた。

冗談抜きにして死ぬと思った。
トップまで登りつめると、一気に半端な下降でなく、
奈落に落ちて行ったと思いきや、
右に左にすさまじい遠心力で持って振り回される。
その間、何の支えもない私のケツは宙に浮き、
カーブではすさまじい横Gにより座席から飛び出さんとする。
大げさなことを言っているのではなく、
わらより少しはましなバーだけが命綱であった。

何人そのジェットコースターで殺されたか知らないが、
危ないところであった。
若い時でよかった。
今だとバーを握りきれないかもしれないし、
心臓が止まるかもしれない。

それが最後のジェットコースター体験である。
今後も乗る予定はない。

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花やしきはいい。
個人的にはまず名前にぐっとくる。
菊人形と同じ不気味さを感じる。
遊園地なのに花やしき。
調べてみたら驚いたことに開園は嘉永6年(1853年)である。
植物園として営業していたということである。
長く胸につかえていたものが今氷解した。
それで花やしき。
だんだん見世物が増え、動物園まであったという。
1942年に一度は取り壊されたそうだが、1947年に復活したそうな。
ああ、戦前に行ってみたかった。
今でも充分変わった風情のある場所だが、もっと面白かったに違いない。
きっとジェットコースターなどという無粋なものはなかったはずである。


               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:10 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年11月18日

Young@Heart

“Yes We Can Can” 
バラク・オバマのキャッチフレーズではない。
アラン・トゥーサンの70年代のヒット曲である。
この曲をドキュメンタリー映画「ヤング@ハート」で爺さま、
婆さま方が必死で練習する。
私でも舌を噛みそうな曲である。

コーラスグループ、ヤング@ハートは
1982年にアメリカ、マサチューセッツ州ノーサンプトンで
結成されたそうである。
当時から老人だけのグループで、現在平均年齢80歳だそうだが、
結成時もそんなものだろう。
26年前のメンバーはもう誰も残っていないが、
ジャンクフードばかり食べている(と思っている私からしてみれば)
アメリカ人なのに大変な長生きではないか。
「歌っているから元気」ってそんな単純なことではなかろうと思うが、
「元気だから歌っている」ということではないことがこの映画を見るとよくわかる。

会社を畳んでからカラオケにも行っていない。
ストレスがないのでいきなり叫びたくなるようなことはないが、
歌いたい。ああ、歌いたい。
カラオケボックスに一人こもって歌うんじゃなくて、
無理やりにでも人に聞かせてやりたい。
歌を歌うことが身体にいいことは私で実証済みである。
翌日二日酔いで苦しくても、精神的には安定している。

私が小学生の時に亡くなったうちの婆さんはお謡えの先生をしていて、
近所の婆さんたちを週3回くらい集めては歌なのかお経なのかわからない、
小学生の耳にはおどろおどろしいうなり声を上げていた。
あれはあれで身体によかったのかもしれない。

ヤング@ハートのメンバーは健康でいるために歌っているのではなく、
好きで歌っているのである。
それが結果的には健康につながっているものと推測される。
歌っている曲がカントリーかナツメロあれば
「可愛くていいじゃん」ですむのだが、
いきなりクラッシュの”Should I stay Or Should I Go”だもん、
跳ねた老人たちである。

彼らは地元でも活動するし、海外ツアーにも出かける。
それはそれで威勢がいいが、囚人の慰問のため監獄にも訪れる。
「聞けるかそんなもん」という心卑しき者もいるだろうと思ったら、
ごつい男たちが爺さま、婆さまに抱きついて泣いている。
私は監獄に入るようなことはやっていないが、
心が洗われるような気がして、ついもらい泣きしてしまった。

ボブ・シルマンという54歳になる地元のノーサンプトン芸術振興会の理事長が
演出、指導、指揮を結成以来続けているのだが、この若造が老人に厳しい。
できなきゃリードをとる人間も容赦なく替えるし、
せっかく練習を積んだ曲も捨ててしまう。
老人に向かって鞭を振るう。
涙をこらえてではなくて、情け無用である。
これがきっと26年間も続けてこられた理由なのであろう。
28歳の時から老人に厳しい。
たいした奴ではないか。
老人たちは「厳しいガキだが、その価値はある」と認めている。
現在の団員も順繰りに逝ってしまう。
みんな悲しいのだろうが、「Oh!」とため息をついては練習を続ける。
そんなことを26年やっているのである。
小学校の合唱団とは訳が違う。

楽しい映画を見た。
“Yes We Can Can”を私も練習してみることにする。

                        
                          大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:51 | カテゴリー:映画部

2008年11月15日

11.15 OA BILLY JOEL BETH ORTON ROD STEWART and more

1 DRIVING / NINA VIDAL 

EBGT初期のヒットのカバー。
ニーナはNYブルックリン出身の新星。
長く見守っていきたい才能の持ち主だ。


2 WHEN YOU WISH UPON A STAR / BILLY JOEL 

来週、東京ドーム公演を控えたビリー、きっとまた観客を
120%満足させるパフォーマンスを魅せてくれることでしょう。
ディズニー・トリビュート盤では「ピノキオ」で歌われた
名曲中の名曲をムーディーに歌いあげてくれました。


3 SHE CRIES YOUR NAME / BETH ORTON 

90年代後半、ケミカル兄弟の客演で一躍注目を浴びたシンガー。
レコード会社のキャッチは「デジタル世代の吟遊詩人」でした。
愁いのある歌声は一度耳にしたら忘れられない。


4 BROTHER'S GONNA WORK IT OUT / WILLIE HUTCH

この曲が録音された頃、米国内のアフリカン・アメリカンは
「BLACK IS BEAUTIFUL」を叫びブラックパワーの集結を求めていた。
あれから約40年、いよいよ黒人大統領が誕生することになる。
兄弟たちの声は届いたのだ。


5  モーツアルト「魔笛」第2幕より抜粋 / ドレスデン聖十字架合唱団ほか 

モーツアルトの代表作のひとつであるオペラから、
鳥刺しのパパゲーノと老女パパゲーナとのやりとりの部分を。
映画「アマデウス」でも印象的でした。


6 IT’S NOT THE SPOTLIGHT / ROD STEWART 

近年はスタンダードシンガーとして渋い魅力を放っているロッド。
この曲は傑作の誉れ高い1975年の『アトランティック・クロッシング』から。
当時の破天荒な私生活とハートウォーミングな歌声のギャップは
凄かったなァ。

BOOK BAR staff| 14:52 | カテゴリー:SONG LIST

2008年11月15日

錦繍

大倉眞一郎セレクト

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著者:宮本輝  新潮文庫

運命的な事件ゆえ愛しながらも離婚した男女が、
紅葉に染まる蔵王で十年ぶりに再会し少しづつ過去を埋めていく。
往復書簡スタイルで綴られる愛と再生のロマン。
著者の作品のなかでもとりわけ女性読者に人気の高い一冊。

BOOK BAR staff| 14:33 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月15日

ミッキーマウスの憂鬱

杏セレクト

    135751.jpg


著者:松岡圭祐  新潮社

史上初のディズニーランド青春小説。
主人公は21歳の若者。
ディズニーランドでのバイトを通して、
彼が働く意義に目覚め、成長していく物語。

BOOK BAR staff| 14:22 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月12日

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伊勢神宮に住む猫はこそこそ隠れない。
誰が餌をやっているのだか知らないが、
立派な体格で堂々としている。
拍手を打ちたくなる。

               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:03 | カテゴリー:

2008年11月11日

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きっとどこにでも咲いている花なのだろうが、
下関に帰ったときにしか目に入らない。
何故だか私の家の墓のそばに多い。
咲くとすぐに萎びてしまう。
下関の墓に入る気はないのだが、この花はちょっといい。


               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 06:00 | カテゴリー:

2008年11月10日

田麦俣

前回紹介した「日本浄土」へのオマージュとして、
何回かに分けて、日本で撮った写真を見ていただこうと思う。
オマージュだというだけで私の写真が素晴らしいという意味ではないので、
怒らないよう、お願い申し上げるしだいである。


1980年2月、大学を紙一重ではあったが、卒業できることになった。
そうなるとこれといって心配することもなくなり、
ボケボケしていたら天啓を受けた。
東北に行けと。
それまで足を踏み入れたことがなかった東北を一人で旅することに決めた。
金があるわけではないので、普通列車主体で動き、
旅先で一番安い民宿に泊まる今でも変わらない私の旅スタイルである。
20歳でインドに行った時に買ったバックパック(現在も元気に活躍中)を
背負い、カメラバッグを肩にかけ出かけた。

東北と決めたはいいが、どこに行けばいいのか見当がつかない。
まず、一度も見たことのないものがある場所に行こうと決めた。

慶応卒業ということで誤解されている方もいるかもしれないが、
私は夏は軽井沢でテニス、
冬は苗場でスキーとかいうちゃらいサークルとは縁がなかった。
厳格に言うなら、
大学入学時そんなサークルの勧誘ビラを撒いている学生が
果てしなく並んでいたのに、
なぜか私にだけはビラの一枚も渡してくれなかった。
サンダルか下駄で学校に行っていたのがまずかったのかもしれない。

そんなわけで雪がどっちゃり積もっている所に行ったことがなかった。
スキーに一度も行ったことがなかったのである。
豪雪地帯で雪を踏んでみたかった。
山形の山の中を最初の目的地にした。
そこに行けば後はどうしてもという場所はないので気が楽になる。
田麦俣という場所が豪雪地で、さらにすごい多層民家があるという。

鶴岡からバスに乗った。
安い民宿は豪雪のせいか簡単に予約できて、
バス停でおかみさんが待っていてくれるという。
降りろといわれたバス停まで
左右高いところでは3メーターにもなる雪の壁が続く。
胸は高鳴るが、ここで私は何をするんだっけか、と途中から不安になった。

おかみさんが迎えに来てくれて、
雪の壁を何度か曲がったところで視界が開けた。
明治、あるいは江戸時代にまで戻ったかと思った。
馬鹿でかい家、それも4層の茅葺き屋根。
そんな家がずらりと並んでいるのである。
すごいもん見ちゃったなあ。

泊まる民宿もそのうちのひとつでやはり4層になっている。
いくらだったか忘れたが、どえらく安かったように思う。
30年前のことだしね。
こんなところに泊まれることなんて二度とないと思った。
当たっていた。
それ以来見たこともない。

おかみさんは標準語を話してくれるので安心していた。
宿に着くと旦那さんとじいさまらしき二人が鉄砲を片手に
真っ赤な血で染まった真っ白い兎を私に向かって突き出し、
笑いながらなにごとか語ってくれている。
さっぱりわからない。
仕方なくエヘエヘしていた。
どうも今晩食わすと言ってくれているようであった。
ばあさまも出迎えてくれ、美しい笑顔でなにごとか話かけてくれる。
わからない。
ともあれ歓迎してくれている。
暇?と疑ったら、案の定、暇であった。
客は私一人。
スキー場が人で一杯になっていても、豪雪地帯を訪ねる人は少ないらしい。

荷物を置いて一息と思ったら、おかみさんがやって来て、
村営スキー場でスキーをしないかと誘ってくれる。
一度も経験がないことを告白すると、小学生の娘と3人だし、
長靴スキーなので怪我をすることはないと熱心に勧めてくれる。
ありがたいお話なのでご一緒させていただいた。
歩いて数分のところにゲレンデがあった。
なんせ初めてのことなので大きいのか小さいのかもわからないが、
観光客が一人もいないので、小さいものだったのだろう。
リフトなんてなくて、ゲレンデの左端に丘の上まで縄が張ってあり、
その縄をたぐりながら、かに歩きで登っていくのであった。

おかみさんは4本の紐のついたスキー板を私に渡し、
「こうやって結んでね」、と手際よく教えてくれ、
とにかく結ぶのねということくらいしか理解できなかった私を置いて、
娘と軽々滑り降りていった。
置いていかれた私はなーんもわからんもんで、
とにかく降りりゃいいんだろうと、
いきなりガーと直滑降で突っ込み、ドーンとこけた。
受けた。
「上手、上手」
おかみさんもお上手である。
娘さんも笑っている。
そのうちおかみさんが夕食の用意に帰り、
しばらくして娘さんも帰っていったが、
私は薄暗くなるまでひたすら直滑降を繰り返していた。
「スキー面白いなあ」
その時はそう思ったが、それっきりになってしまった。
これまでの人生でその長靴スキー一回きりである。

翌日は写真を撮りに、山に入ることにした。
私の履いていたスノー・トレーニング・シューズを見て
「そんなんじゃ駄目だ。貸してやるからでかい長靴を履け。
 かんじきも付けないと歩けんぞ」
という内容のことを山形弁で旦那さんが教えてくれた。
ありがたかった。
その通りにしてもひどいことになったのに、
靴のまま入って行ったら宿から100メートルも行かないうちに
挫折していたはずである。

山に入ったはいいが、かんじきさえあまり効かない。
一歩歩くごとに太股近くまで雪に埋もれてしまう。
雪も降ってきた。
新雪が積もると元の地形がわからなくなる。
場所によっては胸まで潜ってしまったり、
崖がわからなくなって転がり落ちたりした。
柔らかい雪なので怪我はしないのだが、しょぼくれてくる。
辺りの風景は木と雪だけ。
色のないモノクロームの世界である。
それでも若かったせいか、今では考えられない頑張りを見せた。
奥に進むと色が見えた。
鮮やかな朱色。

1109blog.jpg

鳥居の上の部分だけ雪から頭を出している。
白に朱。
何としてでもたどり着かねば。
たいした時間がかかったわけもなかろうが、1時間くらいに感じた。
シャッターを切って、満足した。
帰りは少々の坂でも滑ったり、転がったりして最短距離で宿に戻った。
私の格好を見て
「おーおーおー」とみんなが喜んでくれた。
東北一周の旅、最初の目的地、田麦俣で体力の八割を使ってしまったが
その価値はあった。
食事もうまく、広い部屋に贅沢にも一人だけ。
腕を入れる掛け布団でぐっすり眠った。

この原稿を書くのにまだあの民宿はあるか、と調べてみたが、
どうもそれらしいものは出て来ない。
その時のことはメモも取っていない。
ただひとつ覚えているのは半村良の写真がたくさん飾ってあったこと。
何故だろうと不思議に思ったが、聞かないで次の場所へ移動してしまった。
半村良は東京出身なので実家ということもないだろう。
私の人生、こんな小さな後悔で一杯である。


                            大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 06:46 | カテゴリー:

2008年11月08日

11.8 OA スピッツ RADIOHEAD RINGO STARR and more

1 若葉 / スピッツ 

杏が出演している映画「櫻の園-さくらのその-」の主題歌。
11月8日より全国公開となりました。
必見です!!!


2 THE LINE / 沢知恵 

東京芸大卒、日本語・韓国語・英語のトライリンガル。
1998年には、韓国で初めて日本語で歌うシンガーとなった。
当時の韓国では自国文化の保護を理由にした文化政策のせいで、
公共の場で日本語の歌を演奏することは禁じられていたんですね。


3 TAMMY /DEBBIE REYNOLDS 

MGMミュージカルの黄金時代に活躍した女優。
1952年の作品「雨に唄えば」でジーン・ケリーと一緒に踊った
タップダンスのシーンは映画史に残る名場面である。
この曲は1957年の映画「タミーと独身者」の主題歌で、
5週連続で全米No.1を記録。


4 EVERYTHING IN ITS RIGHT PLACE / RADIOHEAD

先月の来日公演には、20代〜30代の日本を代表するロッカーが
こぞって馳せ参じていた。あの人も、この人もだ!
それは、誕生から50年を経て巨大化したロックという名の大銀河の中心で、
RADIOHEADが光り輝いていることを物語っている。
ロックを志す者たちはRADIOHEADの音の中に「ロックの未来」を
目撃したのかもしれない。

P.S. 現在、RADIOHEADのサイトではオバマ氏勝利を祝して、
   トム・ヨークのリミックス曲を無料ダウンロード配信している。


5  AS I LEAVE BEHIND NEIDIN / MARY BLACK 

アイルランドの首都ダブリン出身のシンガー。
父はバイオリン奏者、母と妹はシンガー、男兄弟もバンドマンという
音楽一家で育つ。


6 PHOTOGRAPH / RINGO STARR 

ビートルズ4人目の男、リンゴのソロ作品。
盟友ジョージが曲を提供している。
ここ20年は70年代〜80年代に活躍した大物ミュージシャンを
バックに従えてリンゴ・スター・オールスターズとして不定期で
活動している。


BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:SONG LIST

2008年11月08日

日本浄土

大倉眞一郎セレクト

    nihon.jpg

著者:藤原信也  東京書籍

聖地はここにある。
かつて印度、西蔵を漂流した著者が、
故郷の門司港から、島原、天草、柳井、能登、
そして房総を旅していく。
漂流者の目に映った浄土とは?

BOOK BAR staff| 14:36 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月08日

人生の贈り物

杏セレクト

    jinnsei.jpg

著者:森瑤子  集英社文庫

著者の愛着のあるモノを通して人生観を語ったエッセイ集。
写真も秀逸です。

BOOK BAR staff| 14:15 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月05日

ブタがいた教室

我が家の猫、もみじが食べられるか、と聞かれりゃ
「猫は食えないもーん」
で済むような気がするが、
もし猫を食べる習慣のある文化があればごめんなさい。

私はずいぶん昔から犬が特に人間と相性がいいことが、
不思議でならなかった。
人間はいい加減な生き物なのでどうにでも転ぶが、
犬は本能が機能しているので、
遺伝子の中にこの動物は安全だ、危険だ、
と判断ができる能力が刷り込まれているのはずである。
たまに猿とも仲がいい、猫とも仲がいいという犬もいるらしいので
どんな動物ともうまくやっていけるのかもしれないが、
人間との関係は常軌を逸している。
腹を出して撫ぜられ喜んでいるのだから、
やはり、人間はいい奴らだからうまくやんなさいと、
遺伝子が命じているとしか思えない。
なのに、人間は犬を食う。
日本でも食べていた。
犬からすれば気の毒な話である。

私のように小学校、中学を通じて鳩を飼って、
頬ずりしていた人間からすればフランス人は野蛮人である。

私の妹は大学で馬術をやっていたので
「馬を食べる人とは話もしたくない」
とかつてはぎゃーぎゃー言っていたが、先日、熊本に法事で帰ったら
うまそうに馬刺しを食っていた。 

鯨を食べるのが大好きな私を、
”murderer”と罵倒する人は世界中にごちゃまんといる。
決して人を殺したことはないんだけど。

そんな例を挙げればきりがないし、
食べていいもの、いけないもの、の話は個々の文化で大きく異なり、
食う、食わないの話が
感情的な大喧嘩に変わってしまうこともあるので気をつけなきゃいかん。

ブタがいた教室」は実話を元に構成された映画である。
映画1000円の日に封切りだったので、即、見に行った。
小学校6年生を担任する先生の
「一年間ブタを飼って、みんなで卒業の時に食べよう」
という提案にうっかりみんな乗ってしまい、
可愛がっていたブタをいざ、という時になって大混乱をきたしてしまう。
そんな映画である。
生徒役の子供たちには台本を与えず、
議論をさせているので話がぐるぐる回ってしまい、
どうするよ、私は子供になって考えられる歳ではないので、
先生の役になってどきどきしていたが、
結局私なりの結論は出せなかった。

ちょうど映画が始まる前に
中沢新一の「イカの哲学」を読み終わっていた。
波多野一郎という特攻隊で出陣間際で終戦を迎えた方が、
アメリカの大学で学びながら、
バイト先で大量の生きたイカを仕分けしていく中、
突然イカの実存を感じ取り、
ヒューマニズムの欺瞞、戦争、仏教の大慈悲にまで思いを広げていく、
「イカの哲学」という本を書いた。
波多野氏の本を元に中沢新一が解釈を加えていく。

興味のある方は新書で気軽に読めるので手にとってみてほしいが、
「エロティシズム」という彼独特の観点から、
動物に充分な敬意を払いながら
狩猟していた時代のことについて触れている。
狩猟については講談社選書メチエから出版されている
カイエ・ソバージュ機銑后廚望椶靴い里任修舛蕕發勧めである。

それはそれとして、私がこの映画を見ながら頭に浮かんできたのが、
アイヌ民族が行っていたイオマンテという儀式である。
ヒグマの子供を女性が母乳も与えるほど可愛がり、大事に育てた後、
盛大な送りの儀式を行い、屠殺し、その肉は人々にふるまわれる。
残された骨も丁寧に処理され、熊は神々の世界へ帰っていく。

一般的なイメージでは原始的狩猟は残酷なものとみなされがちだが、
かつての狩猟は自然、動物に対して
今では考えられないほどの敬意を払っており、
神話の中では人間と動物の区別が極めて曖昧なものさえある。
実は農耕が始まり人間は自然への敬意を忘れて行ったのである。

それと映画がどういう関係するんだ、
と先生役になって考えながら私も思った。
先生は生命の大切さについて一緒に考えよう、と促すのだが、
ひとつの生命を奪うことを心の準備、
そのための儀式も整えないまま簡単に提案しちゃっていいものか。

ただ、よくある議論ではあるが、
そんなこと言ったってお前はブタ食わないのかよ、
と詰め寄られれば、私の場合、ブタ肉大好き、牛肉より好きと正直に答える。
この議論、言いがかりのように聞こえるが、ある意味ポイントを突いている。
嫌なことは他の人にやらせといて、食べるのは大丈夫では通らない。
ひとつの命を奪った肉をありがたくいただく気持ちを持っているのか。

大人がこんなざまである。
一年可愛がったブタを殺して食べる。
さあ、いよいよその時が来ました、で済むものなのか。
ブヒー!わかんねえよ。
と頭を抱えて家路についた。
映画館の中では大人が泣いていて、子供はおおむね平気そうだった。

今回の原稿、混乱気味。


                       大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 15:20 | カテゴリー:映画部

2008年11月05日

香港、マカオ

先週紹介した「越境者たち」の著者、
森巣博氏は世界中のカシノで博打を打っているが、
マカオでの活躍、あるいは轟沈の話はまだ聞いたことがないように思う。
私が忘れているだけかも。

マカオでの博打といえばやはり沢木耕太郎の「深夜特急」であろう。
ろくに金も持っていないのに突撃して、
あることに気が付き勝ちを得るのだったかやっぱり負けちゃうんだったか、
調べようと思ったら本が自宅から1時間も離れた
本倉庫用に借りているアパートにあるのでチェックのしようがない。
あのやり取りも息詰まるものがあった。
読んだ方も多いはずだが、まだの方には強くお勧めする。
会社辞めて旅に出ちゃう人もいるかもしれないが、
そこんとこは自己責任ということで。

香港に2週間ボーっとしに行ったことがある。
香港に行くのを旅したとはなかなか言えないだろう。
1997年に中国に返還されてから1年後くらいのことだったと思う。
何が目的ということもなく、ただ、中国圏には行ったことがなかったので、
まず、気楽な香港あたりからということで
カメラと少々の下着を持って出かけた。
きっとなんでも安くて楽チンにやれるだろうと高をくくっていたら
物価は日本とほとんど変わらない。
私のものさしは麺である。
乱暴な店員が目立つ食堂のワンタン麺が400円くらいしたと記憶している。
計算がまるっきり狂ってしまった。

宿はこれも沢木さんが若きころ投宿したティム・サー・チョイの
ネイザン・ロードに面した、チョンキン・マンション(重慶大厦)。
でかくて汚いビルが細かく仕切られていて安ホテルがダーっと並んでいる。
とりあえずの入り口となる一階のエレベーター前には中国人姿はほとんどなく
アフリカからの方々、インド人、ネパール人、その他私と同じ謎の東洋人が
常に団子状態になって、絶対次のエレベーターに乗ると
気合充分で構えている。
40過ぎのおっさんが全く臆さなかったかといえば嘘になるが、
考えてみりゃ、人が多いだけの話で、
こっちは別の意味で過酷なところを歩きまくってきている。
平気である。

しかし、宿は一泊3000円くらい取るくせに、狭い、決してきれいではない。
虫は嫌いではないが、やたら部屋の中をゴキブリが徘徊するのがイラつく。

そんなところで2週間過ごした。

幸い前の会社で同期の人間が香港に赴任していて、
きれいな奥様と二人で絶対に一人では入らない、
高級中華をご馳走してくれた。
奢ってもらうのは大好きなので今でも大切な思い出になっている。
そんな食卓の会話の中で
「で、どこに泊まってんの?」
「チョンキン・マンション」
「えっ!」
奥様は
「大倉さん!危ないですよ。止めてください」
心から心配してくれている。
ありがたい。
こんな私を。
「でも、気になるのはゴキブリが多いことくらいで、平気ですよ」
この一言であきれられて宿についての会話は
それ以降交わされることはなかった。
哀れに思ってくださったのだろう。
二度もお世話になった。
調子に乗ってご夫妻の豪華マンションにまでお邪魔して、
高いウイスキーを吐くまでがぶ飲みした挙句、しばらく寝てしまったりもした。
山田夫妻、今でも楽しく思い出してくれればいいのだが。

地図を見りゃわかるが、
香港は島と半島に別れていてバリエーションがあるにはある。
しかし、2週間写真撮って回ったら、飽きてしまう。
しかも雨季だったので突然大雨が降る。
カメラも用心していないと使い物にならなくなる。

マカオに日帰りで出かけた。
香港からマカオに行くのにパスポートが必要というのも面白い。
マカオ返還は99年のことである。

そのころのマカオは返還まであと1年というのに
マフィア同士の抗争が頻発しており、
爆破事件なども起こっていて、ちょっとヤバイ感じであった。
一般の人の目に触れないところでは、えらい事になっていたようである。
私はロンドン駐在時代、IRAによる爆破テロやボムスケア(嘘爆破予告)が
普段の生活に組み入れられていたが、逃げるわけにも行かなかったので、
そういうことには免疫がある。

かつての同僚の話によれば、マカオは危ないといわれるけど
香港に比べると物価も安くてカシノもあるので、
週末になると香港からドバッと人が押し寄せて、
ドンちゃん騒ぎを繰り広げているという。
カシノには興味はないけどそんな雰囲気も面白いではないか。

船で行ったのだが、船着場周辺にはまるっきり何もない。
タクシー、リキシャのおじさんたちがたむろしているだけである。
特に行きたいところもなかったが、一応観光のようなことをしたくなって、
セナド広場までリキシャでのろのろ進んだ。

さすがポルトガル領。
町並みだけ見て、漢字を無視すればポルトガルの小さな町に見えなくもない。
よくまあここまでやったもんだぜと、その周辺の観光地を「ふーん」と見て周り、
ワンタンメンを食ってきれいな地区を後にした。

1105bbb.jpg

そこからが迷った。
とにかく小さな路地があれば入り込んでしまう猫のような習性を持つ私は
路地があれば曲がる、曲がる、曲がる。
そのうちどこにいるんだか全く見当がつかなくなった。
路地にいる方々に英語は通じないし、
そもそもどこに行きたいんだか自分でもわかっていない。
地図は持っていたが、意味のない状況に追い込まれていた。
マフィア抗争の地だぞここは、危ないとこに近づいてるんじゃないか?
人間どこにいるかわからなくなると、急に恐怖を覚えるものである。
それから灼熱のマカオの路地を数時間歩き続けた。
時々面白いものがあればパチリ、やけくそで面白くなくてもパチリ。
脱水症状を起こす寸前まで歩いたら、突然船着場に続く大通りに出た。
すると今はなきヤオハンが出現し、ミネラルウォーターを手に入れ、
行き倒れを免れた。

いったいどういう日だったのだろうか、帰りの船の中で反省したが、
いや、まあ、そんな日だったということで、ということで私の中では決着した。

カシノの売り上げではラスベガスを抜いたマカオ。
今行けば面白いと思うのだろうか。


                               大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 04:41 | カテゴリー:

2008年11月02日

ハロウィーン

先週の金曜はハロウィーンであった。
自宅で大騒ぎをすることもなく、淡々と過ぎ去った日であったが、
このハロウィーン、なんか変な日である。
キリスト教が起源になっている祭りということになっているが、
ホントのホーントはケルト人のお盆みたいなもの、
つまり死者の霊が家族を訪ねたり、
ケルト独特の精霊や魔女が出てくると信じられていた
精霊信仰の祭りであった。
それを相変わらずお節介のキリスト教宣教師たちが、
キリスト教への改宗の手段として完全に否定はせず、
うまいことすり替えて
カソリックの諸聖人の前夜祭ということにしてしまったのである。
なので、これのどこがキリスト教だよ、
と言いたくなるようなおかしな習慣が残っている。

聖人の日の前の晩に魔女になってみたり、お化けランタンを作ったり、
「ハロウィーン」のような血みどろ映画が作られたりする。
可愛いものじゃないかといえばその通り。
ケルト人の精霊信仰には日本の八百万の神に似ているところもあり、
素朴な自然信仰ともいえるので、私は大変好感を持っている。

しかし、腹の立つことで言えば、
東京ではハメを外した者たちが電車ジャックをして狼藉を働いたりする。
連中に言わせれば「ハロウィーンなんだからそのくらいいいじゃないか」、
というねじが飛んだような理屈で反論するらしいが、
じゃ、ニューヨークの地下鉄で日本人のふんどしいっちょの男どもが、
ご神体と称する木のかけらを押し合いへし合いしながら奪い合っていたら、
どうなるんだ?
拳銃を構えられても仕方あるまい。
さまざまな、もしかしたら大嫌いかもしれない文化も
そこにあるということを受容することが、
グロバール化した現在、人間にとって絶対必要条件であるが、
わきまえも必要である。
他文化をリスペクトするという事である。
また怒ってしまった。

本当に書きたかったのは”Trick or Treat”にまつわる心温まる話である。

アメリカに居たときにはハロウィーンに何をしていたかさっぱり思い出せない。
ということは、なにごともなく、ただ同僚と飲んでいたのかもしれない。
ただ、昨今、日本でも「ハッピー・ハロウィーン」とか声をかけているようだが、
アメリカのハロウィーンはその100倍くらい度を越して手間かけるな、
という印象がある。
ハロウィーン一色である。
先週の31日はどうだったのだろう。
ドンチャン騒ぎできたかしら。

ロンドンではアビーロードに住んでいた話は一度書いたが、
当時そのネヴィル・コートという大きなアパートにいた日本人は
私達夫婦だけだったと思う。
自宅では当たり前だが、日本語しか話さないし、
全国から取り寄せて船便で送った
各種そうめん、うどん、いりこ、かつおぶし、昆布がぎっしり詰まった
押入れを見ては微笑んでいるという純日本式生活を送っていたので
ハロウィーンには全くといっていいほど興味がなかった。
そもそもケルトの祭りが原型だからかもしれないが、
ケルト人の土地ではなかったロンドンではお化けかぼちゃは見かけたが、
それで全員が浮かれているという雰囲気はなかった。
むしろ11月5日のガイ・フォークス・デイという
これまた不思議な花火の祭りのほうが盛り上がっていたように記憶している。
これについては詳細知りたい人は長くなるので
ご自身でお調べになってください。

そんなある年の10月31日、そいつらは突然やって来た。
その日がハロウィーンであることさえ忘れていた。
うどんかなんか食っていた時間に(当時、米は週一回くらいで主食は麺)
ピンポーンと鳴った。
はて、面妖な。
こんな時間に。
隣とおかずを分け合うような仲でもないし。

ぞろりと並んでいた。
へんちくりんな格好をした、ガキどもが。
“Trick or Treat”
何が嬉しいんだか大声で叫ぶ。
こっちは謎の東洋人なんだから、失敗したと思って逃げるかと思ったら、
こちらの気持ちはお構いなしにニコニコ笑っている。
私は怒るときは怒るが、鬼ではない。
「ちょっと待て」
なんか甘いもんやっときゃいいんだろ、そこらにあるキャンディでも一掴み、
と思って気が付いた。うちには甘いものは何もない。
酒ばっかり飲んでいるので他には糖分を必要としていないのである。
なーんにもない。砂糖もない。砂糖を握らせる奴もいないと思うが。
お父さんとお母さんにワイン持って行くか?と
妥協してもらうという案も浮かんだが、
子供に酒渡して、逮捕でもされたらことである。
そうめん一輪ずつというのもないだろう。
さんざん家の中駆け回って、
ようやく子供が口に入れて問題ないものが見つかったが......
煎餅である。
しょうゆ味の固焼き。
訴えられることはないだろうが、
果たして食い物であることが理解できるかどうか。
しょうゆ、大丈夫かなあ。

他に選択の余地がないんだから仕方がない。
“Here you are.”
ごっそり持たせてやったら、満面の笑顔で階段を駆け上がっていった。
いいことをしたはずなのに、胸にしこりが残る。
あれ食ったかなあ、一口かじってみて、吐き出しちゃったかもな。

二度とあの東洋人のところには行かない、
と決めたのか、それ以来10月31日に我が家の呼び鈴が鳴ることはなかった。

                             大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 10:12 | カテゴリー:

2008年11月01日

11.01 OA BRIAN MAY LED ZEPPELIN FATBOY SLIM

1 WHERE DO I BEGIN / SHIRLEY BASSEY AND away TEAM 

007ムービー主題歌でお馴染みのベテラン。
クラブ系のアーティストと組んだ2000年のリミックスアルバムより。
純愛ストーリーの金字塔「ある愛の詩」の主題歌を
実に頽廃的なビートにのせて歌いあげている。


2 TOO MUCH LOVE WILL KILL YOU / BRIAN MAY 

過剰な愛は身を滅ぼす。
クイーンのギタリスト、ブライアン・メイによるセルフカバー……
と思ってたら、こっちの方が先でした。
1992年のこの作品を95年にクイーンがフレディのボーカルで
セルフカバーしたというのが正しい。


3 DELIVER ME /SARAH BRIGHTMAN 

才色兼備とはこの人のためにある言葉。
ミュージカル女優として1981年の「キャッツ」でデビュー。
80年代はアンドルー・ロイド・ウェーバーの作品に多数出演し、
ウェーバーとは私生活でも結婚することに。(後に離婚)
90年代以降はクラシックとポップスを融合した独自のジャンルで
ソロとして大成功を収めている。


4 SEVEN STEPS / CASSANDRA WILSON

その実力を多方面から評価されているジャズ・ヴォーカリストの
カサンドラは1999年に自分の子供時代のヒーローだったマイルス・デイヴィスに
オマージュを捧げたアルバム『TRAVELLING MILES』を発表。
この曲ではマイルスの「SEVEN STEPS TO HEAVEN」にオリジナルの
詞を付けて歌っている。


5  GOOD TIMES BAD TIMES / LED ZEPPELIN 

昨年、再結成が世界的ニュースとなったロック界の伝説的バンド。
Wikiによると全世界で3億枚以上のアルバムを売り上げているそう。
この曲は1969年の衝撃のデビュー作のオープニングを飾っていた
ハードロックの原点。


6 THE JOKER / FATBOY SLIM 

オリジナルはスティーヴ・ミラー・バンド1973年の渋〜いヒット。
世界で最もハッピーでイケイケな中年DJノーマン・クックが
P-FUNKファミリーのブーツィー・コリンズと組んでカバー。
21世紀スタイルのDown to Earth Soundsに仕上がっています。


BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:SONG LIST

2008年11月01日

越境者たち

大倉眞一郎セレクト

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著者:森巣博

集英社文庫


世界中のカシノを渡り歩いてきた自称「常打ち賭人」の著者が
25年に及ぶギャンブル体験を生かし書いた半私小説。

BOOK BAR staff| 14:33 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年11月01日

当選者の発表です!

■■■■■■ご当選おめでとうございます!■■■■■■

先週ふたりがご紹介した本、
内田樹さん著の『ひとりでは生きられないのも芸のうち』、
町田康さん著の『宿屋めぐり』 プレゼントに、
たくさんのご応募をいただきまして、どうもありがとうございました。

ご当選されたのは・・・

-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
品川区 ほしばっじお さん

武蔵野市 ムーンライツ さん

横浜市 パフパフぱんだ さん
-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+

        以上の3名さまです。おめでとうございます。


☆:*:.是非ご感想のメールお送りください!お待ちしております・・・ 。.:*:・'

BOOK BAR staff| 14:20 | カテゴリー:

2008年11月01日

嫌われ松子の一生

杏セレクト

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著者:山田宗樹

幻冬舎文庫

映画化、テレビドラマ化されたベストセラー作品。
ある事件により中学校の教師を追われた主人公の松子が
過酷な運命に翻弄されながら愛を求め貫く物語。

BOOK BAR staff| 14:13 | カテゴリー:BOOK INFO


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