2008年09月30日

メコンデルタ


前回紹介した開高健の「日本三文オペラ」は
アパッチ族についての小説であったが、
通常、開高健といえば「輝ける闇」が代表作とされており、
それに加え「夏の闇」「花終わる闇」(未完)三冊で「闇三部作」などと呼ばれている。
いずれもベトナム戦争に関連したものである。

開高健はこのほかにもベトナム戦争に呪われたかのように
数多くベトナム戦争を題材にとった作品を残している。
「輝ける闇」では南ベトナム政府軍の従軍記者として戦闘取材を行った際、
生きて戻れたのが10%以下という激しい銃撃戦に巻き込まれた時のことを
小説にしている。
それ以来私が認識している限りでも、
同じ銃撃戦について小説の形、ルポルタージュの形をとって、
ほとんど同様の描写で二作品を発表している。
どの作品も息ができなくなるほど、緊迫感、恐怖、諦念に満ちたものである。
また、他の小説で直接ベトナム戦争に関する描写がなくとも、
その大きな衝撃の痕跡を残したものがほとんどである。
どの作品も重量感のある文体、経験に裏打ちされたリアリティにあふれ、
私の人生の愛読書である。

その後、ベトナム戦争という強烈な体験から抜け出すのに
開高健は積極的に外に出始め、
「オーパ!」に代表されるエピキュリアン的ルポルタージュを発表し続けた。
胸躍り、外の世界へいざなうものであった。
しかし、それは同時に私には大変残念なことであった。

私は開高健がベトナム従軍する以前に書いたような
骨の太い堂々たる小説を心待ちにしていたのだが、
それはかなわなかった。

「日本三文オペラ」(1959年発表)、「ロビンソンの末裔」(1960年発表)
こんな小説がもっと読みたかった。

今ここでいうベトナム戦争とは南北ベトナム政府軍による戦争に
アメリカが介入したもののことである。
この戦争は1960年に始まり、1975年まで続いている。

1887年、フランスに植民地化されて以来、1940年には日本軍による占領。
日本軍が負けて出て行ったかと思えばまたフランスが占領に来て、
1946年から1954年まで独立戦争(第一次インドシナ戦争)。
南北に引き裂かれた後にまた戦争。
ベトナムはずっと戦火の中で苦しみぬいた国である。
そんな歴史の重みも開高健は背負ってしまったのかもしれない。

ベトナム戦争は南北ベトナムの戦争であったのだから、
北が北ベトナム軍の本拠地と思いがちだが、
サイゴン(現ホーチオミン)より南のメコン川が海に流れ込むデルタ地帯、
(数え切れないほどメコン川が枝分かれしている豊穣の地である)
は南ベトナム解放戦線(ベトコン)の拠点のひとつで、
激しい戦闘も繰り広げられていた。


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10年前、ホーチミンからバスでメコンデルタの最大級の町、カントーに行った。
最大級といっても限度があり、町自体は1時間で回れてしまう。
朝早くからボートを借りて入り組んだメコン川の支流を走らせた。
炎天下、延々と10時間近く寝たり、どす黒くなるまで日焼けしたり、
写真を撮ったりして過ごした。
ボートの操作をするあんちゃんがベトナム語以外一切受け付けてくれなかったので、
逆に気持ちも割り切れて気の向くままの半日であった。

岸の子供たちは何をくれでもなく、外人である私を見つけると歓声を上げて
後を追ってきた。照れくさかった。
ほんの二日間だけの滞在だったのにいまだ鮮明にこの町のことを覚えている。

大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 15:28 | カテゴリー:

2008年09月28日

逆転

ポール・ニューマンが亡くなってしまった。
大変寂しい。
リアルタイムで好きだった俳優が逝ってしまうと、
私にもそろそろお迎えが来そうな気がして、
「いつでも覚悟はできている」、と言いたくなる。
できてないから言いたくなる。

彼の映画は下関の映画館で何もかけるものがなくなると、
「リバイバル」と銘打たれて古いのも上映してくれたので、
映画館でもテレビでもよく見た。
私が好きだったのは「ハスラー」。
1961年の映画である。
賭け玉突き屋の話で、
ビリヤードそのものも見たことがなかったのだが、
異常に興奮した。
本当にリアルタイムで見た映画は72年の「ロイ・ビーン」が最初かも。
ほとんど当たらなかったように思うが、高校時代、
小倉までわざわざ見に行った。
開拓時代の町の保安官兼判事権町長のような人間の話であった。
内容を覚えているのだから多分面白かったのだと思う。
86年に「ハスラー2」ができたのでワクワクしながら見に行くと、
何が面白いのか私にもわからなくなってしまい、
一緒に行った友人が
「なんか玉が当たる音がやたらうるさかったねえ」と文句をたれたが、
言い返せなくて困った。

「栄光への脱出」という映画が60年に作られてヒットしているのだが、
恥ずかしながらこれは見ていない。
ただ、自宅にあった映画音楽をまとめたアルバムに
この映画のテーマ曲が入っていて毎日何度も聞いていた。

何故、この原稿のタイトルが「逆転」になっているかというと、
この映画が気に入っているからである。63年の作品。
好きといえるほど筋書きを覚えていないのだが、
やたらどんでん返しが多い映画だったような気がする。
で、この映画の最大の魅力は実はポール・ニューマンではない。
主人公だし、もちろんかっこいいのだが、
私の性の目覚めと関連があるような気がする。
助演のエルケ・ソマーという女優に魅入られたのである。
今写真を見直せばもう少しきれいな女優はそこいらにいたような気もするが、
はまったのだな。私の急所に。
やや肉付きのよいドイツ人のエキゾチズムだったのだろうか。
始めて見たときはずっともやもやが取れなくて、
「どうすりゃいいの」って感じであった。
名作といわれているかどうか知らないが、
テレビでは何度かかけられていた。
毎回見ていた。
彼女はその後やたら多くの映画に出演し、人気もあったが、
最近は聞かないのでどうしているかしらと思ったら、
画家としても活動されているようで、お元気な様子である。
エルケ・ソマー、名前もいいじゃないの。

ポール・ニューマンは冗談で始めた食品会社が大当たりして、
このニューマンズ・オウンという会社の
総純利益2億2千万ドルを恵まれない子供たちに寄付をした。
なかなかできることではない。
公民権運動、反戦運動に熱心でニクソンの時代には
ホワイトハウスのブラックリストに名を連ねたこともある。
骨のある人である。

チャールトン・ヘストンも今年亡くなった。
「十戒」はDVDも持っているし、「ベンハー」も何度も見た。
この方も、もともと公民権運動に熱心でリベラルな人だったが、
後年は保守へ転じて、うんざりさせられるような言動が目立った。
ポール・ニューマンと生まれた年は一年違うが、お二人とも享年83歳。
ご冥福を祈る。

                        
                          大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 04:39 | カテゴリー:映画部

2008年09月27日

9.27 OA T-REX 浜田真理子 憂歌団

1 20th Century Boy / T-REX 

イントロの歪んだギターを聞いただけで、
意味なくテンション上げてたのは20世紀のロック少年たち。
ご存知、浦沢直樹原作の人気マンガの冒頭に登場する名曲。
原作の愛読者としては、映画版はちょっと物足りなかった。
せっかくの大画面なのだから、もっと映画的文法を駆使した表現が見たかったなぁ。

2 LOVE SONG / 浜田真理子 

島根県在住の孤高のシンガーソングライター。
大倉さんの薦めで、先日ライヴを観た杏ちゃんも大感激!
勢いでキーボードを購入してしまったそう。
これまでの作品もオトナ買いして浜田ワールドに浸っているそうです。


3 SO FAR AWAY /CAROLE KING 

名盤中の名盤「つづれおり」から。
世界中の女性シンガーソングライターが尊敬するLIVING LEGENDですね。
昨年秋の17年ぶりの来日公演では、感激のあまりすすり泣く団塊世代と、
平成ディーバ経由で曲を知った若い世代の感動が共鳴していた。
とってもいい光景でした。

4 DIDI / KHALED

「ライの帝王」の異名を持つアルジェリア出身のシンガー,ハレドの代表作。
ライとはアルジェリアを中心に北アフリカや、ヨーロッパのアラブ社会で
愛されているポップ・ミュージック。
フランス占領時代が長かったせいだろうか?
アルジェリアではアラブ文化と西洋ポップカルチャーの融合が
様々な形で行われているようで、「アラブの実験室」と呼ぶ人もいる。


5  嫌んなった / 憂歌団 

大阪で結成された4人組ブルースバンド。
泣かせて笑わせるステージは上方の寅さんのようでした。
10年ほど前に惜しまれながら解散。
もうこんなバンドは出て来ないでしょうね。

6 HEY POCKY A-WAY /The METERS 

大阪の話題に合う曲は?
と考えていたら自然とニューオリンズに辿りついた。
粘っこいリズムと情が深そうで垢抜けない語り口は、
まるで鶴橋で食べるモツ煮込みのよう。
ミータースはいまも精力的に活動するネヴィルブラザースの前身的存在。
現在の正式名称はFUNKY METERSとなっている。
70年代にはストーンズの前座を務め、
再結成後はレッチリと同じステージで競演。
今も昔も本物のミュージシャンから愛されているバンドだ。

BOOK BAR staff| 14:59 | カテゴリー:SONG LIST

2008年09月27日

日本三文オペラ

大倉眞一郎セレクト

著者:開高健 新潮文庫

主人公は戦後の大阪に実在したというアパッチ族。
アパッチ族とは戦災で朽ちた軍需施設跡や、工場跡などから
不法に鉄くずなどを回収して売りさばいていた一団。

BOOK BAR staff| 14:27 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年09月27日

雷桜

杏セレクト

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(c)角川書店

著者:宇江佐真理 角川文庫

乳飲み子の頃に何者かにさらわれた庄屋の愛娘・遊。
15年の時を経て、遊は、狼女となって帰還する。
数奇な運命を辿った女性の生涯を描く、傑作長編時代ロマン。
タイトルの「雷桜」とは、
雷が落ち折れた銀杏の木に桜の芽がついたもの。

BOOK BAR staff| 14:12 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年09月25日

パコと魔法の絵本

涙腺がゆるい。
歳とってゆるくなったか、
と怖くなって過去を振り返ってみたら、
学生のころから、ひとり、映画館でよく泣いていた。
就職してからも新聞を読んでは
かわいそうだといって泣き、
いい話だと感激して泣き、
泣くネタには困らないもんだと感心していた。
新聞で泣く場合、いつも泣いているわけではなく、
二日酔いの時に限られる。理由は不明。

最近はどんな映画を見に行ってもどこかで泣いてしまう。
試写なんかで泣くと最悪である。
途中で目を押さえているのは丸分かりである。
ただ、幸いなことに試写の場合はエンドロールが終わるまで
皆さん席を立たないので、何とか痕跡を消すことはできる。

パコ」には騙された。
あんなに予告編が楽しそうだったので、安心していたのに、なんだありゃ。
まず、中島哲也という監督がいかん。
撮影の時怒ってばかりだというではないか。
子役のアヤカ・ウィルソンにまで怒鳴ったと聞いた。
許せんが、本人が上がりを見て納得したというからやはり美少女の勝ちである。
アヤカは偉いねえ。

「下妻物語」
「嫌われ松子の一生」
上記2本を見て、
日本でもこんな映画を撮る人間が現れたと感激した、
と、業界人に話したら、返事は
「へー、大倉さん変わってるね。中島さん、人間としては最低だよ」。
本当に最低かどうか知らないが、
映画監督の仕事はいい映画を撮ることであるから、
別にそれはそれでいいじゃないの、
俺さえ怒られなけりゃ、とずーっと思っていた。
しかし、だれかれかまわず怒鳴るというのはいかがなものか。

土屋アンナなら絶対に泣かないはずだから問題ないように思うが、
アヤカは駄目だ。

最初の30分くらいまではキャラクター設定が極端なのに
テンポが遅く感じて、寝ちゃうかもと逆の心配をしたのだが、
不覚にも急に一本スーッと汚れ無き涙が頬を伝ったと思ったら、
それから止まらなくなった。
延々一時間近く、どう頑張っても涙が止まらない。
笑いながら泣いている。
一度嗚咽しかけたが、それはさすがに我慢した。


「爆笑して、号泣する奇跡の感動ストーリー」

なんて陳腐なコピーなのかしら、と馬鹿にしていたのに、
これじゃ最低人間といわれた中島哲也の思う壺ではないか。
いい大人というか、中年をこんなに泣かせていいのか。
「50歳以上は入場禁止」としておいて欲しかった。

お話の内容は映画館にただで置いてあるパンフレットに
身も蓋も無いくらい書いてあるのでそれを見てください。

中島哲也って本当にそんなに最低なのかしら。
そうでもないような気がするんだけど、
ものを作る人は気が短い人が多いんだよな。

別に会うこともないから安心してていいんだけど、
やはり作品にやられちゃってるから、こんなに怖がっているのかも。
私のほうが年上なんだけどね。


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 12:39 | カテゴリー:映画部

2008年09月24日

小泉今日子さん

実は私は小泉今日子さんのことをほとんど知らない。
小説家でもミュージシャンでもファンだったりすると
人は呼び捨てにする傾向があるが、
ファンであったことも、強い興味を引かれたこともなかったので、
私のこだわりでは、やはりここは「小泉今日子さん」が正しいと思う。

もちろん彼女が歌手で人気があったくらいのことは知っているし、
「なんてったってアイドル」はややあざといが、
うまいタイミングで裏をかいたなあ、と感心したりした。

しかし、この原稿を書くにあたり本当はどんな人だったのかしら、
と調べてみて驚いた。
女性歌手の中ではオリコンベスト10入りの曲数ではナンバーワンなのだそうだ。
何曲か知っているものもあったが、
ほとんどはタイトルを見ただけでは判別がつかない。
そんなお方を「あんな感じだった」と話ができないのが不思議である。
KYON二乗と書かれたものを目にした時は、
本気で八丈島のキョンの鳴き声かと思った。
やっぱりキョンは「キョン キョン」と鳴くんだと。
石野真子が結婚して以来
すっかりアイドルに興味を失ってしまったのである。

20数年間忘れたに等しかった小泉さんの出演している映画を
立て続けに2本見た。
「トウキョウソナタ」
「グーグーだって猫である」


トウキョウソナタ」では相変わらず香川照之が圧倒的な存在感を出していて、
評価をすることなどとてもできないのであるが、
もう一人、もしかしたらこの人はすごい役者じゃないのかと驚いたのが小泉今日子さんであった。
少し疲れてしまった主婦を演じているのだが、
すっぱり余計なものを削いでしまい、
疲れていることの妙な心地良さまで感じさせる。
前に出る存在感ではなく、少し引いたところにいながらも目をそらさせない、
そんなたたずまいが素晴らしい。
映画自体は黒沢清監督であるから、
難解な作品に上がっているのだろうと、気合を入れて見に行ったのだが、
そんな心配は必要なかった。
「希望」をきちんと見せてくれた。
ちょっと泣いた。
今年見た日本映画の中では5本のうちに入る。

私は爆笑問題の田中と同様、猫を見つけると正気を失い、
「どちたの?さみしいの?どちたの?」
と、どこまでも追いかけていく習性を持っている。
どんな猫とも心を通わせているつもりなのだが、
相手はそう思っていないようでさっさと消えてしまう。
世界中でそうやって猫を追い回してきた。
写真もずいぶん溜まった。
今、猫の写真集は売れるらしいが、どんなもんだろうか。

グーグーだって猫である」は猫の話だと思ったので、
行かざるを得なかった。
そしたらやっぱり猫が主役ではなく、小泉今日子さんの映画であった。
個性のある俳優が出てくるが、小泉今日子さんはパンチを振り回すこともなく、
ゆったり伸びやかで、人見知りの天才漫画家を演じていた。
ケレン味を全く感じさせない。そこにいるだけで空気を作ってしまっている。
小泉今日子さんは猫的女性ではないような気がするが、
どうも猫とはうまくコミュニケーションが取れているように見える。
猫好きの女性はいい人ばかりである。
小泉今日子さんと心が通じた気になって帰った。

こんな大女優に変身していたことを知らなかったのが悔しいし、
恥じるところであるが、
今後はファンなので「小泉今日子」と呼び捨てにさせていただく。


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 11:15 | カテゴリー:映画部

2008年09月22日

チャイナ・チャイナ

前回紹介した「メディア買収の野望」ではイギリスも舞台のひとつとなる。
著者のジェフリー・アーチャーは、
イギリスの超高級レストランから監獄の臭い飯まで知り尽くしている生粋のイギリス人である。
私は彼と直接話したことはないが、
彼の日本での代理人をやっていた人間はよく知っている。
勤めていた会社のリテーナーをしばらくやってもらったことがあるからである。
ああいう階級社会ではどうしてもそういう人間のコネが必要になることがある。

そのピーター(仮名)の詳細な出自は知らないが、
彼が話すのはいわゆるオックスブリッジ・イングリッシュと呼ばれる、
いかにもインテリ然とした発音が特徴である英語であった。

普段出くわすことは少ないが、
上流階級出身をうかがわせるイギリス英語の特徴にもうひとつかわったものがある。
「吃音」である。
わざとどもるのか、自然と身につくのかわからないが、
話始めに必ずつっかかる。
“Shin, I, I, I want you to understand the current situation.”
てな感じである。
あまり知られていない不思議な習慣である。
まねをしていただけかもしれないが、ピーターはそんな具合に話していた。
彼は打ち合わせというと必ずザ・ドチェスターという
アラブの富豪が持つ高級ホテルを指定してきて、
「そんなもん売れるわけないだろうが」という千三話を熱心に説明していた。
基本的におかしな人間であった。

さて、本題。
本日はあのジェフリー・アーチャーでも絶対に行ったことがないと100%自信を持って言い切れる
私自慢の行きつけレストランを紹介しよう。

中華だ。
ロンドンは中華料理が充実している。
香港からの中国人が多いせいである。
接遇で高級中華はすべて食べつくした。
が、ひっくり返るほどの値段に見合う料理を味わったことがない。
やたら頻繁に酒をついでくれたりするサービスは充実しているのだが、
私の舌には全然合わない。
たくさんお金を使いたい人は好きなだけフカヒレでもあわびでも食べればよろしいと思うが、
そうでない方は私の指示に従うことを強くお勧めする。


ひとつは地下鉄クィーンズウェイ駅の斜向かいにある「マンダリン・キッチン」。
ここのロブスター・ヌードルという焼きそばは絶品である。
食わずに死ぬな。
ただ、現在のレートだとやはり夕食で一人8000円から1万円くらいにはなってしまう。
毎日通う店ではない。

本命が「チャイナ・チャイナ」である。
ピカデリーサーカスからシャフツベリ・アベニューに沿って
3分くらい歩くと右側がチャイナ・タウンになっている。
小さな中華レストラン街である。
そのメイン通り、ジェラード・ストリートの東端にある小さな大衆食堂が私の一押しである。
全面ガラス張りでいつも不機嫌そうな店員の顔、
態度が丸見えなので躊躇する人もいるだろうが、
委細かまわず偉そうに「一人だ」と入店するなり宣言するとよろしかろう。
(平日から昼飯を一人でよく食いに来た)
店員はよほど親しい同じ中国人以外には笑顔は見せないので、
どんなに無愛想だろうが気にすることはない。
すぐに「そこ座れ」と空いている席を指差すか、
「2階へ行け」「3階へ行け」と命令する。
私は1階の端にある一人がけの席が好きなのだが、
店が開くなり飛び込まないとまず占領されている。


店内は客は静かなのだが、店員同士が常に怒鳴りあっている。
どんな喧嘩か、と興味を持つが、やがて普段の会話であることに気が付く。
広東語はいつも喧嘩腰に聞こえる。

オーダーを迷っているとしばらく放って置かれるので、
できれば外に張り出してある大きなメニューで
食べたいものを決めてから、席に着くなり「あれとこれ」と注文しよう。
「なかなか、やるな」という目で見てくれる。

小さい割にはメニューが充実しているが、
必ず食べていただかねばならないのは「ワンタンミエン」である。
そのまま発音すれば通じる。

香港で麺を頼むと必ず細くて黄色く、
初めての人には輪ゴムのように感じられるのが出てくるが、
ロンドンも同じである。広東料理の麺はみんなそうである。
中国ではその他の場所は全く違う麺を出すので間違いのないように。

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ワンタンミエンにはやたらでかいワンタンが5つくらい乗っかっている。
店ごとに味が違う。
ここのが一番。味、歯ごたえ、茹で具合三拍子そろっている。
スープ、麺との相性も抜群である。
私はあまりにもうまいので大体3分くらいで完食してしまう。
であるから、もう一品頼む。
「スクランブルド・エッグ・アンド・シュリンプス・ライス」
なんだ?と思われるであろうが、
でかいプリプリのエビがあん状になったどろどろの卵炒めに混じって出てくる。
部下であった日本人の男の子が
「大倉さん好きですね、それ。ぼくら鼻水ご飯って呼んでるんですよ」
とアホなことを言っていたが、鼻水は入っていないと推測されるので
気にしないようにしよう。
あと、「豚肉ザーサイ細切り炒めぶっ掛けご飯」
「カレーライス」なんかもお勧めである。

絶対に後悔させない。
まずかったらいつか金は返す。
ロンドンでここに行かず、
ナショナル・ギャラリーやテイト・ミュージアムをまわる奴は、
人生における重要な機会損失をしていると覚悟していただきたい。

ひとつ忘れていた。
「チリ・オイル」を頼むとラー油を持ってきてくれるが、
一般の方には口から火を噴くくらい辛く感じられるはずである。
充分注意して少しずつ試してみよう。


大倉眞一郎


BOOK BAR staff| 10:17 | カテゴリー:

2008年09月20日

9.20 OA つじあやの アリス JIMI HENDRIX and more

1 戦場のメリークリスマス / つじあやの 

メガネ系ウクレレ歌姫。
最新アルバム『COVER GIRL 2』から。
ご存知、坂本龍一の代表作に詞を付けて歌っている。


2 チャンピオン / アリス 

70年代に大活躍した3人組のフォークバンド。
彼ら最大のヒットソングであるこの曲は、
ボクサーのカシアス内藤をモデルにしたと言われている。
カシアス内藤について書いた本としては、
ノンフィクション作家の沢木耕太郎の「一瞬の夏」が有名。


3 THIRD STONE FROM THE SUN /JIMI HENDRIX 

パリの5月革命を背景にしたベルトリッチ監督作「ザ・ドリーマーズ」の
オープニングにも使われていたジミのナンバー。
クロースアップでエッフェル塔の鉄骨を縦方向にパンしていくカメラワークは
実にクールでスリリングでした。


4 DAYS OF FIRE feat. NATTY / NITIN SAWHNEY

2005年7月7日の地下鉄爆破テロ事件以降、大きな変化が訪れたロンドンを
テーマにした新作『LONDON UNDERSOUND』より。
ニティン・ソーニーはイギリス在住のインド系マルチアーティスト。
インド音楽とクラブミュージックを融合させた生命力あふれた作風で
リスペクトされている。


5  EASY MONEY / RICKIE LEE JONES 

彼女のデビューのきっかけとなった曲。
西海岸のトップミュージシャンのプレイをバックに、
1979年にリリースされたファーストアルバムは全米3位を記録。
グラミー賞新人賞に輝いた名作だ。


6 kfir / CAMILLE 

フランスの新しいミュージックシーンを代表するアーティスト、
カミーユが英語で歌ったアルバム『MUSIC HOLE』から。
どの曲も彼女の個性が爆発したアヴァンギャルドな仕上がり!
10月には来日公演があります。

BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:SONG LIST

2008年09月20日

メディア買収の野望

大倉眞一郎セレクト

著者:ジェフリー・アーチャー 新潮文庫

実在のメディア王をモデルに書かれた波乱万丈ストーリー。
原題『The Fourth Estate』は直訳すると「第四の権力」。
出自の異なる2人の男が、テレビ、新聞などのメディアの覇権をめぐって
熾烈な争いを繰り広げる


BOOK BAR staff| 14:43 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年09月20日

警官の血

杏セレクト

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著者:佐々木譲 新潮社

昭和二十三年、上野署の巡査となった安城清二。
管内で発生した男娼殺害事件と国鉄職員殺害事件に疑念を抱いた清二は、
跨線橋から不審な転落死を遂げた。
父と同じ道を志した息子民雄も、凶弾に倒れ殉職。
父と祖父をめぐる謎は、本庁遊軍刑事となった三代目和也にゆだねられる……。
戦後闇市から現代まで、人々の息づかいと時代のうねりを甦らせて描く警察小説の傑作。

BOOK BAR staff| 14:15 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年09月18日

下関弁

下関弁当のことではなく、下関の方言にまつわる物語である。
無駄に長いけど、読んでね。

ちょうど「オクシタニア」で大阪弁がオック語の表現に使われていたし、
杏ちゃんの「田村はまだか」が同窓会の話で、このふたつに引っ掛けて
何か笑いネタをひとつと思案していたら、これ以上ないというのがあった。
笑えなかったら金は返す。

話を面白するためのかわいい嘘と単純な間違いが混入している可能性もあるが、
リアルにしたいので登場人物の名前はすべて本名である。
基本的に彼らは重要な役割を負っていないので、問題ない。
怒ったら今度下関で一杯飲ませよう。

私の高校時代の友人はバンドの仲間か、
落ちこぼれて自習時間のみ卓球部であった人間に限られているが、
今回は主として山陰
(下関ではさびれた所やねえ、というやや差別的な意味合いを含むことがある)
から通っていた友人と体験した話である。

高校を卒業して最初の夏休み、
下関を離れて東京で暮らす友人と一人だけ岡山の大学に行った
ハゲ山さん(本名:中村)の実家に泊まりで遊びに行った。
(50を過ぎた我々は今でもそのころのあだ名で呼び合う。
若い人たちに忠告しておくが、
歳をとって絶対に呼ばれたくないあだ名を持っている人は、
今から改名宣言をしておいたほうがよい。
私は今でも「イモ」と友人、及びその奥様方から呼ばれている。
さすがに奥様方は「イモさん」と呼んでくれるが、私はあまり嬉しくない。
これが死ぬまで続くかと思うとちょっと考えてしまうことがある。
葬式の時の弔辞とかはどうなるんだろう。
死んでも安心できない。
ちなみに、「ハゲ山さん」は高校時代、
ほんの少し薄いかもしれないという理由でつけられたあだ名であるが、
現在全然禿げていない。本人はともかく奥様の心情を察すると心が痛む)

全然話が進まない。

我々、モトブー(本名:岸田 小学校のころ太っていたから)、
岡部さん(こいつにはなぜかあだ名がない。なくても充分に面白いからだと思われる)、
ミキちゃん(本名:中川 単純に名前が幹彦だったから。男である)
に私を加えた4人は、昼は岩場で泳いで、
晩はハゲ山さんの家で酒呑み放題で豪勢な海のものをご馳走になって、
マージャンやって、歌でも歌おうやー。
と田舎ならではの完璧なプランを立て、山陰深部である湯玉に乗り込んだ。

ハゲ山さんのうちは漁業もやっているので、岩場でサザエを取っても大丈夫である。
と思うが本当に許されることであったのだろうか。
山陰で育った人間は、他にすることがなかったのでみんな泳ぎが達者である。
潜りも見事で海女さんのように、しばらく上がってこない。

私は。
私は泳げなかった。
町の子はひ弱である。
近くに海はあったのだが、町の海はきたなくて、どぶの匂いがした。
そんな臭い海で、ザブンザブン波がくる中、泳げるわけがない。

昔、生野小学校、山の田中学校
(やはりこの名前は恥ずかしい。
せめて山田中学校であってくれていたらと思う)
には、プールがなかった。だもんで誰も泳ぎ方なんて教えてくれなかったのである。
羨ましくもないが、私が卒業してからどちらにも立派なプールができたそうである。

というわけで30歳を超えるまで私は泳げなかった。

泳げない私はどうしていたかというと、
若武者たちが岩場から足の届かない未知なる世界の深みへ飛び込んでいくのをただ眺めていた。
彼らは焼けるような日差しの中に置いていかれた私を振り返ることもない。

「くそ面白くもない」
海に石を投げて、焼けるに身を任せていた私であったが、
突然、光明が射した。
あーっちの方から年のころひとつふたつ下の麗しい女性三人が
手持ち無沙汰にやって来るではないか。
つまり女子高生である。
今はそんなションベン娘に発情することはないが、
当時の18、19歳は全員一年中発情期である。
いかにせん。
いかにせんとあせっても、こちらは女性の手も握ったことがない。
本当に田舎の子は何でも遅い。
東京で同期の学生さんは、ほとんどいろいろと人生経験を重ねていて、
腹が立つったらありゃしない。今でも。

私のいたたまれないほどの焦燥感とは関係なく、
彼女たちはズンズン進軍してくる。
勘違いであることを祈ったのだが、私のほうに向かってくるように見えた。
それまで、そう思ったときはすべて勘違いだったので、
今回も見逃してくれるかと思ったら、やはりターゲットは私であった。

3人の中のリーダーと思われる美しく背が一番高い
可愛いビキニ姿の山陰のお嬢さんが、何事かを私に問うた。

問うなよ、もう逃げ出したいんだから、という姿勢に問題があったのだろう。
「&#$%¥*?」と流行の表現を借りてみたが、
彼女の言っていることが単語のひとつすら理解できない。
「へっ?」っと言ってみた。
「へっ?」じゃないだろうという顔をしたが、
親切なことにもう一度繰り返してくれた。
前より長く話してくれていたような気がする。

全身が硬直していて、脳まで機能が停止していたとしか考えられないのだが、
今度も火星人が話しているように感じた。
だが、今度「へっ?」じゃ俺の人生はメチャクチャになると恐れおののき、
とっさに
「この辺にゃ、イラはおらんよ」
と答えていた。
鳩が豆鉄砲を食らった顔を初めて見た。
美少女の顔のパーツが中心部に向かってしぼんでいった。
こりゃまずい。

話をつなごうと
「イラはおらんけー、泳いでもえーと思うよ」
追い討ちをかけたら、こいつはアホやったか、と返事もせずに去っていった。
失礼な奴らである、
ではなくて、浜に穴掘って二度とこの世に出て来れない地底人になりたかった。

危機は去ったが、荒涼とした心の荒野に一人たたずんでいた私に誰かが声をかけた。
「あんた、誰と話しよったほかね」(モトブー)
「あの女の子達は誰かね」(ミキちゃん)
「なんか約束したんかね」(岡部さん)
「可愛かったように見えたよ」(ハゲ山さん)
矢継ぎ早に質問を仕掛けてくる。
一生海女さんをやるつもりかと思っていた連中は、
海の向こうから成り行きを観察していたようであった。
女の匂いには敏感な奴らである。

「いや、イラはおらんよ、って教えてやったんやけど行ってしもうた」
納得しない。
「今、イラがおるわけないやろうが、バカかお前は」(モトブー)
「本当はなんて聞かれたんかね」(岡部さん)

わからない。わからない。全然わからなかった。
と罵倒されるままになっていたら、突然、啓示を授かった。

「あんたはどこの高校かね」

そう聞いていたような気がする、ではなくて、そう聞いていた。
なんでわからんやったんやろうか?

「いや、僕たちは高校生じゃなくて東京の大学生だよ」
と答えていたら、どうなっていたであろうか。

歴史に「もし」はないが、今でもこの時のことを頻繁に思い出し、その先を想像してしまう。
私、あるいは山陰出身の誰かの人生は変わっていただろうか。
むなしくも楽しいひと時である。

ちなみに、イラとは下関付近の方言で小さなくらげのことをいう。
刺されると痛い。盆過ぎに現れる。
もうどうでもいいことなんだけど。


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私が高校に行くのにひとつ山というか、丘を越さなければならなかったのだが、
この写真の道を毎朝夕歩いた。
当時はガードなんてなくて、
崖を踏み外すと10数メートル下まで落ちることになっていた。
ただ、落ちて死んだという人の話は聞いたことがない。
しかし、この写真見る限りやっぱり山だな。

大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 11:46 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年09月17日

カンヌ

放送で紹介したかつての「オクシタニア」には当然カンヌも含まれている。
南フランスがオクシタニアであったと考えてもらって間違ってはいないだろう。

イメージだけからすれば、私ほどカンヌに似合わない人間はいないであろうが、
実は私はここにはかなり詳しい。
へへん、と威張る理由はまったくないが、
ちょっと違う一面をお知りになってはいかがであろう。

もしかしたら杏ちゃんのお父さんも映画祭のメイン会場
「パレー・ドゥ・フェスティヴァル」前の赤じゅうたんを踏んだことがあったかしら。
私、実は何度もあそこにはお邪魔してるんざんすよ。

私の場合は広告祭なので業界の人間ならば金さえ払えば、
どんなに無名であれ入場できるし、タキシードを着て表彰式にも出席できたのであるが。

カンヌはとにかく映画祭のイメージが強く、
やたらセレブリティが集まって、
キューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」のような淫靡な催しが、
そこかしこで毎夜営まれていると思っている方々もいるかもしれないが、
少なくとも広告祭ではそんなことは聞いたことがない。
知り合いの広告業界紙の方は昼は取材、夜執筆、送稿という毎日で
毎回げっそりして帰ってくる。

ともあれ、カンヌは何か催し物があるときは全世界から人が集まり、
メインの通りに面したとんでもない宿泊料のホテルまで満員御礼となる。
ここのビーチはある意味貧乏臭い。
ビーチは狭いくせに前に立ち並ぶ高級ホテルがプライベートビーチにしており、
一般の人間は立ち入ることも許してもらえない。
昼間はすべてのパラソルが全開となるので道沿いからは砂すら見ることができない。
楽しいのだろうか。

食い物はお世辞にもうまいとはいえない。
行き場所のない観光客がうまくてもまずくても入るから手抜きをしていやがる。
特に高級ホテル近くの店は全滅と思ってよい。
ホテル群から離れれば離れるほど、ましな店が多くなる。
パレー・ドゥ・フェスティヴァルを越して、
しばらく行くと右側に丘へ向かう小さな路地がある。
ここも観光客が集まるレストラン街であるが、
坂に沿って可愛いお店が一杯なのよ。
ムール貝を頼むとバケツのような容器に食いきれないほど出してくれる。
カレー味のものもあるが、逆にすぐに飽きるので、
私は普通のニンニク白ワイン味をお勧めする。
そんなものにも飽きてくるとお金持ちの代理店の方々は山を越えて、
高級フランス料理屋に出向くようであるが、
私はフランス料理が基本的にだめなので全然羨ましくない。

で、何が言いたかったかというと、高級ホテル、ブティックの並ぶカンヌは嘘カンヌである。
裏通りに入れば田舎のフランスを見ることができる。
常連の通う立ち飲みのバーもあるし、
私にはとても美しく見える入り組んだ狭い路地が心落ち着かせてくれる。
プロヴァンスの片鱗を見ることができる。

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カンヌにはほとんど仕事だが4、5回行った。
すごーく面白かったことはほとんどない。

ちょっと面白かったことは私の本に書いたので参考にしてください。
漂漂(ふわふわ)」木楽舎
意に反して、結局はこれが目的の原稿になってしまった。

ごめんなさい。

大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 08:14 | カテゴリー:

2008年09月15日

NYに来ています。

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NYの街は区画整理されているから、道がまっすぐ。
道がまっすぐだから、空もまっすぐ。
見上げると空に一筋の河が流れているような錯覚に囚われます。
どういう訳か、NYの空は高い。
この感覚はビルの高さから来るのでしょうか。


そんなNYの空を、先日巨大ハリケーン「ハンナ」が襲来。
これでもか、これでもか、と雷様に言われているように、
叩きつけてくる雨粒。

バッドタイミングが重なって傘が手に入らず、
ええい、タクシーだ!と道端に立ってタクシーを拾おうとしても、
べちょべちょの濡れネズミを乗せたいと思うタクシーはあまりおらず、
乗車拒否の連続。濡れネズミはズブ濡れネズミに進化し、
益々乗車拒否に遭う、悪循環。
日中曇っていたからと、珍しく帽子を被っていない所為で、
ビショビショ度は目に見えて判る。
悪い事は重なるもんです。

後でニュースを見ると、物凄い被害。
こちらの台風(大西洋になるとハリケーンになるそうで)は規模が違います・・・
べちょべちょの濡れネズミになっても、無事なだけラッキーでした。

東京も雷雨が続いているようで、
一体全体気象はどうなってしまったのでしょう?

ちなみに、外国では傘を差す人が少ない様に感じます。
皆、雨が降ってもギリギリまで傘を差さず。
晴れのときに日傘なんか差した日にゃ「何やってんだ?!」と訝られる程。
そして何故か帽子も被らず。サングラス率は多いけれど・・・謎です。

にほんは単に、梅雨で雨が多く傘との馴染みが深いからなのでしょうか?
日焼けと冷房対策で長袖、帽子の私は常に突っ込みの対象の的。


「ヘイ、何でそんなに寒そうなんだい!」

寒いんです。

NYで一人ボーッとしながら歩いている、厚着で帽子のアジア人が居たら、
それは私です。


BOOK BAR staff| 02:24 | カテゴリー:

2008年09月13日

9.13 OA STYLE COUNCIL コブクロ BADFINGER and more

1 MY EVER CHANGING MOOD / STYLE COUNCIL 

パンク・アティチュードにモッズファッションがキマっていた
UKロックシーンの兄貴分ポール・ウェラー
スタイル・カウンシル1枚目のアルバムジャケットでは、
最高にカッコいいステンカラーのコートの着こなしを実践して見せてくれた。

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2 待夢磨心 / コブクロ 

夢を待ち、心を磨く。
漢字四文字のタイトルは「たいむましーん」と読むそうだ。
曲の主人公は「過去の僕」と「未来の僕」へ語りかける。
当事者である僕の悩みは見当外れだったり、思い過ごしだったり。
でも、誰もが「今の自分」については客観的になれないし、
きっと冷静ではいられない。
「現在の僕」はどう見えているのだろう?
しっかり生きているのだろうか?

3 TEARS DRY ON THEIR OWN / AMY WINEHOUSE 

素行の悪さばかりがニュースで飛び込んでくるが、
その才能と実力については各所でお墨付きという21世紀型のディーバ。
時空を超えた歌声は60年代のモータウン・サウンドを彷彿とさせる。

4 AMAZING GRACE / ROBSON & JEROME with The LONDON COMMUNITY GOSPEL CHOIR

もっとも愛されている賛美歌のひとつ。
マヘリア・ジャクソン、アレサ・フランクリンなど語り継がれる名唄も多い。
ここでは荘厳な空気を醸し出す正統派スタイルを紹介。
白鳥英美子からプレスリーまで15組のアーティストが歌った
「AMAZING GRACE」を収録したCD『AMAZING GRACE 100%』から。


5  AHUNA YA TSWANAG LE JESU / SOWETO GOSPEL CHOIR 

ソウェトは南アフリカ共和国の首都ヨハネスブルグの地域名。
アパルトヘイトで迫害されたアフリカ系住民の象徴の地でもある。
そのソウェトで2002年に結成された男女混成26人組のクワイヤが
このグループ。
アフリカの打楽器ジャンベをバックにア・カペラで歌うのが特徴。
昨年と今年、2年連続でグラミー賞を受賞。
アフリカ大陸だけでなく、世界中から注目を浴びているクワイヤである。


6 NO MATTER WHAT / BAD FINGER 

リバプール訛りの話題が出たところで、
ビートルズといきたいところですが、先週のラストがFAB4だったので、
今夜は裏ビートルズ的存在のこのバンドの曲を。
邦題は「嵐の恋」でした。


BOOK BAR staff| 14:53 | カテゴリー:SONG LIST

2008年09月13日

オクシタニア

大倉眞一郎セレクト


著者:佐藤賢一 集英社文庫

13世紀フランス南部、オクシタニアと呼ばれた豊饒の大地に栄えた異端カタリ派。
ローマ教皇はその撲滅のために「アルビジョワ十字軍」を派遣する。
正統か異端か。神をめぐる壮大な戦いが始まる。

BOOK BAR staff| 14:30 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年09月13日

田村はまだか

杏セレクト

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著者:朝倉かすみ  光文社

深夜のバー。
小学校のクラス会の三次会。
男女5人が友を待つ。
酔いつぶれるメンバーがでるなか、
田村をひたすら待つ。

BOOK BAR staff| 14:15 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年09月10日

12人の怒れる男

このロシア映画の原題は「12」である。
元になる作品は言わずと知れた1957年に公開された、
ヘンリー・フォンダ主演の「12 Angry Men」であるが、
実はちゃんと調べてみるまで邦題は「12人の怒れる男たち」
だとばかり思っていた。
日本語にするときは単数にするか、複数にするか難しいね。
なんせ「SEVEN STARS」が「セブン・スター」の国だから。

原作は何度も映画化、テレビ化、舞台化されている上、
日本では筒井康隆や三谷幸喜がアレンジして、別物に仕上げている。
名作中の名作といっていいだろう,
といい加減なことを書いたところで、
さて、さらに誰が原作を書いたかと思って調べてみたら、
レジナルド・ローズが1954年にアメリカCBSテレビで放送された
ドラマ用に書いた脚本であることがわかった。
原作の小説は存在しないのである。
ともあれ作品は素晴らしいわけで、
小説が元になっていると思い込んだ私がトンマだっただけである。
ちなみに最初にテレビで放送された本当のオリジナルのフィルムは、
ずっと行方不明になっていて2003年にようやく見つかったそうである。
いつか見てみたいものであるが、所在すらあやしかったくらいであるから状態が心配である。

すでに8月23日にシャンテ・シネで公開されていたので、
急がなきゃと思いながらインド浸りになっていたりしたもんだから、
遅くなった。

この映画、平日の真昼間からぎっしりですから、
ぎりぎりに行ったりしてがっかりしたりすることの無いよう。
仕事さぼって行くつもりの方は、覚悟決めて早めにね。
しかし、映画が160分もあるので午後つぶすつもりでないと無理だな。

映画をご覧になる方であれば、内容を知らない方はいないと思うが、
密室劇である。
このロシア版には挿入されている場面もあるが、
基本的にはやはり陪審員が評決にいたるまで、
部屋に閉じ込められたまま激しいやり取りを行う。

映画自体とは関係がないが、まず確認したくなったのが、
ロシアで刑事罰において陪審制がとられているかどうかである。
面倒だったが、わかった。
1993年に陪審制が導入されており、
現在は一般化していると思ってよさそうである。
ペレストロイカが始まるまでは、
職業裁判官1名と人民参審員2名、3名による多数決制であったらしいが、
その後しばらくわけがわからなくなった時期を経て
陪審制にいたったということである。
であるから、基本的設定は問題ない。
その他、細かいとこでは現実とは食い違いもあるようであるが、
そこは置いとかないと、映画にならないので割愛する。

内容はもちろんロシアでの出来事であるから、
オリジナルとは事件、討議の内容は大きく異なる。

2007年の作品であるが、
よくここまで現在のロシアが抱える矛盾を表に出せたと驚いた。
人を裁くということは、まさに自分を振り返ることになってしまうが、
この映画では討議を通じて、ロシアの現状をあぶりだすとともに、
陪審員の個人的問題も明らかにされていく。

話の流れは具体的内容が全く違っていても、
基本が同じであるから大きな驚きはないが、
160分という長尺にもかかわらず、
中だるみもなく一気に見せ切ってしまう。
脚本がよくできていることはもちろんだが、
俳優の演技力によるものであろう。
出演者はすべて中年、熟年の親父である。
その演技の厚さには驚嘆するしかない。

日本のテレビドラマではほんの一部を除いて、
学芸会を見せられているので、その差に愕然としてしまう。
いい加減にしないと日本のテレビドラマは
嘲笑の対象にしかならなくなりますぜ。

監督のニキータ・ミハルコフが一番かっこいい役を演じている。
このあたりにもロシアの現状が見え隠れする。
これは冗談。

しかし、みんなよく平日から仕事休んできたなあ。
その価値はあるけど。

12人の怒れる男」公式サイト


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 07:04 | カテゴリー:映画部

2008年09月09日

月を愛でるなかれ

「今日は月がきれいだねえ」と女性に語りかけることが、
その女性への恋心を伝えている、てなことがかつての日本人のメンタリティ、
ゆかしさであったと聞かされてきて、そんなもんか、
と思ってきたが、改めて考えてみると、
ホンマかいなという疑問で頭が一杯になる。

「このラーメンはおいしいねえ」で恋心は伝わらない、
ということくらいわかるが、月を誉めてもねえ。

なぜか室町時代が舞台の「日と月と刀」に関連した話にしようとするのだが、
どうしてもインドに流れてしまう。お許しを。

オールドデリーのチャンドニー・チョークという通りは、
訳せば「月光大通り」である。
オールドデリーの真ん中を走るムガール帝国時代の都大路で、
かつては運河も走る威厳のある通りだったようだが、
今は実にインドらしい混沌とした世界が現出している。

なぜ「月光」かといえば、かつて走っていた運河に月の光が反射していたからだそうだ。
どのくらいきれいだったかは今は誰にもわからない。

話をやはりバナーラスに戻そう。
夕方になると巡礼にやってきた人々、観光客はガンジス河に船を浮かべる。
毎晩いくつかのガートで行われる大きなプージャ(礼拝)を見るのだ。
あくまでもガンジス河に対するプージャなので、
ガートからでは正面がどんな感じになっているかわからないからである。

ほとんどの小さなボートはプージャが終われば岸に戻ってくるが、
いくつかの大きな船は巡礼のおばさんたちを鈴なりに乗せて、
遅くまでドンちゃん騒ぎを繰り広げる。
ただ、歌っているだけなのだが、
あんまり楽しそうなので大酒食らっているのかと疑ってしまうこともある。
もちろん呑んでいるはずがない。
月があってもなくても同じなのだろうが、
やはり月の気配は人を狂わせるのかもしれない。

ディオニュソス的祭礼は夜に行われることが多いが、
あれもやはり月のなせる技であろうか。

「日と月と刀」の中で行脚僧の言った
「月を愛でるでない」
という意味はこういうことなのか。

やはり天野山金剛寺の「日月山水図屏風」を見に行かねばならぬ。


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私は30年前、夕方のガンジス河から小船に乗って、
カーペット屋に拉致されたことがあるが、
それはまたの機会に。


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 04:30 | カテゴリー:

2008年09月08日

日を崇めるなかれ

私は写真を撮るがいい光を狙うとなると朝か夕方になる。
かといって、日の出、日の入りが特に好きなわけでもない。
あくまで光が欲しいのである。
しかし、タイミングを逃すとパーであるから、
旅の間はほとんど日の出前に起きて、宿を出て行き、
日が沈む2時間くらい前から、狙いどころで座り込む。

そんなことをしていると、どこに行ってもちょっといいところには、
住民、旅行者を問わず人が集まってくることがわかる。
ちょっといいところの三強は、
海、河、山の上、である。
日の出の時間は旅行者はあまりいないか。

いずれにせよみんな昇るにしろ、沈むにしろ太陽が大好きである。
これはあまり宗教には関係ないようで、
ヒンドゥもブディストもムスリムもクリスチャンも
幸せそうに眺めている。
そして、私は幸せそうな人たちを写真に撮るのが好きである。

前回紹介した「日と月と刀」では

日を直視するでない

月を愛でるでない

刀を信ずるでない

と行脚僧が主人公に言い残して消えていくのであるが、
本の帯には

日を崇めるなかれ

月を愛でるなかれ

刀を信ずるなかれ

となっている。
ややニュアンスが異なるが、一応同義としておこう。

この言葉は物語すべての伏線となるのだが、
文字通り受け取ると、すべての否定と聞こえてしまう。
この三行が数ヶ月間、私の頭の中で鳴り響いている。

何度か読みなおして胸のつかえが取れるのか、
更に混乱をきたすのかわからないが、
自分で納得いくまで読んで、考えてみよう。

バラーナスでは夜明け前から大きなガートには人が押し寄せ、
太陽が昇ると押し合いへし合いの混雑となる。
ガンガで身体を清め、太陽に手を合わせる。
彼らにとっては寸分も疑う余地のない行為である。

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祈りは私にはどれだけ本を読んでも、
どんな宗教施設、寺、神社、教会、道観、モスクに行っても、
理解できたとはいえないものであるが、
祈る人の心を乱すようなことは絶対にない。
旅する人間が守る最低のマナーであろう。

最後に話がずれるが、
「ガンジス河でバタフライ」という本が一時話題になり、ドラマ化もされたが、
ガンジス河で泳ぐことは決して誉められた行動ではない。
ガンジス川はヒンドゥにとっては河であると同時に神そのものでもある。
自分が変わりたい時には何をやっても許されるというわけではない。
誰にも迷惑をかけていない、という一見もっともらしい理屈は、
私には
「神様の前ですごく臭い屁をこきましたが、
全部一人で吸い込みましたから問題ありません」
と聞こえる。

実際あの本を読んでか、日本人何人かがガンジス河の中洲まで泳いできた、
と自慢げに話しているのを聞いた。
屁をこいたのを自慢しているように聞こえた。

ガンジス川の急流に流されて死んだ日本人の若者もいる。
旅をする人間はすべてのことから自由である、というのは傲慢極まりない。
もちろん自戒をこめてこの文章を書いている。

大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 04:23 | カテゴリー:

2008年09月06日

9.6 OA JEFF BUCKLEY 手嶌葵 THE BEATLES and more

1 ほうろう/ 小坂忠 

1975年発表のJ-POPクラシック『HORO』のタイトルチューン。
作詞作曲は盟友・細野晴臣。
このアルバムをリリースして数年後、小坂は商業音楽から距離を置き、
ゴスペルシンガー&牧師としての活動に主軸を置くようになる。

2 BE YOUR HUSBAND / JEFF BUCKLEY 

オリジナルアルバム1枚を発表したところで、
将来を嘱望されながら、1997年にミシシッピ川で泳いでいたときに
事故死してしまう。
その喪失はニルヴァーナのカート・コバーンと並び語られることもあるように、
90年代のアメリカ音楽最大の悲劇でもあった。
多くのアーティストから愛されるミュージシャンズ・ミュージシャン。
この曲は没後リリースされたライヴアルバムに収録。

3 あなたのとりこ / ジ・エキセントリック・オペラ 

芸大声楽科卒の相良奈美と芸大作曲科卒の書上奈朋子によるユニット。
クラシックで学んだ知識と技術をベースに、テクノやポップスとの
大胆な融合を図り話題となる。
この曲のオリジナルはフランスの伝説的歌手シルヴィ・バルタンが、
トップアイドルであった60年代の代表曲。

4 アイアンサイド / 安田南

タランティーノの『キルビル』でお馴染みのジャズファンクチューン。
もともとはクインシー・ジョーンズがテレビドラマ『鬼警部アイアンサイド』の
ために書き下ろしたもの。
日本語版主題歌を歌う安田南は60年代中期に米軍基地で歌い始め、
70年代に人気を集めたジャズシンガー。
全盛期には作家・片岡義男とラジオの深夜番組でDJを務めていたことも……。


5  テル-の唄 / 手嶌葵 

スタジオジブリの宮崎吾朗初監督作『ゲド戦記』主題歌。
当時まだ無名だった彼女が抜擢されビッグニュースとなった。
手嶌は映画のヒロインであるテル-役の声優としても映画に参加。
もともとジブリ作品は好きだったようで、
一番のお気に入りは『紅の豚』とのこと。


6 YELLOW SUBMARINE / THE BEATLES 

ビートルズの4人が主人公となっているアニメ映画の主題歌。
サイケデリックの意味もわからなかった中学生のころ、
西新宿の名画座でこの作品を観て言葉を失った。
あまりにも自由な発想!信じられないくらい斬新な表現!
それから数十年後、シルク・ドゥ・ソレイユがビートルズを題材にした
ラスベガスのショー『LOVE』を観てさらにビックリ!
アニメ『イエローサブマリン』の世界を生身の人間がリアルに再現していた。
そのショー専用に設計された劇場の音響にもたまげた。
あれほど立体的で高音質な音でビートルズの曲を聞けるなんて!
ビートルズを好きでいて良かった。

BOOK BAR staff| 14:50 | カテゴリー:SONG LIST

2008年09月06日

日と月と刀

大倉眞一郎セレクト

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著者:丸山健二  文藝春秋

物語は戦乱の世、身重の女が盗賊に奪われ、
その女が馬から女が突き落とされた拍子に生まれ落ちた赤ん坊が、
天才刀鍛冶となり、その後早成の天才剣士<薬王寺 無名丸>に。
ふた振りの名刀を友に、残酷にして華麗、残酷にして癒しに充ちた復讐の旅がはじまる。
(帯より)

BOOK BAR staff| 14:35 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年09月06日

煙か土か食い物

杏セレクト

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著者:舞城王太郎 講談社ノベルス

腕利きの救命外科医・奈津川四郎が故郷・福井の地に降り立った瞬間、
血と暴力の神話が渦巻く凄絶な血族物語が幕を開ける。
前人未到のミステリーノワールを圧倒的文圧で描ききった
新世紀初のメフィスト賞/第19回受賞作。

BOOK BAR staff| 14:16 | カテゴリー:BOOK INFO

2008年09月06日

ボリウッド・ベスト

ボリウッド・ベストというインド映画の特集が始まる、
というメールを番組宛にいただいたので、心待ちにしていた。

8月30日から9月19日までの公開。
六本木のシネマート六本木というシネコンでやっている。

早速、行って来た。
普段から普通の人よりインド度の高い私であるが、
やっている3本のうち1日で2本見た私のボルテージは、
首相辞任の盛り上がりを超えている。

インド映画は1本ほとんどの場合3時間以上なので、
2本見た日はさすがの私も疲れた。
イギリスにいた若い時に1日5本という自己記録を作ったことがあるが、
もう体力が落ちている。
ただ、今、原稿を書いているバックにはビヨ〜ンという楽器の音や、
「オ〜ムなんとか〜」とかの真言が流れている。
いい気分である。
首相?辞めたきゃ辞めろというくらい落ち着いてきた。

今回のインド映画祭?はすべてシャー・ルク・カーン主演のものである。
番組の中で私が紹介したが、インドで昨年公開されて大ヒットした
「オーム・シャンティ・オーム」の主人公でもある、
というよりも、ヒンドゥ語映画では10年以上トップスターとして、
他の追随を許さない存在となっている。

日本ではまだどうしてもタミル語映画「ムトゥ 踊るマハラジャ」が、
インド映画の代表作とみなされているところがあって、
なぜかヒンドゥ語映画が日の目を見ない。
日本女性がキャーと叫ぶであろう男優は、圧倒的にヒンドゥ語映画に多い。
実際イギリスでは「オーム・シャンティ・オーム」のプレミアは
レスタースクウェアという映画館の集中する地区で一番の映画館、
エンパイアで行われたが、
イギリス人女性もシャー・ルクと叫んでいるのをインドにいるときテレビで見た。


私は田舎臭く、勧善懲悪がはっきりしていて、
善玉がなぜか悪玉にしか見えないタミル映画も好きで、
日本に来たラジニカーントの映画はほとんど見ているはずだが、
残念ながら未だ「踊るマハラジャ」以上のものに出会えていない。

前回のインドでもほとんどインド南端のトリヴァンドラムという場所で、
マラヤーラム語の「チョコレイト」という映画を見たが、
退屈で倒れるかと思った。

南インドのほうが北より人はずっと優しいのだが、
いい意味でも悪い意味でもソフィスティケイトされていない。
趣味の問題なのでこれ以上やめておくが、
ストーリーの組み立てとお金と男優の問題かも。
女優はどこの方でも私は大好きである。

六本木シネマートのボリウッド・ベストでは以下の3本がかけられている。

“DON” 邦題「過去を消された男」

“Kal Ho Naa Ho” 邦題「たとえ明日が来なくても」

(この映画のDVD、インドで買ってきていたのだが、
 邦題しか表示されていなかったのでわからずにまた見てしまった)

“Kabhi Khushi Kabhie Gham” 邦題「家族の四季」

すべてヒンディ語映画である。
最近のヒンディ語映画は海外で撮影されたものがやたら多く、
しらけることも多いが、世界進出が視野に入っているのかも。
上記3作品も豪勢なつくりである。

体力に自身のある方は1日3本いけるかも。

頑張れ。

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写真はやはりトリヴァンドラムで
もう1本ちょいとのぞいてみるかなと思いつつ、
1時間も前に行ったらどえらい騒動になっていて、
チケットの発売が始まると警備のおっさんたちが、
棒を振り回して列を何とかもたせていたところである。
「取材禁止」でつかまるかと思ったら、並ぶ側も警備の側も
みんな笑顔でこたえてくれた。


大倉眞一郎


BOOK BAR staff| 04:10 | カテゴリー:映画部

2008年09月04日

INTO THE WILD

アジア各国を旅していると、さまざまな国のバックパッカーに出会う。

出会ってもあまりに年が離れていることが多いし、
これといって面白い話になったことがないので、
普段はただすれ違うだけである。

で、いつも不思議に思うのは、連中のバッグが立派なこと。
両肩前後に二つ馬鹿でかいバッグを掛けている。
バッグによるサンドイッチ状態ですな。

私のは25年前に買った最も安くて、比較的小さなもの。
哲学的な話ではなくて、単に重いものを背負うのが嫌だからである。
バッグのほかに重いカメラバッグも提げているからである。

私の疑問はいったい欧米人のバッグには何が入っているのか、である。
私のバッグはフィルムで膨れ上がっているが、
それがなければスカスカである。
大体、バッグパッカーになって旅をする人間が
そんなに物を持ってどうするんだ、
とおじさんは思うのである。

一応理解を示しておくと、連中の旅は長い。
半年から一年くらい動き回る。

そうすると寒暖に備えて一通り着るものも、毛布等も入れておかねば、
ということのようであるが、そんなの現地で買えばいいし、
安宿だってきれいかどうかは別にしてもちゃんと毛布くらい置いてある。
やはり物が好きな人たちなのだと、勝手に決めてしまっている。

間違ってたらごめんなさいね。

日本で日本人バックパッカーを見ることはまずないといっていいだろう。
欧米人(実はイスラエル人が非常に多いのだが)を見かけることはあるが、
あまり面白くないのか、そこいらをうろうろしているということはない。

というわけで自分の国を「旅」して回るということはあまり考えたことはなかった。
大学時代の冬の東北一人旅と
会社を辞めて暇だったときの熊野三山まわりくらいか。
拍子抜けするくらい「簡単な旅」だったので、
今はまだ出かける気にはならない。

アメリカという国はとても耐えられないというくらい
嫌悪感を持ってしまうことがあるが、
そんなに懐深くて大丈夫か、と感激してしまうこともある。

映画「INTO THE WILD」は改めてアメリカの幅の広さを見せてくれた。

監督のショーン・ペンという人は
どうも顔が日本人に好まれるタイプではないようで、
「大ファンです」という女性に会ったことがないが、
私は俳優としても、監督としても大好きである。

映画のストーリーは雑誌、新聞で充分に紹介されているので、
今回は感じたことだけ書くことにする。

アメリカは「文明国」「先進国」「市場原理主義国」でありながら、
「放浪」ができるのである。

土地があって、あらゆる気候、風土に恵まれているので
当たり前といえばそうなのだが、
「放浪」を快く思わない人がいても、
それを許し、肯定する人もいる、ということである。

主人公の純粋さは正直言えばあまりにもナイーブ
(英語では何も知らないアホのニュアンスが強い)で、
出会う人々にこれ以上ないというほどの愛情を注がれているのに、
更に、たまねぎの皮をむきたがるサルのように、「一人でいること」を追い求める。

私は主人公と比較すればはるかに物欲のある人間だが、
多分平均的な日本人の中では、ものを欲しがらないほうだと思う。

この歳になれば何もかも捨ててインドのバナーラスへ行けと言われれば、
大きなためらいなく、出て行ってしまうかもしれない。

ただ、そこは人で埋め尽くされた、ある意味欲望の町なのであるが。

ともあれ、そんな私が奇異に感じたのは主人公が何を求めていたかが、
途中までさっぱり明かされない、ということ。

恐らくそれがわからないから「放浪」の末、
アラスカまで行かなければならなかったのであろう。

映画の中で主人公は日記とも記録とも手紙とも判断がつかない文章を残す。

それは紛れもなく、いくら「真の自由」を「完璧な孤独」の中で見つけようとしても、
結局のところ見つけ出したい自己は、
たまねぎの真ん中にはないということに気が付いていたということである。

死の直前に書き残した文章に私は救われた思いであった。

映画を酷評しているように読めたかもしれないが、逆である。

私の中にも巣食うナイーブな空虚感が共有でき、
同時にこれからの生き方への力を与えてくれた。

この映画はジョン・クラカワーのノンフィクション「荒野へ」を映画化したものである。


                        大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 16:50 | カテゴリー:映画部

2008年09月04日

落下の王国

「何だ」と思う人がいるかもしれませんが、映画部の話題です。

原題は”THE FALL”なので、邦題はなかなかよくできているといっていい。
そのまま訳してしまえば「落下」でもあるが、「滝」もありえる。
もちろん滝の話ではない。

このタイトル、「よし行くぞ」と気合が入りません?


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ターセムというインド系アメリカ人の監督した映画である。
ターセムは私がロンドンにいたころはイギリスのコマーシャルも
数多く手がけていた。
映像の作りこみ方、色使いが他の監督とは全く違っていたので、
初めて見るCMでも彼が撮ったものはすぐにわかった。
そのころはリーヴァイスのものが多かった。
広告制作関係者なら知らない人はいないはずである。
何度か彼に、と思ったことがあるが、大作(お金のかかるもの)が多く、
予算も、スケジュールも折り合う気配もなく終わってしまった。
残念であったが、実現していたら地獄に落ちたかもしれない。


2000年にあのジェニファー・ロペスを使って
「ザ・セル」という映画を撮って以来の新作である。
あの映画も大ブレイク中のシンガーを使っているのだから、
妥協してエンターテインメントに仕上げているのかと思ったら、
夢と現を行きかうようなもので、だめな人はだめだったかも。
日本で言えば鈴木清順か。


「落下の王国」は構想26年、撮影期間4年、らしい。
撮影期間4年というのはうなずけるものがある。
なんたって24カ国以上でロケが行われており、
それも普通は撮影させてくれないでしょうという場所ばかりである。
インドのシーンも多いが、
たまたま、ほとんどは私が訪れたことのあるところであった。
ただ、インドのシーンに別の場所も組み入れているので、
見る側は混乱してしまい、それがまた絶妙な効果を生んでいる。


構想26年というのはどう勘定するのかよくわからない。
実際彼が見たもの、写真を撮ってロケ候補に上げていたものをまとめ上げた、
という意味ではそういう計算になるのかもしれないが、
あまり大きな数字を持ち出されてもちょっと困る。
されど、それは大きな問題ではなく、
この映画の妥協のまったくないすべてのシーンは必見である。


個人的にはモノガタリ仕立てにしなければならなかったのか、
やや疑問もあるが、美しいものをそのまま受け入れることのできる人は
見ないと絶対に後悔する。
映画館で。


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衣装は最近特に名前が出てくることの多い石岡瑛子。
タイポグラフィーも出色の上がりである。


映像的にどこにも隙がない。
息をつめて見入ってしまう。


ターセムという映像独裁者の作り上げた完成品といえる。
杏ちゃんのいう「石ころひとつにまでメッセージがある」実写映画である。

公開は今週末から。


大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 14:37 | カテゴリー:映画部

2008年09月03日

クビ

雇っている人に会社を辞めてもらうのは、
宣告される側はもちろんだが、
する側にも、かなりの期間苦痛を残す。
想像以上の根性が必要である。

杏ちゃんが前回紹介した本は「リストラ請負人」の話であったが、
いろんなことを思い出した。

私はロンドンとマドリッドでその役を負うこととなった。
日本は欧米と違い、なかなか辞めてもらうことは簡単でないし、
労働流動性が低いので辞めてもらっても、
その先のことを考えるとリストラをするほうも大変なストレスを抱える、
とよく言われるが、
実は欧米と一口で言っても実情は国によって大きく異なる。
イギリスはサッチャーが首相になってから
実に簡単に辞めさせることができるようになった。
しかし、フランスではいったん雇ったら、
クビにすることはほとんど不可能といってもよい。
ドイツもどちらかといえば、フランスに近い。
だから、企業は採用に慎重になって失業率が高いままである。

私はイギリスにいたときに人事なんかもやっていたことがあるので、
小さな会社なのだが、こりゃいかんという人には辞めてもらう係であった。
こんな感じである。

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こりゃいかん、があった場合、何度かウォーニングを出して、
3度目くらいでストライクアウトである。
殴り合いにならないように段取ってはいるが、やっぱりドキドキ。
女性しか辞めてもらったことがないが、
みんな泣く。けっこうワンワン泣く。
ゲー、泣くなよ。
もらい泣きをするようなことはないが、やはり心は痛む。

このような事態を日本語ではいわゆる「クビ」と呼ぶが、
英語だと動詞で“FIRE”である。
この他のケース、扱っていたクライアントが丸ごとなくなってしまった場合、
つまり人が余ってしまった時は日本語で「人員整理」「リストラ」である。
イギリス英語では形容詞で“REDUNDANT”。

“I got fired”

“I was made redundant”

現象として会社を辞めさせられたということは同じであるが、
このふたつは微妙に違いがある。
前者は辞めさせられたほうに責任があるが、
後者は「俺が悪いんじゃないけど、扱いが飛んだからしょうがないんだよ」、
という意味を含むのである。
おおかたの人はどういう辞めさせられ方であれ、後者で説明をする。

スペイン、マドリッドでは小さなエージェンシーの大リストラをやるにあたり、
会計士、弁護士を引き連れて、月曜の朝いきなり会社に乗り込んで、
何人か同時に手分けをして通告した。
これは本当のリストラであったので、かなり引きずった。
退職金のような形でできるだけ辞める人の痛みが少なくなるよう努力したが、
きっとあの何もわからない日本人が勝手なことをしたと、恨んでいるはずである。
ちゃんとスペイン人のマネジメントとも相談したのだが、仕方ないだろう。

今の社会ではこんなことは仕方のないことだと、
日本で働いている人も納得し始めているようだが、本当にそうなんだろうか。
社長までやっていた人間が言うのもおかしいが、何か胸に落ちないものがある。


さて、おまけにロンドンオフィスでしばらく私の愛人、
じゃなくてアシスタントをしてくれて、
「ハゲはセクシーだ」と嬉しいことを言ってくれていたサマンサの写真で締めくくろう。
特に理由はないんだけど。

彼女は辞めてもらったんじゃなくて、自分から辞めて行った。
そういう時は残される側がさみしい。

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大倉眞一郎

BOOK BAR staff| 14:20 | カテゴリー:from 大倉眞一郎

2008年09月02日

ポニョとスカイクロラ

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映画ネタで盛り上がっているBOOKBARブログ。
映画部長がいらっしゃるところから、
私はさしずめ新入ヒラ部員といったところでしょうか。


さて、私がこの夏観たアニメ映画。
話題沸騰「崖の上のポニョ」 それから、
攻殻機動隊等で人気を博した押井守監督の
「スカイ・クロラ」。
二作品は、舞台やテイストこそ全くかけ離れているかの様に見えますが、
テーマやメッセージは似ているのかなぁと思いました。
特筆すべきは映画のキャッチコピー。

まずはポニョから。
「生まれてきて良かった。」


そしてスカイ・クロラ
「もう一度、生まれてきたいと思う?」

平和な今の日本に居て、「生と死」のリアルが想像の域を出得ない、
且つ悲惨奇怪残酷前代未聞の事件は増え行く昨今の情勢、
自分が生まれてきた意味って?自分が今を生きる意味って?
何がしたいかわからない、何が出来るかわからない。
何処へ行ったら良いのかわからないと言う事態に
陥りやすい時勢なのかもしれません。


話しは変わって、先日親友の父が自分の墓を買い、
そこに刻んだ言葉「Live in now」 墓なのにlive(笑)
それはさておき、その親父様の持論。
「今”に”ただ生きるのではなく、自分で今”を”選んで生きるのだ!!」
これには思わず、「なるほど〜」

今を生きる。
「明日、全てが無くなるかもしれない」
BUMP OF CHICKENの歌にもありますが、
伸べられた手を拒んだその時に、大きな地震が起こるかもしれない。


美化・補完されがちな過去、希望的観測の見出せる未来に比べ、
今って一番救いようの無い現実ではありますが、
過去と未来を繋ぐ今この瞬間を大切に、
そしてその今が積み重なった未来が、其処にあれば良い。


スカイクロラの世界。
戦争が必要悪、ショーと言う形の娯楽に姿を変えた未来。
戦うのはキルドレと呼ばれる、戦死しない限り死ぬ事が無く成長もしない子供達。
随所でコーヒーを飲み、酒を飲み、煙草を吸う登場人物たち。
「大人になる意味って何ですか?」


ポニョの世界。
皆で一緒に居られたら良い。困難が出てくればそのつど立ち向かえば良い。
「失敗して泡になったって良いじゃない。元々は泡だったんだから」
大事なのは失敗する事を恐れる事ではなく、まっすぐ向き合う姿勢なのかもしれない。


私にとってのアニメならではの魅力は、
画面にうつっている全てのものが、意図されたものであるところ。
ここにイシコロが落ちていて、と言うところにまで意思があるのです。
実写の様にうっかり写ってしまったり、環境や状況の偶然の効果も無いだけに、
全てに造り手の意思が組み込まれている。全部が彼等からのメッセージ。

話題二作品、観た方いらしたら、どの様な感想でしたか?
解読本なんかが出たら買ってしまいそうです(笑)


BOOK BAR staff| 02:57 | カテゴリー:映画部


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